
日本の育成年代に欠ける2つのスピード バルサ、バイエルンが指摘する問題点とは?
日本サッカーは今、岐路に立たされているかもしれない。特に育成年代においては、進境著しいアジア勢に後塵を拝しつつある。なぜなら今夏、大阪で開催された「U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ2019」では、1〜3位までを海外勢に独占されたからだ。しかも、優勝はナイジェリア選抜、2位は中国の広州富力足球倶楽部、3位はトヨタ・タイランド(タイ代表U-12)と、欧州名門クラブすらもベスト8で姿を消した。日本は欧州やアフリカはもちろん、アジア勢とも徐々に差が開きつつある印象だ。参戦したFCバルセロナとFCバイエルン・ミュンヘンの指導者は、日本の育成年代をどのように見たのだろうか? 彼らの言葉をひも解きながら、日本が今後どう歩みを進めるべきかを見つめてみた。
(文・写真=木之下潤)
ジュニア世代に足りなかった2つのスピード
近年、サッカーの試合では“プレースピード”が求められるようになった。それはチームの勝率を高めるために大きなカギを握るようになったからだ。走るのが速い。切り替えが早い。素早く状況を把握できる。リズムチェンジが速い……。スピードを伝えようとしても、たくさんの要素が挙げられる。
ただサッカーというスポーツを総体的に捉え、勝率を高めようとした時には、実際に「どう選手に落とし込みをするか」は大まかに2通りの考え方がある。一つは、チーム全体のプレースピードを上げること。もう一つは、個人のプレースピードを上げることだ。
前者は、昨今“ゲームモデル”という言い方でメディアを賑わしている。簡単に説明すると、攻撃時、攻撃から守備の切り替え時、守備時、守備から攻撃の切り替え時という4つの状況とエリアに応じて、クラブあるいは監督が決めた“プレー原則”のもとでチームとして共通理解を深め、プレースピードを高める方法。
日本では“パターン”だと誤認している人が大勢いるが、あくまでプレー原則のもとで判断の質と実行の質を向上させるトレーニングを重ねるため、選手の中にはさまざまなプレー・メモリーが蓄積されていく。だから、「こういう状況だったらこういうプレーをする」という一つの答えに頼ることは自然になくなる。むしろ、めまぐるしく移りゆくエリアと状況に対して失敗や成功を繰り返すため、選手は多様性を含んだプレーを行えるようになる。しかもボール保持者とマークという1対1の関係にとどまらず、複数人のグループとしてプレーに関与する人数をいろいろと変更するため、チームとしては必然的にプレー原則のもとでプレースピードが早くなる。きっと、それが日本の人たちにはパターンに見えるのかもしれない。
例えば、このゲームモデルを確立している代表的なクラブといえば、誰もがFCバルセロナ(以下、バルサ)を想像するだろう。
今夏で7回目の開催となった「U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ2019」には、毎年バルサが出場しているが、彼らは毎回トップチームと同じ哲学、同じコンセプトを持ってプレーを表現している。そして、それは今大会初出場となったFCバイエルン・ミュンヘン(以下、バイエルン)も同様だった。
まだU-12世代なので未熟なところもあるが、このゲームモデルに沿った多様でスピードを持ったプレーの習得は、日本のクラブも手本とすべきことが多い。今大会、バイエルンを指揮したソンウェーバー・ラファエル監督は、クラブとしてこの世代の選手を育成する上で大切にしていることを、次のように語ってくれた。
「コーチの役割は、何度もオフェンスゾーンに侵入するため、いかにディフェンスゾーンとミドルゾーンにおいてボールをうまく運べるかということについて、選手たちをサポートすること。最後の攻撃を仕掛ける部分では、いかに選手に自由を与えて好きなようにやらせるか」
これは、2013年から3シーズン同クラブのトップチーム監督を務め、現在はマンチェスター・シティの監督であるジョゼップ・グアルディオラから伝えられたものだという。ちなみに、今大会のバイエルンは「ミドルゾーンにおいて早く前に進むこと」を一つのテーマに掲げていると、ラファエル監督は教えてくれた。そして、その部分については「うまくいったり、うまくいかなったりしている。でも、できるだけトライしている」と感想を述べた。
だが、このゲームモデルという考え方も万能なわけではない。
その一つの証拠として、今大会ではバイエルンもバルサもベスト8で敗退してしまった。敗因は、チーム力より個人の力のほうが割合として大きいと感じている。それぞれ優勝したナイジェリア選抜、3位のトヨタ・タイランド(タイ代表U-12)に1対0で敗れたが、チームとしての戦いは非常に拮抗した内容だった。だからといってナイジェリア選抜とトヨタ・タイランドが、一般的に日本が思うフィジカルという個人の能力で上回ったからだと誤解してほしくはない。
この2チームには明確にゲームモデルが存在し、日本のどのクラブよりチーム力が上だった。だとすると、日本のクラブが個人の力を高めて対等に戦うためにどうすればいいのか。ここに「個人のプレースピードを上げる」という観点が潜んでいる。
