永里優季が考える女子サッカーの未来 “ガラパゴス化”の日本が歩むべき道とは?
なでしこジャパンとして日本の女子サッカー界を率いる存在として活躍後、海外に渡り、これまでに4カ国6チームでプレーしてきた永里優季。その中でも特に、現在プレーしているアメリカは、世界で最も女子サッカーの環境が整っているリーグとして知られている。
永里はかねてより「日本女子サッカー界の環境を改善したい」と発言し、その想いを、海外でのプレーを続ける理由の一つに挙げている。実際に海外でプレーする中で、日本女子サッカー界との環境の違いはどこにあるのだろうか。また、日本女子サッカー界は今後何をするべきなのか? 女子サッカーの最前線を見てきた永里に、その考えや想いを聞いた。
(インタビュー=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=小中村政一)
世界と戦える“プロ”を目指さなければならない
なでしこリーグがプロ化するという話が出ていますが、このことについて、どのように感じますか?
永里:結局、何を目的にプロ化するのか、というところだと思うんですよ。日本代表が世界で勝つことを目的にプロ化するのなら、じゃあ外国人選手が来たいって思えるようなプロリーグにしなくてはならないし、そうならないうちは、日本のトップでプレーしている選手は、海外に行かないといけないと思う。なぜかというと、結局、ワールドカップで戦う相手というのは外国人であり、日本人相手に戦うわけではないから。さらに言うと、日本のサッカーってやっぱりどうしても闘争心の部分が欠けているから、そういうメンタリティで戦う試合って少ないと思うんですよ。代表レベルにならないと、そのような試合を体験できない。でも、海外のリーグに行ったら毎週トップレベルでの試合だから、それを毎週こなしている選手と、代表の時だけそういう試合をしている選手と、それはもう本当に大きな差になるわけですよ。
そうですよね。トップレベルの人たちと年間二十数試合する選手と、代表で数試合しかそれを体感しない選手だと、差が出るのは当たり前ですよね。
永里:そうですね。だから、プロ化する前に、もっと日本人選手は海外に出て行かないといけないとダメなんじゃないかなっていうのは思いますけどね。
永里選手も、最初にドイツに行った時は、実際行ってみたら想像以上に違いましたか?
永里:違いました。何も通じなかったですもん。
そのギャップってやっぱりすごいですよね。永里:そうなんですよ。日本の女子サッカーを見ていると、なんだかコンタクトプレーを避けているようにしか見えなかったりもするし。でも、激しいコンタクトしながら相手を剥がしていかないと、局面というのは打開できないし、そういうプレーができるようにならないとワンランク上には行けない。そういったことを、海外に出て行ってから学びました。
日本はもともとガラパゴスですが、女子サッカーは特にそう感じます。現状では、海外からレベルの高い選手が来るわけでもなく、ある意味、純粋培養された、強いプレッシャーのないところでの技術に特化した選手たち同士の戦いになっているので、当然プレーにも偏りが出てしまう。永里:でも、本人たちは気づいているのかってどうかってところはありますよね。そういう状態にあるということを。それもまた問題で。だからこそ、もっと外を見ないといけないと思うんです。そういう視点にならないと世界で勝つのは難しい現実はあると思います。
そういう中でも、今日本でプレーしている選手たち、特に代表選手たちは、それなりにサッカーだけで食べていけてますよね。所属チームの親会社であったり、一部の選手たちは前と違って収入を得られていますよね。だからこそ今、中途半端な過渡期なのではないかと思います。ある意味、そこで満足してしまう部分もあると思うんです。永里:私の時代とはまったく違いますから。私の時の場合は、日本でプロになれなかったので。だから外に行くしかないっていうのはあったから。
そうですよね。ただ、永里選手はまだ31歳です。志があって、身体も動く。そういう人たちが、日本の女子サッカーを変えていくしかないとも思います。永里:難しいですね……。だって何もできないですもん。結局、外の人間は。
変えようと思っても、なかなか個人で変えられるものではない?
永里:ないです。それに気づきました。
いや、その気持ちもわかりますけど、諦めるの早いですよ(苦笑)。永里:諦めも肝心です(笑)。というよりは、“いったん置いておく”という考えです。
それは面白い考え方ですね。“いったん置いておく”ことで、さらに見られる景色が広がる可能性がある、ということですね。
永里:そうです。“いったん置いておく”ってけっこう大事なんですよ。放置しておくことも大事なんです。これはいろんなことに応用できると思います。
外から映る、日本女子サッカーの姿とは
2010年以降、海外のチームでプレーしている永里選手から見て、今の日本女子サッカーをどのように感じていますか?
