
女子選抜チームのスペイン遠征で見えた、育成年代の“世界との差”「バルサは監督ではなく選手の判断で配置変更」
昨年10月、スペイン・マジョルカ島で開催された女子サッカー国際大会「East Mallorca Girls Cup 2022」にU-16とU-14の日本の女子選抜チームが出場。「岩渕真奈 スペインチャレンジセレクション」と銘打ち、東京・大阪・福岡の3会場でセレクションを行い、岩渕真奈も会場を訪れて世界に挑む子どもたちを激励した。迎えたマジョルカでの大会では、U-16チームが決勝トーナメントに進出。バルセロナと2度対戦するなど貴重な経験を積んだ。大会参加を企画し、監督としてチームを率いた垣本右近が語る、育成年代の日本の女子サッカーが持つ可能性と課題とは?
(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真=大木雄介)
女子サッカーの入り口の部分は少しずつよくなっている?
――長く育成年代のサッカーに携わり、中学生の女子チームの代表も務める垣本さんが、育成年代の日本の女子サッカーに抱いている課題感についてお聞かせください。
垣本:一番感じているのは、縦のつながりがあるようでないことです。日本サッカー協会内の組織体制も含めて、4種(小学生年代)と3種(中学生年代)、3種と2種(高校生年代)のつながりが薄いと感じます。小学生のあいだは男子と同じチームでサッカーができていたのに、中学生になると急に入れるチームがなくなってサッカーをやめてしまったという話も本当によく耳にします。日本代表を頂点としたトップから4種までの連携が、男子に比べてもうまくいっていないように感じます。
――育成年代の女子チームが少ないということも大きな課題です。
垣本:実際に東京都で4種の現場に立つ人間として、16ブロックという女子チームのために用意されたブロックがあって、ニーニャスリーグという低学年の子どもたちのための大会があったりと、地域によってはプレーする環境はよくはなってきていると思います。特にニーニャスリーグは、小学3年生以下の女子小学生であれば、チーム&選手ともにJFAに登録していなくても出場でき、GKユニフォームやセカンドユニフォームはビブスでの代用も許されていたり、東京都を例に挙げると、女の子がサッカーをする入り口の部分は少しずつよくなってきています。
ただ、こういった取り組みの認知度をもっと高めていく必要がありますし、高学年になると制限も厳しくなります。例えば高学年でも、男子チームに所属する女子選手が別の女子チームでも公式戦に出られる仕組みや、各地域で女子の選抜チーム、あるいは小学校ごとに女子チームをつくって出られる大会などを、今後さらに検討して構築していくべきかもしれません。
――各地域の頂点を競うJFA ガールズ・エイトU‐12のようなトップオブトップの大会だけではなく、もっとグラスルーツ(草の根)の女子の大会があってもいいと。
垣本:はい。東京の東久留米市には、クラブ単位ではなく小学校単位で行うサッカー大会があるんです。私も運営で関わっているのですが、40年以上続く歴史ある大会で、5・6年生の男女それぞれが学校ごとにチームをつくって参加します。女子の場合は各チームにサッカー経験者が1、2人いるかいないか。それでも、11対11の試合が学校単位で成立し、毎年だいたい150人ぐらいの女子が参加してくれています。手を挙げれば誰でも出られるような環境さえ整えば、サッカーをやってみたい子がこれだけいるわけです。このような取り組みを、全国で、さらに低学年でも行うことができたら、サッカーの楽しさを知ってもらう機会になると思うんです。
女子サッカーに求めたい縦軸を貫いた環境
――中学生以降にさらにプレーする環境が制限される点はいかがでしょう?
