
J2降格2年目に集客増!「浦和じゃなくて大宮」目指す“大宮愛”とデジタルマーケ活用術
2020シーズンはコロナ禍により「昇格あり・降格なし」の特例ルールで行われているJリーグ。だが通常の場合、J1からJ2に降格すると観客動員数は2年目、3年目と徐々に落ち続けていくといわれている。そんな中、2018シーズンからJ2で戦う大宮アルディージャは2年目の昨シーズンに集客数を伸ばすことに成功している。日本最大手であるNTTグループのインフラやテクノロジーのバックアップを受けながらも、それだけでは成し得なかった、2019シーズンに大宮が集客数増加に成功した秘策とは? そして、コロナ禍を乗り越えるヒントとは。デジタルマーケティング部の小島陽介氏に話を聞いた。
(インタビュー・文=池田タツ、写真提供=大宮アルディージャ)
大宮が「J2降格2年目のジンクス」を食い止めた理由
J1からJ2に降格すると、観客動員数は統計で前年比73.3%になる。2年目は72%、3年目は70%と徐々に落ち続けていく。選手及び監督ら現場は一年でも早くJ1に戻れるようピッチで戦い、フロントスタッフはこの落ち続ける観客動員をいかに止めるかで奮闘するのだ。
大宮アルディージャ(以下、大宮)は2017年にJ1で18位となり、2018年からJ2で戦っている。2018年は5位、2019年は3位でJ1昇格を逃した。前述したように統計データでは年々、観客動員数は下がっていくが、大宮はJ2の2年目で集客数を盛り返すことに成功した。J2の1年目は80.5%まで減少したが、J2の2年目では82.7%と前年よりも観客数を増やしたのだ。
要因は大宮独自のデジタルマーケティングと企画力にあった。
2019年から集客の陣頭指揮をとったのは大宮アルディージャの広報だった小島陽介氏である。クラブマスコットのアルディとミーヤのキャラクター設定を生かした独特な稼働をさせていたのも広報時代の小島氏の企画力によるところは大きい。そんな小島氏が4年間勤めていた広報を離れて、2019年に新設されたデジタルマーケティング部に異動した。
大宮の責任企業はNTT東日本(東日本電信電話株式会社)である。巨大なNTTグループから資本を受けており、ビッグデータ解析やデジタルマーケティングを得意とするNTTドコモもグループの一員だ。そのバックボーンを強みに大宮は2015年、Jリーグの中ではいの一番にスマートスタジアム構想を掲げた。
最初はスタジアムのWi-Fiを整備し、2018年からはスタジアム内の売店にクラウドPOS(タブレットやスマートフォンをレジとして使い、そのまま売上がクラウドで共有される)を導入し、販売動向や売上分析などを行っていった。小島氏は広報部に在籍しながら2018年からスマートスタジアムのプロジェクトに関わり始めた。
日本最大手であるNTTグループのインフラやテクノロジーのバックアップを受けたものの、小島氏はあまり手応えが感じられなかったという。
「スマートスタジアムの構想は東京五輪も控えていた中で、責任企業と一緒に取り組んでいこうと開始したものです。計画当初『これはすごいものになる』というイメージはあったのですが、実際にやってみるとあまり手応えがありませんでした。スマホで事前に飲食物を注文できるプレオーダーや、席までのデリバリーはもっと需要があるかと思ったのですが、そこまでの利用はありませんでした。席まで持ってきてくれるより、スタジアムの中をブラブラ歩くほうが楽しかったのかもしれないし、行列に並びながら縁日感を味わうことがスタジアムの良さだったりしたのかもしれません。ただ、振り返ってみると具体的な施策が打てていないという反省が正直ありました」
構想や技術は間違いなくすばらしいものがあったが、実際ユーザー体験を充実させるには高いハードルがいくつもあった。
「UIやUXでも改善の余地があったかもしれません。今の時代、みなさんアマゾンなどで最高レベルのユーザー体験をしています。ワンクリックで物が買えて翌日に家に届いてしまうような。そういった経験を日頃からしている方々が、スタジアムで使うアプリで少しでもわかりにくいところがあると使ってもらえないというのはあると思います」
2018年はスマートスタジアムのプロジェクトの中、着々とデジタル化を進めていった。それまではファンクラブIDと年間チケットIDなどが別々になっていたが、「1人1ID」に整理し顧客管理が一元化され、デジタルマーケティングの基盤が整った。
