中村憲剛が明かす、選手を成長させる声掛けの極意「それだけで次のプレーからすごく変わる」
昨シーズン限りで現役を引退し、「いろいろな新しいことにチャレンジできている状態」と充実した毎日を送る中村憲剛。引退後の最初の一歩に、川崎フロンターレ「Frontale Relations Organizer(FRO)」という主に育成年代に関わる道を選んだのはどのような理由からなのか? さまざまなカテゴリーの育成年代の子どもたちと関わる日々や、引退後の活動の展望について率直な思いを語る。
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、写真=Getty Images)
中村憲剛が「育成年代でやりたい」と考えた理由
――引退されてからここまでの日々を振り返ってみていかがですか?
中村:ありがたいことに怒涛(どとう)もいいところですね(苦笑)。現役の時もまあまあ忙しいかなと思っていましたけれど、その忙しさは管理された忙しさだったんだと改めて思います。引退された先輩たちが言っていたことがいまなんとなく理解できるようになってきました。
――やっぱり現役時代のほうが自由な時間は多いですよね。
中村:何かに集中したり、専念できる時間は現役の時のほうが確保されていると思います。今も確保しようと思えばできるんですけど、それよりも今はいろいろな新しいことにチャレンジできている状態なので、そちらのほうが刺激的だから、何かに集中する時間をなかなか確保できないのが正直なところです。
――メディアやさまざまなイベントなどへの登場頻度を見ていて、毎日とても忙しそうだなという印象です。
中村:現役の時と違ってサッカーをしているわけじゃないので体に負荷はかかっていないのですが、頭が疲れますね。あといまはほぼ何もわからない状態で収録現場や撮影現場に入っているので、ある意味現役時代には使わなかった気遣いも必要で新鮮な経験をさせてもらっています。それはそれですごく刺激的で、得るものは多いです。
――多くの人たちが「中村憲剛の今後」についてすごく大きな関心を寄せていると思います。現在は川崎フロンターレの「Frontale Relations Organizer(FRO /フロンターレ・リレーションズ・オーガナイザー)」という立場で活動されていますが、フロンターレとの関わりでこのポジンションを選んだ理由は?
中村:まず引退するにあたって身の振り方を考えた時に、勝手にですがフロンターレにはいるだろうな(笑)と自分の中で漠然とした思いがありました。あとは現役を続けてきた中で、後輩たちにいろいろとアドバイスを送りながら成長を見守ってきた自負もあるので。これまで後輩たちに伝えてきたアドバイスをプロになる前段階の育成年代の選手たちにも伝えられたらなと考えました。もっと早い段階でフロンターレのトップがやっていることを去年までトップにいた人間が子どもたちに伝えることで、より多くの選手にトップを意識させることができるのではないかと。
そういう意味もあって、フロンターレで引退後に活動するのであれば、メインは育成組織のサポートをしたいと、特に現役時代の晩年はそのように考えることが増えました。各カテゴリーに監督・コーチがいらっしゃるので、自分は練習場へ行って、邪魔にならないように気になったところを声がけしたり、サポート役を担えたらと。要はトップチームではこのレベルでやっているよと直接伝えることで、自分が彼らのモノサシのような存在になれたらなと思っています。
――細かいディテールの部分でも、トップはこう意識しているよと伝えたりするのですか?
中村:そうですね。例えばDFだったら、「そこは蹴らないで、もっと相手をしっかり見て。ジェジエウとか谷口彰悟、車屋(紳太郎)、山村(和也)は縦につけたりするよ」と伝えるだけで、次のプレーから相手を見ようとするしすごく変わるんですよ。中盤の選手にも、「田中碧とか脇坂(泰斗)、大島(僚太)は、もっと顔を出して、立ち位置も変えて積極的にプレーするよ」と言うと、それまでちょっと隠れていたりする選手でも、積極的に顔を出して、自分がボールを受けてさばいてというプレーが出る。FWの選手だったら、「レアンドロ・ダミアンや小林悠だったら、もっと前からプレーする。言われなくてもプレッシャーかけに行くよね。だからそのポジションだったらかけに行きにくいよね」と伝えれば、次から意識してやり出すんですよ。
主に今はトップに近いU-18に一番多く行っているのですけど、反応がいいなと感じています。どのポジションの選手も、一度いいプレーを覚えると、その動きを意識するようになるんです。たぶん自分の中でも手応えがあるんでしょうね。
――中村さんのアドバイスが理解できる年代ですし、真剣にプロのレベルを意識している子どもたちが多いので、より響きますよね。
中村:ただ、トップでも大事だったことは、結局ジュニアでもジュニアユースでもユースでも同じく大事なのではないかと改めてすごく感じています。ポジショニング、止めること、プレースピードを速くすること、前を向くことだったりというのは、どの年代でもどのカテゴリーでも必要なんだなと。
中村憲剛を「世界で最も高価な選手」と称するオシムの教え
――中村さんは現役時代からサッカースクール「KENGO Academy」を主催されています。子どもたちの育成において最も大切にしていることは?
