
広島最大の補強は、河田コーチの復帰だ。黄金時代の“らしさ”を取り戻す熱血漢の哲学
低迷を続ける広島東洋カープ、最大の補強だ。河田雄祐コーチの復帰に心を躍らせたファンも少なくないだろう。「貧打」「得点力不足」が代名詞だったチームに超積極的な走塁と守備をたたき込み、黄金時代の礎を築いた陰の功労者だからだ。あれから4年、失われつつあった“らしさ”。覇権奪回に向け、カギを握るのは紛れもなくこの男だ――。
(文=小林雄二、写真=Getty Images)
「カープは何をやってくるか分からないと、敵に思わせたい」
「僕たちが現役だった頃のように、とにかく積極的に走っていく野球を取り戻したい。少々際どいタイミングでも突っ込ませますよ。カープは何をやってくるか分からないと、敵に思わせたいから」
この言葉、河田雄祐コーチが広島東洋カープに復帰した時のものである。とはいっても昨年オフではなく、2015年オフの発言なのだが。
結果、どうであったか。機動力という意味において最も分かりやすいチーム盗塁数を見ていくと、2015年は80でリーグ4位。河田コーチ就任初年度の2016年はリーグトップの118盗塁、得点力も前年の506(リーグ3位)からリーグダントツの684と激増。連覇を達成した2017年は盗塁数112、得点数は736(共にリーグ1位)を記録している。政治家のマニフェストなどは形骸化することが当たり前だが、河田コーチのそれは有言実行という言葉がピッタリな、見事な実績だった。
リスクを冒して生じるミスはOK。積極的で攻撃的な走塁と守備
しかし、その後はどうか。同コーチが東京ヤクルトスワローズへと移籍した2018年以降の盗塁数を見てみると95(リーグ1位)、2019年は81(同3位)、2020年は64(同4位)と“右肩下がり”。守備面においても連覇中のアグレッシブさは影を潜めたように目に映る。
冒頭で述べたように、同コーチは多少のリスクを冒してでも次の塁を狙う走塁と攻撃的な守備を推奨し、選手に求めた。そして、そこに生じるミスはOKというスタンス&コーチングを徹底した。そんな河田コーチのスタンスをよく表しているのがこの話だ。
(※以下はREAL SPORTSの記事『迷走する広島の根本的問題は、目指すべき方向性が示されないことだ』(昨年8月公開)から一部抜粋)
2017年5月17日。地元での横浜DeNAベイスターズ戦でのこと。同点で迎えた9回表1死一、二塁の場面でDeNA・宮﨑敏郎の放った右翼前方への打球を鈴木誠也が後逸したプレー(記録は2点適時打)について試合後、河田コーチは「ああいう教え方をしている。“捕れると思ったら突っ込め”と。捕れれば投手も救える。これからも反応よく突っ込ませて、捕れるボールを捕れるように指導していきます」と。
こういったスタンスがチームの方向性を揺るぎないものとし、選手の姿勢を作り上げていったのだ。
「打つだけでは勝てないのは立証された」
昨季、佐々岡真司監督は「一体感」を掲げたが、これに対し、あるOBが言った。
「『一体感』とはつくるものではなく、自然と出来上がっていくものだ」と。3連覇を達成した時の広島は、まさにそうだったように思う。そして、そんな機運を呼び戻すために再び招聘(しょうへい)されたのが、河田コーチである。その河田コーチが昨オフの復帰会見の際に力を込めた言葉は、表現こそ違えど、冒頭で述べた2015年当時の言葉と似たようなものであった。
「打つだけでは勝てないのは立証された」
昨季のチーム打率.262、523得点(1試合平均得点4.4)はともにリーグ2位と、悪くない。しかし、僅差の勝負に弱かった。シーズンを通じて2点差以内の試合は17勝22敗。思えば、MLBから黒田博樹が復帰し、広島の街全体が優勝を強く意識した2015年も僅差の試合に勝ち切れず、1点差での敗戦は26試合を数えた。そのシーズンと比べれば、昨年の数字はマシなようにも見られるが、“あと1点”“もう1点”が奪えなかったフラストレーション指数は、3連覇後の方が強い印象すらある。
田中広輔と菊池涼介も歓迎「必ずチームは変わる。確信を持っている」
昨季は選手たちからの熱量も感じられなかった。チーム内でも「こんなに早く、こうも変わってしまうとは思わなかった」と意気消沈した声が聞こえてくるほどだったのだから、それも、もっとも。2018年から昨季までヤクルトの外野守備走塁コーチとして広島を見た河田コーチも「湧き出るパワーがちょっとなかったのかな」といった後に、こうも続けた。
「試合をやっていく中で一番そこが大事だと思うんです。結果うんぬんではなく、“なんとかしてやる”、その気持ちがないと相手には勝てないと思う」
