
石川直宏が語る「Jクラブの生存術」PDCAで“新たな価値”を生み出し続ける方法とは?
2017年に現役引退後、所属していたFC東京の「クラブコミュニケーター(CC)」という立場で活動しながら、メディア出演や講演など幅広く活躍し、FC東京、そして日本サッカーの発展のため尽力し続けている石川直宏。現役時代から数多くのファン・サポーターとの接点を持つオンリーワンの存在が、クラブスタッフとして学びを得る毎日の中、今の日本サッカーについて願うこととは何なのか。その胸のうちを明かしてくれた。
(インタビュー=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=浦正弘)
日本の経済全体からするとサッカーはまだ米粒くらい
日本にはさまざまなエンターテイメントがありますが、その中の一つとしてJリーグをどのように捉えていますか?
石川:サッカーに限らず、スポーツってまだまだ生活になくてはならないものではなく、日本の「文化」になりきれていない。それが文化になるためには、常に身近にあるような存在にならなくてはなりません。もちろん応援してくれているファン・サポーターの中には生活の一部だと言ってくれる人もいますが、まだまだ少ないです。
確かに、昔と比べたらサッカーや(応援している)クラブがないと人生が成り立たないという人も増えましたが、日本全体ではまだまだ少ない現状ですよね。
石川:そうですね。ビジネス的に考えても、サッカーやスポーツってものすごく可能性を秘めていると思うんです。ただ現時点では、認知度はあっても金額的な部分でいえば、日本の経済全体からすると米粒くらいしかありません。
Jリーグの価値を高めるために、現役の時にはプレーの質を上げたり、(個人レベルで)いろいろ考えてやってきましたが、世の中はそれ以上のスピードで成長し続けている中で、やっぱりサッカー独自の視点だけで価値の向上を求めても難しいと思うんですよね。例えば、他のスポーツや企業とのコラボなど、新たな価値を生み出し続けないと。そこにおいては、クラブでも、Jリーグでも、求められることは一緒なのかなという感覚はあります。
スタジアムに来てくれる人を増やすためには、どうしたら良いと思いますか?
石川:答えはいっぱいあると思いますし、そのための施策には各クラブの特色が出るのではないかなと。FC東京なら、東京という立地の中で来てくれる年齢層や取り組みの形があり、地方ではそれらが変わってくる。だからこそJリーグはこれだけ各地にクラブが増えて、それぞれの価値を生み出せる機会があります。それをクラブ主導でやりながらも、Jリーグを活用して社会連携や地域との連携で新たなものを生み出したいですよね。
「数値化して改善する」当たり前のサイクルを繰り返し続けることが重要
FC東京で、ファンが増えるきっかけとして手応えを感じた施策はありますか?
石川:まだ明確には見えていないのですが、いろいろやりながら、試合に来てくださる方々の満足度は明らかに変化していますね。クラブスタッフの川崎渉(マネジメントダイレクター兼マーケティング統括部長兼イベントプロモーション部長)が、それをわかりやすく数値化してくれています。
具体的に、どのような数値を取っているのですか?
石川:来場者アンケートで、満足度と不満点を数値化してご意見も自由に記入してもらっています。それを集約したものを、毎週試合が終わったあとに集計し、まとめて社内共有をしてくれます。その内容によると、お金をかけて良いものを作った時にはもちろん良い反応があるのですが、長続きはしません。現在は、スタジアムの「ワンダーランド化」と言って、スタジアムの外に青赤パークを作って、試合以外にも飲食やアトラクションも楽しんでいただくなど来場者の満足度を高める施策をしています。クラブとしてお金をかけて、お客さんにその場の空気感を楽しんでいただいてからサッカーを観てもらい、試合が終わったあとにまたその場所に戻って、お酒を飲んだり食事をしながら試合後の会話をしていただくというような機会を作って総体的に価値を高める努力をしています。その結果、満足度はどんどん高まっています。
毎試合数値を取って、良かったものはまたやろうと、トライ&エラーで取り組んでいるわけですね。
石川:そうなんですよ。その結果を見て、次は何を改善したらいいのか毎回明確になっていけば、サッカーと同じように、すぐに修正して次につなげていくことができます。
スタッフみんなで、毎試合での施策の結果や次のアクションを見える化し、共有して、きちんと検証することって、すごく重要ですよね。
石川:川崎は、僕とほぼ同じタイミングからFC東京に入ってくれたのですが、僕とは真逆なタイプなんですよ。熱い想いを持っている部分では一緒ですが、アウトプットの仕方が全然違うんです。彼から学ぶことも多く、それを生かして自分がファン・サポーターに対してや、スタジアムでのアプローチの仕方を変えて満足度にも変化が表れたり。特に今年良かったのが、味の素スタジアムが(ラグビーワールドカップ2019日本大会の開催により)使えない時期がある関係で、ホームゲームが連続して開催される時期がありました。その分、共有や改善の動きにスピード感が生まれたんです。その変化をファン・サポーターが一番に近くで感じてもらえる。前回はこういう問題があったけれど、今回は快適になったな、とか。まだまだ満足度でいったら100%じゃないんですけど、明らかに大きく変化してきていると感じています。
現状を調査して、問題点の改善を繰り返すというPDCAをしっかり回すことを続けたら、Jクラブはまだまだ伸びる可能性があるということですね?