永里:さっき言っていたガラパゴスじゃないですけれど、実際、そういう状態になっている感じがしますね。それはサッカーだけでなく、例えばSNSでも、世界各国の選手やリーグってバンバン発信しているんですよ、今。それぞれが女子サッカーをもっと盛り上げようとして、そこに広告会社も入って。いろいろ(拡散されるような)撮影もしたりして、男子サッカーのようにカッコいいコンテンツを作って出しているんです。対して、日本って全くそういうのをやらないじゃないですか。
確かに。そのあたりでも、世界との乖離は大きいですよね。むしろ、人によっては、SNSをやらないほうがいいという意見もあります。
永里:そうなんです。そこで完全に差が出てしまっているし、一切、日本の女子サッカーの情報が世界に発信されない状態というのは危機感を抱いたほうがいいと思うんですよ。
そうですね。すごくそう思います。永里:なでしこリーグのTwitterなどを見ていても全部日本語だし、ほとんどタイムラインにも流れてこない。
確かに、永里選手が所属しているシカゴ・レッドスターズの投稿を見てみると、試合も全部見られるし、編集された動画もすぐ見ることができる。選手ごとのコンテンツは、クラブが用意してくれているのですか?永里:そうです。
それはすごい仕組みですね。どんなブレーンがついているんだろうって思っていました。試合が終わったらすぐに、個人のハイライト映像まで出すじゃないですか。永里:あれは自分で編集しています。
自分でしてるんですね。それはすごい! やっぱりフォロワーが20万人もいると違いますね。しかもそれをちゃんと継続していて、きちんと考えて発信しているし、動画なども含めていろいろなことを自分なりにやっているのが、本当にすごい。ただ、自分からすると、当たり前のことをやってるだけということになるのですか?永里:そうです。自分が自分自身を宣伝していかないといけないので。
そうですよね。それが世界のトッププレイヤーにおいては普通のことなのかもしれませんが、確かに乖離はすごいですよね。この状態では、日本は離れていく。
永里:離れていきます、本当に。
日本で見てると、籾木(結花)選手とかくらいかな。
永里:彼女もやっていますよね。
ネガティブに捉えられてしまうようなことも含めて、自分の意見を、しっかり考えて発信しているというか、本音を出しながら発信している感じがします。ただ、日本では、そういう発言をすること自体、良くないという風潮もありますよね。
永里:そうなんですよ。そういうことを言うと、「なでしこらしさが……」とか言ってくる人もいたりして(苦笑)。
それって、世界的な基準でいうと、差別というか、完全にコンプライアンスに引っかかる問題ですよね。サッカーは世界と繋がっているからわかりやすい。日本人は男女を“区別”だと思っているけれど、世界的に見たら明らかな“差別”ですよね。永里選手は今、アメリカにいるから特にわかると思いますが。
永里:差別ですね。すごくわかります。
アメリカと日本はある意味、両極ですよね。
永里:アメリカのサッカーだと世界での実力は女子のほうが上ですからね(笑)。
意外と知らない!? アメリカサッカー独特のシステム
そう。だから代表選手の待遇面でも男子と同じように扱うという。法律で同じ待遇にしなきゃいけないと決まっているアメリカと、そうじゃない日本は違う。もちろんそれを実現することはかなり大変だと思いますが、アメリカの場合は法律で決めているから、むしろ平等にせざるを得ないんですよね。
永里:アメリカの代表選手って、クラブからお給料をもらっていないんですよ。全部アメリカサッカー連盟からもらっているんです。だから、男子と同じ額にしてくれって言っています。クラブと代表、ダブルでもらえないかって。
え、クラブからもらっているんじゃないのですか?
永里:契約は、サッカー連盟と交わしています。それで、リーグとサッカー連盟が提携しているんですよ。
そういうことなんですね。
永里:だからアメリカの場合、代表選手以外はリーグがお給料を払うけれど、代表選手にはサッカー連盟が払うんですよ。
それ、不勉強で申し訳ないですが、知りませんでした。そうすると、代表に入ると契約が変わるんですね。
永里:そうなんです。契約が変わるんですよ。
すごいシステム。合理的ですが、普通できないですよね。
永里:合理的なんですよ。普通はできないですけど。
それ明確にきちんと考えてルールを決めているんでしょうね。
永里:そう、これはリーグを運営するためなんですよ。潰れないように。結局アメリカのサッカーリーグはそんなにお金がない中で運営しているから。いかに続けるためには、どうしたらいいかっていうのを考えた時に、そこに至ったんだと思います。過去に何度か経営難でチームが消滅したり、リーグが消滅したりしているので。
代表とリーグの関係というのは、どうなっているんですか?永里:おそらく、この件に関しては、一切、金銭の契約はないと思います。
ないんですね。それはすごい。つまり、リーグにお金がない一方で、代表にいろいろ集まるから、そこで代表にお給料を払ってもらい、リーグが負担しなくて済む感じになっているんですね。
永里:そうです。リーグの負担を減らしているんです。
アメリカ代表の選手たちは、各クラブにバランスよく配置されているのですか?永里:ある程度バランスよく配置されます。
それこそドラフトじゃないですが、選手が望んだところに行けるわけではないですよね? 代表選手が。永里:ある程度は望むところに行けると思います。
そこの曖昧さは残しているんですね。確かに、全く希望しないところに……ということになると、人権の問題にもなってきそうです。
永里:そうなんですよ。
だから、その際どいルールにしているんですね。面白い。すごく面白いけれど特殊ですね、世界的に見ても。
永里:すごく特殊です。これが成り立っているのは、おそらくアメリカだけなんです。しかもアメリカ代表は単年契約で、シーズンが終わったらまた選手が入れ替わる仕組みになっています。その契約を勝ち取れるか勝ち取れないかで、収入含めて大きく変わってくるんです。
ということは、アメリカでは1年間代表メンバーは変わらないのですか?
