サッカー海外遠征に子どもを送り出す親の出費はいくら? 中井卓大を見出した人物が語る、スペイン遠征の魅力と現実
未曾有のコロナ禍から少しずつ日常を取り戻しつつある日々のなか、サッカー少年少女の海外遠征が再び脚光を浴びている。久保建英や中井卓大の背中を追い、多くの子どもたちがスペインの地を目指し、再び世界を体感し始めている。2012年に日本でレアル・マドリード・ファンデーションキャンプを企画して中井卓大を見出した人物であり、長年にわたり子どもたちをスペイン遠征に連れていく事業を行ってきた高橋尚輔が語る、スペイン遠征の魅力と現実とは?
(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真=Getty Images)
「この少年は誰だ!」中井卓大を最初に見出した2人
――現在、レアル・マドリードのカスティージャ(Bチーム)に所属する中井卓大選手を最初に見出した方だとお聞きしました。
高橋:イープラスユーという会社の代表を務める坂本圭介という人間と一緒に、2012年夏に「レアル・マドリード・ファンデーションキャンプ」を実施しました。それまで海外クラブの来日キャンプといえば、クラブのカンテラ(下部組織)で実際に指導しているコーチではない人間が来日するケースが多かったのですが、私たちはそれでは意味がないと考えて粘り強く交渉し、レアルのカンテラで指導する現役コーチたち4人の来日を実現させました。
そのとき、せっかく本物のレアルのコーチ陣が来てくれるのであれば、そのチャンスを生かして「日本人選手をレアル・マドリードに入れよう!」という目標を立てたんです。ちょうど、久保建英選手がバルセロナのカンテラの入団テストに合格してスペインに渡ったタイミングでもありました。
――FIFAが18歳未満の国際移籍を厳しく取り締まるようになる前の話ですね。
高橋:そうです。キャンプを実施するにあたり、レアルのコーチの目に留まるような良い選手を集めないといけないと考えていたときに、たまたま坂本がピピ(中井卓大選手の愛称)がプレーするYouTubeを目にして「この少年は誰だ!」と。この子をぜひキャンプに招待しようという話になり、その動画をアップしたお父さんまでたどり着くことができたので、電話でアポを取って滋賀県の自宅まで押しかけたのがピピとの最初の出会いです。
――中井選手に最初に会ったときの印象は覚えていますか?
高橋:自宅にお邪魔してお父さんとお話ししているときに、ランドセルを背負って学校から帰ってきて「はじめまして。これからよろしくお願いします」とあいさつをしました。とても礼儀正しく、ご両親に愛情を持ってしっかりと育てられているなと一目でわかる少年でした。当時はバルサが好きだと話していましたが(笑)。
――その後、中井選手はどのような経緯でレアル入りを実現させたのですか?
高橋:2012年夏に実施した最初のキャンプで優秀選手に選ばれて、その年の冬のキャンプにも参加してもらって、翌年の春にはスペイン・マドリードで行った遠征にも参加してもらいました。その間も交渉を続けて、最初に出会った頃から1年かけて、レアルのカンテラの練習参加ができることになったんです。そこでのプレーが認められて加入が決まりました。実はこのとき、もう1人練習参加が認められた選手がいて、その子もレアル入りの可能性があったのですが、すでに国内で次の進路が決まっていたこともあり、ピピとは別の道を選びました。
スペインの強さは…。ここに気づけない限りは行く意味はない
――レアルのカスティージャに所属し、U-19日本代表としてもプレーする現在の中井選手についてはどのように見ていますか?
高橋:私たちには想像もできない努力を積み重ねて彼の現在があると思います。ただ、さらなる飛躍を応援はしつつも、ちょっと引いて見ている部分もあります。久保選手もそうですが、レアルのトップチームでプレーするということは決して簡単なことではないので。現在「レアルのピピくん」として周囲の大きな期待を背負ってしまっているので、もし彼が違うチームに移籍するとなったら……、そこだけがめちゃくちゃ心配です。
――久保選手もバルセロナの下部組織から、FC東京、横浜F・マリノスを経てレアル・マドリード入りを果たしましたが、その後は期限付き移籍を続け、昨年、レアル・ソシエダへの完全移籍となりました。
高橋:すごく成功していると思いますね、久保選手は。実際にさまざまな壁を乗り越えて、スペインのラ・リーガのトップレベルで活躍して、オリンピック、ワールドカップにも出場していますから。ピピも育成年代では成功といえる結果を残してきていますが、大変なのはこれからだと思います。日本ではよくピピが久保選手と比べられたりもしていますが、まだまだ久保選手のレベルではない。そのような認識を持って温かく見守ってもらえたらと思います。
――とはいえ、彼は日本では現時点でもすでに一つの成功例として、目標とされる立場でもあると思います。中井選手のような突き抜けた存在から日本の子どもたちが学べることはなんでしょう?