大宮のデジタルマーケティングが優れているところはチケットIDにひも付いてスタジアムでの購買履歴を追えるところにある。各売店にはID読み取り機が設置されており、購入の際にスマートフォンを掲げると行動に応じてポイントが貯まっていく。貯まったポイントで、選手との食事会などの特別イベントなどに参加できる特典が得られる。
しかし、データは取れるようになったものの、取ったデータに対して仕掛けるべきネタがなかった。
クラブスタッフ全員の「大宮愛」でつくり上げた毎試合のイベント開催
「2018年で会員のデータベース化が進んでいて、『よし、いろいろやろう!』と思ったんですが、せっかくターゲットを絞ったメールを容易に送れるような体制を構築できて、何かをPRにしようとしても、メルマガに書くことが何もない試合とかあったんです。イベントもなければ協賛もついていないというような。せっかく発信できる仕組みが整ったのにアピールできるものがなかった。テーブルとお皿ばっかり整えても、そこに食べ物が乗ってないと意味がないじゃないかと感じましたね。それで、2018シーズンのスマートスタジアムの総括として『仕組みはできあがってきているが、中身がおろそかになっている』というレポートを私が出したんですね。そうしたら2019シーズンから、広報から今のポストに異動になりました」
デジタルマーケティング部に移動した小島氏が取り組んだことはお皿の上に乗せる料理をつくることだった。
「サッカークラブにとって一番の売り物は、やっぱりホームゲームです。じゃあその魅力をどう高めていくか。大宮らしいホームゲームのあるべき姿とはなんなのか。クラブスタッフ全員でみんなの理想の姿をブレストしました。自分たちのいいところとできていないところを見つめ直そうと。その中で『ホームゲームの縁日感、お祭り感』という言葉が出てきました。壮大なフェスとかそういうのではなく、『僕らは町のお祭りだよね』と。ある部分は手づくり感があってもいい。大事なのは毎試合何かしらイベントがあること。そこからホームゲームは全試合テーマを持ってやろうという話になりました」
トップダウンや誰か一人の鶴の一声でもなく、スタッフ全体からどんどん意見が出てきた。小島氏は、クラブスタッフ全員が本当にクラブのことを愛して取り組んでいることを強く感じたという。
クラブスタッフ全員がクラブ愛を持っているのなら、全員で取り組むべきだという結論になった。全てのホームゲームで、売り出しやすいテーマを持った企画を立ち上げることにした。試合ごとに部所をまたがる横断的なチームが結成され、全スタッフが最低でも年に2回は担当を持つことになった。
ここで大宮が2019年に実施した試合イベントを一部紹介したい。
・OMIYA夜桜ナイト:お花見向けのフードやドリンクを販売
・超オレンジデー:試合日の4/14「オレンジデー」にちなみ、来場者1万名にトートバックプレゼント
・オレンジガールズデー:女性先着3,000名にTシャツやオリジナルミラーのプレゼントや、試合終了後のピッチを女性限定で開放するなど女性ファン向けコンテンツの提供
・大宮男祭り:男性先着6000名にはちまきプレゼント、アンダーアーマーベンチプレスチャレンジ、お笑い芸人「クールポコ。」お笑いライブ&写真撮影会などを実施
・オレンジサマーカーニバル:先着1万名にスマートフォンカバープレゼント、サポーター参加型の場内演出、縁日コーナーなどを提供
・アルディージャ芸術祭:子どもたちの描いた選手の似顔絵を展示及び選手紹介に活用
・アルディージャハロウィン:先着1800名の子どもにハロウィンバケツプレゼント、ヘアアレンジやフェイスシール、ペインティングなどを楽しめるブースの設置、SNS投稿企画などを展開
ハロウィンイベントでは、バッジがついているクラブスタッフに声をかけると子どもはバケツにお菓子がもらえ、代表取締役社長の森正志氏や、元同クラブ選手で現クラブアンバサダーの塚本泰史氏などもアフロのウィッグをかぶり、クラブスタッフ一丸となって企画を盛り上げた。ちなみにこのアイディアは、夏にクラブにきていたインターン生がインターン期間終了前の発表会で披露した修了プレゼンテーションでのアイディアだという。
このようにイベントは季節柄に合わせたものから、顧客属性に合わせたものまでさまざまである。特筆すべきはプレゼントの量の多さだ。基本的にはその時のターゲット全員に行き渡るように準備している。最低でも数千、多い時は1万個用意することが年間何度もあるのだ。これはスポンサーの協力とその協力を取り付ける営業力があってこそなせる技である。
