永里優季「自分らしい生き方」と「勝利へのこだわり」矛盾する思考と向き合う現在の境地
“なでしこジャパン”として日本女子サッカー界の黄金期を牽引し、海外に活動の場を移してもなお、第一線で活躍し続けている永里優季。ピッチを離れても、ともに20万フォロワーを超えるTwitter、Instagramなどで自分の考えを発言し、国内外のファンからの注目を集めている。だがそんな彼女も決して自分自身と真っ直ぐ向き合えてきたわけではなかった。「マイナス思考だった」と口にする永里の心情にはいったいどのような変化があったのだろうか――?
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=大木雄介)
「失敗も含めて、やっとこれまでの自分を受け入れられるようになった」
永里選手はこれまでにもTwitterやInstagramで発信してきていましたが、最近はnoteでも積極的に自分の考えを発信していますね。2019年12月5日に書いていた、「何を持っているか、何を得られるかではなく『誰と(人生を)共有できるのか?』」をテーマにした記事、(https://note.com/yukinagasato/n/n8870ba82f479)、すごく良かったです。
永里:ありがとうございます。
文章からも、素直に自分の気持ちをアウトプットしようとしているのを感じますし、以前と比べて肩の力が抜けた気がします。
永里:それはすごくあります。今までずっと否定してきた過去の自分を、ちゃんと受け入れて消化させたくて。もちろん、これまで自分がやってきたことに対して肯定感もある反面、やっぱりどこか否定感もあって。ずっとその両方が混在した状態だったから、今このタイミングですべてをしっかり受け入れて、ソーシャルに発信することで、逃げ道をなくしていきたいなと思っています。その上で、次のステップに進んでいきたいという想いが、最近出てきました。失敗も含めて、やっとこれまでの自分を受け入れられるようになったというか。自分自身をさらけ出すことによって、さらに成長していけるし、過去のことや今の考えをシェアすることによって、他の人たちにも何か役に立つことがあるかもしれないと思うようになりました。
永里選手は、これまでの経験を成功に繋げているから、過去のことも失敗ではないのでは?
永里:そうですね。もし過去を経ていなかったら、今の場所に辿り着いていないと思います。
実際に今、自分自身と真っ直ぐ向き合えるようになって、どんな感覚ですか?
永里:「やっと」という感じです。これまで、何かを考える時にまず自己否定から入らなきゃいけなかったのが、すごく嫌でした。そういう状態の時は、自分に対して変なプライドがあったり、前に進むための力が出てこなくて。
後ろ向きになってしまいますよね。
永里:そうなんです。そうなると、夜も全然眠れなくなってしまって。
noteに書かれていたのを見て初めて、そこまで思い詰めていたんだと知りました。トップアスリートだからこそ、そこまで突き詰めないといけない部分もあったのかなと。
永里:性格的にも極端なタイプなので、バランスを取るのが苦手で。自分が「こうしよう」と決めたら、バーッと突き進んで、それでだめなら戻ってくるという感じです。
日本女子サッカー界の第一線で活躍してきた先輩たちも、そのような感覚を同じように持っていたりするのでしょうか。
永里:澤(穂希)さんは、あったと思います。一度、病気に悩まれていた時期もありましたよね。
そうでしたね。澤さんが発症された「良性発作性頭位めまい症」による、めまいの症状も、ストレスが関係しているかもしれないと言われていましたよね。あのようなプレッシャーの中では、そういった状態になる恐れもきっとあったはず。
永里:なりますよ。ならないほうが逆にすごいな、と思うくらいです。
「自分の生き方」と「勝ちへのこだわり」という感覚の矛盾
人生まだまだ長いのに、今の時点ですでに悟りの境地まで辿り着いているように感じます(笑)。
永里:それ前回(編集部注:2019年6月3日公開の記事を参照)も言われましたよね(笑)。最近、サッカーをしている自分が、以前までは常に結果勝負で「勝ち」にこだわっていたことが、生きる方向性とマッチしない部分が多いなと感じるんです。
ふつうに生きていると、常に「勝つ」必要ないですものね。
永里:そうなんですよ。
その感覚、すごくわかります。
永里:自分の生き方と、「試合では勝たなきゃいけない」「勝ちを目指さなきゃいけない」という感覚の矛盾が、今すごく嫌で。
やるからには勝ちを目指すけれど、絶対に勝ちがすべてとは限らないですよね。
永里:そうなんですよ。
でも、僕も今、(東京都社会人サッカーリーグ1部の)南葛SCのGMをしているからわかりますけど、「(目標のために)勝たなきゃいけない」という想いが強いです。
永里:その時の自分が目指しているゴールによって、想いも変わってきますよね。
マイナス思考を変えた、アメリカの環境
永里選手は、定期的にアウトプットすることによって、考えを整理したりしているんですか?
永里:こまめにノートに書き出すようにしています。
ノートって、手書きの?
