
川崎1強時代はJリーグの魅力を損なわせるか? 優勝争いは早々に消えかけ…「光と影」
川崎フロンターレの独走が続いている。この4年で3度の王者に輝いたアズーロ・ネロは、目下の優勝争いのライバルとみられた名古屋グランパスを2連勝で下し、第16節終了時点で勝点差10をつけて首位に立っている。「どこが優勝してもおかしくない。それがJリーグの魅力だ」といわれた時代はもはや過去のものになり、夏前にして早々に優勝争いの灯が消えかけていることで「Jリーグへの興味・関心が失われてしまう」という声も挙がっている。“川崎フロンターレ1強時代”がもたらす「光と影」を追う。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
2位以下を大きく引き離して首位独走。今季のJ1は早くも終了?
Twitter上に「#フロンターレはスペインリーグにでも行け」なるハッシュタグが登場したのは、昨年8月29日の夜だったと記憶している。等々力陸上競技場で清水エスパルスを5-0で一蹴した、J1リーグ第13節を終えた直後だった。
直前に登場していた「#川崎フロンターレ被害者の会」なるハッシュタグも含めて、新型コロナウイルスによる中断から再開されたJ1戦線で異次元の強さを放ち、首位を独走していたフロンターレへの、ある意味で敬意が込められた現象に思えてならなかった。
くだりのエスパルス戦で幕を開けた連勝を「12」へ伸ばし、再開直後にマークした「10」を同じシーズン中に更新したフロンターレは11月25日に、4試合を残す史上最速で3度目の優勝を決めた。2位のガンバ大阪との直接対決を5-0で制する無双ぶりだった。
最終的には勝点83、勝利数26、総得点88、得失点差プラス57、2位との勝点差18と、J1リーグが18チーム体制になった2005シーズン以降の最多記録をすべて、なおかつ大幅に更新した。そして、歴史に残る強さは今シーズンにも引き継がれている。
J1最長タイの連続無敗記録。強すぎるフロンターレ
16試合を終えて13勝3分と無敗をキープしているフロンターレは、昨シーズンのガンバ戦から継続している連続無敗試合を「21」へと更新。2012シーズンから翌シーズンにかけて大宮アルディージャがマークしたJ1リーグの歴代最長記録に並んだ。
これまでに挙げた白星の中には、2位につける名古屋グランパスから奪った2勝も含まれている。共にAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を控える変則日程下で、ゴールデンウイーク中に組まれた異例の連戦で4-0、3-2のスコアで制していた。
特にグランパスのホーム、豊田スタジアムで4ゴールを奪った4月29日の圧勝劇は衝撃的だった。フロンターレは最多得点を、グランパスは最少失点をマークして迎えた直接対決は、リーグ最強の「矛」と「盾」が雌雄を決するとみられていたからだ。
そして、この頃からTwitter上では「#フロンターレはスペインリーグにでも行け」が再び飛び交い始めた。2位のグランパスに勝点10ポイント差をつけて首位を独走するなど、5月にして優勝争いへの興味がそがれつつある状況への嘆き節に今度は映った。
開幕戦でフロンターレに屈してから8勝3分と無敗に転じ、3位へ順位を上げてきた対抗馬、横浜F・マリノスとの次戦は12月4日の最終節に組まれている。フロンターレが現在の調子をキープしていけば、その前に美酒に酔っている可能性が高いからだ。
1強時代の背景は、クラブの地道な努力の積み上げとDAZNの巨額マネー
最終節での予期せぬドラマが起こる確率が高い、いわゆる群雄割拠状態だったJ1リーグが、フロンターレの1強状態と化しつつあるのはなぜなのか。答えの一つには地域密着を掲げたフロンターレが積み重ねてきた、地道な努力の結晶が挙げられる。
さらに見逃せないのが、2017シーズンに成就させた悲願の初優勝だ。折しもこのシーズンからDAZNと大型放映権契約を結んだJリーグは、黎明(れいめい)期から方針に据えられてきた護送船団方式による共存共栄から競争主義へと切り替えられていたからだ。
経営努力や競技成績がより重視される新たなオペレーションの象徴が、上位4位クラブが支給対象となる理念強化配分金の創設となる。優勝クラブは翌年に10億円、2年目に4億円、3年目に1億5000万円と総額15億5000万円のビッグマネーを手にした。
2018年度のフロンターレの決算を見ると、収入の一項目である「Jリーグ配分金」が前年度の4億9500万円から14億1600万円へと跳ね上がっている。初優勝を受けて支給される理念強化配分金のうち、初年度の10億円が加わったからに他ならない。
