羽生、紀平が見せる進化の過程。フィギュア4回転時代に求められる「理想」のスケートとは?

Opinion
2019.11.05

男子に続き、女子も本格的な4回転時代に突入した。国際スケート連盟(ISU)は2018-19シーズンから大幅に、今オフにもいくつかのルール改正を行っている。これらのルール改正から見える「理想のフィギュアスケート」とは、いったいどのようなものだろうか。“技術”か、“芸術”か、それとも――? 羽生結弦、紀平梨花が見せる進化の過程を、私たちはしっかりと目を見開いて見届けていきたい。

(文=沢田聡子、写真=Getty Images)

女子にも訪れた4回転時代 今季のルール改正も高難度ジャンプの後押しに

平昌五輪の前から急速に4回転ジャンプの本数が増えた男子シングルに続き、今季から女子シングルも勝つためには4回転ジャンプが必須となってきている。エテリ・トゥトベリーゼ コーチ門下で4回転ジャンプに磨きをかけるロシアの少女たちがジュニアからシニアに上がってきた今季、女子は一気に4回転時代に突入した。浅田真央さんなどの例外を除き、女子シングルでは長年3回転―3回転が最高難度のジャンプであり続け、ジャンプを後半で跳んだり、跳ぶ時に手を上げたり(タノジャンプと呼ばれる)することで加点を狙うのが高得点を挙げる方法だった。昨季はトリプルアクセルを試合で跳び続ける数少ない女子の一人・紀平梨花がグランプリファイナルを制したが、今季の4回転出現に伴う状況の変化は驚くほど急激だ。

グランプリシリーズ初戦・スケートアメリカでは、現状4回転の中で一番難しく、男子でも数人しか跳べない4回転ルッツをフリーで2本決めたアンナ・シェルバコワが優勝。第2戦のスケートカナダは、ルッツを含む3種類4本の4回転を組み込んだアレクサンドラ・トゥルソワが制した。女子はショートプログラムで4回転を跳ぶことができないため、シェルバコワはショート4位、トゥルソワはショート3位から逆転しての優勝で、4回転の破壊力がいっそう際立つ。スケートカナダでは、ショートで1本、フリーで2本のトリプルアクセルを跳んだ紀平ですらトゥルソワに及ばず2位に終わった事実は重い。

ルールの面でも、このシーズンオフに高難度ジャンプに挑戦しやすくなる変更があった。回転不足と判定されたジャンプについて、昨季までは基礎点の75%の得点しか与えられなかったが、今季から80%与えられることになったのだ。昨季のルール改正では一昨季までは減点されなかったちょうど4分の1の回転不足も減点の対象になり、回転不足の判定が厳格化されていたが、それを少し緩和する方向だという。

ジャンプ偏重にならないための別のルール改正も

しかし別のルール改正からは、理想とするフィギュアスケートは、ただ高難度ジャンプを跳ぶだけの演技ではないこともうかがえる。今季からの変更として、技術面で転倒や重大なエラーがあった場合の演技構成点(いわゆる芸術性の評価)における上限を明記することで、ミスがなく完成度の高い演技にこそ演技構成点でも高い得点が与えられることを示している。昨季も同じ趣旨の改正があったが、それをより具体化し強める変更だ。具体的には、転倒・重大なエラーが1つあった場合、演技構成点5項目のうち3項目の最高点は9.75、2項目の最高点は9.50と決められている。さらに転倒・重大なエラーが複数あった場合、3項目の最高点は9.25、2項目の最高点は8.75と定められた。(国際スケート連盟コミュニケーション第2254号より)。このルール改正には、破綻のないプログラムを目指してほしいという国際スケート連盟からのメッセージがこめられている。