「2019シーズンから営業部が理解を示してくれて加わってくれたのは大きな変化です。例えば男祭りですが、男性向けの企画なのでここは冠協賛でアンダーアーマー(ドーム)さんに提案してみようとか、そういう連携がスムーズになりました。以前は逆だったんですよね。先に冠協賛試合が決まって、そこからどんな企画やろうかみたいな。今は企画が先に決まってそこから営業と協力して冠協賛を提案しに行く順番になっています。長年ホームゲームに来ているサポーターは、昨年からスタジアムで行われる企画に、変化を感じてくれているかなと思います」
筆者も大宮のサポーターから「大宮の試合イベント変わったよね」、「大宮の試合イベントよくなったね」、「他クラブのサポーターからうらやましいって言われるようになった」など、多くのポジティブな意見を耳にした。
デジタルマーケティングで「数字」が何かをしてくれるわけではない
軌道に乗った2019シーズンを終え、小島氏がスマートスタジアムプロジェクトに関わり3年目を迎える2020シーズンは、勝負の年として位置付けていた。しかし、ホーム開催試合を一試合も迎えることなく、Jリーグは新型コロナウイルス感染症の影響で長期中断に入ることになった。予定していたプレゼンツマッチも試合イベントもすべて一旦白紙となり、誕生日や来場回数に応じたクーポンの発行も行えないことになってしまった。
Jリーグの再開は無観客で行うリモートマッチとなり、その後も制限付きでの開催となりスタジアムに入れられるキャパシティは11月現在でも50%までとなっている。
中断期間中は、年間チケットの払い戻しや、スポンサー対応などに追われることになった。どれだけのチケットが払い戻され、どれだけのスポンサー料が減額されてしまうのか。未曾有の災厄の中、クラブの財源をどのように確保するべきか、クラブ内で議論を重ねた。
スタジアムに来られないサポーターが増えるため、オンラインでサポーターとのタッチポイントを増やす施策を相次いで行った。試合日にオンラインでのライブ番組『橙広場オンデマンド』の配信、オンラインでのサポーターと選手の交流会、選手によるYouTube動画など、さまざまな手を打っていった。
幸いにも年間チケットの全額払い戻しは想定よりも下回り、スポンサー料減額を申し出る企業はほとんどなかった。
2020シーズンも終盤に差し掛かり、制限付き開催も徐々に緩和されてきている。スタジアム内でのイベントブースや配布物も復活した。大宮は第30節のFC琉球戦からシーズン終了までの7試合全てのホームゲームで、プレゼンツマッチパートナーを実施する。コロナ禍をクラブスタッフ全員の力で乗り切ろうとしている。
「もともとクラブスタッフ全員で取り組むという風潮がある組織なんですよね。地域のゴミ拾いや、チラシ配りはクラブスタッフ全員で長年行っています。週に1回は全スタッフが参加する会議もあります。もともとそういう土壌があったといえるかもしれません。コロナ禍の危機もクラブスタッフ全員が力を合わせることができています」
デジタルマーケティングといっても数字自体が何かをしてくれるわけではない。そこに対して動ける人がいなければ何も始まらない。そして数字に裏付けされるのはアイデンティティなのである。
「デジタルデータを見れば見るほど大事なのは『アルディージャらしさ』ということに行き着くんですよね。デジタルデータを見ても大事なのはイメージというか。ダンボールサポーターであったり、手話応援であったり。それらは、サポーターから出てきたものです。それがアルディージャらしさです。また、『浦和じゃなくて大宮を選択する理由』みたいなものも育てていかなきゃいけないと思っています。逆説的な言い方ですが『大宮が嫌い』と言われることがあってもいいかなと。今までは『好かれたい』という気持ちよりも、『嫌われたくない』という気持ちのほうが強かった。でもそうじゃなくて、ちゃんとクラブの色を出して、それで嫌われてしまうならしょうがない。そういう覚悟は必要かなと思います」
その覚悟の先に、大宮アルディージャのさらなる成長した姿が待っているに違いない。
<了>
大宮が取り組む「手話応援」とは? スタジアムを一つにする知られざる秘話
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