
浦和・槙野智章が示した“声”の重要性 ミシャの教えを胸に試合中に「声を出す」2つの意味
8月29日に行われた明治安田生命J1リーグ第13節でJ1通算350試合出場を達成した浦和レッズDF槙野智章。今季開幕当初はメンバー争いに敗れてベンチ外も経験し「プロ生活で初めての状況」に陥った槙野は、第7節以降、再びレギュラーの座を取り戻した。彼はその間チームをどのように評価し、自分のやるべきことを見定め、いかにしてJ1のピッチに舞い戻ったのか? 槙野自身が「武器」と語る彼の“声”に着目し、本人に話を聞いた。
(文=佐藤亮太、写真=Getty Images)
「声」の重要性を示した選手、槙野智章
コロナ禍にあるJリーグ。無観客試合や入場制限と見る側も伝える側も消化不良な日々が続く。しかし、悪いことばかりではない。気づかなかったことが見えてくる。
その一つがピッチ上の選手の声だ。
競り合いでの気合一閃「おりゃ!!」の声。
ゴールを防いだ瞬間の「よっしゃ!!」の声。
失点後の「ここから!!ここから!!」と仲間を鼓舞する声。
歓声でかき消された声が聞こえるようになったことで、選手のむき出しの感情があらわになった。ピッチは喜怒哀楽が渦巻く戦いのワンダーランドと改めて感じる。
選手から発せられる声がチームや選手にとって、いかに大きなファクターであるかを体現し、重要性を示した選手がいる。
浦和レッズDF槙野智章だ。
浦和に加入した2012年シーズンからレギュラーを張り続けた槙野だが、今シーズン序盤、従来の3バックから新機軸の4バックへの変更などに伴い出場機会を失った。
開幕・湘南ベルマーレ戦はベンチ入りするも出場はわずか1分。
中断明けの第2節・横浜F・マリノス戦から第6節・柏レイソル戦までの出場時間ゼロ。うち4試合がベンチ外だった。
これまでピッチにいて当たり前だった槙野の不在はいよいよ訪れた世代交代の始まりと感じざるを得なかった。
この時期のことを槙野は「これまでのプロ生活で初めての状況だった。考え直すいい時間であり、悔しい時間でもあった」と吐露している。
しかし、雌伏を乗り越え、チャンスが巡ってくる。
0-4で大敗した柏戦直後の第7節・横浜FC戦、槙野が先発出場。その後、直近の第14節・セレッソ大阪戦までの8試合すべてに出場。うち7試合が先発フル出場を果たし、レギュラーを奪い返した。
「槙野の声はテレビ画面から飛び出すくらいの迫力」
槙野が再びスタメンを返り咲いた要因はなにか?
当然、特長である局面での対人の強さや培った経験はあるが、試合中に発せられる“その声”も理由の一つだ。
試合中、槙野が発する声は一字一句、よく聞こえる。
テレビで観戦していたチーム関係者は「ガンバ大阪戦での槙野の声は画面から飛び出すくらいの迫力だった」と評したくらいだ。
指示の声。叱咤の声。引き締める声。状況を伝える声が90分間、散りばめられている。
試合に出られなかった時期、槙野がチームに感じたのは声の圧倒的に少ないことだった。今季初の先発出場を果たした第7節・横浜FC戦後、槙野はこう指摘した。
「これまで少しチームに元気がない。声が少ない。コミュニケーションをとる姿があまり見受けられなかった。そこを西川(周作)選手、鈴木(大輔)選手を中心に90分間声をかける。我慢するところは我慢する。盛り上げるところは盛り上げる。そのことを徹底しようと試合前に話をした」
「(第5節)FC東京戦、(第6節)柏戦と連敗したなかで収穫があった一方、チームとして失点した後の試合運び、選手の表情を見て『もう1点取りに行く』『逆転する』という姿を感じられなかった。そこをどうにか僕が入ることで変えられることはあると感じた。ピッチでの雰囲気作りを徹底することを心掛けた」
槙野が改めて声という影響力をチームにもたらしたのだ。
槙野にとって試合中に「声を出す」2つの意味
では槙野にとって声とは、声を出すとはどういうことか。
大きく2つの意味がある。
「(声を出さないと)試合へのモチベーションを数字で表すと100に近いものは出せない。声を出すことで自分の集中力が高まる」
ゲームに向け、プレーに向け、自身を高める意味。
そしてもう一つはDFらしい答えだった。
「声を出さないと自分に不利な状況が生まれる」
