永里優季のキャリア術「先のことを考えすぎない」 起業した理由と思考法とは?
現役プロサッカー選手としてアメリカのシカゴ・レッドスターズで活躍しながら、2017年に株式会社Leidenschaft(ライデンシャフト)を設立した永里優季。世の中では“パラレルキャリア”というワークスタイルが広まり始めている一方で、日本において、現役アスリートがビジネスに取り組むことに対してあまり肯定的ではない現状がある。
しかし、アスリートのキャリア形成という意味においても、アスリートだからこそ持つ価値を、競技以外の社会で活かす取り組みをしている人たちは世界中で増えてきている。
起業してから2年。永里は、アスリートとして、女性として、一人の人間として、今後どのような生き方を考えているのか。永里選手と一緒に、アスリートの“キャリアのつくり方”について考える。
(インタビュー=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=小中村政一)前回記事はこちら
自分自身の選択を自由にする
永里選手の人生の中で、現役を引退したら、アメリカのサッカー界で生きていくという選択肢もあるんですか?永里:それは考えたことがあって。アメリカ人がこういった技術や戦術を身につけたら、もっと良くなるのにな……ということは、すごくいっぱい浮かんでいるので。
だから、そういう選択肢もいろいろ考えているわけですね。そういう意味で、自分を自由にしていると。
永里:それはあります。今、できるだけサッカー選手として長く続けられるような生き方にシフトしていて。その中で自分がその次のキャリアになった時に、「何を強みにして生きていけるのか?」というところを探していて、いろいろな情報を拾っている最中だというのはすごく感じています。
その情報の拾い方にも、すごく興味があります。具体的に、どういうことを心掛けているのですか? 本を読んだりもします?
永里:本は読みます。あとは、コラムなども読んでますね。単なる“情報”ではなく、いろいろな人の考え方や主張を知るようにしています。
それは素晴らしい。確かに情報って、単なる情報だけだと時間が経てば腐ったりもしますが、考え方においては、その思考の部分は変わりませんよね。永里:変わらないですね。
自分自身のことを考える時に第三者視点を入れたりするのも、そういうところから来ているんですか?
永里:はい。
本やコラムを読む以外には? 人に会ったりもしますか?
永里:アメリカに来てからは、あまり人には会ってないですね。基本的にそんなに人が好きではなくて(笑)。
そんなことはなさそうですけどね。
永里:いや、けっこう、人と会うのが面倒くさいタイプです。自分の中で嫌な部分なんですけど。苦手なことをやったほうが、自分自身が成長するというのが経験の中でわかっているから。
先のことを考えすぎず、心で決める
永里選手は、今、自分自身を自由にさせているのだと思いますが、確かに選択の自由を手にしたら、どういう生き方もできますよね。すごく共感します。いつかは何かやるかもしれないけれど、今は別に何も自分で決めてしまわない、ということですよね?
永里:そうです。自分では何も決めないです。今は。
確かに、今は素晴らしく動ける身体を手にしてるわけだから、やれるとこまでやったほうがいいですよ。自分がやりたいところまでやればいいと思います。
永里:そうだと思うんですよ。結局。心が続くかぎりは。
プレーの面では、本当にすごいレベルまでできると思います。だからこそ、心のほうが大事なんでしょうね。今は続けたいと思っているから続けているけれど、続けたくないと思うようになったら、その時点で決断する、ということですか?
永里:はい、普通にやめます。
だいたい何歳くらいまでというイメージはあるんですか?
永里:全然ないですね。最近、先のことはあまり考えなくなったんですよ。
なんだか、カズさん(三浦知良選手)の取材をしているような気持ちになってきました(笑)。
永里:(笑)
カズさんもいつも、そう言うんですよ。今日の練習と明日の練習のことしか考えていないと。
永里:そう、本当にそうですよ。今日食べるものとか明日食べるものとか、そういうレベルの話ですよ。
そういう考え方だと、日々の質は上がるわけですよね?
永里:上がります。
もう完全にカズさん。思考が。
永里:だって、実際に1年後のことなんてわからないじゃないですか。
そうですよね。1年後、いきなり(サッカー選手を)やめているかもしれない。
永里:そう、わからない。いきなりやめているかもしれない。つまり、先のことを考えるだけ無駄だということがわかってきたんですよね。
以前は、キャリアプランとかもすごく考えてました? 永里:考えていました。でも、それを考えること自体が無駄で。そのとおりにいかないことが90%なので。もちろん、ある程度の段階までは思考した通りになりました。ただ、思考は必ずいつか具現化するという部分は信じています。
そう考えると、さまざまなことの質を上げるというのは、より重要になってくると思います。ピッチの中でのプレーはもちろん、例えば英語などもすごく意識して真剣に取り組んでいると感じます。英語はどのように勉強してるんですか?
永里:独学です。
独学? 独学って具体的には? 教材などは使ったのですか?
永里:全然使っていません。書くことや話すことなど、とにかくアウトプットを意識しています。
単語や文法を間違っても関係なく、自分からどんどんチームメートに絡んでいったり?
永里:はい。そうするとチームメートも笑うじゃないですか。面白いから。その連続ですよ。あとは、他の人が話しているのを聞いて、「この単語はどんな意味なんだろう?」とか。会話を意識して聞いていると、知らない単語というのが絶対に出てくるから、それを調べていくということを、積み重ねてやってます。
アスリートに必要な“思考力”
もともと勉強は得意なほうなのですか?
