
ソフトバンク千賀滉大「一流の成長術」 底辺から駆け上がった「ネガティブ思考の本当の意味」
2019シーズン、福岡ソフトバンクホークスの日本シリーズ3連覇に貢献し、自身初となるゴールデングラブ賞、最多奪三振のタイトルを獲得。日本球界屈指の右腕へと駆け上がった千賀滉大は、高校時代、決して名の知られる存在ではなかった。
ドラフト育成4位、「底辺」で入団した男は、いかにしてこれほどの成長を果たすことができたのか? その一流の思考術を訊いた――。
(インタビュー・構成=花田雪、撮影=繁昌良司)
「ホークスさん、正気ですか?」 自分自身が一番驚いたドラフト指名
ネガティブだと思います――。
2年前、宮崎キャンプで話を聞いた千賀滉大は、自身の性格をこう称した。
「例えば1年間通して結果が出たとしても『ああすればよかった、こうすればよかった』と常に考えてしまいます。一試合だけをとってもそうです。極端な話、完封しても『あの場面は抑えられたんじゃないか』とか、どうしても良いイメージより悪いイメージの方が心に残りますね」
あれから2年。その間も千賀の投球はすごみを増し続け、昨季まで4年連続の2桁勝利。自身初となる最多奪三振のタイトルも獲得した。
今年1月、筑後で自主トレを行う千賀本人にこの話をしたら、笑いながらこう返してくれた。
「ネガティブなのは、今も変わらないですよ。どんな試合も、どんな1年も、悪いイメージの方が脳裏に焼き付いています」
マウンドで見せる圧倒的な投球とは裏腹に、その心中はいつも「これじゃだめだ」「まだやれることがあるのでは」という葛藤が渦巻く。
しかしそれこそが、千賀滉大がここまで成長できた最大の要因でもある。
ご存じの通り、千賀はいわゆる「野球エリート」ではない。高校時代は甲子園とは無縁の愛知県立蒲郡高校で過ごし、全国的には無名の投手だった。2010年ドラフト会議での指名順位は「育成ドラフト4位」(福岡ソフトバンクホークス)。指名時、彼の名前を知っていた野球ファンは全国にどれだけいただろう。
そんな状況を誰よりも俯瞰で見ていたのが、ほかならぬ千賀本人だった。
「ドラフト前には周りの人から『もしかしたら指名されるかも』と言われましたが、僕自身が一番『そんなわけないやろ』と思っていました。確かに何球団かスカウトの方が来てくれていましたが、『こんな投手、誰が取るんや』っていうのが正直な気持ちでしたね」
複数球団のスカウトが足を運んでくれていたとはいえ、ドラフト前に各球団から届く「調査書」は、最終的にソフトバンクからしか送られてこなかった。そんな現状もあって、指名された瞬間は驚きとは別に、不思議な感情も芽生えたという。
「もちろんうれしかったです。でもそれ以上に『本気か!?』っていう気持ちの方が大きかったですね。『ホークスさん、正気ですか?』って(笑)」
人生で一番誇れる1年であり、つらかった1年
本人にとっても青天の霹靂だったドラフト指名。とはいえ、プロ入りに対して迷いは一切なかったという。
「子どものころから漠然とですが『プロ野球選手になりたいな』という誰もが思う夢みたいのがあって、でも中学、高校で現実を知るわけじゃないですか。僕自身、卒業したら社会人や大学で実力をつけて、それでプロに入れたらいいなぁ、くらいの感覚しかなかった。プロ野球の世界がそこまでリアルではなかったんです。それが突然、目の前に現実としてやってきた。これはもう、やるしかないなと」
千賀をはじめ、現在のソフトバンクでは「育成出身」の選手が多く1軍でプレーしている。
その一方で、「育成入団」にリスクがあるのもまた事実だ。最低年俸は支配下登録選手の下限よりもさらに低い240万円。いわゆる「契約金」はなく、代わりに300万円程度の「支度金」が支払われる。
金銭面はもちろん、2軍、3軍での競争を勝ち上がって初めて「支配下登録」をつかむことができる。「育成の星」が生まれる陰では、その何倍以上の選手が夢をつかめず、球界を去っているのも現状だ。
しかし千賀は、そんなリスクは承知の上でプロ入りを選択した。
「底辺からのスタートだったので、リスクうんぬんではなく『やるしかない』という気持ちでした。あの年に入団した同期の中ではなく、全プロ野球選手の中で自分が最も『底辺』にいると。そういう意識が強かったんです。でも、だからこそ自分のやるべきことが明確になった。そういう意味では簡単でしたね。だって、自分が一番やらなければいけないわけですから。もちろん、どんな選手もそうなんですけど、自分が『底辺』だと分かっているので、余計分かりやすかったんです。やらなきゃ終わり、やってもダメだったら自分はそこまでの選手だったということ。そんな気持ちでいたので、プロに入れるなら入りたいと。育成指名のリスクとか、そういうことは考えなかったですね」