また、今季からジャンプ偏重にならないためのルールがもう一つ加えられている。音楽の表現が問われるコレオグラフィックシークエンスの評価観点を増やし、マイナスの出来栄え点を出しやすくしたのだ。高難度のジャンプを複数入れることで選手の体力は消耗するため、できればプログラム中に呼吸を整える部分がほしい。独創的な表現を促す狙いから難易度は問われず、レベルが“1”に固定されているコレオグラフィックシークエンスだが、ともすると “休憩時間”になっていることもあった。その状況も考慮してか、今季から出来栄え点がマイナスになる要素として“エネルギーがない”などの項目が追加された。またステップの評価観点にも、“流れやエネルギーがない”などの項目が新たに加わっている(国際スケート連盟コミュニケーション第2254号より)。転倒などの分かりやすいミスだけでなく、質が下がるさまざまな要因もエラーとして減点することで、コレオグラフィックシークエンスやステップを重要な要素として位置づけ、力を入れて滑ってもらう狙いがあると思われる。

羽生結弦、紀平梨花はさらなる進化を見せるに違いない

紀平がロシア勢を上回るためには、今季安定感を増しているトリプルアクセルに加え、練習では成功させているという4回転をプログラムに入れることが重要なのは間違いない。ただ、トリプルアクセルが話題になることが多い紀平が持つ真の武器は、総合力だ。滑らかな滑りに加え、音楽を体で表現する“踊る”能力も非常に高い。今季はショート・フリーとも表現が難しい音楽に挑戦しているが、そのプログラムを自分のものにした時、紀平は新たな力を手に入れることになるだろう。ステップも見せ場にできる紀平の表現力は、ロシア勢に勝つための大きな強みになるに違いない。そして勝つためにどのスケーターにも等しく要求されるのは、ミスのない完璧な演技をすることだ。

国際スケート連盟が今季のルール改正で意図するのは、選手が難しいジャンプに挑戦しつつ、他の要素も質の高いものを見せ、可能な限り高度で完全な美しいプログラムを滑ることだといえる。そのルールの意図を正しく理解し、かつその中で勝つ方法を知っているのが羽生結弦だ。今季初戦のオータムクラシックのフリーでは、冒頭2つの4回転でステップアウトし、またその後の複数のジャンプでも珍しく回転不足をとられた。その影響か、いつも高得点を誇る演技構成点でも8点台があり、180.67と本来の実力に見合った得点ではなかった。

しかしスケートカナダでの羽生は、オータムクラシックで学んだことをふまえ、滑りをきっちりと修正してきた。首位で迎えたフリー、冒頭の4回転ループはオーバーターンになり、後半のトリプルアクセル―2回転トゥループも少し乱れたものの、それ以外はほぼ完璧な演技をみせる。3種類4本の4回転をただ跳ぶのではなく、前後につなぎを入れたり音楽と調和させたりしながら決め、理想的なプログラムを完遂したのだ。4回転ループ以外の要素の出来栄え点はすべてプラスで、要素によっては満点の5点もあり非常に高い評価を受けている。演技構成点も当然のように9点台をそろえ、項目によっては満点の10点も獲得した。自己ベストを更新した212.99という高得点は、スケートにおけるすべての要素を強みとする羽生が本領を発揮した結果だった。

圧倒的な力を見せて優勝した羽生は「ちょっと安心しました」と安堵の表情を見せている。

「やっぱり自分の道を行っていてよかったなと思いましたし、また新たに武器を早く加えて、この質の自分の演技をできるようにしたいなと思っています」

羽生の言う“自分の道”とは、4回転も音楽に合わせて一連の流れの中で跳ぶことで、プログラム全体の完成度を上げていく道程だろう。また羽生が加えたい新しい武器とは、4回転ルッツ、さらには4回転アクセルのことだと解釈される。それらを組み込んだ上で、“この質の自分の演技”、つまり出来栄え点や演技構成点でも高い評価を得る完全な演技をしたいと考えているのだ。

ルール改正は、基本的にフィギュアスケートをより魅力的なスポーツにしたいという考えの下で行われている。その意図を正しくくみ取り、自分の進んできた道が正しかったことを再確認した上で、進化を止めないからこそ羽生は強いのだ。

高難度のジャンプに挑戦し、なおかつ他の要素も大切に滑ることが要求される選手たちは、日々研鑽を積んで理想の演技に近づこうとしている。プログラムの最初から最後まで、細部にわたるすべての要素をしっかりと目を見開いて見届けることが、私たちがスケーターの努力に報いる唯一の方法なのかもしれない。

<了>

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