鈴木長官も提言! 日本の高校球児に「甲子園」以外の選択肢を 高校野球改造論

Education
2019.06.29

先日、鈴木大地スポーツ庁長官の「プロ野球団はユースチームを持つべき」という提言が話題になった。野球界をめぐるさまざまな問題は、勝利至上主義、甲子園至上主義に基づいた「選択肢のなさ」に起因しているという指摘だ。こうした議論は以前からあったが、「甲子園」を絶対的な中心として動いている高校球界が変わらない限り、状況は変わらない。
野球の楽しさが「甲子園出場」に収斂されるかのような「異常事態」はどうすれば変えていけるのか?

(文=小林信也、写真=武山智史)

中学野球まではプレーする場所を選べるが……

「甲子園出場」、そして将来は「プロ野球選手」を志願する中学生球児たちは、通学する中学校の野球部(部活)でなく、地域にあるリトルシニアやボーイズ、ポニー、ヤングといった中学硬式野球チームに入団する例が多い。数にすれば半々くらいかもしれないが、熱心に野球を志す野球少年の多くは、事情が許せば中学硬式野球にまず目を向けるのが主流になっている。

その理由はたくさんあるが、もっとも代表的なものは、リトルシニアやボーイズの方が本格的な野球ができる、その後の進路を有利に選べるというイメージが強いことだろう。中学硬式クラブの中には元プロ野球選手が監督やコーチを務めるチームもあり、地域の強豪チームは、毎年のように甲子園常連校に選手を輩出している。

ネットを見れば、全国大会はもちろん、地域の大会情報も数多く掲載されていて、その活発さは一目瞭然。土日や祝日はほとんど野球漬けの活動が見てとれる。実際に甲子園で活躍する選手の多くは中学時代からこうしたクラブチームで硬式に取り組んでいるという情報も広く伝えられていて、甲子園やプロ野球を目指す球児や親ならば、そちらに心を奪われるのは当然だろう。

一方で、あえて中学の野球部を選ぶ親子もいる。多くは、まだ中学生のうちから重い硬式ボールを使うことへの不安と抵抗。身体が小さく、成長が遅い子は特にそれを理由に部活を選ぶ。

昨夏大活躍した吉田輝星投手(金足農、現日本ハム)、今夏注目の佐々木朗希投手(大船渡)はいずれも中学の軟式野球部出身だから、必ずしも硬式のクラブでないと大成できないとは限らない。あのハンカチ王子こと斎藤佑樹投手(早稲田実、現日本ハム)も中学時代は部活で軟式野球をやっていた。軟式でも実績があり、実力と素質が認められれば強豪高校に推薦入学できる道も十分にある。

経済的、時間的な理由、親の負担などの理由でクラブチームでのプレーを断念する場合もあるが、今回は、「中学で硬式、軟式、どちらを選ぶべきか」というテーマでないので、これ以上の考察はしない。各家庭の環境や親子の考え方で「どちらかを選ぶ環境がある」という点に注目してほしい。

“選択肢”が生む多様性 野球の楽しさは一つではない

中学野球と高校野球では事情が一変する。高校に入るときは、ほぼすべての選手から「選択肢がなくなる」のだ。

このすごく単純で本当はおかしな現実が、当たり前のように受け入れられ、誰も疑問を挟まない。先日の鈴木長官の提言は、高校野球のおかしさに言及したもので、野球界からは反発があるだろうが、外から見れば「ごく普通」の疑問と提案だといえる。

「中学時代は、熱心な球児ほどクラブチームを選び、学校の部活では野球をしない」のが主流になっているのに、「高校に入るとほぼ100%、クラブチームではなく、学校の部活で野球をする」。

「甲子園出場を目指すのだから当たり前」と誰もが思うだろう。そう、その通り。日本の野球界では「高校生になったら甲子園を目指す」のが最高の目標になっているから、高校で野球をやる以外の選択肢を考えない。実際、高校以外に野球を真剣にやる場所もない。

最近ようやく、アメリカの高校でプレーする選択をする球児の存在も伝えられている。しかし、こうした球児たちに対して日本のプロ野球界はそれほど熱い視線を送っていないように感じる。よほど身体的に魅力があり、アメリカで実績を積めば別だろうが、“高校野球”から離れた時点で日本の野球界からドロップアウトするような印象はぬぐえない。

高校時代、つまりは15歳から18歳までの「甲子園」が本当に野球人生の頂点なら提言の必要はないかもしれない。が、その先にまだ長い野球人生がある。そして実際、甲子園に出場できなくてもプロ野球に入り、活躍する選手は山ほどいる。もっと別の視点から言えば、プロ野球に入れなくても幸せな野球人生を歩む道だって本来はあるべきだ。

