“亀岡の悲劇”を越えて。京都サンガ、齊藤未月がJ1優勝戦線でつないだ希望の言葉

Career
2025.11.07

鹿島アントラーズとの大一番を引き分け、悲願のJ1初優勝が遠のいた10月25日の夕方。京都サンガF.C.のウォーミングアップルームには、重い沈黙が漂っていた。その空気を切り裂いたのは、夏に加入した齊藤未月の声だった。「あきらめる必要はまったくないと思う。俺、絶対にあきらめないから」。キャリアを通して幾度もの大ケガと挫折を乗り越えてきた齊藤は、チームの心を再び前へと向かせた。湘南ベルマーレ、FCルビン・カザン、ガンバ大阪、ヴィッセル神戸を経てたどり着いた京都で再びピッチに立った。その言葉が、チームの心に再び火を灯した。京都で再び輝きを取り戻しつつある齊藤の復活への軌跡と、残り3戦、逆転優勝への望みを懸けたチームの現在地を追った。

(文=藤江直人、写真=スポーツ報知/アフロ)

ウォーミングアップルームの沈黙を破った声「俺らは絶対に優勝できる」

京都サンガF.C.のクラブ公式Xで公開された一本の動画が大きな反響を呼んだ。

撮影されたのは10月25日。場所は鹿島アントラーズとのJ1リーグ第35節を終えたばかりの京都のホーム、サンガスタジアム by KYOCERAのウォーミングアップルーム。出場した選手やリザーブの選手、ベンチ入りできなかった選手のほぼ全員が抜け殻のような表情のまま座っている。

そのなかでただ一人、齊藤未月が「あきらめる必要はまったくないと俺は思う」と訴えた。

「ちょっといま、あきらめみたいな雰囲気があるのが俺はおかしいと思っている。これだけの観客の前で、これだけのパフォーマンスができた俺らは絶対に優勝できる」

鹿島戦は悲願の初優勝への望みをかけた大一番だった。キックオフ前の時点で、勝ち点66で首位の鹿島に対して京都は同61の3位。歴代最多の2万353人が駆けつけたホームで鹿島を撃破すれば勝ち点2ポイント差に肉迫し、残り3試合で逆転できる可能性が一気に膨らむ。

試合は36分に京都が先制する。その後も曺貴裁監督をして「選手たちが魂に響くようなパフォーマンスを見せてくれた」と言わしめた京都が、虎の子の1点をリードしたまま試合を進める。そして、6分台が表示された後半アディショナルタイムが終わろうとしていた矢先だった。

右サイドから鹿島の松村優太があげた山なりの緩いクロスが、敵味方の誰も触らないままファーへ落ちていく。京都のゲームキャプテン、福田心之助を振り切り、猛然と詰めてきた鈴木優磨が体勢を崩しながら執念で右足をヒットさせ、ボールを京都ゴールへとねじ込んだ。

直後に引き分けを告げる主審の笛が鳴り響いた。福田だけではない。福田の前方で鹿島の小池龍太と競り合い、相手を跳ばせない代わりに自身も跳ばずに落ちてきたクロスを見送った宮本優太が、34歳にして初めてフルシーズンを戦った守護神の太田岳志らが次々とピッチ上に崩れ落ちた。

残り3試合で鹿島との勝ち点5ポイント差を詰められなかった。大半の選手の脳裏に「終戦」の二文字が駆けめぐる。曺監督ですらホームがある地名を入れたこんな言葉を公式会見で残した。

「日本代表で『ドーハの悲劇』と呼ばれている試合がありますが、ある意味で『亀岡の悲劇』と呼んでもいいようなシチュエーションでした。総括しろ、と言われてもまだできません」

京都でのデビュー戦で示した闘志と覚悟

冒頭で記したウォーミングアップルームでの光景は、ミーティングで指揮官が「何か話したいやつはいるか」と呼びかけたなかで生まれた。率先して立ち上がった齊藤は、さらにこう続けた。

「だから次の1試合へ向けて準備しよう。みんな、顔をあげていこう。あれだけサポーターが『まだまだやれる』と言ってくれているのに、俺らが下を向いていたら意味がない。絶対にここからだよ。俺らは絶対に(優勝を)つかめるよ。俺、絶対にあきらめないから」

7月にヴィッセル神戸から期限付き移籍で加入した齊藤にとって、アンカーで先発した鹿島戦は京都におけるデビュー戦でもあった。加入以来、ピッチに立つどころかベンチにも入れなかった齊藤は、川崎フロンターレとの前々節、古巣・湘南ベルマーレとの前節でようやくリザーブに名を連ねていた。