石川:改善の繰り返しでお客さんからの信頼が得られれば、「また行こう!」ってなるし、その姿勢がそのクラブにあるかどうかがすべてかなと。ピッチと一緒だと思うんですよ。問題を見つけてそれに対する改善があって結果につながると。改善はあったけれど結果が出なかった場合は、ファン・サポーターも「次頑張ろう!」と言ってくれますけれど、同じことを繰り返していたら不満になりますよね。
チャレンジや努力をした結果、うまくいかなかったのなら納得できるけれど、同じ失敗を何度も繰り返されたら文句も言いたくなりますよね。
石川:選手たちも、自分自身やチームに対して不信感を抱いてしまうと思いますし。次はこうやってみようというチャレンジができるのは、自分やチームを信じて100%できるからだと思います。サッカーは特に、練習でも試合でもPDCAサイクルが目まぐるしいスポーツなので。それはビジネスサイドでも同じです。
その繰り返しを常にやっていると。
石川:はい。その感覚は選手に身についているし、僕自身も、今のビジネスサイドの立場でどのようにその感覚を生かして発揮するのか。川崎の強みと合わせて、想いを共有してやれるというのはすごく面白いし価値があると思っています。
川崎さんにもぜひインタビューさせていただきたいです。
石川:面白いと思いますよ。わかりやすくデータを集約して誰もが納得するような情報を共有してくれるので、他のビジネススタッフはその先の策に考えが回るんです。
Jクラブと人をつなぐ“新しい存在”
石川さんは現在、FC東京の「クラブコミュニケーター」として活動されていますが、これまでにない新しいポジションが、今ではすっかり定着していますよね?
石川:ゼロ状態から、やっていく中で作り上げていく、それが自分の中では理想です。今ではいろんなチームにそういう(クラブコミュニケーターのような)存在の人がいます。僕の前から鹿島アントラーズのクラブ・リレーションズ・オフィサー(C.R.O)として活動している中田浩二さんにもよく話を聞きましたし、最近でいえばサンフレッチェ広島の森﨑和幸・浩司兄弟(兄・和幸は同クラブのクラブ・リレーションズ・マネージャー[C.R.M]、弟・浩司はクラブアンバサダー)や、ヴァンフォーレ甲府の石原克哉さん(同クラブのアンバサダー)もそうですし。コンサドーレ札幌では河合竜二さんがコンサドーレ・リレーションズチーム・キャプテン(C.R.C)をやっていたり。他にも引退後にいろいろな取り組みをされているOBの方がいるので、年に1回くらい、そういう人たちで集まって話す機会があっても面白いですよね。
それぞれ同じ役割ではないですもんね。その会、ぜひREAL SPORTSで企画したいです!(笑)
石川:いいですね! 年に1回、それぞれ自分のクラブの取り組みや足りない部分などを話したり、Jリーグや、日本サッカー界にはこういうことが必要だよねとかを語り合う機会があったらいいなと思っています。
クラブのスタッフとして、Jリーグへ求めることはありますか?
