
理系のお父さん・お母さんのためのかけっこ講座③ 「スキップ」で全身を“バネ”に!
運動が苦手でも子どもたちにかけっこが教えられる? 体育会系とは縁遠かった人も、「できるけど教えられない」人も、“理系脳”にスイッチを入れると速く走る方法が見えてくる。かけっこを「理論」で教える『かけっこ講座』。連載の第3回は、いよいよ誰でも目に見える効果が出る速く走るためのトレーニング方法を解説します。
講師は『マラソンは上半身が9割』の著者で、かけっこ教室も行っている理論派ランニングコーチ・細野史晃さん。「速く走るためのメカニズム」「理に適ったトレーニング」をわかりやすく伝えます。
(構成=大塚一樹)
ボルトはまさに全身バネ! 身体を支えて跳ね返すバネの動き
前回までは、「走る」ということのメカニズムをできるだけわかりやすく、物理や数学、力学のごくごく入り口の理論でご紹介してきました。
ここまでの説明でなんとなくですが、走るという動作は、自分の重心を前に移動させる体重移動と片足交互ジャンプの連続で成り立っていること、速く走るためには①重心を前に移動させる感覚の獲得と強化(重心移動) ②身体を支え跳ね返す軽やかなバネの獲得と強化(バネ)③全身の動作を合わせるタイミングの獲得と強化(タイミング)が重要なことがおわかりいただけたのではないでしょうか。
今回は速く走るためのコツ第2弾として、②身体を支え跳ね返す軽やかなバネの獲得と強化(バネ)についてお話しできればと思います。
陸上競技に詳しくない人でも、100mの世界記録保持者、ウサイン・ボルト氏(ジャマイカ)を知らないという人は少数派でしょう。196cmの長身にもかかわらず、軽やかに弾むように走る姿は、「大柄なスプリンターは大成しない」というそれまでの常識を打ち破るものでした。
優れたアスリートの動きを「全身がバネのよう」と表現することがありますが、ボルト氏の動きはまさに「体の中に仕込まれたバネが反発しながら跳ねるようにして進んでいく」イメージです。
「体の中のバネ」と聞いて、みなさんはどの部分を想像するでしょう? かけっこ教室やランニング講習会などで質問すると、「ひざ」という答えが一番多く返ってきます。関節でもあり、クッションのイメージの強い「ひざ」はたしかにバネっぽいですよね。
「ひざ」という答えはまったくの間違い! ではないのですが、ひざだけでは十分とはいえません。ひざはバネのようにしなやかに使いたいけれど、股関節、足関節を連動させることでさらに大きなバネとして機能させたいのです。
「体の一部分」であるひざを意識するだけでは下半身のバネ、小さなバネしか使えないことになります。上半身もうまく使って、全身をバネとして使いたい。
イメージとしては、背骨から連なる体幹、自分の胴体全体をバネに見立てて、股関節、ひざ関節、足関節が連動して動く。体の一部にバネが仕込まれているのではなく、体全体をバネとして捉える感じです。
ここでバネの働きについて、少し説明してみましょう。
バネを伸ばそうとするとき、同時に働くのが伸ばされたバネが元に戻ろうとする力です。作用・反作用の法則に則って伸びる力と縮む力が働くわけですね。
バネが元に戻ろうとする力、縮む力は、弾性力と呼ばれていて、バネの力の作用を表す物理学の法則に『フックの法則』があります。
F=kx (フックの法則)
弾性力の大きさがF、バネの伸び縮みの長さがx、kはバネの強さを表す「バネ定数」と呼ばれていて、バネの形、コイルの中心径、有効巻数によって決まるとされています。ちょっと難しいですね。簡単にいうと、条件を整えて硬いバネをつくれれば、弾性力は大きくなるということです。
フックの法則は通常、「バネばかり」を前提に、伸び縮みの長さは弾性力の大きさにきれいに比例するという考え方なので、運動におけるバネの扱いとは多少違うのですが、「強いバネ」を物理的に求めるには、バネ定数を大きくする方法を考えるしかないのです。
体の「バネ定数」を大きくする下準備 まっすぐ立つのは意外と難しい?
