「補欠」は日本の部活の大問題!「3年間に一度も公式戦に出ない野球部員」を生む非教育的思考
少子化や野球離れによって「部員9人未満」で存続の危機に立たされる野球部が増えている。一方で、甲子園常連校、強豪・名門校には、百名を超える部員が集まる。スポーツライターの広尾晃氏は、こうした二極化が高校や球界の問題であると同時に、3年間一度も公式戦出場のないままグラウンドを去る“補欠”部員を大量に生み出す現状の部活そのものが大きな問題を抱えていると指摘する。
(文=広尾晃、写真=Getty Images)
「補欠」という概念が定着する日本の部活の不思議
春に続いて夏の甲子園が中止になり各都道府県の高野連は代替大会の開催を決めた。教育委員会や自治体もこれを後押しした。普通の大会とは異なり、今回は「満足に野球ができなかった3年生に“思い出”を作らせてやりたい」という親心で行う大会だ。ベンチ入りの人数を増やしたり、試合ごとに入れ替えたりできるようにするなど、ルールを柔軟に運用する地方が多かった。
ただし「代替大会に誰を出場させるか」についてはさまざまな議論があった。
ある学校ではコーチが「もともと試合に出る見込みがなかったレベルの選手まで、試合に出さなくてもいいんじゃないか」と話した。甲子園に出場するような強豪校では、1学年に50人以上の選手がいることも珍しくない。そういう学校では3年生であっても、もともと出場の望みがないことが自分で分かっている部員もいる。代替大会でも、客席から声援を送っていた3年生もいるのだ。
野球だけではないが、日本の高校部活では競技に出場できる選手数を大きく超えて部員を抱え込む学校がたくさんある。それだけ多くの部員がいるから、選手が切磋琢磨する。競争が激しくなってチームが強くなるという理屈のようだが、高校の部活は「教育の一環」だ。
文部科学省、スポーツ庁は運動部活を
「学校の運動部活動は、スポーツに興味・関心のある同好の生徒が参加し、各運動部の責任者(以下、「運動部顧問」という。)の指導の下、学校教育の一環として行われ、我が国のスポーツ振興を大きく支えてきた」
としている。
だとすれば「試合に出られない部員を大量に生み出す部活」は、教育的といえるのか?
欧米の学校やクラブのスポーツには「補欠」という概念はない。試合に出られないと分かった時点で多くの選手は他のチームに移籍する。親もそれを勧める。また、チームはそうした選手を受け入れるために頻繁にトライアウトを実施している。
サッカー解説者のセルジオ越後氏は、著書『補欠廃止論』(ポプラ新書)で
「試合に出られない補欠は、授業から締め出され教室の外から授業をのぞいているようなものだ」と批判している。
試合に出られない部員を多数抱え込む日本の部活は、世界でも特殊だろう。
学校経営の視点から「野球を続けやすくなった」選手たち
有力校が補欠を大量に生み出すほどの多くの選手を抱え込むのは今に始まった話ではない。しかしその中身はここ数十年でかなり変わってきている。
昭和の時代から、甲子園で活躍するような有力な高校には県外からも含め、多く生徒が集まった。当時の監督は、教えを請う多くの生徒を目の前にして「こんなにたくさん来てしまった」とまんざらでもない顔をしたものだ。
ただし、当時の指導者の最初の役割は「選手をふるいにかける」ことだった。元巨人選手で甲子園でも活躍した大野倫は、1989年に沖縄水産高校に入学したが「(当時の沖縄水産には)沖縄県内から優秀な選手が集まっていました。1年生だけで入学当初は73人もいました。でも1日でやめるような選手もいて半年で23人になりました」と語っている。
名将と言われた栽弘義監督がハードな練習を強いて、脱落した1年生に片っ端から引導を渡していったのだ。脱落した部員は野球をやめたり、退学したりした。一見残酷な仕打ちのようだが、もともと見込みのない選手に早めに見切りをつけさせるのは「温情」ともいえたのだ。
しかし、今は、入学した1年生は試合に出られなくても、ほとんど退部することなく3年生になる。日本高野連の発表によれば新入部員の1年生が3年生まで野球を続ける率(継続率)は、1984年には72.9%だったが2020年は90.6%にまで上昇している。
これは監督の指導方針が変わったというより、学校の経営事情による部分が大きい。少子化で生徒の獲得に躍起になっている私学にとって、50人1.5クラス分もの生徒が入学する野球部は経営的に大きな意味がある。ふるいにかけてやめさせるなどもってのほかだ。彼らが中退することなく卒業するために、学校側はいろいろとケアをするようになっている。
紅白戦で野球人生を終える球児が珍しくない現状
