
「走り込み」で持久力アップは短絡的? まず取り組むべき「正しいフォーム」とは
これまで多くのプロサッカー選手を輩出している國學院久我山高校サッカー部。同校でコンディショニングコーチを務める三栖英揮は「スポーツ現場にトレーニングプログラムを機能させるシステムがない」ことに気づき、久我山でその仕組み作りに取り組んだという。そこで彼らが身につけた「正しいフォーム」とは?
(インタビュー・構成・撮影=木之下潤、写真=Getty Images)
正しいフォームを身につけたらケガが予防できる
――9シーズンもの間、國學院久我山高校サッカー部を指導された清水恭孝さんを昨年取材したとき、「正しいフォーム」にこだわっていらっしゃいました。
三栖:フィジカルトレーニングは、最終的には競技パフォーマンスの向上がなければ意味がないと考えています。フィジカルトレーニングを含め、すべては人間の体で起こっていることなのでトレーニングプログラムにつながりがなければ競技パフォーマンスには表れません。トレーニングプログラムは「エネルギーシステム(持久力)」「ストレングス(筋力)」「スピード」「ムーブメント(動作)」と分けることができますが、これらのプログラムは決して独立したものではありません。
筋力が向上することで、走るスピードは向上し、走るスピードが向上することでエネルギーシステムは改善します。動作はより正確な速さ(スピード)を要求することで高いパフォーマンスへとつながります。このようにフィジカルトレーニングはプログラムとしては分類することができますが、相互に影響しあってパフォーマンスを決定しています。
それぞれのプログラムは「正しいフォーム」によってつながりを持ちます。正確な動作は、必ずそのベースには適切な関節の可動性、安定性があります。大切なのは一つひとつのプログラムを競技パフォーマンスとつなげていくことです。ただプレーを見て、どこかのストレッチを見て「君はここが硬いから」と指摘しても選手にもコーチにも響きません。
例えば、ここの柔軟性がこのプレー中のバランスを崩す要因になっていると、競技パフォーマンスと体の構造につなげてあげたらトレーニングの取り組み方は変わります。動作(可動性/安定性)、スピード、筋力はすべてがつながっています。例えば、ランニングフォームの崩れなどは筋力の柔軟性の低下から関節の可動域に制限が生じ、その関節に関与する部位の安定性が低下するなど、必ず原因となる問題があります。
なぜランニングフォームが崩れているのか? ストレッチプログラム、スタビリティトレーニング(体幹を安定させるトレーニング)は正しいフォームで行えているのか? トレーニングプログラムの実施方法の問題点とつなげてあげることで、日々のトレーニングと競技パフォーマンスとの関係性を感じるようになります。そういうアプローチを続けることで、当然トレーニングへの取り組みの精度が上がっていきます。私たちが共通して意識しないといけないのは、正しいフォームです。
――三栖さんのトレーニングデザインは「正しいフォーム」で一本化されているわけですね。100近くあるプログラムが正しいフォームにつながり、それぞれが持久力、筋力、スピード、動作と要素が区分けされています。
三栖:そうですね。フィジカルトレーニングで最初に考えるべきことは、コンディションのコントロールです。コンディション不良はケガにつながることなので、最優先すべきはケガを最小限に抑えることです。筋肉の柔軟性やそれぞれの関節の可動性・安定性など、人間が本来持っている身体機能を改善、維持させることがケガの予防につながります。
例えば、股関節の可動性が低下している選手が、相手のボディコンタクトを受け、バランスを崩したとします。バランスを保つためには、股関節で不足している可動性を隣接する部位である、腰部(腰椎−骨盤帯)や膝関節で補うことになります。ただ、そのバランスを保つためにそれらの部位に大きな力を発揮することが要求されるわけですが、当然大きな負担がかかるわけです。それで、ケガの発生リスクが高くなってしまうわけです。
ケガの予防とは、このようなリスクを最小限に抑えることです。つまり、それぞれの関節の可動性を維持し、安定性を向上させるトレーニングプログラムが「予防プログラム」になります。私の中では、そのプログラムにあたるモビリティ(可動性)やスタビリティ(安定性)のトレーニングは、基本動作のベースにもなっています。正確でバランスのとれた動作とは「それぞれの関節の正常な可動性があり、それらを安定して行うことができる」とういう意味です。
持久力のトレーニングは必要以上には実施しない
――要は、正しいフォームを決める要素、土台を形成しているものが「ケガ予防」にもつながっていると?
