
J1最下位に沈む名門に何が起きた? 横浜F・マリノス守護神が語る「末期的」危機の本質
リーグ戦10試合ぶりに横浜F・マリノスのゴールを守った朴一圭が見たのは、低迷する名門が抱える危機のなかに差し込んだ、わずかながらの光明だった。不信が続き、度重なる指揮官の解任も混乱を物語る今季、勝ち点は伸びず、チームはJ1最下位に沈む。久々の復帰戦で朴が感じたのは、切り替えの遅さやポジショニングなど、ピッチ内の意識における根本的な問題だ。2019年にマリノスを15シーズンぶりのリーグ制覇へと導き、鳥栖でも不動の守護神として厳しい残留争いに苦しんだ朴は、口を閉ざそうとはしない。かつての栄光と直面する崖っぷちのはざまで、名門復活の鍵を握るベテランGKが忌憚なく語った言葉に耳を傾ける。
(文=藤江直人、写真=松尾/アフロスポーツ)
10試合ぶりの出場で連敗ストップ。背後を埋めた「自分が出場するメリット」
リーグ戦で10試合ぶりにゴールマウスを守った朴一圭は、所属する横浜F・マリノスがJ1の最下位に沈んだまま、J2への降格圏から抜け出せない理由を何度も目の当たりにした。
敵地レモンガススタジアム平塚で湘南ベルマーレと1-1で引き分け、リーグ戦での連敗を「3」で止めた6月28日の第22節後。朴は「自分が出場するメリットはそこなんです」と最終ラインを高く保ち、機動力に長けた自らが背後をカバーし続けた後半の戦い方に光明を見いだした。
「そうした状況でみんなは前に、前に強く行ってくれと。重心をどんどん前に向けてくれと。相手も何回か裏へ蹴りたいシチュエーションがあったと思うけど、蹴り込みたいスペースを自分が先に埋めている。だから蹴れない場面が絶対にあったはずだし、それだけですごく効き目があったと思うんですよね。それが自分の長所だし、長所を出せばチームを助けられると思っていたので」
試合は前半に自陣からのパスがずれた隙を突いた湘南が、ショートカウンターから先制した。マリノスは後半に天野純が自陣から送った乾坤一擲のロングパスに、すでに縦へ走り出していたエウベルが反応。相手キーパーをかわし、無人のゴールへ同点弾を流し込んだ。
エウベルが今シーズン初ゴールならば、マリノスはJFLのラインメール青森に大金星を献上した天皇杯2回戦を含めて、6月に行われた公式戦5試合目で決めた初ゴール。それでも朴は「今日は攻撃よりも、自分たちが攻撃しているときの守備の立ち位置がよかった」と振り返る。
「特に後半は自分たちが押し込んで攻撃して、失ったボールを相手が苦し紛れにクリアしてもウチの選手たちがしっかりと2枚残って回収して、そこから2次攻撃を仕掛ける形を続けられた。おのずと自分たちがボールを保持する時間も長くなるし、ボールを即時奪還するからカウンターも食らわない。こうすればいいんだとみんなに感じてほしかったし、実際に後半は感じてくれたと思っている。前半もそうだけど、これまでは背後にボールを蹴られるシチュエーションを怖れて、ほとんど前へ出られてない状態が続き、さらにはイージーな形から失点を喫していたと思うので」
数字が映すマリノスの不振。朴が指摘する「走れない」理由
JリーグがJ1の試合ごとに発表しているトラッキングデータに、マリノスの不振が反映されている。22試合を終えた段階で、総走行距離で対戦相手を上回ったのは7試合。このうち4度を、開幕5試合までにマークしている。スプリント数で上回ったのはわずか3試合にとどまっている。
後半に持ち直した湘南戦でも、総走行距離はマリノスの113.773kmに対して湘南が115.221kmと後塵を拝し、スプリント数にいたっては107回に対して143回と大差をつけられた。走力を武器にする京都サンガF.C.との第17節では、総走行距離で105.051kmに対して111.182km、スプリント数にいたっては113回に対して153回と差をつけられた末に0-3の完敗を喫している。
ただ単に走ればいい、というわけではない。しかし、勝利チームの大半は対戦相手よりも走っている。実際、マリノスが勝利した3試合は、いずれも総走行距離でガンバ大阪、鹿島アントラーズ、FC町田ゼルビアを上回った。朴も「正直、まったく足りないですね」と現状を厳しく指摘する。
「切り替えがめちゃくちゃ遅いうえに、次のプレーに対する予測といったものがない。ルーズボールにしても、みんな見ているだけというか、もしかすると相手のほうが先に触るかもしれないとか、味方がクリアミスするかもしれない、といった事態に対する準備がない。そういうところがしたたかにできていないから、ボールを奪っても前へ運べない。味方がいないからパスがずれるし、だからこそ思い切り走れない。正直、みんなポジショニングをさぼり過ぎだと思う。みんながもっとこまめにポジションを取って、パス・アンド・ゴーを繰り返しながらサポートし合って、それでもパスが出てこないのであればラインを押し上げて守備をする。これができれば絶対に勝てるんですよ」
鳥栖の残留争いとの比較にみる「末期的」症状と意識改革
