岡見勇信がUFC初戦で目にした意外な光景。難関ミドル級で王座に挑んだ日本人が語る“世界基準”
3万人収容の会場に、観客は100人ほどしかいなかった。それが岡見勇信のUFC初戦だった。だが数時間後、同じ会場は地鳴りのような歓声に包まれる。「なんてカッコいい舞台なんだ」。「日本人が通用するのは軽量級まで」とも言われていた時代に、ミドル級でUFC王座に挑んだ男。ロシアでの惨敗、アンデウソン・シウバとの衝撃的な邂逅、そしてUFCという巨大エンターテインメントの核心。岡見が目にした“世界の基準”とは何だったのか。
(インタビュー・文・撮影=布施鋼治)
過渡期のオクタゴンで岡見勇信が目にした意外な光景
ちょうど20年前、まだ日本ではPRIDEやK-1が隆盛を誇っていた頃、アメリカで一人気を吐く日本の総合格闘家がいた。
和術慧舟會の岡見勇信。何もかも規格外の男だった。ボクシング同様、総合格闘技でも日本人が活躍できる階級は軽量級といわれていたが、岡見はミドル級を主戦場としていた。UFCミドル級のリミットは83.9kg以下。岡見以外、この階級で海外で活躍した例はない。欧米系の選手にフィジカルで負けないのも、岡見の特徴だった。組み合ったら、相手の重圧やパワーに屈する形で劣勢に立たされるのではなく、逆に追い込んでいく。UFCにおける岡見の活躍は痛快でもあった。
「海外でも体の大きな日本人ファイターは通用する」ということを証明した彼の活躍はPRIDEやK-1がなくなり、一気に氷河期を迎えた日本格闘技界にとって希望の灯火だった。
UFCでの活躍のクライマックスは2011年8月27日、「UFC 134」で当時パウンド・フォー・パウンド(階級を無視して最強を決める発想)で世界最強の名をほしいままにしていたアンデウソン・シウバ(ブラジル)の持つUFC世界ミドル級王座に挑戦したことだろう。アンデウソンと対戦したことで、岡見は現地で知られる有名な日本人の十指に入るとも言われる。
来る4月11日(日本時間12日)、平良達郎がアメリカ・ラスベガスで開催される「UFC 327」でフライ級王者ジョシュア・ヴァン(ミャンマー)に挑戦することが話題となっているが、岡見の王座挑戦は高阪剛、宇野薫に続く史上3人目の快挙だった。日本人のミドル級挑戦は後にも先にも岡見しかいない。
過渡期のオクタゴン(金網に囲まれた八角形の試合場)で岡見は何を見たのか。2006年8月26日、ラスベガスで行われた「UFC 62」で組まれたアラン・ベルチャー(アメリカ)戦でUFCデビューを果たしたが、そのときオクタゴンの中から岡見は意外な光景を目撃した。
「なんてカッコいい舞台なんだ」UFCに魅了された日
「僕は第1試合だったけど、観客席を見たら全然いない。3万人くらい入る大会場なのに、本当に100人くらいしかいなくて衝撃を受けました」
日本なら前座から観客席はほぼ埋まっていることは当たり前。対照的にアメリカでは前座が進むにつれ、徐々に観客席が埋まっていく。その傾向はUFCだけではなく、ボクシングの興行でも変わらない。
「だから、セコンドの声もすごくきれいに響く。『ああ、アメリカはこんな感じなんだ』と思いました」
ベルチャーに判定で勝利を収め、シャワーを浴びて私服に着替えたあと、岡見はもらったチケットでメインカードを見ようと、会場にもう一度入った。ドアを開けると、別世界が広がっていた。もうとんでもない数の観客で埋まっているではないか。その刹那、地鳴りのような観客の「ウワァ~」という歓声が耳に届いた。
「なんだよ、この俺のときとの違いは?」
ちょっとだけムッとしたが、あのときの光景はいまだ忘れることができない。
衝撃は続く。メインイベントに出場するため、当時UFC世界ライトヘビー級王者だったチャック・リデルが人波をかき分けながら入場してくるシーンも岡見の目に止まった。
「それまでPRIDEとかいろいろな国内のメジャーイベントを観てきたけど、UFCはお客さんと一体となって空間を作る。『なんてカッコいい舞台なんだろう』と思いながら、『これこそアメリカの凄さなのか』とも感じました。あの空気は日本では味わうことができなかったですね」
「これから死にに行くんじゃないかと…」ロシアでの一戦
その後、岡見はUFCで4連勝をマークし、第一線に上り詰める。好調の原因には伏線もあった。UFC前にも海外での試合で何度も辛酸を舐め、それを糧としていたのだ。