三栖:その通りです。正常な関節の可動性を維持するためには、筋肉の柔軟性は必須です。安定性の向上のためには、コアスタビリティ(体幹)やバランストレーニングが重要になります。私の中では、このような予防プログラムを正しいフォームで行うことが、ケガの予防になり、さらには競技パフォーマンス向上の土台になります。なぜなら人間の身体はすべてがつながって有機的に動いているからです。私はケガの予防のトレーニングを部分的に落とし込んでいるわけではなく、ケガをしにくい体作りが予防だと捉えています。
先ほど、競技パフォーマンス向上を目指すプログラムには「エネルギーシステム(持久力)」「ストレングス(筋力)」「スピード」「ムーブメント(動作)」があることをお伝えしました。
繰り返しますが、これらは「正しいフォーム」によってすべてがつながっています。ただ私は持久力のトレーニングを必要以上には実施しません。なぜなら正確な動作とそれを支える筋力を向上させながら練習や試合を行っていけば、不足している持久的な要素を補填できると考えているからです。私はそのような設計でプログラムを用意しています。久我山では、清水さんともそういう話をしながらプログラムを作っていきました。
――素人考えですが、持久系のトレーニングは必要以上にやる必要はないと思っています。毎日、真剣に目の前のトレーニングに取り組んでいれば十分だと考えています。
三栖:一概には言えませんが、もし選手が正しいフォームで最後の苦しい時間帯にまだ走れるだけの筋力があったとしたら、心肺機能などの能力は試合を行うことで向上していくはずです。だから、フィジカルトレーニングとして優先的にプログラムすべきなのは、正しいフォームで走り切るための筋力トレーニングです。
試合でバテてるからと、とりあえず走り込みをさせるという考えはあまりにも短絡的です。試合の最後までスプリントができる能力があれば、持久力は練習や試合を行うことで向上します。一昔前は「試合で走れなかったから」と起きた現象に対する改善として「走り込みをさせる」というアプローチをしていましたが、この効果が検証されることもなく、ただやっている感がありました。私がこの仕事を始めた20年前は日本中どこでもあった話だと思います。
必要なものを必要なだけ。
私にとってトレーニングプログラムの究極は何もやらないことです。選手がケガをせずにパフォーマンスが向上すれば、フィジカルトレーニングは必要ありません。しかし、現実にはそんなことありませんので、試行錯誤しながらプログラム作成しながらサポートしてきたわけです。
日本にはフィジカルトレーニングの仕組みがない
――職業柄、私も多くのトレーナーに取材をします。どの方も似たような考えを持ちながらも得意部分を強調されます。三栖さんはトータルコーディネート的な視点でトレーニングをシステム化し、客観性を持ってアスリートに向き合っています。このような考えに至った経緯、もしくは理由はなんなのでしょうか?
三栖:目の前にいる選手をコーチの方々と一緒に少しでも成長させようと必死で取り組んできた中で自然と考えるようになっていきました。よく「得意分野はなんですか?」という質問を受けます。いつも「ありません」と答えます。私は、得意なものがないのが長所。例えば、コア(体幹)だけに特化した指導をしたら、もっとバリエーションを多く提示できるトレーナーは他にいると思います。私がスプリントトレーニングをするなら、陸上のコーチが指導したほうがより効果が出ると思います。いま振り返ると、無意識にスポーツ選手のフィジカルトレーニングに対して何かアンバランスさを感じていたのかもしれません。
なぜ日本人は「これ!」というトレーニングしかやらなくなるのか?
この仕事を始めて違和感を持っていたのは、フィジカルトレーニングが競技パフォーマンス向上をサポートするために存在しているのに、なぜか流行りのプログラムが話題に上がるとみんなそればかりをやろうとします。そして、時間が経つと「あれ、最近あのトレーニングあまりやってないな」というようなことが以前からよくありました。「あのトレーニングはここに良さがあったのに……」と思うことも多々ありました。
スポーツ現場にトレーニングプログラムを機能させるシステムがない。
この部分に気づいたんです。オペレーションシステム(OS)がなければ、パソコンやスマホにどんなアプリケーションを入れても機能しません。「日本には、トレーニングをオペレーションするシステムのようなものが必要なのでは?」と考えるようになりました。スポーツ現場にトレーニングのOSのようなシステム(仕組み)があれば、過去活用されなくなったプログラムもインストールするところさえ間違わなければ選手のために機能するのではないかと考えたのが10年くらい前です。ちょうど清水さんから久我山にお誘いを受ける前くらい。
フィジカルトレーニングはプログラム優先ではなく、システム優先なんです。
久我山高校サッカー部で何をやりたかったか。それはシステムを作りたかったんです。私がいなくては機能しないトレーニングではなく、さまざまなトレーニングプログラムが機能する仕組みを作りたい。例えば、どこかのチームのトレーニングを見たとします。ある選手に「僕はこんなトレーニングをしているんですけど、どうですか?」と聞かれたときにトレーニングのシステムがあれば、「そのトレーニングはこのプログラムと同じ効果が期待できるから、何曜日に実施してみたら」とコミュニケーションをとることができます。その後に「もし不具合が起きたら、またその時に検証しましょう」というやり方にできるんです。
私は、世の中にあるトレーニングプログラムで間違っているものはないと思っています。
ただそのプログラムが機能する仕組み、システムがなければそれが意味のないもの、場合によっては逆効果をもたらす可能性すらあります。もし効果的に感じられるプログラムで現在のシステムに合わないと思ったら、そのプログラムを外すのではなく、システムをアップデートしてそれを導入すべきだと、私は考えています。システムを作る上で重要なことは、「変えられること」と「変えられないこと」の選別です。そして、「変えられること」に対してどのような時間軸で考えるのかが大切です。
短期的なのか、長期的なのか。
だから、現状、日本のアスリートがどんな環境でトレーニングをしているのかをしっかりと把握することが重要です。部活動中心なら、部活にあったトレーニングシステムを作らないと機能しないでしょうし、Jユースでも、Jクラブでも、他のスポーツでも同じだと認識しています。
<了>
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PROFILE
三栖英揮(みす・ひでき)
1978年生まれ。Dr.ARMS with 箕山クリニック所属。株式会社M’s AT project代表取締役。日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー、日本トレーニンク指導者協会認定トレーニング指導者。現在、鹿児島ユナイテッドFC、國學院久我山高校サッカー部のコンディショニングコーチ、スフィーダ世田谷FCのコンディショニングアドバイザーを務める。過去には日本オリンピック委員会強化スタッフ(2005〜2012年)、 FC琉球のコンディショニングコーチ(2017〜2018年)なども歴任。学生からプロまで幅広い年代のサッカーチーム、またさまざまなスポーツのフィジカル指導を行う。自身も選手としてブラジルにサッカー留学の経験を持つ。
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