チョウキジェ監督「パワハラ」疑惑 “結果”と“愛”が生み出すスポーツ界の歪み

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2019.08.16

J1湘南ベルマーレのチョウキジェ監督によるパワーハラスメント疑惑が世間を騒がせている。Jリーグが調査中の現時点では確定した事実は何一つないが、チョウ監督は調査終了までチームから離れることとなった。
時を同じくして、プロ野球(NPB)、バスケットボールのBリーグでも監督による暴力、パワハラ事件が明るみになっている。
パワハラが社会的問題化している中、各リーグの対応、処分にはバラつきがあり、「勝利を追求するプロ集団」であるプロスポーツにおけるパワハラの定義の難しさを表している。

(文=大塚一樹、写真=Getty Images)

教育者としても評価の高かったチョウキジェ監督のパワハラ疑惑

8月12日、湘南ベルマーレのチョウキジェ監督による、複数選手、クラブスタッフに対するパワハラ疑惑に対してJリーグが調査に乗り出すことが報じられた。クラブ側はこれに全面協力することを発表し、翌13日には調査終了までチョウ監督がクラブから離れることが発表された。

限られたクラブ予算、戦力で格上相手に走り勝つ「湘南スタイル」を確立し、2012年から8年にわたってクラブを率い、昨季はルヴァンカップ優勝を果たしていたチョウ監督の手腕を評価する声が多かったために、サッカー界に衝撃が走った。

育成年代を中心に取材をする筆者にとっても、チョウ監督は熱血漢という以上に、若手育成のスペシャリスト、「教育者」としての、日本サッカー界において独特の存在価値を持った指導者という印象がある。
直接インタビューをしたことはないが、かつて湘南のGM、社長を務めた、盟友・大倉智氏(現・株式会社いわきスポーツクラブ(いわきFC)代表取締役 兼 総監督)からは、チョウ監督のモチベート術、教育者としての側面以外にも、戦術に対する知識の深さ、データ分析を積極採用する先進性などを聞いた。
指導方法を持たないが故に手が出てしまう、論理的な説明が不得手な故に感情的になってしまうタイプの指導者ではないだけに、指導スタイルの是非につながる一大事だと感じている。

本稿では断片的な報道を元にチョウ監督の行為の是非を問うことは避けるが、一部選手、Jリーグサポーターなど「チョウ監督を知る人たち」から擁護の声が挙がっているのはサッカーに関わる人なら納得できる現象だ。

パワハラをめぐる騒動はプロ野球、Bリーグでも

チョウ監督の疑惑、騒動の直前、日本のプロ野球界とバスケットボール界でも指導者によるパワハラ疑惑が物議を醸した。

プロ野球では、広島東洋カープの緒方孝市監督が6月30日の横浜DeNAベイスターズ戦の試合後、野間峻祥外野手を複数回平手打ちした。球団によると緒方監督は7月15日に自らの行動を選手やスタッフに謝罪。同月24日には球団が厳重注意処分を発表。NPBとしての追加処分はなかった。

Bリーグでは8月8日、B2リーグの香川ファイブアローズ、衛藤晃平ヘッドコーチが選手への暴行、暴言を繰り返したとして1年間の公式試合に関わる職務停止処分を受け、その2日後には衛藤ヘッドコーチ自らの辞任の申し出を受け、7日付けでの契約解消という対応になった。衛藤ヘッドコーチのパワハラを止めることができなかった責任を問われた村上直実代表取締役社長にもけん責および制裁金100万円、津田洋道取締役兼エグゼクティブコーチにもけん責および制裁金50万円が科せられ、香川ファイブアローズ自体にも制裁金100万円が科せられている。

個別の問題について一概に比較はできないが、2つのリーグの対応は対象的と言ってもいい。

選手を平手打ちした事実が明らかな緒方監督に対して、NPBとしての処分はなし。井原敦事務局長が「球団から速やかに報告を受けた。このような事案はあってはならないことで、再発防止に努めてほしい」と述べるにとどまった。すでに球団から処分を受けているとはいえ、リーグとしてはおとがめなしとみられてもおかしくないこの処分に首をかしげる人も多いだろう。これには日本のプロ野球のリーグの構造が影響していると見るのが自然だ。

日本のプロ野球界の問題点として指摘されることも多いが、アメリカ・メジャーリーグのMLBや日本のJリーグ、Bリーグと違って、NPBはリーグを主導的に動かす立場にない。球団がそれぞれ独立して権限を持ち、その裁量の中で物事を進めるという力関係が続いてきた。NPBが積極的に関わるのは、球団同士の利害関係や試合の勝敗に関する事柄が主。
現に今年5月、巨人戦でリクエスト、リプレー検証後の判定に異議を唱えて退場になった緒方監督にNPBとして「厳重注意」と「罰金10万円」という処分を科している。処分だけを見れば、選手への平手打ちより、審判への異議が重いということだ。

パワハラに対するアンテナは、サッカー界、バスケットボール界の方がよほど高い。
日本サッカー協会(JFA)は懲罰規程に「指導中(練習・試合含む)における選手等に対する身体への不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼす行為(暴力・体罰)」はもちろん、「指導中(練習・試合含む)における選手等に対する人格を否定するような発言・侮辱等、又は 指導者が特定の者を無視したり、正当な理由なく練習させない等、指導者の立場を利用した嫌がらせ行為(以下「暴言等」という。)により、心身に有害な影響を及ぼす言動」についても明確な罰則規程を設けている。

Bリーグの懲罰規程に暴行やパワハラに関する個別対応例は明記されていないが、リーグが主体性をもって処分を下す規程があることで、リーグの問題意識が処分に反映される可能性が残る。