「京都へ来た当初はあまりうまくいっていなかったけど、ようやく状態が上がってきました」

自身の状態をこう語った齊藤は、後半19分までプレーした鹿島戦をこう振り返っている。

「このタイミングで、この(優勝を争う)展開で鹿島と戦える幸せを感じていましたし、感謝しています。いろいろな人が手伝ってくれて、いろいろな思いがあるなかでプレーしていますけど、終わった直後も含めてやり切った感があるわけではなくて、もっとうまくなりたい、もっと強くなりたい、もっともっとチームに貢献したいという気持ちがどんどん湧いてきている。まだまだあきらめられない心というものがあるのは、僕にとって本当にいいこと。炎はまだまだ消えていないとあらためて確認できたので、チームメイトたちやサポーターのみなさんとともに次に進みたい」

“未月とトモニ”の輪がつないだ想い

湘南ベルマーレから期限付き移籍していた神戸で、キャリアハイの数字を残しそうなハイパフォーマンスを演じていた2023年8月19日。齊藤はまさかのアクシデントに見舞われた。

ホームのノエビアスタジアム神戸に柏レイソルを迎えた一戦の22分。相手ゴール前のこぼれ球に率先して突っ込み、左足でシュートを放とうとした齊藤を食い止めようと、柏の選手2人が左右からブロックに飛び込んでくる。左膝を挟まれる形で強打した齊藤は負傷退場を余儀なくされた。

2日後の同21日に神戸が発表した齊藤の精密検査の結果が、サッカー界を震撼させた。

大きな衝撃を受けた左膝の関節脱臼と複合靱帯損傷、内外側半月板損傷。複合の内訳は前十字靱帯断裂、外側側副靱帯断裂、大腿二頭筋腱付着部断裂、膝窩筋腱損傷、内側側副靱帯損傷、後十字靱帯損傷で、全治までは「現時点で約1年の見込み」という前例のない重傷だった。

しかし、齊藤は直後に更新した自身のインスタグラムでポジティブな言葉を綴っている。

「今はゆっくり時間をかけて復活するためのプランを自分の中で考えておきます!どこかで僕に会った時は悲しい顔をせず笑顔でエネルギーを僕にください!全部吸い取って強くなるので」

いつしか神戸のなかに「齊藤のために」ではなく「未月とトモニ」という合言葉が生まれた。9月3日の京都戦では神戸の選手全員が、合言葉がプリントされたTシャツを重ね着して入場してきた。神戸が勝った試合後の公式会見の最後。京都の曺監督が「僕から一ついいですか」と切り出した。

「神戸に関わる記者のみなさんの前で僕が言うのは違うかもしれませんが、未月のことは小学生の頃から知っています。湘南時代に一緒に仕事をして、前半途中に代えたときに『何で俺を代えるんですか』と泣きじゃくった彼が、神戸のような素晴らしいクラブでプレーする姿を陰ながらうれしく思っていました。人としても指導者としても彼がピッチに帰ってくるのを願っています」

神戸が掲げた「未月とトモニ」に感銘した指揮官は、声を詰まらせながらさらにこう続けた。

「負けた悔しさはありますけど、あのTシャツを見たときにうれしい思いも抱いたのでここで言わせてください。常に前向きな彼がピッチに戻ってくるのをみんなが待っています。頑張って、と言うのは苦しんでいる彼にとってもつらいと思いますけど、でも……治してあげてください」

翌2024シーズン。小学生年代のジュニアから所属してきた湘南に別れを告げた齊藤は、三木谷浩史会長が「完全復帰へ向けて、全力でバックアップする」と約束していた神戸へ完全移籍した。

2度の手術を乗り越え、539日ぶりの復帰

齊藤のキャリアを振り返れば、21歳だった2020年12月にロシアのルビン・カザンへ期限付き移籍。念願の海外挑戦をスタートさせたものの、練習中に味方と接触して右足首の靱帯を損傷。長期にわたって戦列を離れた影響もあって、在籍1年、リーグ戦出場わずか2試合で退団している。

もっとも湘南に復帰した齊藤は、2022シーズンにガンバ大阪へ、そして翌シーズンは神戸へ期限付き移籍を繰り返している。湘南の眞壁潔会長がその理由をこう語ったことがある。

「ルビン・カザンへ移籍するときに、ちょっとカッコをつけて『大成するまでは湘南には戻らない』とか『ちゃんと移籍金を残せるような結果を向こうで出してきます』とみんなの前で言っちゃったんですよ。そうした経緯のなかでガンバからオファーがあった。未月本人も外に出ていろいろな空気を吸いたいというか、勉強したいという意思も強く、その延長線上で神戸に、という感じでした。未月のプライドを感じさせるというか、そこが未月っぽいですよね」

神戸への完全移籍を巡っては、湘南は齊藤本人の意思を尊重すると言ってくれた。2度の手術をへて歩行するうえで松葉杖もほぼ不要となった齊藤は、完全移籍を決めた際にこう語っている。