永里:勉強は好きです。
勉強が得意じゃないと、サッカーの技術を向上させるということも難しいですよね。
永里:無理です。知性がないと、やっぱり技術は活かせない。
そうですよね。試合でどのようなシチュエーションにおいて、何が必要で、それに対してこの技術を……という思考が必要になりますよね。
永里:そうそう、そうなんですよ。
中西哲生さんと、キックの技術をはじめ、いろいろとトレーニングしているのを見て、すごく良い人を目につけているな、と思って。縁もあったのだと思いますが、哲生さんは言語化するのがとても上手いですよね。
永里:はい、とてもというか超絶上手いです。コーチとして、そういったタイプの人を尊敬します。実際のところ、上手く説明できないコーチが大半だと感じますし。言語化の部分だけでなく、それを実際にトレーニングとして落とし込める部分もすごいと感じています。
「どうして?」に答えることって教育の上で大事ですよね。答えられなかったら、結局教育もできませんし。永里:そうなんですよ。
言ってしまえば、サッカーにおいても、このような意見とこのような意見があって、自分はこう思う、というのが言えないと、指導者としておかしいですよね。永里:はい。選手としてもそういうのが言えないとおかしいとは思います。でも、たぶん、おかしなことだらけだと思うんですよ。この世の中って(笑)。
そういう意味だと、永里選手が以前インタビューで「本田圭佑選手をすごく意識している」というようなコメントをしていましたが、すごく理解できます。彼は全部、そういうスタンスですもんね。
永里:そうなんですよ。「なぜ? どうして?」って。
すごいですよね。あれは普通じゃない。
永里:やり過ぎでしょ、って思う時はあります(笑)。
でも、そんな自分さえも楽しんでいる感じがありますよね。
永里:そうなんですよ。私はあそこまでは無理だなって。
本田選手は明確な目標を置いているから、ブレずにあそこまでできるんでしょうね。
永里:あーそうだ、私目標置いてないんだ。だから、生き方が違うんですよ。
そうですよね。だから、意識する存在ではあるけれど、アウトプットのところで到達点のイメージは全然違いますよね。
永里:全然違いますね。
本田選手は、メッシやクリスティアーノ・ロナウドに、現役選手としてのキャリアでは負けるけれど、人生で稼ぐお金のトータルでは自分が勝つ、と以前にインタビューで話していました。
永里:もう、明確ですよね(笑)。本田選手はすごく数字を意識していますよね。私は、数字が大っ嫌いなんですよ。お金もそこまでなくてもいい。自分が心地よく生きていられれば、それでいいかなって(笑)。
永里優季が現役の今、会社を作ったわけ
そういう中で、自分の会社(2017年に株式会社 Leidenschaft [ライデンシャフト]を設立)を作ったのはどうしてですか?
永里:自分自身がやりたいことをダイレクトに発信したかった、という想いがあったのと、あとは会社を作ってみたかったんです。経験したことがなかったから。それから、会社が成り立つ仕組みを、法律的な部分も含めて知りたかったということもあって。それで立ち上げました。
会社を設立するのって、すごく勉強になりますよね。
永里:なります。すごく面倒な作業がたくさんあるんだなって勉強になりました(笑)。
会社を設立した時は、自分で会計士さんや税理士さんと話し合ったんですか? 会社で何を実現したいか、とかも聞かれますよね?
永里:全部聞かれました。あんまり考えてなかったですけど(笑)。ただ、自分のことだけじゃなく、自分のお兄ちゃんも、サッカースクールをやりたいとか、子どものために何かしたい、といったやりたいことがあるみたいで。それを知って、自分の身近にいる人がやりたいことを実現するための一つの箱みたいになればいいなというイメージでしたね。
確かに、そういう“箱”があったほうが、ビジネスは絶対やりやすいですよね。
永里:やりやすいと思います。ただ、本田圭佑選手みたいにビッグになりたいという気持ちは全然なくて。
大きな富を得たいというより、自分たちが楽しい人生を歩むために必要だと思った、という感覚ですね。実際に自分で会社を作ってみて、その経験というのはどうでした?
永里:自分を知る良い機会になったと思います。自分は何が嫌で何が好きで、何が得意で何が不得意なのかということも改めて知ることができて。結局、そのような作業をしないと新たな自分って知ることができないから。
そうですよね。そういうことをやらなければ、普段はほとんどサッカーしかしていないわけですし。
永里:そうなんですよ。だからそれも含めて。これから先、会社を利用して日本で何かやっていきたいという気持ちもありますけれど。今はまだ、それを本気で動かす時期ではないので、いったん置いているところです。ひとまず、今の一番は、もっとサッカーが上手くなること。シンプルにそこにこだわってやっていきたいです。
<了>
第1回 永里優季「今が自分の全盛期」 振り返る“あの頃”と“今”の自分
第2回 永里優季が考える女子サッカーの未来 “ガラパゴス化”の日本が歩むべき道とは?
PROFILE
永里優季(ながさと・ゆうき)
1987年生まれ、神奈川出身。シカゴ・レッドスターズ所属。ポジションはフォワード。2001年に日テレ・ベレーザに入団。2010年にドイツへ渡り、ブンデスリーガ1部トゥルビネ・ポツダムへ移籍。
2013年イングランド1部チェルシー、2015年1月にドイツ1部ヴォルフスブルク、8月にフランクフルトへ。2017年よりアメリカのシカゴ・レッドスターズへ加入。女子日本代表“なでしこジャパン”として、2011年FIFA女子ワールドカップでは優勝、2012年ロンドンオリンピックでは銀メダル獲得に大きく貢献。
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