山田直輝の未来を切り拓く戦いが始まる「湘南の今の状況は僕への試練であり使命」

Career
2019.11.23

残り3節を残し、熾烈な優勝争いと残留争いが繰り広げられている明治安田生命J1リーグ。

湘南スタイルを築きあげてきたチョウキジェ監督の退任。そして台風19号により練習場が使えないなど苦境のなかにある湘南ベルマーレは残留争いの最中にいる。

その苦境のなかで、「自分の力で残留させたい強い気持ちがある」と語ったのは、今季途中に加入して10番を背負ってプレーする山田直輝。

再び芽生えようとする湘南スタイルを敏感に感じ取り、そこに自らの未来を切り拓く戦いを重ねた男の覚悟を追った。

(文=佐藤亮太、写真=Getty Images)

背番号10に訪れた失敗の許されない試練

「僕が湘南に来たタイミングでこのような状況になったのは僕への試練であり、使命だと思っている」

FC東京戦を控えた11月19日。小春日和の県立保土ケ谷公園サッカー場で湘南ベルマーレMF山田直輝は語った。

山田の言う試練。使命。それはJ1残留だ。

7月24日、山田は浦和レッズから湘南に期限付きの移籍をした。湘南への3シーズンの期限付き移籍を経て、2018年に浦和に復帰。しかし、待ち受けていたのはケガによる長期離脱に、戦力として扱われなかった現実。紅白戦のメンバーから外れることさえあった。もう一度、自らの力を示すべく 湘南への移籍を決めた。自身2度目の移籍。半年で結果を出さなければならない、いわば失敗の許されない覚悟を伴うものだった。

その所信表明がプロになって初めて着ける背番号「10」。

きっかけは湘南・坂本紘司スポーツダイレクター(SD)の「ちょうど10番が空いているから、着けてみるか」という一言。覚悟の量は十分か? 坂本SDは本気度を試した。これに山田はプレーや言葉だけではなく、それ以上の姿勢で見せるべく、覚悟を持って10番に袖を通した。

約1年半、離れていたものの、湘南スタイルは体に染みついていた。

加入から約2週間後、8月11日に行われた明治安田生命J1リーグ第22節のジュビロ磐田戦では後半途中出場ながらも80分に角度のないエリアから技ありシュートを放ち、ゴール。エンブレムをつかみ、アピール。湘南が3-2で逆転勝ちした。この時点で湘南は11位とまずまずの位置にあった。

「この難しい状況を変えられるのは選手たちだけ」

しかし、上げ潮ムードは磐田戦翌日の報道で雲散霧消となる。チョウキジェ監督のパワハラ疑惑問題だ。

クラブは暫定監督に高橋健二コーチを据え、湘南スタイルの継続を図ったが、報道による衝撃や動揺は確実にチーム内に悪影響を及ぼした。

この報道直後の成績は、2分4敗。泥沼のなか、クラブは10月8日、チョウ監督の退任を発表。2日後の10日、内部昇格で浮嶋敏(びん)監督が就任。スタイル再建を託された。

この時点で湘南は勝点「31」。順位は15位。16位のサガン鳥栖とは勝点と得失点差で並び、得点総数でかろうじて、上回っていた。

浮嶋監督が就任したこの日、山田はこんな言葉を残している。

「この難しい状況を変えられるのは選手たちだけ。僕個人として、自分の力で残留させたい強い気持ちがある。来た時にはまさか残留争いする状態ではなかった。でも、こうなった今、やらなければならない。またこのチームの中心にならなければならない。この気持ちは強い」

続く第29節の横浜F・マリノス戦では1-3で完敗となったが、チームにそれなりの手応えをつかんでいた。62分までプレーした山田は「勝てなかったことより大事なものを見失わなかったことが収穫。このままやれば、自分たちらしく戦える。何かを取り戻せた試合。今後につながる大事なものが宿った試合。もしこれで内容もダメだったら、チームはどうしようもない雰囲気になったと思う」と振り返った。