永里:はい、紙のノートです。自分で「今、これについて考えたいな」というテーマを決めて、それを言語化して書き溜めています。思考する時間をつくると、考えがそのまま洗練されていくので、それをアウトプットしているという感じです。最近、シーズン中に思考しすぎることをやめたので。
シーズン中は、あまり深く考え込まないようにしているのですね。
永里:頭が鈍るのが嫌だなと思って。なのでオフシーズンには、睡眠とかもあまり気にしないで、考えようと思ったことをとことん考えるようにしています。特に今回のオフでは、帰国中に人前で話す仕事も多かったので。
シーズン中は、コンディション面への影響という意味でもなかなか難しいですものね。
永里:ドイツにいた時などは、それをシーズン中にやっていたんですよ。
毎日、仮説と検証みたいなことを繰り返して突き詰めていたと。
永里:分析して検証して、「じゃあ、次の日はこれをやろう」と考えて、仮説を持ってそれに挑む、ということの繰り返しでした。
メジャーリーガーのダルビッシュ有選手も、1日に5、6個仮説を立てて、検証しているらしいです(編集部注:2020年1月7日公開の記事を参照)。毎日そこまで考えてやっていたら疲れないのかな?と思うんですけど、実際どうですか?
永里:めちゃめちゃ疲れますよ(苦笑)。
さらに永里選手は、深く考えがちなタイプな気がします。
永里:いろいろな角度から考えても、結局人間って、考えすぎるとマイナスの思考にいきがちだということを、科学的にも分析されているみたいです。確かに私は、マイナス方向にいってしまうタイプなんですよ。
でも今では、明らかに自分自身の思考が変わったと感じているんですよね。それって、すごいことですよね。
永里:マイナス思考からポジティブに考えるようになった、というよりは、「ふつう」に戻ったというような感覚です。
それは、やっぱりアメリカへ行ってからの、周りの人や環境による影響というのも大きいのでしょうか?
永里:そうですね。まず、ライフスタイルが変わったというのが一番大きかったです。
アメリカの環境が、永里選手に合っているのですね。
永里:今回も、シーズンが終わってもアメリカにずっと残っていましたね。ギリギリまで日本への帰国タイミングを延ばしてアメリカにいるようにして。
日本に帰国中は、イベントに出たり、家族や近しい人と会う貴重な時間にしているということなんですね。
趣味の「ドラム」を通じて得た新たな感覚
最近、趣味のバンド活動が本格化してきたようですね。日本ではドラムを叩いたりしないんですか?
永里:やりたいんですけどね。
前回のインタビューで伺った、永里選手が毎年行っている女川でのチャリティイベントでやってみたらどうですか?
永里:女川の須田(善明)町長がギターをやられるので、コラボしたいなとずっと思っていて。次回あたり、町長とコラボできるイベントも組みたいと考えています。
いいですね。町長もきっとノリノリでやってくれるのでは。
永里:絶対ノリノリになりますよ。
やっぱり音楽をやっている時は、音楽のことに集中できてリフレッシュになっているのですか?
永里:リフレッシュというより、サッカーをしている時とは、まったく違う時間という感じです。バンド仲間が作ってきた曲に合わせて、自分のドラムをどう合わせるかを決めて曲を作っていく作業が面白いんです。
スポーツをやっていると、どうしても勝ち負けにフォーカスしてしまいますが、音楽は目指すところが違うので頭の中の感覚も変わりますよね。
永里:クリエイティブになるというか、音楽には完成がないから。例えば、数カ月前に作った同じ曲でも、すごく進化していくし、自分のマインドも変わって感覚も変化していくので、どんどん変わっていくんです。だから、最初に叩いていたビートと、まったく違う叩き方をすることもよくあります。
自分でアレンジもしちゃうのですか。すごい、才能があるのですね。音楽のというか、クリエイティブな才能が。ふつうは、その通りにやろうと考える人が多いと思うんですが、自分のスタイルでやる。だから、永里選手の性格的にも向いているのですね。セカンドキャリア、あるかもしれません(笑)。
永里:だから、カバー曲が嫌いなんです。
ドラムってリズムを作っていくところが、けっこうスポーツと似ていますよね。
永里:楽器の中でも、特に難しいんです。ずっと同じリズムを叩くことも難しいし、ギターやボーカルに気持ちよく歌ってもらえるようなリズムにしていかないといけないですし。
すごい。面白い考え方ですね。
永里:最近はサッカーでも、「点を取る」とか「勝つ」ことが目標ではなくなりました。
「自分のすべてにおいての質を高めること」に変わったと?
永里:そこです。
僕も、そのことに子どもの頃から気づいていたら、良いアスリートになっていたかもしれないですね(苦笑)。
<了>

なぜ永里優季は縁も所縁もない女川へ行くのか? 「サッカーしていて良いのか」考えたあの日
永里優季のキャリア術「先のことを考えすぎない」 起業した理由と思考法とは?