垣本:これまで通り、男子と同じチームでも勝負できる子は、3種でも男子と同じチームでプレーすることも選択肢の一つだと思います。ですがトップレベルの女子と男子のサッカーでは戦術含めて違う部分も多い。もし、女子サッカーにおいてインテンシティーの高い環境を求めるのであれば、例えば小学生が中学生の大会に、中学生が高校生の大会に出られるようにしたらいいと思います。
登録とか所属チームに関係なく、上のカテゴリーの女子チームで試合に出場できるようにする。私が運営するカフリンガ東久留米でも2022年に中学生の女子チーム・カフリンガジーニャス東久留米を立ち上げたのですが、もしそういった仕組みがあれば、小学生の女子選手たちに「うちのチームはこういうチームだよ」と知ってもらうこともできるわけです。
――なるほど。男子でも高円宮杯JFA U-18プレミアリーグに当時中学生だった久保建英選手や冨安健洋選手が飛び級で出場し、高いレベルで貴重な経験を積んでいました。
垣本:そうですよね。女子でもそういった縦軸を貫いた環境がWEリーグのアカデミーなど限られたチーム以外でも整ってくると、10代からプロとして活躍する選手の幅がもっと広がると思います。高校生が中学生、中学生が小学生の面倒を見ることもすごくいい経験になると思いますし。
スペイン遠征セレクション。参加選手たちのプレー環境・背景
――そんななか、昨年、女子サッカー国際大会「East Mallorca Girls Cup 2022」に出場するU-16とU-14の選抜チームを選出するため、東京・大阪・福岡の3会場でセレクションを実施されました。参加選手たちは主にどういったプレー環境や背景を持つ選手たちだったのですか?
垣本:セレクションを開催した主要都市の近くでプレーしている選手たちは、それなりに良い環境でプレーできているなと感じました。ただ、セレクションには北海道や長野からも選手たちが参加してくれていて、彼女たちの話を聞くと「女子チームが全然ない。中学からは男子に混じって部活でプレーするしか選択肢がない」という話でした。
――参加選手たちの多くは海外でプレーすることやWEリーガーになることを目標としているのですか?
垣本:そうですね。ほとんどの子がサッカー選手になりたいと話していました。意外と海外の子どもたちはサッカーを楽しむ環境が整っていて、生涯スポーツとしての考え方が浸透しているので、トップ選手を目指す選手ばかりではないんです。その意味では、良くも悪くも日本の子どもたちは頂点を目指している子が多いなと感じますね。
――子どもの保護者たちは海外遠征に対してどのようなことを期待しているのですか?
垣本:育成年代で高いレベルのサッカーを体感させてあげたいという親御さんが多い印象です。日本で所属するチーム内での競争だけではなく、海外のサッカーを見て、実際に試合をして、子どもにとってプラスの刺激になればと考えているのだと思います。
岩渕真奈が考える「海外でも通用する選手」
――国内セレクションは「岩渕真奈 スペインチャレンジセレクション」と題され、岩渕選手がアンバサダーを務めました。彼女のアンバサダー就任は、コンセプトに共感してくれたことがきっかけとのことですが、どのような部分に共感があったのですか?
垣本:早い段階で海外に出ることによって刺激を受けて、またここに行きたいという気持ちを持ってもらいたい。そのコンセプトの部分で、岩渕選手自身も10代でドイツに渡り、海外に出て見える景色が大きく変わった経験をしているので、そういった部分に強く共感してもらえました。あとは、こういった海外遠征が男子に比べて女子はまだまだ少なく、その点においても「応援したい。一緒に女子サッカーを盛り上げていきたい」と話してくれました。
――実際に岩渕選手はどういった役割を担ったのですか?
垣本:セレクション会場に実際に足を運んでくれて、選手の選出も一緒にしてもらいました。岩渕選手がチーム分けした各グループに入って一緒にボールを蹴ったり、選手たちとコミュニケーションを取り合う機会もたくさんありました。事前にこちらからお願いしたわけではなく、岩渕選手自ら「一緒にトレーニングに入りたい」と言ってくれて。日本を代表するトップ選手が後進のためにこれだけ協力してくれて本当にありがたかったですし、子どもたちもすごく喜んでいましたね。
――国内外で豊富な経験を積まれた岩渕選手の選手を評価する目線で印象的だったことはありますか?
垣本:欧州のチームと戦うので、われわれは選手のサイズも重要視していたのですが、岩渕選手は「小さくてもアジリティーがあって、ボールコントロールのうまい選手は海外でも通用するよ」と話してくれて、そういった選手の可能性を示してくれました。
バルサはフィールド上のGKからの指示がきっかけで…
――昨年10月に行われたスペイン遠征では、垣本さんは監督としてチームを率いて、バルセロナやパリ・サンジェルマンとも対戦されました。U-16は2勝1敗で決勝トーナメント進出を果たされたとのことですが、育成年代の女子チームを率いて世界の強豪と戦ってみて率直な感想は?