つまりミスが直接的に失点につながるポジションであるため、できるだけ不確定要素を作りたくないという意味だ。
加えて槙野が目指す究極のDF像が浮き彫りになる。
「僕が目指すプレースタイルの一つは『良い意味でラクして勝ちたい』ということ。つまり相手を疲れさせて勝つ。じゃあ、どうやってやるか? 自分が疲れにくくするには、周りを走らせればいい。そのためには周りをコントロールし、動かさなければならない。手っ取り早いのは声で周りを動かせばいい」
確かにそうだ。
声を出しても体は疲れない。極論、やるかやらないかの気持ちの問題だ。しかし、その大事さを理解してもなかなか的確に出せないのが声というものであり、ただ声を出せばいいというものでもない。
だからこそ槙野は「声は簡単そうで一番難しい武器」と断言する。
「サッカーはやればやるほどうまくなる。体力は走れば走るほど強くなる。声は出す練習をしてもその状況が読めないと声を出せない。たまに『声が大きくていいですね』と言われるが、そうじゃなくて、声を出すことはその状況が読めて、空気が読めて、初めて伝えることができる」
声の効用、その難しさが伝わってくる。
「身体よりも頭が疲れるようになるのが大事」
槙野自身、初めから声の大事さがわかったわけではなかった。
知るキッカケとなったのはミハイロ・ペトロヴィッチ監督(以下・ミシャ)のアドバイスだった。
2006年6月、サンフレッチェ広島の監督に就任したミシャ。
このとき、槙野はプロ1年目。出会ってすぐだったという。
槙野は当時をこう振り返った。
「ミシャからは『マキのプレースタイルはDFにとって重要だ。ただ相手に対してフィジカルだけで守ることは肉体的に疲労が残る。これから年を重ねるにつれて、身体よりも頭が疲れるようになるのが大事』と言われた」
ミシャは現役時代、ユーゴスラビアリーグ、オーストリアリーグで400試合以上出場。上背はそれほどないがオーストリアのシュトゥルム・グラーツではリベロに起用され、活躍した選手。キャリアに裏打ちされた納得いくアドバイスだ。
ところが18歳の槙野にはその真意がわからなかった。
「頭を疲れさせるってわからないじゃないですか?(笑) 実際に試合に出ても、頭を疲れさせることができず、身体の疲ればかり感じていた」
しかし、ゲームという修羅場を何百試合もくぐり抜け、経験を積むことで徐々に理解できるようになった。
「試合を重ねるごとに相手のレベルが高くなり、さまざまな環境で試合をするうちに『こういうふうに守ればいいんだ』と気づくようになった。そこで自分が声を出すことで周りの選手を動かす、そして相手にイヤなプレーをすることを覚えた。そうしているうちに肉体より思考的回路が疲れるようになった」
一朝一夕ではいかない。声は多くの試合をこなし、経験を積んだ選手だけが得る武器だ。
声は選手生命を伸ばし、チームの活気の有無のバロメーターでもある
状況を正確に判断しつつ、的確に指示を出す。これだけではまだまだ道半ば。そこから槙野は声量、抑揚、言葉のチョイスなどより細部にこだわる。
試合後のミックスゾーンやテレビ・ラジオ出演、インタビューなどピッチ外の活動でも試行錯誤を繰り返している。
「取材の受け答えで自分が発している声と、自分で聞いた声とは違うことに気づいて『こんな声で話しているんだ』と思うとともに『これじゃ聞きづらいだろうな』と感じたこともあった。人と話すときも、人を引きつける声量や音量を意識している。(パーソナリティを務める)ラジオ番組のオンエアを聞いたとき『もっと違うニュアンスのほうがよかったな』と考えたり、テレビのインタビューでは『この言葉の使い回しは違うな』とか考えるようになった」
「これほど声に意識し始めたのは浦和に来てから」と槙野は振り返る。
たかが声。されど声。
自分自身を奮い立たせ、チームに活気を与え、果てはプレーの幅を広げ、選手寿命を延ばす。
また不思議なもので成績不振のチームを取材すると、決まって練習中、声が出ていない。その一方、勢いのあるチームは自然と声が出ている。声は選手間のコミュニケーションの、チームの活気の有無のバロメーターだ。
声は実に奥深く、不思議な力を持っている。
そのことを槙野智章は教えてくれた。
<了>
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