永里優季が考える女子サッカーの未来 “ガラパゴス化”の日本が歩むべき道とは?
永里優季「今が自分の全盛期」 振り返る“あの頃”と“今”の自分
なぜ猶本光は日本に帰ってきたのか? 覚悟の決断「自分の人生を懸けて勝負したい」
猶本光が本音で明かすドイツ挑戦の1年半「馴染むんじゃない、自分のシュタルクを出す」
「ドイツのファンとの距離感は居心地が良かった」猶本光、苦悩の10代を乗り越えた現在の境地
PROFILE
永里優季(ながさと・ゆうき)
1987年生まれ、神奈川出身。シカゴ・レッドスターズ所属。ポジションはフォワード。2001年に日テレ・ベレーザに入団。2010年にドイツへ渡り、ブンデスリーガ1部トゥルビネ・ポツダムへ移籍。2013年イングランド1部チェルシー、2015年1月にドイツ1部ヴォルフスブルク、8月にフランクフルトへ。2017年よりアメリカのシカゴ・レッドスターズへ加入。女子日本代表“なでしこジャパン”として、2011年FIFA女子ワールドカップでは優勝、2012年ロンドンオリンピックでは銀メダル獲得に大きく貢献。
この記事をシェア
KEYWORD
#INTERVIEWRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
新潟レディースが広げた“女子サッカーの裾野”。年100回の地域活動、川澄奈穂美が呼び込んだ「応援の機運」
2026.02.12Business -
「自分がいると次が育たない」ラグビー日本代表戦士たちの引退の哲学。次世代のために退くという決断
2026.02.12Career -
女子サッカー日本人選手20人がプレーするWSL。林穂之香が語る進化と求められる役割
2026.02.10Career -
なぜ新潟は「女子部門の分社化」でWEリーグ参入に踏み切ったのか? レディースとプロリーグに感じた可能性
2026.02.10Business -
技術は教えるものではない。エコロジカル・アプローチが示す「試合で使えるスキル」の育て方
2026.02.09Training -
ユナイテッド、チェルシー、アーセナルを“刺した”一撃。林穂之香が宿す「劣勢で決め切る」メンタリティ
2026.02.09Career -
「W杯のことは考えていない」欧州で戦う日本代表選手が語る“本音”が示す成熟
2026.02.06Opinion -
中国勢撃破に挑む、日本の若き王者2人。松島輝空と張本美和が切り開く卓球新時代
2026.02.06Career -
守護神ブッフォンが明かす、2006年W杯決勝の真実。驚きの“一撃”とPK戦の知られざる舞台裏
2026.02.06Career -
広島で「街が赤と紫に染まる日常」。NTTデータ中国・鈴森社長が語る、スポーツと地域の幸福な関係
2026.02.06Business -
森保ジャパンが描くワールドカップ優勝への設計図。4×100mリレーと女子チームパシュートに重ねる組織の戦略
2026.02.02Opinion -
モレーノ主審はイタリア代表に恩恵を与えた? ブッフォンが回顧する、セリエA初優勝と日韓W杯
2026.01.30Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
「W杯のことは考えていない」欧州で戦う日本代表選手が語る“本音”が示す成熟
2026.02.06Opinion -
森保ジャパンが描くワールドカップ優勝への設計図。4×100mリレーと女子チームパシュートに重ねる組織の戦略
2026.02.02Opinion -
「正直であること」を選んだ名門の一年。明治大ラグビー部、7年ぶりの日本一と29年ぶりの完遂
2026.01.13Opinion -
高校サッカー選手権4強校に共通する“選手層”の背景。Jクラブ内定選手がベンチに控える理由
2026.01.09Opinion -
“Jなし県”に打たれた終止符。レイラック滋賀を変えた「3年計画」、天国へ届けたJ参入の舞台裏
2026.01.09Opinion -
高校サッカー選手権、仙台育英の出場辞退は本当に妥当だったのか? 「構造的いじめ」を巡る判断と実相
2026.01.07Opinion -
アーセナル無敗優勝から21年。アルテタが学ぶべき、最高傑作「インヴィンシブルズ」の精神
2025.12.26Opinion -
「日本は細かい野球」プレミア12王者・台湾の知日派GMが語る、日本野球と台湾球界の現在地
2025.12.23Opinion -
「強くて、憎たらしい鹿島へ」名良橋晃が語る新監督とレジェンド、背番号の系譜――9年ぶり戴冠の真実
2025.12.23Opinion -
なぜ“育成の水戸”は「結果」も手にできたのか? J1初昇格が証明した進化の道筋
2025.12.17Opinion -
中国に1-8完敗の日本卓球、決勝で何が起きたのか? 混合団体W杯決勝の“分岐点”
2025.12.10Opinion -
『下を向くな、威厳を保て』黒田剛と昌子源が導いた悲願。町田ゼルビア初タイトルの舞台裏
2025.11.28Opinion