中村:自分が現役の時にすごくこだわっていたのが、ボールをしっかり止めることです。止めることでさまざまなことが見えてくるし、いろいろなことができ、正しく判断できるようになってくるので、そこはかなり口酸っぱく言っていますね。
――子どもたちが思っている「止める」と中村さんが思っている「止める」は、最初は差があるのですか?
中村:もちろんです。今もまだまだありますよ。KENGO Academyで指導しているのが中学生なので、レベルの差もまちまちです。ただ、そこをアプローチしていくと、やっぱり意識するようになるんですよね。面白いもので、基本的に1週間に1回のトレーニングなので、先週やっていたことを最初は忘れてしまっているわけです。「いや、そうじゃないじゃん、先週やれてたんだから、こだわらなければダメでしょ」と言うと、またピリッとするというか。そこがすごく面白くて。徐々に声かけ含めてやっていくと、しっかりプレーできる回数が少しずつ増えていく。そこは日常的につついていかなきゃいけないなといつも思います。
――サッカー以外の部分で、例えばご自身の子育てにおいては、何を大事にされていますか?
中村:自分がある意味社会人の先輩として、まずは彼らのモノサシになってあげるというところは、すごく意識しています。やっぱり、いいことはいい、よくないことはよくない、そこをちゃんと伝えることでいずれ彼らが自分で判断できるようになると思うので。周りの人がいる中でどういう立ち位置を取ればいいだろうとか、どういう言葉をかけたら相手が気分良くやれるだろうとか、生活しやすくなるだろうという、自分本位ではなくて、周りがいての自分だというのは、常に声をかけています。あとは、常に本気で向き合うことですかね。
――子育て中の親の一人としてとてもえりを正す思いです。現在は主に育成年代を見られていますが、中村さんを「世界で最も高価な選手」と称したイビチャ・オシム氏からはメディアを通じて「欧州強豪国でトレーニングを見るべき」とのアドバイスもありました。
中村:まずはあのオシムさんから「世界で最も高価な選手」なんていうありがたい言葉をいただけて感動しました。オシムさんからは本当に多くのものを学びましたし、今自分が育成の指導をしている中で、そこのベースはオシムさんに教わったことがすごく大きいので。ヨーロッパのトップクラブのトレーニングを見に行くべきだというのは、やっぱりすごく意識はしていますし、僕自身も望んでいることです。指導者ライセンス取得の過程が深まったタイミングで、見に行かなければいけないなとは考えています。
――ヨーロッパの育成年代の環境を見てみたいとの思いもありますか?
中村:それもありますね。向こうに行けば必然的にトップチームのトレーニングに並行して育成面も見られると思うので。トレーニング内容もそうですけど、ベースがどこにあるかを見極めたいです。技術的なベースもそうですし、強度もそうですし。かといって、彼らがやっていることを右向け右な感じで倣うだけでは、結局彼らのほうが先に進んでいるので、後追いにしかならない。その中で日本人の良さをうまく利用して、どうやって彼らと伍していくかを考えるのが僕らの役割だと考えています。それは実際にヨーロッパを見た上で、いろいろと見えてくるものがあるのかなと思います。
<了>
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PROFILE
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都出身。川崎フロンターレ・Frontale Relations Organizer(FRO)。久留米高校、中央大学を経て、2003年に川崎フロンターレに入団。2006年から5年連続、2018年から3年連続でJリーグベストイレブン8回受賞。2006年に日本代表にも選出され、2010年FIFAワールドカップに出場。2016年にJ1史上最年長の36歳でMVPを獲得。2017年のJ1リーグ初優勝、2018年のリーグ2連覇に中心選手として貢献。2019年11月に左膝前十字じん帯損傷という大ケガを負うも、約10カ月間の長いリハビリを経て、翌年8月の復帰戦でゴールを挙げるなど2020年の3度目のリーグ優勝に貢献。2020年11月に現役引退を発表。2021年4月、日本サッカー協会のロールモデルコーチ、グロース・ストラテジストに就任。
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