「英雄」か「凡庸」か。田中碧、プレミアリーグ初挑戦で大きく揺れ動く評価の行方

Career
2025.09.04

リーズの田中碧は、プレミアリーグ初戦のエバートン戦でMOM級の活躍を披露。しかしその衝撃も束の間、続くアーセナル戦では大敗と負傷によって強豪チームの壁に直面。わずか2週間で称讃と挫折を味わい、右膝のケガにより数週間の離脱を余儀なくされた。現地での評価が「英雄」から「凡庸」まで大きく揺れ動き交錯する背景には、世界最高峰プレミアリーグで戦う日本人MFとしてのリアルが刻まれている。

(文=田嶋コウスケ、写真=ロイター/アフロ)

1部昇格で役割が変化。アンカーからインサイドMFへ

リーズ・ユナイテッドの日本代表MF田中碧が、ついにプレミアリーグの舞台に立った。

昨季のチャンピオンシップ優勝で、1部昇格を果たした今シーズン、田中はここまでプレミアリーグの2試合に先発出場した。開幕戦では最高評価を受けながらも、第2節では厳しい現実を突きつけられ、早くも明暗が分かれるスタートとなった。だがその姿は、まさに「プレミアリーグに挑戦する日本人MF」の現在地を映し出している。

まず注目すべきはポジションの変化である。チャンピオンシップ(イングランド2部)での田中は、4−2−3−1の守備的MFとして低い位置に構え、ビルドアップ時のボール配給やインターセプトの巧さを武器に、チーム全体のバランスを整えていた。

しかしプレミアリーグ昇格後、チームは4−1−4−1にシステムを変更。田中は中盤「4」の中央、つまりインサイドMFにポジションを一つ上げた。中盤底のアンカーにはセンターバックとしてもプレー可能な守備力の高いイーサン・アンパドゥが入り、田中はより高いエリアでのプレーを求められた。プレスに走りつつボールを前進させ、さらに攻撃の最終局面にも関与する役割が課されたのだ。

鮮烈なデビュー 〜エバートン戦〜

田中は8月18日のプレミアリーグ開幕戦のエバートン戦で先発し、最高級のパフォーマンスを披露した。

この試合で日本代表MFは、チーム2位となる10.8キロの走行距離を記録。相手ボール時には前から積極的にプレスをかけ、味方ボール時も絶えず動いてパスコースを作り出した。後半早々にはスライディングでのパスカットから縦パスを入れ、味方のシュートを演出。試合終盤の後半35分にはボレー気味のシュートも放った。相手のパスワークを寸断しつつ、ボール奪取からチャンスを作り出す場面が多かった。

試合は、1-0で昇格組のリーズが勝利。田中は立役者の一人として、大きな称賛を浴びた。

英BBC放送は視聴者採点を伝え、田中はチーム最高の「7.94点」を獲得。同局は日本代表MFをMOM(マン・オブ・ザ・マッチ)に選んだ。地元紙ヨークシャー・イブニング・ポストも「8点」と高く評価し、「試合が進むにつれて活気を増し、最後まで中盤を支配した」と称賛した。スポーツサイトのジ・アスレティックもやはり高い評価を並べ、「プレミアでも十分にやれる」と太鼓判。交代時には、ホームサポーターからスタンディングオベーションを受けた。

日本人MFが昇格クラブでのデビュー戦でここまでのインパクトを残した例は少なく、田中の鮮烈なプレーはイングランドでも大きな話題となった。

厳しい現実 〜アーセナル戦〜

しかし第2節のアーセナル戦は、正反対の結果となった。リーズはアウェーで前半から押し込まれ、ディフェンスの整備不足を突かれて次々と失点。最終的に0-5の大敗を喫した。

田中は先発したが、アーセナルの高いインテンシティと速いプレーテンポに対応しきれず、後半13分に交代した。ただし前半に右膝を痛め、同27分にテクニカルエリアで治療を受けた影響は大きかった。膝周辺にテーピングを巻いてプレーを続けたものの、内側側副じん帯に問題があることが判明。後に行われた精密検査により「数週間の離脱」になると発表された。

結果として、昨季プレミアリーグ2位のアーセナルを相手に、田中は満足のいくパフォーマンスを見せられなかった。実際に交代時には、ユニホームをめくり上げて顔を隠し、選手通路口へと消えていった。その姿からは、ケガへの苛立ちと、思うようなプレーができなかった悔しさの両方が伝わってきた。取材エリアでも、記者の呼びかけに申し訳なさそうな表情を浮かべてから、無言で通り過ぎていった。

現地メディアの評価は厳しかった。地元メディアのリーズ・ライブは「5点」とし、「後方や横へのパスばかりで効果的なプレーができなかった」と指摘。英サッカーサイトのフットボール・インサイダーはさらに厳しい「3点」をつけ、「プレミア特有の高いインテンシティに苦しんだ」と酷評した。開幕戦との落差は大きく、プレミアリーグの厳しさを突きつけられた一戦となった。

「英雄」から「凡庸」まで。評価の分かれ目にあるもの

開幕からわずか2試合で、田中の評価は「英雄」から「凡庸」まで大きく揺れた。

その背景には相手のレベル差がある。完成度の低いエバートンを相手に、田中の運動量や技術が光った。一方、リーグ屈指のプレー強度とスピードを誇るアーセナルには適応できなかった。もちろん、前半に痛めた膝のケガの影響も無視できないだろう。

しかし、かねてより田中を「信じられないほど素晴らしい選手」と高く評価するアーセナルのイングランド代表MFデクラン・ライスの徹底マークにあった田中は、敵を背負った状態から効果的に前を向けなかった。アーセナルのような強豪相手にどこまで適応できるか――それが田中に課せられた大きなテーマとなる。

数週間の離脱期間を経て、次なる挑戦へ

田中はドイツ2部リーグで3シーズンを戦い、「世界で最も過酷な2部リーグ」と呼ばれるチャンピオンシップでも経験を積んだ。この4シーズンでフィジカル面も十分鍛え上げた。実際、開幕戦のエバートン戦ではアルゼンチン人MFカルロス・アルカラスの寄せに屈せず、逆に身体をぶつけて相手を弾き飛ばす場面もあった。

ところが圧力の強さが一回りも、二回りも変わるアーセナル戦では苦戦した。アーセナル戦後に取材が叶わなかったことから、本人がどう感じたかはわからないが、現地取材の印象ではアーセナルの圧力に相当驚いていたのではないか。

また膝のケガについては、偶発的な接触によるケガで運がなかったといえる。しかしファウル気味のタックルは、イングランドの特徴でもある。ケガを避けることは難しいものの、さらに経験値を積み重ねる中で、うまく対応する能力も求められるだろう。

今後もリバプールやチェルシー、トッテナム、マンチェスター・ユナイテッド、ボーンマスなど、高強度を誇るチームとの対戦が控えている。田中には、インテンシティに屈しない力強さ、あるいは巧みにプレスをいなすプレーが必要になる。

英紙サンデー・タイムズでサッカー部門の主筆を務めるジョナサン・ノースクロフト記者は、昨シーズンから田中に注目していると言い、「非常に良い選手。明らかにリーズの中心にいるプレーヤーで、これからが楽しみ」と期待を寄せていた。

数週間の離脱期間を経て、田中は復帰後どんなプレーを見せてくれるのか──。田中碧の挑戦は、まだ始まったばかりである。

<了>

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