
「女性として扱われるのが本当に嫌だった」。だからこそジェンダーの偏見と闘う、2人のサッカー選手の挑戦
近年の社会問題の一つとして挙げられる「ジェンダー問題」について、声を上げる人たちが日本国内でも増えてきている。その中で、自らその問題に子どもの頃から悩み続けてきた現役/元女子サッカー選手の下山田志帆と内山穂南は、株式会社Rebolt(レボルト)の共同代表として「「女性らしさ」「男性らしさ」にとらわれない社会実現のため、アスリート共にその解決を目指している。まずは、自分たちが違和感を感じ続けてきた女性スポーツ界から声を上げるべく動き出した二人に、女性スポーツ界と社会にまん延する問題の“リアル”を聞いた。
(インタビュー・構成=阿保幸菜[REAL SPORTS編集部]、写真=Rebolt inc.)
女性スポーツ界から声を上げることが社会問題解決につながるかもしれない
――お二人は大学を卒業後に、下山田さんはドイツの女子ブンデスリーガ2部、内山さんはイタリアのセリエB女子でプレー後2019年に帰国されて、その年の10月に株式会社Rebolt(レボルト)を共同代表で立ち上げました。そのタイミングで起業したきっかけは?
下山田:それぞれ海外でプレーしていた時に、女性アスリートや女性スポーツ界の価値ってやっぱり男性と比較してしまうとまだまだ価値が低いと思われているなと、すごく肌で感じてきたんですね。それでいながら、自分たちも今までサッカーをしてきた中でなかなかそこに価値を見つけられないジレンマをすごく感じてきました。
「女性アスリート、女性スポーツ界の価値って実際、何なんだろう?」と私たち二人もずっと考えていた中で、女性スポーツ界で起きているさまざまな問題って、きっと社会の問題とリンクするところが大いにあるなと気付いて。それなら、女性アスリートが声を上げたり、問題提起をすることって、もしかしたら社会問題を解決することにつながったり、その問題で悩んでいる人をエンパワーすることにつながったりする力があるんじゃないかなと。そういった仮説のもと、Reboltを立ち上げました。
私たちがReboltとしてやりたいことは、アスリートを表現者として、社会課題を問題提起をすることです。その中でもやっぱり私たち自身もジェンダー(社会的・文化的な意味合いから見た性区別)の問題に一番悩んできましたし、実際にジェンダーの問題に関して悩んでいる人の母数も多いのでやる価値があると思いますし、当事者である自分たちがやる意味もあると思っています。
――お二人はジェンダーやセクシャリティ(性的指向)に対してどのような考えを持っているのでしょうか?
下山田:私たち二人で一緒に活動していると、同じセクシャリティだと見られることがあるんですけど、二人の間でもけっこう違いがあって。私自身は、自分のジェンダーにおいて男か女かというのは本当にどうでもいいと思っていて、あくまでも自分は“下山田志帆”だし、ただ、自分が女性の体で生まれてきたということは納得していますという状態です。ただ、自分は女性が好きであることは変わらない事実――という感覚が私の中にはあります。
もう一つ付け加えると、人から女性として扱われるのが本当に苦手で。2、3歳の物心ついた頃から(そのように扱われると)泣きわめていたような感じなので、社会にある「女性らしさ」に対して、今でもすごく拒絶反応があるし、問題意識があります。
内山:私自身は、自分が女性であるということをずっと小さい頃から認められないという感覚がありました。下山田も言っていたように、「女性らしさ」みたいなものって服装や身の回りのものから、小さい頃から与えられてくると思うんですけど、そういうのが本当に嫌で嫌で拒絶しまくって、今に至ります。ここに至るまでにも、すごくいろいろな壁がありました。親もしかりですけど、納得してもらえないところがたくさんあって、今でもそういう壁にぶつかっているところは多々あります。自分自身のジェンダーとして「女性」というのは当てはまらないんだろうなという認識でいます。
――スポーツ界を全体的に見て、現状のジェンダー問題に対する理解度というのはどういう感じなのでしょうか?
下山田:いわゆる「女性だから」「男性だから」みたいなのが、すごく色濃く残っているのが当たり前の環境ですね。というのも、やっぱりスポーツってどうしても男女で種目がはっきり分かれてきた業界ですし、今後そこが揺らぐこともそうそうないと思っているんですけど。だからこそ、その中にいる人たちは男女で分けて見られてきたので、指導者や運営側の人たちもやっぱりジェンダーステレオタイプ(男性・女性に対して社会が持つ先入観や価値観のこと)がまだまだ抜けていない業界だなと感じます。
女子サッカーと他競技におけるジェンダーの理解度の違い
――スポーツ界の中でも女子サッカーは、割とジェンダーに関する寛容さのある競技なのかなと感じるのですが、実際いかがですか?