子どもたちに「体をバネにする」イメージを伝える際は、もちろん言葉だけでなく実際の動きづくりも並行して伝える方が効果的です。
バネになるために「ジャンプしてみよう」と提案するのはすぐに思いつくところかもしれませんが、その前にまず、やってみてほしいことがいくつかあります。
最初にやることは、「基本の姿勢をつくる」ことです。
全身をバネとして使うためには一にも二にも姿勢が重要です。
まず試してほしいのは子どもたちがどんな姿勢で立っているのか観察することです。
「まっすぐ立ってみて」と声をかけて、前後左右さまざまな角度から立ち姿を観察して感じるのは「うーん、なんかまっすぐじゃないんだよなぁ」という違和感かもしれません。
お父さんお母さんもお互いにチェックしてみるとわかると思いますが、まっすぐ立っているつもりでも、外から見たらまっすぐには見えず、左右どちらかに偏っていたり前傾していたり後傾していたり、体のクセが立ち姿に表れるのです。
この立ち姿をできるだけ自然に「まっすぐ」な形にしたいのですが、立ったままの状態で形だけを調整しても姿勢は良くなりません。
ここでは、左右の傾き、極端な前傾や後傾を矯正するだけに留めます。そして「ふくらはぎに力を入れずに軽くかかとを浮かせる」ように伝えてみましょう。
あとでやってみてほしいのですが、ふくらはぎに力を入れてかかとを浮かせると、体はいわゆる「背伸び」をした状態になります。これは体が「伸びきった状態」なので、バネとして体を使うためには良くない姿勢です。ふくらはぎに力を入れないことを意識し、わずかに体重をつま先側に乗せ、頭のてっぺんから上に引っ張り上げられるようなイメージで姿勢をつくると、ひざは自然に曲がり、程良いバランスでまっすぐ立つことができるようになります。
「スキップ」は魔法のトレーニング
姿勢のイメージができない子には、縄跳びをしてもらうのも一つの手です。ここでいう「まっすぐに立つ姿勢」は縄跳びの正しいフォームと同じ。かけっこ教室でも、姿勢を身につける目的で縄跳びを取り入れています。
今回の項目のトレーニングとしてご紹介するのは、縄跳びがなくてもすぐにできる『スキップ』です。
運動ができない芸人さんや、女子アナの「奇妙なスキップ」が話題になったこともありますが、スキップには「速く走るための重要なヒント」が隠されています。と同時に、「速く走るための身体の使い方、タイミングとリズムをつかむトレーニング方法」としてもかなり効果的です。
というのも、速く走るためには走っている最中に“跳ねる”という感覚を加えたいのですが、走りながら垂直跳びや立ち幅跳びのときのように跳ねる、または飛ぶ暇はありません。走るという動作は片足ジャンプの繰り返しですから、そのジャンプの一つひとつに“跳ねる”感覚を加えていくことで全身をバネとして使うことができるようになるのです。
スキップも、頭で考えてしまうとうまくいかなくなります。
スキップができないという方は次に紹介する方法を試してみてください。
①片足を上げてその場でジャンプする→②着地したら足を揃える→③反対の足を上げて片足ジャンプ
これを3拍子のリズムで続けてやる。その場でできるようになれば、「スキップの動き方」が頭で考えなくても自然にスキップできるようになります。
今回はあまり“理系脳”の出番がなかったなと思った方もいるかもしれません。
しかし、スキップは速く走る3つのコツのうち、②身体を支え跳ね返す軽やかなバネの獲得と強化(バネ)だけでなく、③全身の動作を合わせるタイミングの獲得と強化(タイミング)も同時に身につけることのできる一石二鳥なトレーニング方法。シンプルな動きですが、そこには数学の定理や法則、運動生理学に関わることまでさまざまな理系的要素が詰まっているのです。
次回は、引き続きスキップをトレーニング方法に取り入れながら、バネの力を速さにつなげるタイミングについて、お話ししたいと思います。
<了>
PROFILE
細野史晃(ほその・ふみあき)
Sun Light History代表、脳梗塞リハビリセンター顧問。解剖学、心理学、コーチングを学び、それらを元に 「楽RUNメソッド」を開発。『マラソンは上半身が9割』をはじめ著書多数。子ども向けのかけっこ教室も展開。科学的側面からランニングフォームの分析を行うランニングコーチとして定評がある。
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