
知られざるグアルディオラの人心掌握術。「結果を出すリーダー」巧みなペップトーク6選
リーグ中断中の今季もすでにリーグカップ3連覇という結果を残しているマンチェスター・シティの“ペップ”ことジョゼップ・グアルディオラ監督。戦術家としてのイメージの強い彼が、実は優れたモチベーターでもある姿が3月に刊行された書籍『ペップ・シティ スーパーチームの設計図』(ソル・メディア)にて描かれている。シティ監督に就任早々ケヴィン・デ・ブライネを「監督は間違っていなかったのだと証明しなければいけない」と心酔させ、ダビド・シルバから「ペップへの恩は一生忘れない」と絶大な信頼を得る彼の底知れぬ魅力とは?
(文=山中忍、写真=Getty Images)
「世界でも5本指に入る選手に余裕でなれる」
ジョゼップ・グアルディオラの名前を聞いて、最初に浮かぶイメージは戦術家だろうか? 本人も、「戦術抜きの試合など意味がない。戦術面に惹かれていたからこそ監督になった」と、『ペップ・シティ スーパーチームの設計図』の中で語っている。しかし、プランを実行に移す選手たちの意欲が伴わなければ、それこそ戦術にも意味がない。サッカーのチームに限らず、集団の「ボス」には、部下に最大の力を発揮させる手腕も必要。本書では、タクティシャンのみならず、「モチベーター」としても優秀なグアルディオラの姿が随所に描かれている。
プレミアリーグで選手の操縦に長けた指揮官といえば、マンチェスター・ユナイテッドで黄金期を築いた、サー・アレックス・ファーガソンが代表格だろう。2013年に監督界を去った名将は、勇退後に出版された著書の中で、公の場での選手批判はチームのモラル破壊につながるとして、反対意見を述べている。このスタンスは、地元ライバルのマンチェスター・シティで指揮を執る現役監督にも共通だ。
グアルディオラが、メディアの前で選手を名指しで批判するようなことは滅多にない。舞台裏では、選手に高度な要求を突きつけるが、同時に、相手が自信を落とさないように配慮しながら、その気にさせることにも余念がない。例えば、ケヴィン・デ・ブライネ。シティ5年目のMFは、移籍2年目に就任したグアルディオラと初めて差しで話をした席で、「世界でも5本指に入る選手に余裕でなれる」と言われ、「本気でそう信じて言ってくれているのだと感じて、自分に対する考え方が変わった」という。そして、「監督は間違っていなかったのだと証明しなければいけないという心境になった」とも。その監督の下、デ・ブライネは、魅力的なチャンスメーカーから、試合の流れをコントロールしながらチームに勝利を引き寄せる、超一流のプレーメーカーへと進化を遂げた。
「ペップの攻撃コンダクター」と題された章には、アウェイでのチェルシー戦後、グアルディオラが控え室で「オー、ケヴィン・デ・ブライ〜ネ」と歌う選手たちの輪に加わって、勝利の立役者を讃えるシーンもある。シティ指揮官の手には通話中の携帯。相手はバンジャマン・メンディ。ケガで入院中だったDFとも喜びを分かち合い、間接的に「待っているぞ」と伝えたかったのだ。
「彼のいることが、シティを選んだ理由の一つ」
シティファンの中には、リーグ戦でゴールを決めたデ・ブライネが、テレビカメラの前で、右手の2本指と左手の人差し指を立てて得点を祝ったシーンを覚えている者もいるだろう。2017-18シーズン18節トッテナム戦(4-1)でのことだ。当日は、シティ21番のダビド・シルバが、プライベートでのスペイン一時帰国で欠場を強いられた最初の試合。ベテランMFは、早産児として生まれて入院が続いた長男を見舞うため、しばしマンチェスターとバレンシアの間を行き来しなければならなかった。この一戦を前にグアルディオラは、シルバと彼の息子のために勝利を目指せとだけ、選手たちに伝えている。デ・ブライネのゴールパフォーマンスは、指揮官のメッセージを受け止めたチームメイトから21番へのエールだった。
グアルディオラにとってのシルバは、「彼のいるチームであることが、シティを選んだ理由の一つ」とまで言うほどのキーマンだ。それでも、「必要な時には、絶対に遠慮などしないでバレンシアに行ってくれ。クラブには、戻れる時に戻ってくれればいい」と告げていた。無事に一児の父となっているシルバは、「ペップへの恩は一生忘れない」と言う。その恩返しの一環が、欠場を最小限に抑えて出場した、リーグ戦29試合を含む計40試合でのパフォーマンス。同シーズンのプレミアでアシスト王に輝いたデ・ブライネが、「年間MVPはダビドで決まり」と兜を脱ぐほどの出来を見せた。