そして今回の復帰では、その火付け役を買って出てもいる。「(チームの)雰囲気だけは1シーズン悪くしないっていう僕の決意というか、そこだけはしっかりやろうかなと思って。勝ち負けはいろいろあると思いますけど、雰囲気というところだけは一番重点に置いてやろうかなと」という。
「連覇した時に河田さんの熱に乗せられてプレーしていた部分もある。やりがいというか、やっていて楽しかった。そういう人が帰ってきて一緒にできるのはうれしいですし、若い子にもそういったものを伝えていけたらと思います」とは田中広輔の談だ。
菊池涼介も言う。「戻ってきてほしいと僕も思っていた。必ずチームは変わる。それは確信を持っている」。
キャンプ初日。その田中と菊池に対して、河田コーチはこう伝えている。
「おまえたちが見本だ」と。そして2人を居残り練習へと誘い、今季の広島の大きなテーマである「いかに点を取るか」の一環としてバスターや進塁打をあらためて指導。これを受けた田中は田中で、実績のある選手としては異例ともいえるキャンプ序盤(2月3日)での居残り特守を実行。河田コーチから150本のノックを受けた。菊池は菊池で河田の求める打撃を念頭に、インサイドアウトの打撃を例年以上に強く意識し、打撃練習を積み重ねた。
熱血ぶりは4年前と変わらない。その一端が見えたオフの一幕
若手に対する河田コーチの熱血ぶりも、4年前と変わっていない。
その象徴の一つが、外野の一角を狙う3年目の大盛穂に対する指導に見られた。
2月16日の千葉ロッテマリーンズ戦。0-1で迎えた2回2死二塁の場面で、ルーキー矢野雅哉の中前打で大盛は本塁に突入するもタッチアウト。このプレーに対し、河田コーチはピシャリ。
「2死、2ストライクのスタートになっていない。打者のバットが出てきてインパクト前に“スタートを切るぞ”という意識があれば、一歩早くホームに到達している」
この意識の差が、河田コーチが守備走塁コーチ時代から言い続けていたことであり、大盛への指導はチーム全体でそれを共有するためのケーススタディとなった。翌日の練習のこと。河田コーチは大盛らを呼び寄せ、三塁ベースの回り方、そして捕手のタッチをかいくぐる本塁突入の仕方、手の入れ方を数日にわたって繰り返し行わせた。それから数日後に行われた紅白戦。二塁走者の大盛は、あの日と同じような場面で、単打で本塁に突入。タイミング的には際どかったが、大盛は捕手・磯村嘉孝のタッチを、練習通りのスライディングでかいくぐり、セーフをもぎ取った。
「選手にやる気を出させる。そうすれば、結果が勝手についてくる」
大盛だけではない。その後の対外試合、そしてオープン戦では矢野雅哉、羽月隆太郎、そして足の速くない林晃汰までもが次の塁を積極的に狙う姿勢を示し、それを実行しようと試みている。
顕著な例が3月13日のオープン戦、北海道日本ハムファイターズ戦の矢野の走塁だ。
1点を先制して迎えた6回、1死三塁の場面で代走として送り出された矢野は、相手内野陣が前進守備を敷いていたにもかかわらず、正随優弥の二ゴロで本塁に突入し、1点をもぎ取った。
「とにかく1点が欲しかった。守りに入ることなくやってきた経験が、ああいうスタートにつながった」(矢野)
「スタートのタイミングとかは練習でやってきた通りにできていた。当たり前の走塁だけど、ルーキーの矢野がしっかりできたということは“ああ、これでいいんだ”という確信が得られたと思う。オープン戦といえども非常にいい経験ができた」(河田コーチ)
走塁だけではない。守備面でもそうだ。前述の千葉ロッテ戦の試合後、河田コーチは上本崇司と曽根海成に特守を命じ、自らノックバットを持った。
「広輔とキクより下手くそ。そんなんが守備要員では弱いチームの象徴。1軍にいる控え選手というのが恥ずかしい」
言葉にすると厳しいが、叱責(しっせき)後に自らノックバットを振るところも河田流だ。そして前出の言葉に続けてこうも言っている。「ベンチメンバーがよいメンバーになって、初めて優勝できる」のだと。ちなみに、この時の上本・曽根の特守には菊池も志願して参加。昨年、二塁手として史上初めてシーズン守備率10割を達成した名手が加わるのだから、上本も曽根も心が入るというものだ。
河田コーチは言う。
「選手にやる気を出させる。そういうのができれば、結果が勝手についてくる」
河田コーチが復帰したからといって、この2年のツケを即座に返せるわけではないだろう。それでも期待せずにはいられない雰囲気が、チームに出始めているのは確かである。
<了>
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