永里:いや、変わります。契約選手と契約外選手があって、代表選手のうち20人は契約選手なんですよ。でも監督は、そこから選ばなくてもいいんです。
言い換えると、連盟がお給料を払う20人は最初に決めるので、リーグは経済的に助かると。そういうことなんですね。永里:そうです。
すごくよくできてますね。アメリカ代表がそのようなシステムになったのは、どれくらい前からなんですか?永里:5年前ですね。リーグが始まってからだと思います。
そこから、明らかに強化されているな、というのは感じますか?永里:強化されている反面、リーグ全体を見てみると若い選手があまり育っていないのかな、というのはすごく感じます。今のアメリカ代表って、平均年齢が28歳くらいで30代前半の選手が多いです。だから、おそらく、今回のワールドカップを機にアメリカはレベルが下がっていくんじゃないかと。
今がピークなんですね。
永里:個人的にはピークになるのではないかと思います、アメリカ代表は。リーグを見ていても、アメリカの若手選手は明らかに質が下がってきてるし、インターナショナルの選手を呼んで、国内リーグは盛り上がっているけれど、それ以外のアメリカ人選手の質というのは、少しずつ落ちてきているのかなと感じます。
アメリカのカレッジスポーツに見る、恵まれた環境が生む落とし穴
アメリカのカレッジスポーツって、それこそNCAA(全米大学体育協会)も、すごく良い環境でプレーできますよね。
永里:大学によって違うと思いますが、待遇はとてもいいと聞きます。むしろ、大学リーグのほうがお金があって、逆にプロのほうが環境が悪いという状態です。これはクラブによって違うのかもしれませんが。
カレッジスポーツの環境は、逆にいうと、“ぬるま湯”のような状態ともいえるということでしょうか。
永里:そうとも言えますよね。ただ、カレッジスポーツは文武両道なのでそのあたりはまたプロとは違う厳しさがあるのかもしれません。
日本も中途半端にプロ化して、みんながプロとしてやっていける感じにしてしまうと、同じようにぬるま湯状態になりかねないですね。
永里:間違いなく、そのリスクは大きいと思います。
じゃあ、永里優季は「日本の安直なプロ化は反対」って書いておきますね(笑)。
永里:やめてください! 炎上する(笑)。
でも、そのような懸念を強く意識しながらやらないと、アメリカですら、カレッジは環境が恵まれていることが、かえって“ぬるま湯”状態を生み出してしまっている。だから日本の女子サッカーも、プロ化するにしてもやり方をしっかりと考えてやらなければいけない、という大事な意見だと思います。
永里:そうなんです。やり方をちゃんと考えないと、絶対にうまくいかないと思います。
<了>
第1回 永里優季「今が自分の全盛期」 振り返る“あの頃”と“今”の自分
第3回 永里優季のキャリア術「先のことを考えすぎない」 起業した理由と思考法とは?
PROFILE
永里優季(ながさと・ゆうき)
1987年生まれ、神奈川出身。シカゴ・レッドスターズ所属。ポジションはフォワード。2001年に日テレ・ベレーザに入団。2010年にドイツへ渡り、ブンデスリーガ1部トゥルビネ・ポツダムへ移籍。2013年イングランド1部チェルシー、2015年1月にドイツ1部ヴォルフスブルク、8月にフランクフルトへ。2017年よりアメリカのシカゴ・レッドスターズへ加入。女子日本代表“なでしこジャパン”として、2011年FIFA女子ワールドカップでは優勝、2012年ロンドンオリンピックでは銀メダル獲得に大きく貢献。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion -
大型移籍連発のラグビー・リーグワン。懸かる期待と抱える課題、現場が求める改革案とは?
2024.10.22Opinion -
日本卓球女子に見えてきた世界一の座。50年ぶりの中国撃破、張本美和が見せた「落ち着き」と「勝負強さ」
2024.10.15Opinion -
高知ユナイテッドSCは「Jなし県」を悲願の舞台に導けるか? 「サッカー不毛の地」高知県に起きた大きな変化
2024.10.04Opinion -
なぜ日本人は凱旋門賞を愛するのか? 日本調教馬シンエンペラーの挑戦、その可能性とドラマ性
2024.10.04Opinion -
デ・ゼルビが起こした革新と新規軸。ペップが「唯一のもの」と絶賛し、三笘薫を飛躍させた新時代のサッカースタイルを紐解く
2024.10.02Opinion -
男子バレー、パリ五輪・イタリア戦の真相。日本代表コーチ伊藤健士が語る激闘「もしも最後、石川が後衛にいれば」
2024.09.27Opinion -
なぜ躍進を続けてきた日本男子バレーはパリ五輪で苦しんだのか? 日本代表を10年間支えてきた代表コーチの証言
2024.09.27Opinion