「育成から育ってきた湘南ベルマーレから移籍するのは、僕自身、特別な思いがあります。ただ、いつも自分の心に置いているのは、変化を恐れず、現状維持はせず、どんな変化もチャレンジだと見なして、その結果がどうであれやり続けていく、という考えであり、その思いをかなえてくれるのが、いまはヴィッセル神戸だと思っています。強い思いを持ってここにきていますけど、多くの方々のサポートがあって実現したものであり、決して一人では成しえられなかったと思っています」

結果として昨シーズン中の復帰はかなわなかった。背番号を「16」から、J2のV・ファーレン長崎へ移籍した前キャプテンの山口蛍が2023シーズンまで背負い、その後は空き番となっていた「5」に変えた今シーズン。2月のFUJIFILM SUPER CUPで齊藤はついに復帰を果たした。

大ケガを負った柏戦以来、539日ぶりにプレーする齊藤へ、国立競技場のスタンドからは敵味方に関係なく大声援が降り注いだ。しかし、サンフレッチェ広島に0-2で完敗した試合後に、フル出場した齊藤は「感動どうこう、というものはなくてもいいです」と意外な言葉を紡いでいる。

「いろいろな気持ちや思いといったものがありましたけど、ピッチに立つ以上は結果を残さなければいけないと、個人的にはずっと思ってきた。チームを勝たせるプレーをしてこそピッチに立つ意味があり、価値もあるので、そういう意味ではまったく物足りない試合でした」

身長166cm・体重66kgの体に脈打たせる、常に真っ赤にほとばしらせる負けじ魂を含めたハートの強さ。齊藤の真骨頂に照らし合わせれば、リーグ戦の2試合を含めて、公式戦でわずか4試合しかピッチに立てなかった今シーズンの神戸での軌跡は決して満足できるものではなかった。

不撓不屈のアンカーが灯す逆転優勝への希望

もどかしさを募らせているとき届いた京都からのオファー。齊藤はモットーの「変化を恐れず、現状維持はせず、どんな変化もチャレンジだと見なす」に従って移籍を決めた。京都のファン・サポーターへは「このクラブを優勝させるために移籍を決断しました」と第一声を届けている。

曺監督もまた、出場機会を得られないかつての愛弟子を思ってオファーを出したわけではない。夏場にキャプテンの川﨑颯太がブンデスリーガのマインツへ移籍。さらに米本拓司もケガで長期離脱を強いられ、手薄になったアンカーで齊藤の存在が必ず京都を助ける、という狙いがあった。

さらに川﨑からキャプテンとアンカーのポジションを引き継いだ福岡慎平までもがケガで離脱。窮地に陥りかけた大一番で、満を持して送り出した齊藤のプレーに指揮官は心を打たれた。

「交通事故に近いようなケガで選手生命を危ぶまれた未月は、たくさんの人に支えられてここまできたと思いますし、彼の真摯なサッカーへの取り組みは誰もが認めている。今度は彼がピッチに立つ姿を介していろいろな人を勇気づけられるような、そういう選手だと思っている。勝敗を度外視すれば本当に素晴らしかったし、人の心を打つプレーを見せてくれたと思う」

そして試合後のミーティングで、齊藤はふさぎかけていた京都のチームメイトたちの心に火を灯した。選手生命の危機を、長い時間をかけて乗り越えてきた26歳の言葉には魂が込められている分だけ重みが違った。ミーティングで涙したと明かした宮本は、取材エリアでこんな言葉を残している。

「試合になかなか出られていない選手たちも『まだ絶対にあきらめない』とみんなに伝えてくれた。彼らのそういった思いを、絶対に裏切ってはいけない、という気持ちが込みあげてきたので」

齊藤の熱い思いはXで公開された動画を介して、ファン・サポーターとも共有された。齊藤自身は鹿島戦をドローで終えた直後の取材エリアでも、不撓不屈の思いをメディアに伝えていた。

「引き分けをポジティブにとらえれば、もしかしたらここで勝ってしまったときにチームが完全燃焼してしまって、次の試合にパワーを注げない可能性もあったと思う。残り3試合でトップと勝ち点8差と5差では、僕らにとってまったく状況が違う。シンプルに次の試合で勝って、それが終わったらまた次を考えていく。全部勝っていって最終節を勝ち点2差以内で迎えられれば、プレッシャーがかかるのは相手のほうだと思う。京都は相手に襲いかかって勝っていくチームだと思うので、この展開は僕たちにとってプラスだと思うし、まだまだ、ここからだと思います」

残り3戦の合言葉は自然と「人事を尽くして天命を待つ」になった。契約の関係で神戸との最終節に出場できない齊藤は、ホームに横浜F・マリノスを迎える9日の第36節、そして敵地へ乗り込む30日の横浜FCとの第37節での完全燃焼だけを見すえて、心身にエネルギーを注入していく。

<了>

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