「所属クラブから移籍できない!」子どもと保護者の悲痛な叫び ジュニアスポーツの環境を考える

Education
2019.05.29

今年3月、日本バスケットボール協会が小学生のみにバスケットボールの指導に関する問題の対策に乗り出した。打ち出されたのは「指導時の暴力、暴言の是正」など昨今スポーツ界で話題の「インテグリティ」に沿った内容だが、事情を知らない人からすれば「いままでダメだったの?」と驚くのが「チーム間の移籍を認める」という新しい方針だ。サッカー・コンサルタントとして活動し、以前から子どもたちのスポーツの問題に警鐘を鳴らしてきた幸野健一氏(FC市川GUNNERS代表)に少年・少女のスポーツを巡る“リアル”と、問題の本質、本来あるべき姿について聞いた。

(文=鈴木智之、写真=GettyImage)

“大人の論理”で子どもたちの自由が制限されている現状

子どもたちにとって楽しいはずのスポーツが、大人の都合で制限される事態が相次いでいる。その中で問題になっているのが「所属クラブから移籍できない」という子どもと保護者の悲痛な叫びだ。

コーチの指導が合わない、チーム内の人間関係でうまくいかないといった理由で、他のクラブに移籍したいと申し出ても、「移籍したら試合に出られなくなる」などのローカルルールで子どもを縛り、「移籍は禁止です」と謳うクラブもある。その背景には「移籍されるとチーム力が落ちる」など様々な理由があるのだが、これらはすべて運営側(クラブ側)の理由であり、子どもたちには関係のないことだ。

このようなクラブ側の論理、ローカルルールの設定による移籍の禁止によって、子どもたちに不利益が生じていた。各地からのSOSを受け、日本サッカー協会(JFA)と日本バスケットボール協会(JBA)が問題の根絶に向けてアクションを開始した。

2017年3月9日、JFAは、アマチュア選手の移籍を統括する地域サッカー協会、都道府県サッカー協会、各種連盟に宛てて「移籍に関する手続きの加盟チームへの周知徹底および大会要項等における出場資格の適正化について」という文書を通達。選手から移籍の申し出があった場合、いかなる理由があってもすみやかに登録抹消手続きを行うことが周知された。

2019年にはJBAが移籍規定を変更し、「暴言・暴力・人間関係等のトラブルなどの問題があっても、移籍が制限されていたため、我慢して続けるかバスケットボールをやめるかのどちらかしかなかった」(JBAによるリリース『U12カテゴリーの登録および移籍の考え方について』より)という状況だったが「特別な事情があれば、チーム間の移籍を認める」(同上)と通達した。

サッカーとバスケットボールというメジャースポーツを司る協会がこれらの通達を出したことは、子どもたちのスポーツ環境をより良いものにするための大きな一歩だが、「移籍の自由を認めただけでは、本当の解決にならない」と警鐘を鳴らす人物がいる。サッカー・コンサルタントとして活動する幸野健一氏(FC市川GUNNERS代表)だ。30年にわたってサッカー選手の育成に携わり、ご子息をJリーガーに育て上げた幸野氏は「移籍の自由化は年間を通じたリーグ戦とセットになることで、本当の意味で子どもたちのためになる」と語る。

移籍自由化とセットで考えるべき「嫌いにならない」ためのリーグ戦導入

「子どもたちにとって一番大切なのは、試合に出てプレーする経験です。チームのレベルに合わない、コーチやチームメイトとの関係性がうまくいかない。そうなったときに、移籍ができると明確に示したのは前進ですが、子どもたちのためを考えるのなら、移籍と年間を通じたリーグ戦の導入をセットにすべきなのです」

なぜ移籍と年間を通じたリーグ戦をセットで導入するべきなのか? 幸野氏は次のように説明する。

「Jリーグをイメージしてもらえればわかると思いますが、レベル順にJ1、J2、J3とカテゴリーが分かれていますよね。このように、リーグ戦にはクラブのヒエラルキー(序列)が存在します。そして、選手は、自分の実力に合ったリーグに参加するクラブに所属します。年間を通じてレベルに合った環境でプレーすることが、選手の成長を考えたときにもっとも重要なことです。しかし、ジュニア(U-12)の場合、私のクラブが所属する千葉県は昨年まではクラブの強さではなく、地域ごとにブロックが分かれていて、強いチームも弱いチームも、上手な子も上手じゃない子も同じリーグ戦に参加します。そこで何が起きるかというと、10-0のような一方的な差がつく試合が、年間通じて何十試合もあるのです」

上手な子には物足りない。上手じゃない子は歯がたたないので面白くない。なかには、「大差がついて、泣きながらプレーしている選手もいる」(幸野氏)という。

「その結果、何が起きるかというと、そのスポーツが嫌いになってやめてしまったり、親が『うちの子はスポーツに向いていないから』という理由でやめさせてしまうのです。レベルに合わない環境でプレーせざるを得ないことで、せっかく好きで始めたスポーツをやめてしまう。それは非常にもったいないことです」

クラブの強さに応じて、1部、2部、3部とレベルを分けたリーグ戦形式にすれば、拮抗した試合ができるようになる。それは選手強化の上で有効なものである。ヨーロッパや南米などのサッカー大国では当たり前に行われている考え方で、日本にも徐々に取り入れられてきてはいるが、ジュニア(U-12)年代では、既存の大会等を尊重するなどの理由で、年間を通じたリーグ戦は一部でしか実現していないのが現状だ。