実は、多くの指導者はこうした状況について、複雑な思いを抱いている。関西のある強豪校の監督は、学校から車で30分ほどの距離にあるグラウンドまで、選手を送迎するバスの運転手を兼ねていた。
「選手数はワンバス(バスの定員45人)くらいがちょうどええのや。目が届くのはそれくらいや」と語っていたが、その後、甲子園で活躍したために部員数が増え、今や部員数はバス3台分になっている。学校側はコーチを増員した。野球部は2軍、3軍制を敷き、紅白戦や練習試合も行うようになった。
また四国の甲子園常連校には全国から監督を慕って選手が集まってくるが、面接時に監督は選手と親に対して「君は多分、試合には出られないよ。それでもよかったらうちにおいで」とはっきり言うという。「それでも『じゃあ、やめます』という子はほとんどいないんだ。悩ましい」と、複雑な表情を浮かべる。
昭和の時代、「やまびこ打線」で有名になった徳島県の池田高校には県外から選手が集まるようになった。過疎の町・池田町にとっては歓迎すべきことだった。選手と母親がアパートを借りて高校に通うことも珍しくなく、練習時には保護者が熱心に声援を送る光景が見られたが、選手数が増えるとともに保護者から「なぜうちの子を出さないんだ」というクレームが出るようになったという。
池田高校に限らず全国でこうした事態が続出したために、公立、私立を問わず強豪校の多くは、保護者が練習を見学することを禁止するようになり、中には、寮生活をするわが子がどんな状態なのか把握できない親もいる。
ある父親は息子が3年生になった6月に、突然息子から「学校に来てほしい」と連絡が入った。学校に来てみると、ベンチ入りできなかった選手の引退セレモニーとして「最後の紅白戦」が行われていた。スタメン出場した息子は涙ながらにプレーをし、試合が終わると監督に深々とお辞儀をしたが、父親は納得がいかなかった。
「学費、部費、寮費も払って、小遣いも渡し、学園から寄付の依頼があればそれにも応じてきた。そんなに楽な家計でもないのに、そこまでやったのはわが子が活躍して、大学、プロに行ってほしいからだ。うちの息子が私に何も言わなかったのも問題だが、こんな形で、突然息子の“夢”が終わってしまうなんて」と嘆いた。
試合出場の機会を奪う「格差」是正の改革を!
ある指導者は、「自分は試合に出られなくても、仲間の練習を手伝ったり、励ましたりしてチームのために頑張ることは、試合に出るのと同じくらい尊いことだ。そういう経験をした3年間は決して無駄ではない。その生徒の将来に必ず役に立つ」と、野球部での経験の重要性を強調する。またある野球経験者が「高校では一度も試合に出なかったが監督は私のひたむきな姿勢を評価してくれて、大学の野球部に推薦してくれた。大学でも試合には出られなかったが、先輩の引きで一流企業に就職できた。君たちにはわからないだろうが、野球はそういう形の人間育成もしているのだ」と筆者に強い口調で語りかけてきたこともあった。
「試合に出られない3年間は決して無駄ではない」という論は理解するが、この人たちにとって野球は「世渡りの道具」だったのか、という疑問もある。
入学した時点で「自分は3年間試合に出られなくてもいい」と思う生徒はほとんどいないだろう。また親も「無理だ」と言われても親の欲目で「いけるんじゃないか」と思うはずだ。「試合に出られなくても有意義な3年間だ」という言葉は、そういう親子には気休めでしかないだろう。
少子化、野球離れが進行中の高校野球では9人の選手を確保することができずに連合チームを組むなど、息も絶え絶えの野球部もある。一方で3年間一度も公式戦に出場しない選手を大量に抱えた野球部もあるのだ。
「へたくそが試合に出られないのは当たり前だろ」と言われるかもしれないが、それは『教育』としても『スポーツ』としても正しい在り方とはいえないだろう。
アスリートは「試合」で努力の成果を発揮するために「練習」をする。「試合」という目的のない「練習」には希望はないし、スポーツの喜びもない。多くの高校球児が「試合」という目的がないままに、日々練習していることは正しいスポーツの在り方とは思えない。
レベルの違いはあるだろうが、すべての部員が自分の力を試す場である「試合」に出場してこそ「教育の一環」といえるのではないか。
日本高野連はこうした「格差」の是正に動くべきだ。登録できる部員数の上限を設けるなり、一つの高校で複数のチームの公式戦出場を認めるなり、選手に「試合出場の機会」を与えるための改革を推進すべきだ。
それも「野球離れ」を食い止める一環になるだろう。
<了>
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