「このクソみたいな気持ちを堪えて飲み込め」
現体制下での過去3シーズンで、チームが最も“ペップ・トーク(激励)”を必要としたのは昨年4月、ホームでアウェイゴール差によるUEFAチャンピオンズリーグ敗退(合計4-4)が決まった、トッテナムとの準々決勝セカンドレグ(4-3)後に違いない。VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)により、相手の3点目はハンドなしと認められ、自軍の5点目はオフサイドで幻に終わるという非情な結末。3日後には、リバプールとの優勝争いでデッドヒートが続くプレミアでも、再びトッテナム戦を控えていた。
さすがに、グアルディオラも人の子だ。劇的敗退の当夜は、クラブCEOのフェラン・ソリアーノが、「ペップが一番ショックを受けていました」と証言している状態。翌日も、午前中は誰ともまともに口を利けずにいた。だが、続くリーグ戦前日には、報道陣の前で自らにも言い聞かすように語っている。
「われわれが痛みを覚えていないと思うのか? もう何が起こったのかは忘れているとでも思うのか? そんなわけがない。選手たちには早く忘れてもらいたいとも思わない。何事もなかったように振る舞う姿など見たくはない。心に傷を負わされたことに対するリアクションを見せてほしい」
チームトークは、より情熱的。
「お前たちは俺の誇りだ。今は、クソみたいな気分だろう。このクソみたいな気持ちを堪えて飲み込め。立ち上がって、手に入れられるものをすべて勝ち取るんだ。まだ、2つのトロフィーが残されている。両方とも取りにいくぞ! お前たちならやってくれると信じている。最高のチームだからな」
シティは、ホームでのリーグ戦でトッテナムを零封(1-0)すると、最終節でプレミア2連覇を成し遂げ、その翌週のFAカップ決勝では、ワトフォードを蹴散らした(6-0)。
「この後はカラオケだけど?」
その気にさせる対象は選手だけではない。グアルディオラ体制下で初めてプレミア王者となった就任2年目には、優勝決定直後のホームゲームで行われた表彰セレモニーで、キットマン(ホペイロ)の一人であるブランドン・アシュトンが、チームスタッフの一番手としてトロフィーを掲げている。シティのキットマン3名は、ムードメーカーとしても大切な存在。中でも1番のキャラクターとされるアシュトンは、その3カ月ほど前のリーグカップ決勝後、祝勝パーティーで指揮官に「トロフィーを掲げてこい」と言われて、本人いわく「大感激」を味わい、「リーグ優勝が決まったら、また頼むぞ」との約束が実現されて、「一生の思い出」を手に入れた。もともと、シティでの仕事が学生時代からの願いだったアシュトンが、ユニホームを畳む両手、選手の代わりに新品のスパイクを履き慣らす両足、そしてジョークの絶えない口を、以前にも増してせっせと動かす姿は想像に難くない。
シティでは、グアルディオラの意向で、クラブ主催のディナーパーティーに、受付係からランドリースタッフまでの全職員が招かれるようになってもいる。会場には、感謝の気持ちを直に伝え、「この後はカラオケだけど?」などと声をかけて回る監督の姿。ちなみに当人の十八番は、本書の前書きに当たる「イントロ」を寄せているノエル・ギャラガーがいた、オアシスの名曲『ワンダーウォール』らしい。
一般スタッフの心をもくすぐる、グアルディオラ自身のモチベーションは心配無用。何しろ、無冠に終わった就任1年目の無念を払拭した一昨季、リーグ新記録の勝ち点100ポイントでのプレミア優勝と、リーグカップの2冠を祝うパレード中に、「これまで以上に強いチームとして戻ってきます」とファンに誓っていたリーダーだ。昨季の結果は、クラブ史上初のリーグ連覇と、イングランド史上初の国内3冠。今季も、3月半ばから試合開催が見送られる前の時点で、リーグカップ3連覇を果たしている。プレミアでは、序盤戦からセンターバック陣に故障者が相次いだ不運もあり、リバプールに次ぐ2位でのリーグ中断となったが、来季の“ペップ・シティ”が、より一層の戦闘意欲を胸にプレミア王座奪回に挑むことは請け合いだ。
<了>
【連載第1回はこちら】なぜグアルディオラは常に結果を出すのか? アグエロらマンC選手が語る、知られざる姿と奇行
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