10億円の使途にフロンターレ社長「大きく分けて4つ。これ以外に使わない」
フロンターレの藁科義弘代表取締役社長は、2019年1月に開催した新体制発表会見で、10億円の使途を「大きく分けて4つ。これ以外には使いません」と明言している。
使途の内訳は「トップチームへの投資」が64%と最大を占め、続いて「フットボール環境の整備」の24%、「若手の育成」の7%、「地域とスポーツ文化振興」の5%だった。
ただ、「トップチームへの投資」にしても、超のつくビッグネームの獲得にはまったく興味を示さなかった。藁科社長も新体制発表会見で「勝つために獲得した選手と、勝つためにチームにとどまらせた選手のために使いました」と説明している。
掲げられた方針は、チームを急速に変えるのではなく、確立されたスタイルに合致する選手を徐々に獲得していくこと。2019シーズンから加わったFWレアンドロ・ダミアンとDFジェジエウは、今では最前線と最終ラインで必要不可欠な存在となった。
さらに「フットボール環境の整備」ではクラブハウス内の食堂を整備し、選手移動用バスや最新のトレーニング機器などを購入。メディカル面ではトレーナーの人数も増員するなど、選手たちが全力で日々プレーできる環境をさらに充実させた。
2018シーズンにJ1連覇を達成したフロンターレは、2019年度には理念強化配分金だけで14億円の収入を得た。それでも、藁科社長が「有効的に活用して、大きな目標を達成したい」と使途に言及したように、大型補強に頼らない方針は変わらない。
昨季は、急務だった右サイドバックとして獲得したDF山根視来がすぐにフィット。大卒ルーキーのMF三笘薫と旗手怜央が刺激を与えたフロンターレは戦いながら成長を遂げ、冒頭で記したように独走優勝を果たした。
創設されたばかりのプレミアリーグを彷彿とさせるフロンターレ1強時代
フロンターレが主役を演じるJリーグの軌跡は、プレミアリーグが創設された1990年代のイングランドをダブらせる。テレビ放映権料の一括管理をいち早く導入したプレミアリーグの経済的な恩恵を、最初に受けたのがマンチェスター・ユナイテッドだった。
プレミアリーグがスタートした1992-93シーズンを、前身のフットボールリーグ時代から数えて26年ぶりに制したユナイテッドは莫大(ばくだい)な賞金をもとに補強を続け、最初の10シーズンで7度も優勝する黄金時代を築き上げた。
ライバル勢も黙ってはいない。ユナイテッドに対抗する存在だったアーセナルに続いて、2004-05シーズンにはロシア資本を得たチェルシーがプレミアリーグで初めて、フットボールリーグ時代を含めれば実に半世紀ぶりとなる優勝を果たした。
さらに2011-12シーズンにはマンチェスター・シティが、2015-16シーズンにはFW岡崎慎司が所属していたレスター・シティが、そして2019-20シーズンにはFW南野拓実が途中で加入したリバプールがそれぞれプレミアリーグの頂点に立っている。
プレミアリーグ創設以降でユナイテッドが2度の3連覇を含めて13回と最多の優勝回数を誇り、チェルシーと今シーズンを制したシティが共に5回、アーセナルが3回、リバプールとレスター、ブラックバーン・ローバーズが1回で続いている。
ただ、ユナイテッドが最後に優勝したのは、MF香川真司が加入した2012/13シーズンとなっている。1強から群雄割拠の隆盛期へ変貌を遂げたのは、プレミアリーグ全体で経済的な繁栄が続く中で、黄金期のユナイテッドが全体のレベルを引き上げたからだ。
優勝争いの興味が失われ、Jリーグ離れが起き得るのは短期的にマイナス
同じような相乗効果がJ1にも期待できる。今シーズンに限った短期的な視野で見れば優勝争いの灯が早々に消え失せかねず、コロナ禍で昨シーズンからスタジアムの入場制限が課されている状況下で、最悪の場合はファンのJリーグ離れにつながりかねない。
フロンターレが昨シーズンから見せつけてきた、あまりの強さが生み出す「影」と表現していいかもしれない。しかし、「影」は必ず「光」と表裏一体となる。
中長期的な視野に立てば、フロンターレという突き抜けた存在がJ1のスタンダードそのものを引き上げる。追いつき、追い越せを合言葉にさまざまなチームが戦術を練り、チーム力を向上させてプロ軍団のプライドをぶつける構図が「光」となる。
今シーズンではグランパスが一敗地にまみれてしまったが、例えば0対1でフロンターレに惜敗したサガン鳥栖は、後半に退場者を出して数的不利に陥るまでは真っ向勝負を演じている。金明輝監督は胸を張りながら、試合後にこんな言葉を残していた。