2004年6月には海外に初遠征を果たし、ロシアでアーマル・スロエフ(ロシア)と闘った。岡見がまだキャリア7戦目なのとは対照的に、スロエフはキャリア20戦目。前年度にはUFC進出も果たし、岡見が憧れていたチャック・リデルとも拳を交わしていた。
スロエフとの間にはメインイベンターとグリーンボーイほどの違いがあったが、試合のオファーが舞い込むと、岡見はそれを快諾した。
「まだ若いしバカだったから、彼の試合を観て、いけると思ったんですよ(苦笑)」
大会はロシアvs世界という図式のマッチメークが軸だったが、世界選抜チームとして集められた海外の選手たちは次々と敗れていく。みんな瀕死の重傷を負って控室に戻ってきた。うめき声をあげる敗者を目の当たりにして、岡見は「自分は、これからどうなっちゃうんだろう?」と思った。
「これから死にに行くんじゃないかという感じでした」
体重差もあった。案の定、岡見は1R4分44秒でTKO負けを喫したが、他の選手のように大ケガは負わなかった。
「そういう意味では運が良かったと思います。正直、実力差がありすぎたので、逆にケガをしなかったのかなと思いますね」
試練は続く。2006年1月20日にはアメリカ・ハワイで行われた大会のトーナメントに出場し、初戦でアンデウソンと対戦する機会に恵まれた。岡見は自分が下になったミックスポジション(一方がスタンドで、もう一方が仰向けの状態で攻防する寝技の形。いわゆる猪木vsアリ状態)のときの光景を忘れることができない。
「獣って感じでした。人間と闘っているという感覚ではない。僕の周りをピョンピョン飛びながら、僕を食べに来ているなと思ったんですよ」
自分が狩りの対象になっているという貴重な経験を経て、岡見は武者震いするしかなかった。
「日本で闘っていたときの相手とはレベルが全然違う。世の中には、こんなすごい奴らがいるんだ。20代前半でそういうことを知れたことは大きな転機でしたね」
強みを磨き、弱さを武器に変える思考法
UFC5戦目で初めてリッチ・フランクリン(アメリカ)に敗れると、岡見はフィジカルトレーナーに就いてもらい、肉体改造にとりかかる。
「それまでの僕はフィジカルトレーニングは全然やっていなかった。格闘技の練習(スパー)だけをやっていた。でも、組んだときにまず体の厚みが違うわけです。厚みだけで威圧感が全然違う。自分も体の厚みをつけなきゃダメだなと思いました」
岡見は筋トレのBIG3、スクワット、ベンチプレス、デッドリフトをやるだけでも、「体の土台をしっかりと作ることができた」と振り返る。
「おかげで体の厚みも増したし、体重も増えた。正直、格闘技で通用する力は(スパーなどの)練習だけでもつけられる。だけど、体の厚みだったり、体全体から醸し出す雰囲気は専門家に診てもらわないと」
方向性が定まると、岡見は自分の強みをキッチリと意識できるようになった。
「まずは自分の武器を明確に知ることが大事。僕の場合だと、磯野元さん(頂柔術代表)や森山竜介さん(和術慧舟會の指導者。故人)から『お前は腕(かいな)力が強いから全部ここで勝負しろ』と教えていただきました」
だから四つ組みの体勢(胸を付け合わせ、脇を差し合った姿勢)になってからの練習ばかりやっていた時期もあるという。
「組んだら絶対世界一になるという信念を持ってやっていました。もちろん(他の練習も)全部やるけど、『四つの部分では絶対負けない』という考えを指導者やチームと共有しながら遂行しようとしていました」
その一方で、岡見は自らのウィークポイントを明確化しようと務めた。その思考は指導がメインとなった現在でも変わらない。
「僕はウィークポイントがあるからこそ伸びしろがあると思うんですよ。それがマイナスだとは思わない。『こうすれば、もっと成長できる』という感じで、いまの若い子たちにも伝えています」
岡見にとってプロの総合格闘家として50戦を越すキャリアは、いま後進への指導がメインとなった現在も大きな財産になっている。
【連載後編】平良達郎、堀口恭司は世界を獲れるか。岡見勇信が語る、日本人初“UFC王座”へのリアル
<了>
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