下山田:そうですね。例えば(一般的には)男性に生まれたら男性らしくするべき、女性として生まれたら女性らしくするべきと、生まれた性別と“らしさ”がイコールであるべきという風潮があると思うんですけど、女子サッカーはそこがイコールである必要がない。それから、好きになる性の話でいえば、女性同士の恋愛関係において男性的役割を担う選手のことを「メンズ」というワードで呼び、当たり前に存在しています。いわゆる“社会の当たり前”ではない“当たり前”が存在しているという点で、寛容さはあるのかなと感じます。
――他の競技の選手と、ジェンダーに対する悩みについて話したりすることはありますか?
下山田:ありますね。
――サッカーと他の競技で違いは感じますか?
下山田:感じます。というのは、“当たり前”の度合いがだいぶ違うなと思っていて。女子バスケットボールや女子ラグビーなどでは「メンズ」というワードが存在するという話もあるし、女性同士でお付き合いしている選手もいるという話も聞くんですけど。じゃあ、その事実をどれだけの人が知っているかとなってくると、女子サッカーでは選手はもちろん、指導者もクラブの運営側も、「あ、そういう人もいるよね」みたいな、本当にすごく軽いノリで知っているレベル。でも他の競技だと、選手間では知っているけれども、指導者は知らないとか、みんな知っているけど言っちゃいけないみたいな感じのようです。
プロ化しても「時間とお金ができても、やりたいことが見つからない」
――女性スポーツ界の問題の一つとして、キャリアにおける問題も挙げられると思います。今秋からWEリーグというプロリーグが開幕し、すでにプレシーズンマッチも始まっていますが、女子サッカー界でのキャリア面で感じていることがあれば教えてください。
下山田:まず、これまで日本の女子サッカー界では、スポンサー企業で働きながら夜にチーム練習をするというような生活をしている選手が一般的でしたが、スポンサー企業での仕事を引退後も続けられるかといったら、そうではなくて。となると、「引退後どうしよう」という不安は常についてきます。
それに加えて朝から夕方まで働いて、その後サッカーの練習をしているので、新しいことにチャレンジする時間もなければ、もちろんお給料もそんなに高いわけではありません。時間がない、お金がないといった、「全てがない」というのが“女子サッカー選手あるある”なんです。何かに投資することもできず、本当にただただ仕事とサッカーだけの毎日が続いてしまう。WEリーグができましたが、なでしこリーグ(プロ化しないクラブ)の選手たちは、今もそのままの状態を継続しています。
そして(WEリーグが創設された)今年からは、プロになって時間がたくさんできても、「やりたいことが見つからない」という悩みが生まれてくるのではないかと思っています。
――プロになると競技に集中できる分、ある意味で急に時間ができちゃうんですね。
下山田:そうなんですよ。今までは時間もなくてお金もなかったんですけど、それらがあるとなった時に、何もしたいことがないという状況になってしまっているなと、関わっている選手たちを見ていても本当にリアルに感じていて。
――そのあたりの意識について、海外ではどうなのでしょうか?
下山田:例えば私が住んでいたドイツでは職業意識が高い文化なので、中学生ぐらいから、サッカー以外でも自分が何をするかを決めている人がほとんどだったりします。イタリアでも、自分のやりたいことを両立している人が多いなという印象があります。
私のチームメートだった子の話なんですけど、サッカー選手をやりながらも、本気で歌手を目指していて。週末にライブと試合がかぶる時には、どちらへ行くかは自分で判断して、チームや監督にも納得してもらって行きたいほうに行っていました。今はサッカー選手より歌手のほうをメインに活動しているみたいなんですけど。そういうふうに(サッカーと他のことを)両立できる環境があるというのは素晴らしいと思いましたし、逆に日本で同じようなことをやろうとすると、まだまだハードルが高いなと感じます。
――やっぱり日本では、「競技に集中しろ」と言われがちな文化がありますよね。そういう背景もあって、競技以外のことで何をどうやったらいいのか分からないという選手が多いのでしょうか。
下山田:そうですね。
女性指導者の“数を増やす”ことにゴールが置かれてしまっている
――内山さんは指導者の仕事もされているそうですが、女子サッカー選手のセカンドキャリアとして指導者の道を考えた時に、現状として男性指導者のほうが圧倒的に多いですよね?