高橋:大前提として、本気で海外にチャレンジするのであれば、言語とコミュニケーション能力は必須だと思います。ピピは単にサッカーがうまいだけではなく、語学も必死に勉強していましたし、小学生の頃から大人相手にも対等に話せる優れたコミュニケーション能力を身につけていました。それはもちろん久保選手もそうですし、サッカーと同じくらいのスピードで言語とコミュニケーション能力を身につけないと成功できないと思うんです。ここに気づけない限りは海外に行く意味はないとすら感じます。
――ただサッカーのレベルが高いだけでは成功できないわけですね。
高橋:はい。スペインサッカーの強さは、サッカーIQの高さがベースになっています。この戦術理解度の部分を学ぶためには言葉の理解が不可欠なんです。ロッカールームで監督や選手とスペイン語でコミュニケーションが取れない選手は試合には出られません。
なぜ海外遠征の行き先はスペインが多いのか?
――高橋さんはそもそもどのようなきっかけで育成年代のサッカーに関わるようになったのですか?
高橋:もともと自分もサッカーをやっていて、音楽業界の会社に入ってスポーツ部門に関わることになり、プレシーズンマッチにバルサなどの海外クラブを招待する仕事をしていたのがきっかけです。その後、横浜FCで4年間事業部として関わったのち、独立しました。そこで坂本と一緒にレアルのキャンプを行うことになり、そこが本格的に育成年代のサッカーに関わるようになったきっかけです。2012年からはラ・リーガ2部CEサバデルの経営にも携わりました。サバデルで過ごした3年間で学んだサッカーの本質と知識、築いた人脈と信頼関係はいまのビジネスにも生きています。
――取締役を務めるイープラスユー、また代表を務める会社エクスクルーシボの事業としては主にどういった展開をされているのですか?
高橋:現在はレアルのキャンプ事業からは離れて、子どもたちの海外遠征事業、留学事業がメインです。日本の子どもたちだけでなく、アメリカの子どもたちもスペインに連れていっています。エクスクルーシボという名前は社名であり、選抜チームを連れて国際大会に出るときのチーム名でもあります。
――サッカーの海外遠征事業は高橋さんが関わるものに限らず、行き先はスペインが多い印象です。何か特別な理由があるのですか?
高橋:大会のレベルが高いからだと思います。バルサ、レアルなどスペイン国内のプロクラブのカンテラが強いのはもちろんですが、各地域の街クラブのレベルがとにかく高いんです。だからこそ海外から強豪チームが集まってくるのだと思いますし、日本チームとしても参戦する価値があるんです。わざわざ海外まで遠征に行って、ボロ勝ちして帰ってきても意味がないので。世界との力の差を見せつけられて帰ってくるからためになるわけです。
――確かに。Jリーグのアカデミーのチームがスペインの街クラブに負けたというような話もよく耳にします。
高橋:スペインの街クラブは強いんです。だから、大会に参加したくなるし、一度経験するとまた再チャレンジしたいという意欲を湧かせる国なんじゃないですかね。トップチームでいうとイングランドも強いですが、マンチェスター・ユナイテッドの下部組織が強いかといわれるとそんなことはありませんから。
スペインで日本のチーム同士が対戦する時代
――この10年間で、日本の育成年代の子どもたちのサッカー環境に大きな変化は感じますか?
高橋:世界の最高峰と日本のサッカーの差は、指導者の差だと思うんです。でも、今は多くの指導者が海外のサッカーも学びながら指導のレベルを上げてきているので、日本のサッカーのレベルはこれから確実に上がっていくと思います。
――子どもたちの海外遠征事業としてはどのような変化がありましたか?
高橋:当時はわれわれも含めてスペイン留学を行っている会社は少なかったですが、ここ10年くらいで一気に増えました。スペインで日本のチーム同士の対戦を目にすることもあります(苦笑)。ただ、サッカーの上達のみにスポットを当てたものが多いようにも感じています。私たちが当初から変わらずこだわり続けているのは、サッカーを学びにいくだけでなく、第2言語を学んでもらいたいというコンセプトなんです。
――単に言葉という意味合いだけではなく、その国の文化も含めた第2言語を学ぶということですか?