ゴールを意識した認知を高める練習が重要
サッカーのプレーは、個々が「認知→判断(選択)→実行」という一連の作業を行う中で成り立っている。つまり、この一連のスピードが個人のプレースピードを上げることにつながる。それはボールを持っていようと持っていなかろうと、ポジション修正を含めてプレーに関与する上では同じことだ。
例えば、日本のジュニア世代のトレーニングで多く見られるのは「実行」の部分。かけっこをする。ラダートレーニングをする。コーンドリブルをする……。体を使う実行の部分にかなりの時間をかける。もちろん、そのことがジュニア世代の選手に必要であることは間違いない。しかし、ナイジェリアやタイなど海外のチームに比べると、「認知→判断(選択)」の部分に少し差が出始めている。大会期間中、バルサのアルベルト・プッチ・アルカイデ監督に日本の足らないところを問うと、こう答えた。
「日本のチームは基本的にボールを奪った瞬間、すぐ前に向かおうとする。でも、そうやって再びボールを失っていることが多い。私たちはそういう選択をせず、空いている選手にボールを預けながら落ち着いて自分たちのサッカーを作り直す作業を大切にしている。当然チャンスがあれば、前に行っても構わない。ただ、ボールを奪って、すぐ前に急ぐことだけがサッカーではない。例えば、私たちはボールを奪われたら即プレッシャーをかけに行く。そうすると、相手にとって選択肢は2つしかない。ショートパスか、ロングパスか。ショートパスは敵が近くにいるからリスクが高い。そして、ロングパスも成功率は低い。日本のチームは前に向かって慌てているとも言えるけど、それよりも奪った瞬間の状況判断をもっと訓練する必要があると感じる」
攻撃時、攻撃から守備の切り替え時、守備時、守備から攻撃の切り替え時という4つの状況において日本のジュニア世代のチームは、攻撃時と守備時に関しては十分に通用している。事実、バイエルンのラファエル監督も守備について「日本のチームは団結力を意識していることがわかる」と言い、攻撃についても「ディフェンスゾーンとミドルゾーンではいい判断をしている」と評価した。
ただ一方で、ミドルゾーンにおける改善点を次のようにも指摘した。
「私たちが意識していたのは、ミドルゾーンでは早くボールを叩き、できるだけ早く前に進むこと。なぜか。それは論理的にオフェンスゾーンにできるだけ多く侵入するほど得点のチャンスが増えるから。それに対して日本のチームはミドルゾーンにおいてボールを奪ったあと、ゲームを作ることに意識が向かっていて、中盤のパスは多いけど、ゴールに向かう意識が薄まっているように思う」
これら名門クラブの監督の言葉には、日本のジュニア世代が取り組むべきヒントが隠されている。それは“ゴールを意識した認知力を向上させる”ことだ。つまり攻撃時と守備時、要するに“目指すゴール”と“守るゴール”がはっきりした状況においては確かな認知力を持ってプレーを実行できているが、切り替え時において、その認知力にまだ改善の余地がある。
しかも、サッカーにおいて最も相手が油断しやすいのは、攻撃から守備の切り替え時と守備から攻撃の切り替え時。その瞬間のプレースピード、具体的には“切り替え時の判断力を高め、素早く実行に移すこと”が世界との差を縮め、上回るポイントになるように思う。そこで、大会4日目に行った単独インタビューの最後に、バイエルンのラファエル監督に“中盤でプレースピードを上げるためのトレーニング”を一つ教えてくれないかと時間がない中でお願いすると、彼は快く承諾してくれた。
「これは攻撃の選手向けの2対2のトレーニング。まず、A組の最前列2人の攻撃がスタートしたら、横にいるB組の最前列の2人がすぐに守備に入る。そして、A組がシュートを打ったら、B組の2列目がすぐ攻撃を仕掛け、攻撃が終わったA組の2人はすぐに守備に回る。これを連続して行っていくトレーニングだ。ポイントは3つ。
・ゴールへの意識
・ドリブルとパスの判断
・攻守の切り替え
これは私の好きなトレーニングの一つだ。ゴールを狙うけど、シュートを打ったあとはすぐに守備に回らなければならない。自分たちがシュートを打ったら別の角度から次にシュートを狙う選手が入ってくるから、彼ら2人に対して適切な守備で対応しなければならない」
このトレーニングは攻撃においても、守備においても目的がゴールとなっている。さらに、切り替えの早さが問われる。シュートを打ったあとに自分の守るゴールを把握し、状況を認知するスピードが必要になる。ボールの位置を確認しながらも、ゴールを中心とした幅広い体の向きを作らなければならない。もちろん、その守備の状況を見ながら次の攻撃はゴールに向かって攻め込む。
このようなトレーニングの繰り返しの中で、バイエルンの育成選手たちは個人のプレースピードを包括的に養っている。
<了>
関西人はストライカー向き? 育成関係者が証言する日本代表を多数輩出する“3つの理由”
「質より量」を優先する指導者に警鐘 育成年代をも蝕むオーバートレーニング症候群
“16歳の宝石”カマヴィンガに見る「育成王国」フランスの移民融合と育成力
部活動も「量から質」の時代へ “社会で生き抜く土台”を作る短時間練習の極意とは?