サッカーは、Jリーグが発足したとき、変革があった。それまでは高校のサッカー部で「国立(競技場)」を目指すのがサッカー少年たちの目標だった。ところが、Jリーグの各クラブに下部組織が整備され、高校に入学しても部活ではなく“クラブユース”でプレーする選択肢が生まれた。

石川県の星稜高校でプレーした本田圭佑や高校サッカー選手権の最多得点記録を持つ大迫勇也など、部活出身の日本代表選手もまた存在するのでクラブ偏重とはいえないが、Jクラブのユースに昇格できなかった選手が高校でプレーするという例も珍しくない。

サッカーに比べると、高校野球界は“無風”状態が続いている。あまりにも「甲子園」に対する羨望が大きく、プロ野球界も積極的なアクションを起こさない。

「高野連には属さない」と宣言し、独立リーグのチームと提携して「プロ野球選手になるためのレベルアップ」を主眼とする私立高校が生まれるなど、個々に動きはあった。しかし、あまり順調とはいえないらしい。私の友人たちの中にも、「甲子園を目指さない高校野球」を提唱し、新しく野球部を創ろうとしている高校に提案しているグループがあるが、甲子園出場によって広報・宣伝や校内の活性化を求める学校側の同意を得るのは難しいようだ。

読売新聞が主催する「クラブチームによるリーグ戦」も一案

日本の高校生に、高校の部活以外の場所で野球をする環境を創出すべきだ。方法は2つあると私は考えている。

一つは、リトルシニア、ボーイズのような中学硬式野球クラブが、発展的に高校部門を創設し、いまの中学野球と同様の組織を高校でも展開する。

もう一つは、鈴木長官が提案したようにJリーグ同様、日本のプロ野球12球団がそれぞれ傘下にチームを創設し、高校生たちも各ユースチームでリーグ戦やトーナメントを戦う組織を充実させる方法だ。

清宮幸太郎選手(日ハム)が早実時代、球場に観客が入りきれないほどのフィーバーが話題となった。私は、清宮選手を読売ジャイアンツがスカウトし、調布リトルシニアの高校版を設立してスポンサーになったら、甲子園を凌ぐ人気リーグが実現できるのではないかと夢想したことがあった。

あくまで勝手な想像だが、調布ジャイアンツ、大阪タイガース、福岡ホークスといった高校年代のクラブチームが春・夏・秋とリーグ戦を展開したら、プロ野球並みの観客を集める可能性もある。その是非はまた別に議論するとしても、DAZNなどのOTT事業者と契約して資金を集め、これを「野球のできる公園づくり」など野球の普及振興に充てたら、社会貢献の機能を果たすこともできる。

甲子園では春は毎日新聞、夏は朝日新聞が主催者だ。それならば、高校野球の枠組みを超越した新しいムーブメントを読売新聞が創設して、野球界の閉塞状況に風穴を開けたらどうだろう。もちろん、是が非でも新聞社が主導すべきと思っているわけではない。もっと新しい発想で手を挙げる団体が出てきた方がいいが、現実的な可能性を考えたら、これもありえるという一案だ。

もちろん、一長一短はある。クラブチームの運営体制や指導哲学が、果たして歓迎すべきものか。昨年来のパワハラ見直しの世相から言えば、根本的な変革がここでも必要だ。クラブが高校以上に勝利至上主義や商業主義に走ったら、もっと危険な状況も生まれかねない。

そうではなく、もっと自由に、もっとおおらかに、野球以外の青春も謳歌し、野球以外の分野にも関心を寄せつつ野球を続ける環境を日本の高校生につくってあげたい。いま日本の高校球児にはその場がない。締め付けられている。髪を伸ばす自由だって、最近になってようやく許され始めた。そんな時代錯誤な環境で、野球をやりたい高校生が増えるわけがない。もっと言えば、貴重な才能が野球から離れている実例は枚挙に暇がない。

もっと幸せな高校球児を増やす。そのために、部活以外の環境で野球に取り組む動きは喫緊の課題ではないだろうか。

<了>

第7回 なぜ萩生田文科相「甲子園での夏の大会は無理」発言は受け入れられなかったのか?

第6回 なぜ、日本では佐々木朗希登板回避をめぐる議論が起きるのか? 高校野球改造論

第5回 いつまで高校球児に美談を求めるのか? 甲子園“秋”開催を推奨するこれだけの理由

第4回 高校野球は“休めない日本人”の象徴? 非科学的な「休むことへの強迫観念」

第2回 「甲子園」はもうやめよう。高校野球のブラック化を食い止める方法

第1回 高校野球は誰のもの?“大人の都合”が遠ざける本質的改革

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事