育成・強化の観点からも子どもたちが“続けられる”環境が必要

「その競技を強くするためには、競技人口を増やすこと。それも、子ども時代が一番多くて、大人になるにつれて減っていくピラミッド型ではなく、子どもの頃に始めたスポーツを大人になっても継続し続ける、円柱型が望ましいのです。ドイツをはじめ、FIFAランキングで上位に来る国の競技人口はほぼ円柱型です。これから少子化になるので、一度始めたスポーツをやめさせないためにはどうすればいいか? をスポーツ界全体で考える必要があります」

幸野氏が代表を務めるFC市川GUNNERSでは、U-10からU-18までのカテゴリーの選手全員の試合出場時間を計測し、「1シーズンのうち40%は試合に出場させることにしている」という。

「U-12などジュニア年代は、運動ができて早熟な子を集めて鍛えれば、それなりに勝てるようにはなるんです。でも、その子たちが高校生になって、体の大きさが他の子と同じぐらいになったときに何ができるか。それまであった体格や運動能力のアドバンテージがなくなったときにどうなるか。指導者はそこを考えなければいけません。小学生時代に体が小さくて足が遅くても、中学、高校に入って体が大きくなれば、他の子と差はなくなります。でも、体が小さいから、足が遅いからという理由で、小学生時代に試合に出さないと、もっと差が開いてしまいますし、サッカーを嫌いになってやめてしまうかもしれません。それは絶対に避けなくてはいけない」

子どもの移籍自由化は「自分に合った」レベルでプレーするための方法

幸野氏は語気を強める。

「レベルに合ったクラブ同士でリーグ戦を作り、試合出場時間をある程度均等に確保する。これは、ヨーロッパのジュニア年代では当たり前の考え方です。子どもは試合でプレーすることで喜びを感じ、そのスポーツを好きになり、もっとうまくなりたいと練習をする。この繰り返しで上達していきます。いくら指導者が練習しろと言ってもダメで、試合でできたこと、できなかったことを自分で気がついて練習し、試合でできるようになる。それが成長するということなのです。そのためにも、試合に出さなければいけない。うまくなるための刺激を与える場が試合なのです」

昨今、移籍のルールを明確にすることで、自分のレベルに合ったクラブに移ることができるようになった。次は、移籍先でレベルに合った対戦相手と試合ができる環境の実現が望まれる。それが、1部、2部、3部とレベル分けされ、ホームとアウェイで年間通じて2度対戦が組まれるリーグ戦形式だ。

「ヨーロッパでは、ほとんどすべての国がこの形式のリーグ戦を採用しています。年間に2度対戦するので、1試合目の内容を分析して、対策を立てて、次の試合で実行する。選手たちは大人になるまで、このサイクルを何百回と繰り返すわけです。PDCAサイクルを回し、試合経験が蓄積されていくヨーロッパと、トーナメント主体だからレベルの差があり、1度対戦したら、2度と同じ相手とは試合をしない日本。経験の蓄積という意味でも、日本のやり方は理にかなっていないんです」

幸野氏のクラブには、スペインのアトレティコ・マドリードやイングランドのマンチェスター・ユナイテッドでプレーした、リカルド・ロペス氏(元日本代表GKコーチ)が、テクニカル・ダイレクターとして所属していた。

「リカルドによく言われました。『日本には才能も意欲もある子たちがたくさんいるのに、意味のない試合が多すぎる。これでは育成にならない。なぜ、年間を通じたリーグ戦を全年代に導入しないのか? ヨーロッパの国はみんなこのシステムを導入して、強化しているぞ』と」

レベルの合ったチームに移籍し、力の拮抗する相手と試合を重ねることで、トレーニングの効果が高まる。上手な子は上のカテゴリーのクラブでプレーし、もし通用しなければ戻ってくればいい。日本社会では「ひとつの場所でやり抜くこと」が美徳とされるが、環境を変えることで開花する才能もある。移籍にネガティブなイメージを持つ必要はない。

「私のクラブは全選手に対し、年間40%以上の試合出場時間を確保しています。全員を試合に出して刺激を与え、なおかつ試合に勝つ環境を目指しています。先発と控え選手の差をなくすことで、日々の練習の質が上がり、スタメン争いも熾烈になります。結果、全員のレベルが上がり、チーム力が上がる。そして、試合に勝つ。勝利と育成は相反するものではありません。我々指導者は、その両方を追い求めなければいけないと思います」

幸野氏のクラブはサッカーだが、他のスポーツにも応用できる部分はたくさんある。子どもをスポーツ嫌いにさせないためのアプローチを、大人が考えることができたなら、結果としてうまくなり、楽しいから継続するという好循環を作ることができるだろう。少子化が進む現代だからこそ、今一度立ち止まり、スポーツのあり方について考えるべき時が来ているのではないだろうか。

<了>

[PROFILE]
幸野健一(こうの・けんいち)
サッカー・コンサルタント、FC市川GUNNERS代表。育成を中心に、サッカーに関わる課題解決をはかるサッカー・コンサルタントとして活動するほか、クラブの代表としてU-12からU-18までを統括。全国32県で、年間を通じた小学5年生年代のリーグ戦を運営する『アイリスオーヤマ・プレミアリーグU-11』の責任者も務めている。息子の志有人はJFAアカデミー福島1期生でU-17日本代表としてFIFAU-17ワールドカップ・ナイジェリア大会に出場。その後、16歳でFC東京とプロ契約。現在はV・ファーレン長崎でプレーしている。

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