内山:そうですね。分母でいうと男性のほうがまだまだ多いなとは思うんですけども、女性指導者を増やすために(日本サッカー)協会としても取り組みをしてはいます。ただ、「女性指導者の数を増やす」ということにゴールが置かれてしまって「なぜそうするべきなのか?」「そもそもいい指導者って何なんだろう?」というところがおろそかになっているのではないかと感じる面もあります。もったいないというか、すごく歯がゆい気持ちです。
――指導者になることはアスリートのセカンドキャリアにおいて選択肢の一つだと思うんですけど、なかなかその道がつくられにくいとなると、女子サッカー選手は引退した後、どういう道に進むケースが多いのでしょうか?
下山田:人によりますけど、それこそ本当にやりたいことがないから、スポンサー企業に頭を下げて正社員で働かせてもらうという人もいます。
内山:確かに、どんな道が多いのかというのは分からないですね。まれにクラブにそのままスタッフとして残る人もいますけど、全然違う分野にキャリアチェンジするパターンのほうが多いイメージはあります。
――引退したら、そのままスポンサー企業で働き続けられるわけではないんですね。けっこうきついですね……。
下山田:本当にそう思いますね。
“アスリート”の枠を超えた、自分らしい生き方を
――自身の性に関する考えや問題意識について積極的に発信をしてきてよかったと思うことは?
下山田:私は思いついたタイミングでnoteの記事を書きため続けているんですけど、それを一気読みしてくれる人がけっこういるんです。本当にうれしいことで。あの記事を全て読んでもらえれば、私自身がジェンダー、セクシャリティに対してどういう考え方をしているか分かると思います。「より深く自分も考えるようになりました」と言ってくれる人や、企業さんから実際に「一緒にお仕事しましょう」という話をいただくようになりました。
ただ自分自身の中で閉じ込めているだけでは絶対に関われなかった人や企業、メディアなどと一緒に、社会を変えるための活動ができることは、アスリートの枠を飛び越えて“下山田志帆”という一人の人間として活動できているという喜びもありますし、やりがいもすごく感じます。
――今後の展望はどのように考えていますか?
内山:サッカー選手を引退してから、「自分ができることって何だろう?」とすごく考えてきました。これまでの経験の中で、サッカーで培ってきたものって本当に価値あるものだと思っているし、一方で女子サッカー選手を引退してからもその先輝き続けている人ってまだまだ少ないような印象があって。いわゆるロールモデル、「内山みたいな生き方もいいな」と思ってもらえるような新しいアクションをどんどん続けていきたいです。それはReboltでも示せることだと思うので、この活動は使命だなと思っています。
下山田:私は、これまで自分自身が悩んできた経験や違和感に対して今でもすごく問題意識が強いですし、私と同じように悩んでいるユース年代とか子どもたちって、まだまだいるんだろうなと思っています。これらの悩みに対してどうにかしたいという思いが今、ただただすごく強くて。
この思いを軸に、今はRebolt「女性スポーツ界を通して社会課題を解決していきましょう」と事業を考えながら、どうしたら解決できるんだろうと模索している段階です。なので、あまりかっこいいことは言えないです。どうしたら少しでも多くの人に考えるきっかけを届けられて、問題提起ができるようになるのかを探っていきます。
<了>
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PROFILE
下山田志帆(しもやまだ・しほ)
1994年生まれ、茨城県出身。小学3年生からサッカーを始め、十文字高校サッカー部、慶應義塾大学ソッカー部女子に所属。大学卒業後にドイツへ渡り、女子ブンデスリーガ2部SVメッペンで2年間プレーした後、2019年夏に帰国。現在はなでしこリーグ1部のスフィーダ世田谷FCに所属。2019年に同性パートナーがいることをカミングアウトし、サッカー選手として競技を行いながらLGBTQに関する活動をスタート。講演会やイベント、メディアなどを通して「ジェンダーやセクシャリティにとらわれず、どんな場所でもどんな時でも自分らしく生きていきたい」という想いを発信している。2019年10月に内山穂南と共同代表で株式会社Rebolt を設立し、アスリートと共に社会課題解決を目指す。
内山穂南(うちやま・ほなみ)
1994年生まれ、埼玉県出身。9歳からサッカーを始め、十文字高校サッカー部、早稲田大学ア式蹴球部女子部に所属。大学卒業後にイタリアへ渡りセリエBのアプーリア・トラーニに所属。“カルチョの国”での生活から日本社会における“当たり前”に違和感を抱き、日本社会に対して問題意識を持つようになる。現役を引退し2019年に帰国後、社会課題と向き合いアタリマエを超えるべく、2019年10月に下山田志帆と共同代表で株式会社Rebolt を立ち上げた。現在はReboltの活動を軸に、サッカー指導者、AEDの普及活動なども行う。
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