「言葉ができない選手は世界で戦えない」3年で8人プロ輩出、興國・内野智章監督の目線
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
フロンターレで受けた“洗礼”。瀬古樹が苦悩の末に手にした「止める蹴る」と「先を読む力」
2023.09.29Career -
「日本は引き分けなど一切考えていない」ラグビー南アフリカ主将シヤ・コリシが語る、ラグビー史上最大の番狂わせ
2023.09.28Opinion -
エディー・ジョーンズが語る「良好な人間関係」と「ストレスとの闘い」。ラグビー日本代表支えた女性心理療法士に指摘された気づき
2023.09.28Business -
「イメージが浮かばなくなった」小野伸二が語った「あの大ケガ」からサッカーの楽しさを取り戻すまで
2023.09.27Opinion -
「悪いコーチは子供を壊す」試行錯誤を続けるドイツサッカー“育成環境”への期待と問題点。U-10に最適なサイズと人数とは?
2023.09.26Opinion -
ラグビー南アフリカ初の黒人主将シヤ・コリシが振り返る、忘れ難いスプリングボクスのデビュー戦
2023.09.22Career -
ラグビー史上最高の名将エディー・ジョーンズが指摘する「逆境に対して見られる3種類の人間」
2023.09.22Opinion -
バロンドール候補に選出! なでしこジャパンのスピードスター、宮澤ひなたの原点とは?「ちょっと角度を変えるだけでもう一つの選択肢が見える」
2023.09.22Career -
ワールドカップ得点王・宮澤ひなたが語る、マンチェスター・ユナイテッドを選んだ理由。怒涛の2カ月を振り返る
2023.09.21Career -
瀬古樹が併せ持つ、謙虚さと実直さ 明治大学で手にした自信。衝撃を受けた選手とは?
2023.09.19Career -
「戦術をわかり始めてから本当の面白さがわかった」“スポーツ界のチェス”フェンシング世界女王・江村美咲が見据えるパリ五輪
2023.09.15Career -
チームの垣根をこえて宮市亮が愛され続ける理由。大ケガ乗り越え掴んだ「一日一日に感謝するマインド」
2023.09.14Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
長身Jリーガーに聞く身長を伸ばす方法 188センチ中島大嘉の矜持「中学3年間で24センチ伸びました」
2023.09.01Training -
「全54のJクラブの中でもトップクラスの設備」J2水戸の廃校を活用した複合施設アツマーレが生み出す相乗効果
2023.08.10Training -
79歳・八田忠朗が続けるレスリング指導と社会貢献「レスリングの基礎があれば、他の格闘技に転向しても強い」
2023.08.01Training -
早田ひなが織りなす、究極の女子卓球。生み出された「リーチの長さと角度」という完璧な形
2023.07.27Training -
本物に触れ、本物を超える。日本代表守護神を輩出した名GKコーチ澤村公康が描く、GK大国日本への道
2023.06.07Training -
板倉、三笘、田中碧…なぜフロンターレ下部組織から優秀な選手が育つのか?「転機は2012年」「セレクション加入は半数以下」
2023.05.11Training -
ラグビー・リーグワン4強に共通する“強さの理由”。堀江翔太らが敬意抱く「メディアに出ない人達」の存在
2023.04.27Training -
メンタルのスペシャリストが見た「勝つチーム」が備える共通項。イチロー、大谷翔平は“陰”にも入れる選手
2023.04.06Training -
実力を100%発揮するには「諦め」が肝心? 結果を出しているアスリートに共通するメンタリティとは
2023.04.03Training -
「世界一美しい空手の形」宇佐美里香 万人を魅了する“究極の美”の原動力となった負けじ魂
2023.04.01Training -
「バルセロナとは全く異なるものになる」アカデミートップが語る“セルティック流”育成哲学
2023.03.03Training -
なぜ新谷仁美はマラソン日本記録に12秒差と迫れたのか。レース直前までケンカ、最悪の雰囲気だった3人の選択
2023.02.01Training