高橋:そうですね。海外に興味を持ってもらい、文化を学んでもらい、第2言語を取得してもらいたい。いつも海外遠征にいく際に必ず子どもたちに話すのは、「日本の空港を出た瞬間に日本語を話す国は一つもないんだよ」という事実です。その瞬間から「おはよう」ではなく「Buenos dias」「Good morning」と使ってみるだけで世界が広がっていくわけです。正直、プロ選手になることはものすごく難しいことですし、誰もがなれるものではありません。海外を経験したこと自体を将来に役立ててほしいですし、自分の武器にしてほしいと考えています。
海外遠征に子どもを送り出す親の出費はいくら?
――スペイン遠征そのものについてもう少し詳しくお話を聞けたらと思います。サッカー少年少女の親すべてが気になるところだと思いますが、ざっくりと海外遠征に子どもを送り出す親はどれくらいの出費を想定していればよいものですか?
高橋:スペイン遠征の場合、だいたい1週間で50万円の出費を想定してもらえればいいと思います。もともとは40万円弱あたりで続けてきたのですが、今は飛行機代、燃油サーチャージが上がっていて、この部分だけで20〜30万円かかってしまうので。
――他に我が子をスペインに送り出す、あるいはそれを検討している保護者からよく質問されるのはどういった内容が多いですか?
高橋:「レアルに入れるんですか?」「バルサのカンテラに入れますか?」という質問はやっぱり多いですね。
――そのような質問にはどう返答するのですか?
高橋:「入れないです」と伝えます。今はFIFAの規定で18歳未満の国際移籍が認められていないわけですし、「スペインのクラブのカンテラに入れるかも……」と確約できないことをにおわせて参加者を募るようなことは私は絶対にしないので。もともと両親がスペインで働いていたり、数億円規模の投資や不動産を介した特別なビザを取得しない限りは、18歳未満の子どもはスペインのカンテラには入れません。
もちろん練習参加する手段はありますし、最大3カ月の滞在は可能ですが、その先、契約に至ることはありません。そのへんの正しい情報を曖昧にして、ラ・リーガのクラブへの入団をにおわせているようなビジネスが近年横行していることは本当に許せないことですし、だまされて悲しい思いをする親子が出てしまうことを危惧しています。
――私もサッカーをしている小学生の息子がいることもあり、そのようなうたい文句を時折目にしては悲しい気持ちになります。「子どもの夢」を利用した由々しき問題です。他にもよく聞かれる質問はありますか?
高橋:「スカウトは来るのか?」という質問も多いですね。実際、遠征先にスカウトはけっこう来ています。ただ、彼らが見にきているのは地元スペインの選手たちであって、日本人選手を探しにきているわけではないということは正しく説明します。いい選手であっても18歳未満であればすぐには契約できないわけですから。
海外にチャレンジする最初の経験を積む素晴らしいツールとして
――スペインでは大会参加以外にも、練習参加もできるのですか?
高橋:練習参加もできます。ちょうどいま(編注:2023年1月)サバデルの練習参加に15人行っています。他にもジローナのカンテラに練習参加したり、ウエスカのカリキュラムが受けられるなど、短期のものから留学までいろいろあります。
――大会参加と練習参加を同時に行うようなプランもあるのですか?
高橋:そのようにカスタマイズしている子はいます。大会は大会でスケジュールがびっしり詰まってしまうので、大会期間中にどこかのチームに練習参加をすることは難しいのですが、個別に相談を受けて、大会の前後に練習参加を行うかたちはよくあります。
――最終的に、海外遠征を通じて子どもたちにどういった影響が出ることが理想的と考えていますか?
高橋:サッカーだけにこだわらず、海外遠征を通じて「ワクワクドキドキ」を体験してほしい、というのが一貫した思いです。世界で戦えるグローバルな人材の育成にこの事業を通して貢献できたらうれしいですね。海外にチャレンジする最初の経験を積むツールとしてサッカーは素晴らしいきっかけづくりになると思うので。これからも、スポーツを通じて子どもたちが世界に出る環境をさまざまなタッチポイントで生み出していきたいと思います。
【連載前編】子どもの「やる気スイッチ」が押される瞬間とは? 育成年代の海外遠征を実施する専門家が、女子サッカーに抱く可能性と課題
<了>
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[PROFILE]
高橋尚輔(たかはし・なおすけ)
1975年7月23日生まれ。株式会社エクスクルーシボ代表。学生時代は三菱養和SC、国士舘大学サッカー部でプレー。卒業後、イベント会社やJリーグクラブ、スポーツ選手のマネジメント会社を経て、独立。2012年にはスペインサッカーのラ・リーガ2部CEサバデルのスカウティングディレクター&球団取締役に就任。同年、日本でレアル・マドリード・ファンデーションキャンプを開催。中井卓大のレアル・マドリードのカンテラ入りを後押しした。現在は育成年代の少年少女のスペイン遠征事業に精力的に取り組んでいる。
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