「大事なものを見失わなかった」
「大事なものが宿った試合」
それはどういった意味なのか。

横浜FM戦に出場したDF岡本拓也は振り返る。「試合のはじめから相手に押されたけど、思い切って、体を張って跳ね返した。負けたけど、『あ~この感じだよな、湘南のサッカーは』と。守っていて楽しかったというか、ものすごく攻められているのに久しぶりに楽しかった」。

走って、体を張って、一体になり戦う。たとえ押されても粘りに粘って、チャンスと見るや、味方を追い越し、一斉に攻め上がる。失いかけた湘南スタイルが感覚として戻りつつあった。ただ、そう一朝一夕にはうまくいかなかった。

湘南の未来、自らの未来を切り拓く戦い

約2週間の中断明け第30節のガンバ大阪戦。開始10分で失点。苦しいなか、前のめりで攻めに出たが、肝心のところでミスを重ね、終わってみれば0-3。気持ちだけが前に出る、そのスキを狙われての完封負けとなった。

試合に出ることなく終わった山田はミックスゾーンで「元に戻っちゃった……」と肩を落とした。「みんなボールをもらうのを怖がっているからパスコースが限定される。だから相手に取られちゃって攻撃のスイッチを入れやすくさせちゃう。こういうときこそ楽しまないと。楽しんでボールをもらうくらいじゃないと……」と落胆するとともに「オレ、調子いいんですけどね。難しいですよね。監督が決めることだから……と不遇を嘆いた。

続く、第31節セレッソ大阪戦。湘南はシュート数で相手を上回る13本を打ち、押し込みながらもあとひとつ届かず、0-1の敗戦。そのなか、山田は浮島体制で初めて先発フル出場を果たした。豊富な運動量をベースにした攻守にわたるプレーを久しぶりに見せ、山田らしさを随所に見せた。

「勝てた試合、少なくとも引き分けにはできた」と手応えはあったが順位は16位。自動降格となる17位・松本山雅FCとは勝点1差と剣が峰に立たされた。

山田は腹をくくった。「正直、J1に残りさえすればいい。たとえ入れ替え戦でも。そのため、湘南らしいサッカーができるという自信を持つことが大事。それが自力残留でも、たとえプレーオフでも。最終的にみんなで良かったと思えるようになれば、それでいい」。

監督退任。残留争い。そして台風19号により練習場は使用できず、毎日違う場所でのトレーニング。湘南はいま三重苦にある。ただ、そのなかにあっても、山田は再び芽生えようとする湘南スタイルを感じている。

「気負い過ぎず、自分たちのプレーをするのが一番だと思う。それに最近、選手一人一人責任感が出てきたと思う。ピッチのなかもそうだけど、終わったあとも言い合っているし」

実はこの日、FC東京対策のメニューが終わった際、MF齊藤未月がFW指宿洋史につかみかかるシーンがあり、一触即発となった。またゲーム中、守備に戻らない選手への怒鳴り声がピッチにこだました。

山田の言う責任感。それはJ1残留に向け、個々が何をすべきなのか考え、ときに気持ちをぶつけ合いながらも一体となって戦うことなのかもしれない。

「僕たちはできるという自信を持って、戦える」、そう言い切った。

山田にはいまだ脳裏に残る言葉がある。それはJ2を戦った2017年、チョウ監督に言われた「勝利に責任を負え!」というもの。10番を背負う山田にとって、残り3試合は勝利に責任を負うプレーを見せる、正念場となる。

「湘南に戻ってくるにあたって、当然、引っ張ってほしい気持ちでいた。ただ昨年ルヴァンカップで優勝して、チームの状況が変わっていたことで、いきなり『オレが中心となる』とは最初はいかなかったと思う。でも、今は状況が良くないなか、自分が引っ張る、中心になるという気持ちが(山田)直輝自身に芽生えて、思い出してきたように見える。10番の覚悟を残り3試合で見せてほしい。戻ってきた意味を結果で見せてほしい」(湘南・坂本SD)

湘南の未来、自らの未来を切り拓く戦いが目の前に迫っている。

<了>

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