試合を重ねるたびに運動量で対戦相手に上回られていったのは、黒星が大きく先行し、下位に低迷する過程で自信を失っていった跡と一致する。今シーズンから指揮を執ったスティーブ・ホーランド元監督を4月に、ヘッドコーチから昇格したパトリック・キスノーボ前監督を6月に解任したフロントの混乱もある。それでも朴は「個人の意識の問題だと思う」と自分たちに矢印を向ける。
「そもそもJ1の選手は、そうした意識を兼ね備えてピッチに立たないといけない。個人戦術があったうえで、チーム戦術が成り立つと思うので。紅白戦に出ていたこれまではあまり感じなかったけど、久しぶりに試合に出て感じたのは、本当に攻守の切り替えが遅いというか、頭の回転が止まっているところですね。疲れているのはわかるし、何回も往復しなきゃいけないし、暑い状況で90分間にわたって相手も見て、味方も見て、ボールの状況も見ながら動き続けていかなきゃいけない。そこでちょっとでもサボっていると、失点した場面のようにやられてしまう。そこが一番の課題だと思ったし、これからももっと、もっと厳しく求めていきたいと思う」
J3のFC琉球からマリノスに完全移籍した2019シーズン。守護神として15シーズンぶりの優勝に貢献した朴は、翌2020年秋にサガン鳥栖へ移籍。リーグ戦で154試合連続先発を果たし、今シーズンから古巣マリノスへ復帰した。その間の2022年11月には日本国籍を取得している。
昨シーズンの鳥栖は最下位でJ2降格を喫した。自身も苦しんだ鳥栖と、今シーズンのマリノスの雰囲気を「似たような感じがある」と位置づけた朴は、さらにこう続けている。
「正直に言えば、マリノスのほうが末期的ですね。鳥栖はそこまで経験のある選手が多くなかったというか、これからの選手が多かったなかで、監督から言われたことをとにかくひたむきに、状況を打破したい、といった強い気持ちでプレーしていた選手たちが多かった。経験がない分、やるしかないと頑張って走り続ける。質より量みたいなところがありましたけど、マリノスはうまい分、いろいろな経験をしている分、あるいは優勝経験者が多い分、大丈夫だろう、何とかなるだろうといった傲りのようなものがどこかに垣間見える。でも、このままなら本当に何ともならなくなる。その意味ではマリノスのほうが厄介だし、しんどいと言わざるをえない」
もちろんマリノスを批判しているわけでも、ましてや仲間たちを咎めているわけでもない。約4年ぶりに復帰した古巣を愛しているからこそ、忌憚のない思いをぶつける。マリノスの歴史と伝統を背負う仲間たちなら巻き返せると、意識改革が反攻への一歩になると信じて檄を飛ばす。
“オリジナル10”の矜持をかけて。横浜FCとの大一番へ
マリノスは直近では2018シーズンに残留争いを経験している。当時の苦しみを知る選手が飯倉大樹、松原健、天野、そしてキャプテンの喜田拓也だけになったからこそ、ピッチ上で選手たちが何をするべきかを、昨シーズンの鳥栖で味わった苦い日々を糧にしながら伝える。
クリスティアーノ・ロナウドを擁するアル・ナスル(サウジアラビア)に大敗した、AFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)の準々決勝後に、キスノーボ前監督の判断で先発が飯倉と入れ替えられた。それでも状態が上向くどころか、マリノスがさらに低迷した要因の一つを、大島秀夫新監督が正式に指揮を執って2試合目の湘南戦でようやく見つけた。朴が続ける。
「こうして試合に出てみると、外からではわからなかったもの、最大の問題点といったものがピッチ上で見えてくる。それを練習でもっときつく伝えていけることが、自分としては湘南戦における収穫の一つだと思う。日々の練習から別にチームとして求めていかなくても、自分がみんなに言えば済む話だし、みんなも聞いてくれる。そのようにして突き詰めていきたい。それができれば絶対に勝ちに結びつく、という手応えをつかめたと思っています」
38試合を戦う長丁場のシーズンも、すでに折り返しを過ぎた。残りは16試合で、現時点でJ1残留圏となる17位の湘南との勝ち点差は8ポイントのまま。残留へのボーダーラインとされる勝ち点は40あまり。9勝が求められる戦いは、オリジナル10に名を連ねた10チームのなかで、鹿島とともに一度もJ2降格を喫していないマリノスにとって決して簡単な道のりではない。
5日の次節は敵地・ニッパツ三ツ沢球技場で、横浜FCとの横浜ダービーに臨む。横浜FCも勝ち点19でアルビレックス新潟と並び、得失点差でわずかに上回る18位と苦しんでいる。勝ち点15のマリノスは勝っても最下位のままだが、勝たなければ状況はさらに悪化する。
キャプテンの喜田が「これをものにすれば、すごく勢いづくタイミングでもある」と位置づける大一番へ。朴は最後尾から仲間たちを熱く鼓舞し、走りの質でも量でも横浜FCを上回らせるために声を張りあげながら、最終ラインの背後を積極果敢にカバーする自身の姿を思い描いている。
<了>
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