スポーツ界のパワハラ問題を複雑にする「結果」と「愛」問題

処分の差を見るにつけ、NPBに暴行やパワハラに対する認識を新たにしてほしいのは事実だが、3つのプロスポーツリーグで起きた事件には共通点もある。それが「結果」と「愛」の問題だ。

監督、コーチ、選手、スタッフ、プロスポーツクラブで働く人たちの仕事は、勝利や結果を追求することだろう。特にチームを率いる監督やヘッドコーチは、結果を出すためにある程度の裁量と権限を持つことになる。その中で結果を残した指導者が良い指導者と評価される。

湘南ベルマーレを率いるチョウキジェ監督は、前述の通りJ2降格とJ1昇格を繰り返す“エレベータクラブ”にあって、クラブのプレーモデルを確立し、遠藤航(現・シュトゥットガルト)、永木亮太(現・鹿島アントラーズ)ら、日本代表選手を育ててきた。育てればビッグクラブへ巣立っていく教え子たちを見送りつつ、J1残留、最短復帰を繰り返す手腕は高い評価を受けている。

緒方監督もプロ野球界唯一の市民球団である広島東洋カープを率いて2016年からリーグ3連覇を果たしている。フリーエージェントで読売ジャイアンツに移籍した丸佳浩選手のように、主力が毎年抜けていくチーム事情は湘南同様。選手の入れ替わりにも対応してみせる緒方監督もまた結果を出している指導者だ。

衛藤晃平ヘッドコーチについては、B2リーグということもあり、一般的知名度はほとんどないだろう。経歴を見れば前所属チームのバンビジャス奈良を最下位から立て直し、2016-17シーズンにはチーム史上最高勝率に導いている。おそらくこの手腕が評価され、B2所属の香川ファイブアローズのヘッドコーチに就任したのだろう。

チョウ監督、緒方監督に比べると、わかりやすい結果を出していない衛藤ヘッドコーチの報道に際して、「ロッカールームで、選手に対し飛び蹴り、また胸ぐらを掴み暴言を吐いた」「練習の際に、1回または2回にわたり、選手に対し顔面を平手打ちした」「選手のプレーに激昂し、同選手の首を掴みゴール下から体育館の壁まで押しやり、暴言を吐いた」という文字面で、感情が抑えられないひどい指導者というイメージが浮かびやすかったことも事実ではないか。
こうした“指導”の結果、B2優勝やB1昇格などわかりやすい結果が出ていたらイメージが一変するとは到底思えないが、報道に接する我々も、勝利や結果を免罪符にしてしまう傾向があるのかもしれない。

結果と並んでスポーツでのパワハラに用いられるのが「愛」だ。いささか古い体質として認識され始めてはいるが、一般社会では絶滅した「相手が愛を感じれば指導、教育で、愛を感じなければ暴力」という価値観は、スポーツ界ではいまだ健在だ。

今回問題になった3人の指導者はいずれも限られた戦力で若手を育て、教育的な立場から指導を行う立場とタイプの指導者だ。

事実を並べれば、明らかにアウトとわかる衛藤元ヘッドコーチの件も、Bリーグがクラブに事実関係を最初にただしたのは昨年1月。香川ファイブアローズの村上社長が、「選手と理解し合っており、当時は暴力だと認識していなかった」と語っているように、監督に暴行、パワハラの自覚はなかった。
そして選手も、勝利という目標のためならヘッドコーチのやり方、指導スタイルを一度は受け入れるのがプロ選手の務めだという意識もあっただろう。
加えていえば、日本ではプロでなくても指導者の絶対的な権力の下に運営されている部活動がいくらでもある。こうした指導に慣れっこになっていた選手たちの感覚も麻痺している可能性もある。

結果として、1年半以上経過してからの処分となったわけだが、会見で「被害者の選手に期待していた。人権、パワハラの勉強不足は否めない」と言い募った衛藤監督の発言からもスポーツ現場における暴行、パワハラ問題の根深さが見える。

広島の緒方監督の例でも、処分を下した鈴木清明球団本部長が「どんな場合でも手を上げる行為は許されない」としつつ、「手を上げたのは監督になって初めて。野間はけがをしていないし、関係も崩れていない」と厳重処分の理由を述べている。

野間峻祥外野手への暴行の理由は、緩慢な走塁だったという。現役時代は俊足を活かし、3年連続盗塁王にも輝いた緒方監督から2014年のドラフト1位、ポスト丸が期待される野間選手への期待の裏返しとする声も多く挙がっている。広島の元エース、北別府学氏は「今こいつを何とかしなければと思ったのではないか」と暴力を否定しつつ緒方監督の心情を読み解いていた。

パワハラは、一般企業でも規定が難しい。セクシュアルハラスメント(セクハラ)には男女雇用機会均等法、マタニティーハラスメント(マタハラ)は育児・介護休業法などの法律で一定の規制が可能だ。
パワハラを規制する法律、その定義が明確でないことを問題視した厚生労働省が、(1)優越的な関係に基づく(2)業務上必要な範囲を超える(3)身体的・精神的な苦痛を与えるという基準を示し、今年5月末には企業に防止策を義務づける労働施策総合推進法の改正案が、参院本会議で可決、成立した。

こうした社会の流れから見れば、スポーツ界にそのままその規定を当てはめれば、疑義が生じ、調査となった時点でかなりの確率でパワハラが認定されるはずだ。指導のための叱責、長時間練習やハードワークを求めること、監督の構想、戦術に当てはまらない選手を試合に出場させないこと、どこまでをパワハラとするのか線引きはますます難しくなる。

プロリーグを統括する各リーグにスポーツ界と一般社会のズレを認識し、襟を正すことが要求されるのは言うまでもないが、厚労省の示す2つ目の基準「業務上必要な範囲を超える」をどう判断するのか? 今後ますます難しい舵取りが求められる。

<了>

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