なぜドイツはU-19ブンデスリーガを廃止するのか? 専門家が語る「育成環境」の正解とは
ドイツサッカー連盟が来季のU-17、U-19年代のトップリーグ廃止を検討しているという。日本でもようやく育成年代のリーグ戦の整備が少しずつ進み始めている中、ドイツはさらにその次のフェーズに入ろうとしているのだろうか? U-21ドイツ代表コーチのアントニオ・ディサルボが、現在のドイツの育成が置かれている状況と、今後目指すべき方向性を詳しく語ってくれた。そこから見えてくる日本サッカーの目指すべき方向性とは?
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
育成年代のリーグ戦を整備したら万事うまくいく?
1発勝負のトーナメント戦は育成年代にふさわしくない。十分な試合数が確保され、健全に確立されたリーグ戦こそが選手の成長には欠かせないという議論は日本でも増えてきている。年間を通じて計画されたスケジュールの中で試合をし、なるべく多くの選手が出場機会を得て、そこで得た経験や反省を持ち帰り、翌週の試合に備える。そうした積み重ねが選手にも、指導者にも大きな学習機会をもたらす。バランスの取れたリーグシステムの導入は、育成年代における最初のステップとしてとても大事な取り組みなのは間違いない。
ではリーグシステムを整えたら、それで万事うまくいくのかというとそういうわけでもない。既存のスケジュールを整理することなく導入した場合、逆にスケジュール超過の悪因にもなりかねない。それにリーグ戦であったとしても、そこに昇格があり、降格があり、あるいは全国大会への出場権が関わる順位争いがあったとしたら、結果として、トーナメント戦と大して変わらない性質の試合になることも考えられる。一つの試合にかかる重圧が高まれば高まるほど、長期的視野での選手の成長に重きを置かない目先の勝利至上主義に陥りやすいという弊害が生まれる。それは日本だけの話ではなく、世界中どこでもそうだろう。
ではそれは育成年代のレベルアップのために容認していいものなのだろうか。あるいはそこにはさらに改善の必要性があるのだろうか。
この問題において、ドイツサッカー連盟は2022-23シーズンよりU-17とU-19年代のトップレベルにおいて、現行の昇格・降格システムを廃止し、育成アカデミーを持つクラブ同士で試合を重ねるプランへ移行する試みを検討しているという。その理由と狙いをひも解くことで、育成年代における最適なフォームについて考察したい。
なぜドイツはU-19ブンデスリーガを廃止するのか?
ドイツでは、U-19ブンデスリーガが2003年、そしてU-17ブンデスリーガが2007年に誕生した。それぞれドイツ全土を地域的に3分割し、基本的には14クラブでのリーグ戦が行われている。それまでは育成のシステム自体が未整理の状態だったため、育成年代から年代ごとに、そして選手個々のレベルに応じたリーグ戦を作り出すことで、互いに切磋琢磨しながらより成長する機会を設けることが目的とされていた。
そして確かにその成果はとても大きいものであった。数多くの選手が年代ごとに成長し、そこからトップ選手へとステップアップしていった。2014年にドイツがFIFAワールドカップ優勝を果たした背景には間違いなく、こうした育成からの取り組みがあったことは今でも高く評価されている。
「ただ……」と指摘するのは、今回インタビューに応じてくれたU-21ドイツ代表コーチのアントニオ・ディサルボだ。「2014年に優勝したといってもあの時からすでに6年以上経っている。過去うまくいったやり方がいつまでもうまくいくわけではない。2018年ワールドカップでのグループリーグ敗退という事実以上に、ここ最近の育成事情を考慮したやり方を見出すことが重要になってくる」。
事実として、ここ最近ドイツの世代別代表は苦戦を強いられている。U-19では2014年以来、U-17では2009年以来、世代別の欧州選手権でタイトルをとれていない。加えてU-21〜U-23年代の選手でブンデスリーガでレギュラーとして活躍している選手が明らかに減ってきている。それはなぜなのか?