石川:より(Jリーグの人が)スタジアムに実際に来て、いろいろなものを感じてほしいです。(Jリーグもクラブも)ビジネススタッフはどうしても目の前のことに意識が向きがちになってしまうので、その先に何があるかをイメージしていただけたらありがたいです。
Jリーグだからこそできることということですね。クラブは目の前のことに必死ですもんね。
石川:週末の試合に向けてPDCAサイクルを毎週繰り返していくパワーは、規模的に大きくなってきているFC東京のようなクラブでも大変ですし、地方のクラブでは複数の部署を掛け持ちしている人もいます。ただ、その先に何があるのかということをイメージしながらやっていくのか、あるいは目の前のことをただこなしていくのかという意識の差によって、その先の進み方には大きな違いが出てくると思っています。目の前のことを一生懸命やるというのは大事ですけれど、何を見て何を意識して、クラブのため、Jリーグのため、そして日本サッカーの発展につなげていくのかということに意識が向くような連携を作ってほしいなというのは、Jリーグに対して特にあります。それが、「社会連携」という部分で価値を高めるための取り組みの一つだと思っています。(中村)憲剛選手も言っていましたが、昨年のJリーグ25周年の節目から今後どうしていくのか、村井(満)チェアマンのアクション含めて、Jリーグにもっともっと示してほしいです。まだまだ各クラブ独自の活動という部分が多いですね。
現場でやるべきアクションがJリーグにはまだイメージが難しいところがあると思うので、どうしても遠慮がちに感じます。そこをもっとクラブとの関係を密にし、Jリーグとしてのアクションを起こした中で、各クラブが共有できるような連携ができたらいいなと。昨年と今年で言えば「社会連携」の部分は価値と可能性を感じていることの一つです。
普段の生活の中で、身近にあるようなクラブが理想
石川さんの良いところは、FC東京のクラブスタッフとしての業務や責務と、Jリーグ全体のことを両方考えながら取り組んでいることですよね。アパレルブランド「PUBLIC TOKYO」とのコラボレーションなど、石川さん個人での活動においてはどういう意図でやっているのですか?
石川:お金を生み出すのがビジネスなので、そこは自分にはまだ足りない要素なのですが、その先にある価値を作りだすための機会だと思っています。例えば、昔から服が好きだったので、今回いろいろなつながりを通して「PUBLIC TOKYO」とコラボができました。その服を手に取ってもらった時に、かっこいいなって思ってもらえて、けど、その先にこれを作った人のパーソナリティのことまでは普通は思いが至らないと思うんですよ。でも、個人とのコラボレーションを通してその服を買う価値がその先に生まれるという部分で、意識してもらえるかなと。
石川直宏がコラボしているということで、そこにストーリーが生まれて、マインドが込められているからその服を着たいなと思いますよね。
石川:自分の地元である三浦海岸で、昔のことを思い出しながら話をさせてもらい、洋服に想いを込めてコラボさせてもらったので、自分にとってもすごく良い機会でした。もちろん服を着てもらいたいですが、今回あるつながりがきっかけでコラボの話に行き着いて、ファッション好きでサッカーをよく知らない人が、「サッカー選手はこういうストーリーの中でサッカーをしているんだ」とか、「ちょっと試合を見に行ってみたいな」と興味を持ってもらえたらいいなと思っています。サッカー以外の興味や趣味を通してもっと広がると思っているし、自分の生きざまをいろいろなところにつなげられるかなと。
ファッションがきっかけで、石川さんやFC東京を近しく感じる人も出てくるかもしれないですしね。
石川:そうなんです。どういう人たちに興味をもってもらえて、どんな可能性があるのか、そういう情報がすぐに入ってきて即アクションを起こせるのが、やっぱり東京だと思うんですよね。
ファッションにおいては、まだまだJリーグも改善の余地がありますよね。「niko and …」とJリーグクラブのコラボTシャツとか、Jリーグファンはもちろん、そうでない人も単純にかっこいいから買うという人がすごく多く、やっぱり可能性があるなと思います。もっと日常生活に密接な存在になっていけたらいいですよね。
石川:そういう部分ではグッズも、FC東京のファンじゃなくても普段着としてもかっこいいから買う、そして着ている人を見て「あ、FC東京だ」と気づいてもらえる。普段の生活の中で身近にあるようなクラブが理想なのかなと思います。
FC東京は、たくさんの可能性がありますね。
石川:さまざまな素敵な取り組みをしているクラブがどんどん出てきているじゃないですか。想いを持って取り組みをしているクラブは、カテゴリー問わずライバルという感覚なんですよね。いろいろな可能性がある分、逆転されてしまうこともあると思うし、FC東京として負けないように日々突き抜けて取り組まなくちゃいけないなって思っています。
<了>
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PROFILE
石川直宏(いしかわ・なおひろ)
1981年生まれ、神奈川県出身の元プロサッカー選手。元日本代表。現役時代のポジションは主にミッドフィールダー。横須賀シーガルスでサッカーを始め、その後、横浜マリノスジュニアユース、同横浜F・マリノスユースを経て2000年に横浜F・マリノスのトップチームでJリーグデビュー。2002年にFC東京へ移籍。度重なるケガの苦境を乗り越えながらファンを魅了し続け、2017年に引退。2018年1月、FC東京クラブコミュニケーターに就任。
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