「負けて当たり前、というのが世の中の見解でしょうけど、僕たちは本当に勝ちにきたので悔しい気持ちでいっぱいです。川崎相手に10人になっても前からボールを奪いにいくチームはなかなかないと思いますけど、それを美談にするつもりもありません」
コロナ禍で多くのクラブが赤字計上。難局は乗り越えられるか
ただ、共存共栄から競争主義に転じた2017シーズンの時点で、想定すらできなかった未曾有の危機にJリーグは直面している。いっこうに収束する気配を見せない新型コロナウイルスの脅威は、依然として世界のサッカー界を大きく揺るがし続けているからだ。
Jリーグも例外ではなく、昨年10月の理事会では2020および2021シーズンにおける理念強化配分金の支給をいったん停止する方針を決めた。コロナ禍で「大会運営費やクラブ支援など、各施策の原資とするため」と理由が説明されている。
昨シーズンのフロンターレは天皇杯との2冠を獲得したが、藁科社長は今年1月の新体制発表会見でクラブ史上初の赤字を計上すると明かした。入場料収入などで大幅減収を余儀なくされた2020年度の当期純損失は、5億8000万円に達する見込みだという。
フロンターレだけではない。鹿島アントラーズは9億4500万円、浦和レッズは6億1200万円に上る巨額の当期純損失をすでに発表していて、サガンは7億1500万円の赤字を計上するだけでなく、6億9300万円の債務超過にも陥っている。
スタジアムの入場者数が制限され続け、昨シーズンに続いて入場料収入が見込めない状況下で、フロンターレの場合は理念強化配分金の支給停止も大きな影を落とす。今年度に入ってくるはずだった5.5億円が、一転してゼロになってしまうからだ。(※2020シーズン以降の優勝チームに支給される理念強化配分金の額が翌年5.5億、2年目5億、3年目5億円と変更されていた。総額は変わらない)
揺るぎない決意表明「フロンターレは不要不急のものではないと示したい」
もちろん理念強化配分金を抜きにした今年度予算を組んでいるはずだが、それでも藁科社長は「さらに厳しい状況が続くものと思われます」と覚悟を決めている。コロナ禍に特効薬はなく、新たな取り組みやビジネスを模索していくしかない状況が続く。
ピッチ上におけるビッグクラブへの道をフロンターレが着実に歩んでいる一方で、Jリーグ自体は2030年度までの各クラブの基本成長計画として策定した『ビジョン2030』の達成度を、2022年度の時点で一度確認する青写真をすでに凍結させている。
必要ならばもう一度、護送船団方式に戻ってでも現存する全てのJクラブの軌跡をコロナ後へと紡がせる――。共存共栄を目指して理念強化配分金の支給も停止された中で、ならばフロンターレは何をすべきか。藁科社長は新体制発表の席でこう語っていた。
「明日への希望や癒やし、元気、笑顔を届けること。世の中が疲弊しているからこそ、スポーツ、サッカー、そして川崎フロンターレが不要不急のものではないと示していきたい」
昨シーズンのフロンターレを、全ての領域で超えてみせる――。藁科社長の決意と開幕から刻んできた今シーズンの軌跡が鮮やかに一致する。
J1連続無敗記録に並ぶも「納得していない」。やりたいことは…
だからこそ、ベガルタ仙台と引き分けて並んだ連続無敗試合のJ1歴代最長タイ記録に、笑顔を見せた選手はいなかった。
「みんな納得していないし、(試合後の)ロッカールームも暗かった」
後半アディショナルタイムの終了間際にミドルレンジから決められた、FWマルティノスの豪快な同点ゴールの残像が脳裏に焼きついていたのか。試合後のオンライン取材に対応した左サイドバック、登里享平はフロンターレに関わる全員が抱く思いを代弁した。
ベガルタ戦の前節、ガンバ戦を2-0で制し、連続無敗試合を「20」としてクラブ記録を更新した心境を問われた鬼木達監督の言葉が強く印象に残っている。
「正直、あまり気にしていないというか。自分たちがやりたいのは勝ち続けること。記録を目指しているわけではないですが、これからも一戦必勝でいきたい」
直後に勝点1をベガルタと分け合った悔しさが、貪欲な思いとともに再び前へ進むための原動力になる。J1新記録が懸かる16日の次節は、ホームの等々力陸上競技場に北海道コンサドーレ札幌を迎える。昨シーズン唯一、ホームで黒星を喫した因縁の相手だ。
コンサドーレに喫した借りを倍にして返し、新記録樹立とともにTwitter上を「#フロンターレはスペインリーグにでも行け」で再びにぎわせる。そのはるか先の視界が良好になってくると信じて、今はピッチ上に存在する歴史を全て塗り替えていくしかない。
<了>
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