入団時の自分を語る千賀の口からは、何度も『底辺』という言葉が飛び出した。実力がプロのレベルではないことは、誰よりも自分自身が分かっている。だからこそ、「やるしかないか」というシンプルな思考にたどり着くことができた。そんな思いでプロ入りしたからこそ、育成入団からわずか1年で支配下登録をつかむことができたのかもしれない。
「あの1年間は僕の人生の中で一番、人に誇れる1年です。もちろん、やらされることもたくさんありました。でもそれ以外の時間は自分で考えて最大限、やるべきことをやった。自分に負けないようにと思い続けて、自分が底辺なんだ、だからやるのが当たり前なんだと言い聞かせながら過ごした1年間でした」
人に誇れる1年間であると同時に、「一番つらかったのも、あの1年間です」と語る千賀。球速も飛躍的に向上し、自身でもその劇的な変化に手応えを感じていた。
「基礎練習も含め、考えながらやったことが結果につながったんだと思います。でも、ある意味で『そうなるだろうな』と予感していた自分もいました。あれだけ自分を変えたんだから、何かが変わらなければ嘘だろうと。もし変わらないのであれば、まだ足りないんだなと」
プロ1年目で見せた「劇的な成長」を「当たり前」と感じられる。それほどのことをやったという自負があるからこそ、たどり着ける境地だろう。
「努力じゃない、やるのが当たり前だった」
1年目の話を聞いている中で、特に印象に残ったシーンがある。「つらいとき、苦しいときに、もうやめたいと思ったことはなかったのか」と問うた時だ。
「それはなかったですね。だって、誰よりもやらなければいけないと分かっていましたから。つらいのも苦しいのも当然。それでもし結果が出なくても、それは自分がしてきた努力……いや、努力じゃないな、やるのが当たり前なので」
「努力」という言葉を口に出した瞬間、すぐさま自分の中で訂正したのだ。話を聞いている限り、プロ1年目は「誰よりも努力した1年」と言ってもいいはずだ。ただ、本人はそれを努力とは認識していない。あくまでもやるべきこと、やらなければいけないこと。その考えが根底にあるからこそ、プロの舞台でもここまで結果を残し続けることができる。
冒頭、千賀自身が発した「ネガティブ」というワードがあるが、少なくともこれまでの成長過程を聞く限り、常に向上心を持って、前だけを見続ける「ポジティブ」な側面ばかりが目立つように思えた。
「プロ入りからの1年間では『ネガティブ』な感情はあまり出なかったんですね」
それとなく口に出した筆者の言葉に、千賀はすぐさまこう返してくれた。
「いや、半分はネガティブですよ。だって、『自分はだめだ』『まだ足りない』と思い続けたからこそ、つらくてもやり続けることができたんですから」
――この一言に、気付かされたことがある。
千賀滉大の「ネガティブ」は、常に自分自身にのみ、向けられている。結果が出なくても「自分はまだまだ」「もっとやらなければいけない」と思うことが、さらなる向上心につながる。
この感情がもし、「外」に向いたらどうだろう。結果が出なければ「監督やコーチの使い方が悪い」「あの選手が足を引っ張った」と自身ではなく他人に責任転嫁し、結果として成長を阻害することになってしまう。
千賀滉大の「ネガティブ」は、そうではない。
外ではなく内に向けられることで、マイナスではなく、むしろプラスに働いているのだ。
ネガティブだと思います――。
2年前に聞いたこの言葉の本当の意味が、ようやく分かったような気がした。
<了>
【前編はこちら】千賀滉大「WBCは足を引っ張った」 東京五輪、ソフトバンクリーグ優勝へ「ブレない」決意
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PROLILE
千賀滉大(せんが・こうだい)
1993年1月30日生まれ、愛知県蒲郡市出身。2010年ドラフト育成4位で福岡ソフトバンクホークスに入団。2016年から1軍先発投手として定着し、2017年から日本シリーズ3連覇に貢献。落差の大きなフォークを武器に、日本球界を代表する投手へと成長を果たした。最高勝率(17年)、最多奪三振(19年)、ゴールデングラブ賞(19年)などの個人タイトル受賞。2017年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ベストナインに選出。2019シーズンよりオレンジリボン活動支援を始め、1奪三振につき1万円を寄付している。2020年東京五輪での活躍が期待されている。
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