ディサルボはさらに具体的に話を続けていく。
「確かにドイツには長年かけて築き上げてきた自分たちのシステムがある。僕らの育成の大きな助けになっていたのは事実だし、組織立って機能していたドイツのシステムについて、他国はうらやましがっていた。でも、それが逆にやりすぎにつながってしまっていたのではないだろうか。
だからこそ今、築き上げてきたシステムの見直しをしているんだ。試合環境はどうあるべきか。イングランドの育成年代はずいぶん前から昇格、降格がないリーグ環境でプレーしている。そうすることでプレッシャーをうまく取り除けているわけなんだよ。選手が全くプレッシャーを受けずにプレーするべきだといっているわけではない。プレッシャーがかかる状況でどんなプレーをすべきかというのは成長においても大事だからね。
でも指導者にとって一つの試合にかかるプレッシャーが大きすぎると、フィジカル的に強かったり、ミスをしない選手だったりを重用するようになってしまう。でも負けても降格することはないということがわかっていたら、例えば体はまだ小さくても、プレーインテリジェンスに優れた選手をこれまで以上に積極的に起用することはできるはずだ。
そうすることでトレーニングにおける取り組みだって間違いなく変わってくる。勝つ、負ける以上に、選手個々の成長にフォーカスが当てられるようになる。本来トレーニングは選手を成長させる貴重なチャンスであるはずなんだ」
「勝者のメンタリティは、すでに選手が持っている」
ただ、理想としてどれだけ素晴らしいことを立案したとしても、必ず反対意見も出てくる。プレッシャーを取り除くことで勝とうとするメンタリティが育まれなくなるではないかというのは、これまでにもよく議論されてきた意見だ。ディサルボは続ける。
「そこは僕らも考えて取り組んでいるところだ。まず指摘しなければならないのは、高いレベルの舞台にたどり着いてくる選手というのは基本的にみんな優れたメンタリティを持っている。ここでいうメンタリティとは昇格や降格に関わらず、目の前の試合に勝つために全力で取り組もうとするものだ。強いチームと試合をするから高いモチベーションで臨むというだけではダメで、どんな相手であっても自分のやるべきことを理解して試合と向き合えるかどうかではないか。
1部に残留するためとか、全国大会に進出するため『勝たなければならない』プレッシャーがある中でこそメンタリティは鍛えられるという人がいるのはわかっている。でもプレッシャーがあるかないかでしか勝者のメンタリティを身につけられないという考え方は極端だと思う。
勝者のメンタリティは、より高みを目指す選手の中にはすでにあるものだ。そして指導者がその道を一緒に歩むことで支えることができるはずだ。試合における過度のプレッシャーがなくなることで、選手はミスなくプレーしようという以上に、自分たちでもっともっといいプレーをするためにチャレンジしようという意欲だって湧いてくるという側面を持つこともできるだろう。
忘れてはいけない。選手が自分で見出していかないといけないんだ。もっとうまくなるために、いいサッカーができるようになるためにどうしたらいいんだろうと考える環境を作り上げることが大切ではないだろうか。そうすることで、自分からサッカーと向き合う時間を増やそうと考える選手も出てくるだろう。練習中のミニゲームでも全部勝ちたいと思って取り組む選手とそうでない選手との差はどのような状況であっても出てくる。
そうした優れた選手たちがきちんと自らと向き合って成長した後に、ではトップチームに上がった時に『一つの試合を勝ち切るためには?』とか、『シーズンを通してコンスタントにパフォーマンスを発揮するためには?』という点でより高いレベルで安定したメンタリティを身につけていくというのが大切だし、それが正しい道のりだと思っている」
育成年代のリーグ戦整備が進む日本の今後
既存のU-17、U-19という枠組みは今のドイツ、そしてヨーロッパサッカー界の実情と照らし合わせると、最適なフォーマットではなくなってきている。もちろんまだまだリフォームに向けて問題点もある。例えば、現在U-17、U-19ブンデスリーガに所属しているアマチュアクラブはプロクラブの育成アカデミーと試合ができる機会がなくなってしまうのかという疑問は、丁寧に解決していかなければならないだろう。
ブンデスリーガ、ブンデスリーガ2部クラブは厳しい審査でコントロールされる育成アカデミーを保持することが義務づけられている。3年ごとに実に700もの項目でチェックが入り、その成績に応じてドイツサッカー連盟から補助金が支払われるという仕組みだ。ブンデスリーガ3部(プロ)やレギオナルリーガ(4部:セミプロ)のクラブには義務はないが、申請して認定を受けることはできる。ただ施設投資費やその後の管理費、専任スタッフ人件費など資金繰りは簡単ではない。越えなければならないハードルは高いため、すべての3部、4部クラブが実現できるものではない。それでも現在ドイツには合わせて60弱の育成アカデミーを保持するクラブがある。
これまでのU-17、U-19ブンデスリーガにはこの育成アカデミーを保持していないクラブでも参戦することができたが、リフォーム後は認定を持たないクラブはいわば蚊帳の外の状態になってしまう可能性が高い。ドイツサッカー連盟もそのあたりは慎重に考慮している段階だという。グラスルーツなくしてその国のスポーツはありえない。プロとアマチュアは常に両輪だ。救済措置の可能性、交流のバランス、新しい試合・大会形式の考案などがテーマとして、今後も話が詰められていくだろう。
選手の成長に必要なのは大量得点差になるほどの力の差が生じず、不安になるほどのプレッシャーがかからない環境だ。選手や指導者個々の努力も大切だが、それだけを頼りにするのはシステムとして脆弱となってしまう。プロクラブにとっても、アマチュアクラブにとってもそのための最適な着地点を探していってほしいと、ドイツで育成に携わる一指導者として願うばかりだ。
さて、日本ではどうなのだろう。サッカー界で育成年代のリーグ戦が整備されてきているのは確かな進歩だし、そこに携わっている人たちの働きはとても素晴らしい。他のスポーツ界でもきっと独自によりよい取り組みを目指して、日夜努力されているはずだ。
だからこそさらに国境を越え、スポーツ界の垣根も取っ払い、情報を積極的に交換し合いながら、さらにディスカッションを重ね、よりよく発展させていく必要がある。そのために、日本の立地状況、地方ごとの特色、スポーツが置かれている環境、時代背景、子どもたちが直面している問題、日本の教育システム、そして自分たちが願う将来像をさまざまに考慮して、適切な育成のあり方というものを見出していかなければならない。
<了>
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