垣本:スペインやフランスだけでなく、ノルウェーやデンマークのチームとも対戦しましたが、どのチームもプレーモデルがしっかりしていて、ボールをつないでくる戦い方でした。そのうえで、相手を見ながらプレースタイルも柔軟に変更してきて、この年代からサッカーの本質がしっかりと落とし込まれているなという印象を受けました。
――バルサのサッカーは実際に対戦してみていかがでしたか?
垣本:男子のトップチームと同じフォーメーション、同じコンセプトでの戦い方でした。普段からテレビで見ているバルサのサッカーはこちらもよく理解しているので、ディフェンスでうまく相手をはめ込んでやろうと考えました。U-16はグループリーグ(0-5)と準決勝(0-4)で2度バルサと対戦したこともあり、特に2戦目はその戦い方がはまったんです。試合開始5〜10分はこちらのペースだったのですが、その後、バルサは監督ではなく、フィールド上のGKからの指示がきっかけで、選手たちの判断でディフェンス陣の配置を変えてきてこちらははめどころを失ってしまいました。われわれは急造の選抜チームということもありその一手しか持っていなかったので、その後は終始押し込まれてしまいました。
――バルサは男子と女子で感じる違いはありましたか?
垣本:トップチームもアカデミーでも男子は大なり小なり選手の個の能力で勝負している部分もあって、個を生かすために縦の裏のスペースにボールを放り込んだり、スピード勝負の場面もあったりするのですが、女子はより丁寧にパスをつなぐ印象を持ちました。細かいエリアでパスを回して、相手が食いついてきたら一つ飛ばしてまたボールを保持するというサッカーでした。
日本と欧州の街クラブの力の差は「雲泥の差」?
――女子か男子かにかかわらず、日本の育成年代の世界との差が埋まってきている印象はありますか?
垣本:FIFAワールドカップ・カタール大会で日本代表がドイツ代表とスペイン代表を破りましたし、昨年11月にU-19日本代表がスペイン遠征を行ってU-18スペイン代表に勝っています。代表レベルの差は埋まってきていると思うんです。ただ、一方でグラスルーツの街クラブ同士のサッカーの質という面では、まだまだ雲泥の差があるように感じます。
――その差は主にどういったところに感じますか?
垣本:サッカーの本質の部分、いかにして相手を攻略するかの部分です。子どもたちにも人気のシューティングゲームで例えると、相手が待っているところにただ闇雲に突っ込んでも絶対に勝てませんよね。相手を攻略するためには、まずは壁に隠れたり、回り道をしたり、プレーヤー自らが頭を使って賢い戦い方をしなければいけません。ただ、これは選手ではなく指導者の差であると感じるので、日本でもこれからサッカーの本質を理解した指導者が増えてきて、サッカーというゲームの攻略の仕方を草の根の子どもたちにも教えてあげられるようになれば、自然と解決していく問題だと思います。
――今後、女子サッカーのグラスルーツにおいてどのような取り組みを考えていますか?
垣本:まず、女子チームのスペイン遠征は、4月にサバデル、10月にマジョルカと、年に2回継続して行います。日本国内では、U-12以下の女子の大会を企画して実現させたいと考えています。最終的に、例えば全国大会を開催できれば、子どもたちにとって一つの目標にもなるかもしれません。あとは、欧州のU-12の強豪チームを日本に招待して、国際大会を開きたいと考えています。世界の強豪チームはこんなサッカー、指導、考え方をしているんだよというのを実際に見てもらえれば、選手も指導者も刺激を受けられると思いますから。
<了>
スペイン・サバデルで開催される第1回女子国際トーナメント「SWITカップ」に出場する、U-14クラスとU-12クラスの選手を選抜するセレクションが開催される。
日時:2023年2月11日(土) 19:00-20:30(18:30受付開始)
会場:MIFA Football Park 立川(ららぽーと立川立飛内)
東京都立川市泉町935-1
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[PROFILE]
垣本右近(かきもと・うこん)
1977年5月25日生まれ、東京都出身。株式会社KELNCHU CEO。国士舘高校、国士舘大学のサッカー部でプレー。現在はサッカーの東京都2部リーグのFCフエンテ東久留米、関東フットサルリーグ1部のカフリンガ東久留米にて代表兼選手として活動。関東フットサルリーグで得点王を獲得した実績も持つ。関東女子フットサルリーグのカフリンガBOYS東久留米の代表兼監督、カフリンガ東久留米U-15、カフリンガジーニャス東久留米の代表も務めている。
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