
高校野球は誰のもの?“大人の都合”が遠ざける本質的改革 高校野球改造論
昨夏、全国高等学校野球選手権大会が記念の100回を迎えた。歴史と伝統、そして人気を誇る高校野球は、春夏の「甲子園」を中心に日本でも有数のスポーツイベントになっている。しかし、近年、これまで「当たり前」とされてきた高校野球の常識が実は社会の非常識ではないかという声が挙がるようになった。
この連載では自らも高校球児として青春時代を過ごし、長年高校野球の現場を取材してきた作家・スポーツライターの小林信也氏が、あえて「外」から見た高校野球の不思議を取り上げ、甲子園、高校野球、日本の野球の未来のための提言を行う。
(文=小林信也、写真=武山智史)
「外圧」は高校野球を変えるのか?
新潟県高野連が問題提起する形になった「球数制限」の議論は、日本高野連が促した再考の要請を新潟県高野連が受け入れ、新たに「投手の障害予防に関する有識者会議」を召集し、一年以内に結論を出す方向で落ち着いた。4月26日には第1回の会合が開かれ、新聞各紙でも議論の様子が報じられた。
この一連の動きを見て、「今回の日本高野連の動きは早い、対応を評価する」といった声もある。だが、これを評価するメディアがあることも含めて、日本の高校野球、ひいては野球界やこの周辺にいるメディアのおかしさが凝縮されていると私は感じる。
この騒動を「外」から見る人、つまり高校野球に直接関係ない人や普段あまり興味のない人から見れば「なぜ?」と感じることが、高校野球の中にいる者にとってはそれほどおかしくない。むしろ「妥当だ」と感じる危うさがそこにある。
日本高野連がアクションを起こした背景には、サッカーJリーグの元チェアマン・川淵三郎さんの「高野連は頭が明治以来変わっていないんじゃないか」との発言がネットで拡散されたこともあったのではないだろうか。
インターネットの普及で、すべての問題は、外にいる人からも見えるようになった。そして、おかしいと思えば外からも発言されるようになった。従来は、日本高野連による「言論規制」が可能であったし、外から川淵さんのような人物が発言しても、その場の雑談で終わり、メディアは忖度して報じなかったかもしれない。だが、第三者の発言でも面白ければネットを中心に広がる環境になった。
それでもまだ、日本高野連の硬い殻は破られずにいる。
「球数制限」は手段であって目的ではない
私は、野球を志す選手の気持ち、選手たちの将来、そして日本の野球の未来を最優先して、この連載で様々な野球の現実と未来を提言して行きたいと考えている。
まず第1回で指摘したいのは、日本の高校野球は誰のものか? の根本だ。
新潟県高野連は、なぜ日本高野連の求めに応じ、再考を決定したのか?
つまり、なぜ一度決定した春季新潟県大会での「球数制限」導入を見送ったのか?
私の取材に対しても、公式のコメントにしても、
「一定の成果があった」「これ以上、日本高野連と揉めることが目的ではない」といったバランス感覚が「答え」であった。組織や世間のわきまえを知る「大人」であれば、それはまことに賢明な「大人な判断」であり、わからないではない。だが、高校野球は誰のために存在するのかという根源に立ち返れば、最も理解しにくい、許しがたい決断でもある。
誰が、何に対してバランスを取ったのか?
バランスとは、誰に対して配慮されたものか?
日本高野連は、「我々ほどの組織が改革に乗り出した。凄いことだろ」という前提に立っているように見える。言葉でそう表現はしていないが、「外」から見れば、そう言っているのに等しい。
新潟県の野球関係者たちの「選手たちの心身の健康を守り、父母からも安心して子どもたちの野球を応援してもらえるグラウンド環境を作り直したい」という本質的な高校野球改革はどこかに押しやられてしまった。その明快な提言の端緒にすぎなかった「球数制限」が、いつのまにか「テーマそのもの」にすり替わっている。
日本高野連が主宰して、大げさに「球数制限の是非」を語り合う滑稽さ。そうすることで、本質的な問題解決や、もっと変えるべき本質から世間の目をそらしている現実をメディアの多くが報じない。
選ばれた委員たちも、その矛盾を指摘しない。あくまで「球数制限」という問題をかき回す試験管の中に飛び込み、閉じこもり、もっと大きな視野から高校野球の現状や未来を語り合う切実な必要を提言しない。高野連から見れば「信頼できる」人たちなのだろうが、外から見れば「何も変えない残念な人たち」とも言える。
“組織主体”の犠牲になる高校生たち
大手のメディアはどうか?
朝日、毎日がそれぞれ主催する春夏の甲子園を中心とする日本の高校野球の大枠を根本的に変えようとする提言はいまのところない。多くのメディアが、この枠組みを前提として高校野球を報じ、語り、商売の糧にしている。
企業であるメディアだけではない。高校野球を主な活動の場とするフリーランスの取材者たちも、甲子園の感動に打たれてこの業界に関わっているから、本質的な改革を考える者は少ない。
だが、ちょっと待ってほしい。組織の体裁や、教育の枠組みを崩さないことを優先され、高校生たちが犠牲になっていいのか?
高野連は、「外」から見れば、「自分たちの保身でなく、高校生を第一に考えるべきではないか」と批判されてもやむをえないだろう。教育の一環だと言いながら、「大人たちが見るスポーツ」として社会に定着している高校野球のいびつな社会的存在があるために、やはり高校生一人ひとりの気持ちや多感な青春期の重要な一日一日の出来事なのだという繊細な現実が忘れ去られている。
簡単に言えば、高校生主体ではなく、組織主体になっている証といえるだろう。
私にははっきりしたビジョンがある。
真夏の高校野球はすぐにやめるべきだ。
一定の気象条件を超えたら、試合も練習もやめるべきだし、その指針を作り、高野連以下、指導者たちが厳しくそれを実践し、子どもたちの健康を守るのは当然だ。
大人のセンチメンタルを商売のネタにし、そのため高校生に過酷な忍耐と負担を強いる高校野球はブラック部活そのものだ。とくに夏の甲子園は、センチメンタルを免罪符にして、ブラスバンドや部員以外の生徒や大人たちをも猛暑下の応援に巻き込む「組織的な理不尽」を放置している認識をもっと持つべきだろう。
長期休暇という前提はあるにしても、真夏に甲子園をやるために、少年野球も真夏に練習する。野球が好きでも、暑さに弱い子、暑い中で猛練習をやるのが嫌な子は野球から離れていく。そんな愚かな現象をそのままにしている野球界の根性主義に「中の人」は気づかない。それが「教育だ」と思い込み、意識改革もしない日本の“教育者”たちは、外から見れば「異常だ」と感じるのが普通だろう。
外から見るとおかしいことでも、中の人はなかなか気づかない。昨今のスポーツ界に共通する問題が高校野球には凝縮されている。
<了>
第10回 泣き崩れる球児を美化する愚。センバツ中止で顕在化した高校野球「最大の間違い」
第9回 金属バットが球児の成長を止める。低反発バット導入ではなく今こそ木製バットに回帰を!
第8回 「指導者・イチロー」に期待する、いびつな日本野球界の構造をぶち壊す根本的改革
第7回 なぜ萩生田文科相「甲子園での夏の大会は無理」発言は受け入れられなかったのか?
第6回 なぜ、日本では佐々木朗希登板回避をめぐる議論が起きるのか?
第5回 いつまで高校球児に美談を求めるのか? 甲子園“秋”開催を推奨するこれだけの理由
第4回 高校野球は“休めない日本人”の象徴? 非科学的な「休むことへの強迫観念」
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