「今チームにリーダーがいない状況」トルシエの元通訳ダバディが語る東京五輪とサッカー日本代表

Opinion
2021.11.06

スポーツ界・アスリートのリアルな声を届けるラジオ番組「REAL SPORTS」。元プロ野球選手の五十嵐亮太とスポーツキャスターの秋山真凜がパーソナリティーを務め、ゲストのリアルな声を深堀りしていく。今回はWebメディア「REAL SPORTS」の岩本義弘編集長が今一番気になるアスリートやスポーツ関係者にインタビューする「岩本がキニナル」のゲストに、サッカー日本代表フィリップ・トルシエ元監督の通訳としてお馴染みのジャーナリストのフローラン・ダバディ氏が登場。仏国営テレビのキャスターとして見た東京五輪、そして苦境に立たされるサッカー日本代表の現状など、ダバディ氏の視点から今のスポーツ界のリアルを伺った。

(構成=篠幸彦、写真提供=InterFM897)※写真は左から、五十嵐亮太、岩本義弘、フローラン・ダバディ、秋山真

仏国営放送キャスターとして関わった東京五輪

岩本:ダバディさんは今回の東京五輪にはどのような関わり方をされていたんですか?

ダバディ:フランス国営テレビのキャスターとして、毎日生放送を担当していました。ただ、担当したのはスポーツではなく、1時間のハイライト番組の最後の5分間にやる日本の文化を紹介するコーナーです。

だから競技のことではなく、茶道や忍者、禅といった日本の文化についての取材、本番ではスタジオで文化解説をしていました。スタジオには放送前日にメダルを取ったフランスのアスリートがゲストで出演していて、彼らも日本文化について質問をしたりと、楽しかったですね。

岩本:毎日の生放送ということで忙しかったでしょうね。

ダバディ:そうですね。朝に日本文化の取材をして、その映像を編集してからナレーションを自分が入れていました。それを夜の番組に合わせて出すので、1日がかりの仕事でした。その間にスポーツを見る時間がまったくありませんでしたね(笑)。

岩本:ハイライトでしか見られない感じだったんですね。

ダバディ:そうなんです。でも楽しかったのが、例えば柔道の混合団体での金やハンドボールの男女ともに金、バレーボール男子の金など、フランスのチームスポーツが頑張りました。その選手たちが翌日スタジオに来て、番組最後の私のコーナーにも入ってくれて、たくさんの素晴らしいアスリートと出会える機会になりました。

岩本:なかなか競技が見られなかった中でもダバディさんが印象に残った競技はありますか?

ダバディ:印象的だったのは、両国国技館でのボクシングですね。競技は見逃してしまったんですけど、ウズベキスタンの選手(ジャロロフ・バホディル)がスーパーヘビー級で金メダルを取ったんです。ウズベキスタンは小さな国なので他種目を合わせても選手の数は多くないじゃないですか。その選手たちが集まって、表彰の時に20人くらいの応援団になっていたんです。大きな音を出しながら見たことない素敵な国旗を掲げていて、あたかも両国がウズベキスタンになったかのような雰囲気がすごくエスニックで印象的でした。

メディアとしては最高の運営でも抱えたジレンマ

岩本:ダバディさんは他の国のジャーナリストやキャスターの方々と交流する機会が多かったと思います。そういう方々の今大会の感想はどんなものでした?

ダバディ:一日の半分は世界各国のメディアがいるプレスセンターで過ごしていました。そこの食堂で意見交換をしていたんですけど、運営に対してはみんな大満足でした。観客が来ていない中で、ボランティアも含めて開催側のスタッフがすごく余っていたと思うんです。だから記者たちがどんなリクエストをしても通ったり、普段であれば時間のかかるやり取りでもすぐにメールの返事がもらえたり、あれ以上にやりやすい大会はないと思います。

ただ、メディアとしてはすごくやりやすかったけれど、それはあくまで内幕でのことじゃないですか。会場に来られなかったファンに対して「私たちにとっては最高でしたよ」とは言えないというジレンマはありました。やっぱりお客さんのいない会場は寂しかったというのは皆さん言っていましたね。

でも意外にアスリートはそうでもなかったかもしれないですね。選手はある程度の集中力を高めていわゆる“ゾーン”に入ると、どんな競技の選手でもたとえ1mくらいの距離に人がいてもそこへ意識は向かないと思うんです。

サッカー日本代表の通訳で国立競技場のタッチラインにいた時も周りの5万人の観客がプロジェクションマッピングにしか見えないんですよ。だから観客がいないことでモチベーションが左右されることはないと思います。ただ、競技が終わって表彰台に上がった時に、スタンドにいる家族や仲間を見て、そこへ行って抱き締め合って一緒に喜びを分かち合う。そういうことがなかったのはつらかったと思います。

岩本:メディアセンターの話ではご飯がおいしくなかったという記事を読んだんですが、実際はどうだったんですか?

ダバディ:いつもなのかはわからないんですけど、フランスでの取材から帰ってきて某ホテルで強制隔離をしている時に「食事がまずい」と言ったんです。次の日にお願いしたら「外から頼んでもいいですよ」と言われたり、プレスセンターの食事の文句を言った次の日からイタリアンとか和食に今まで出なかったようなメニューが出てきたりしたんですよね。こういう時、日本人はフランス人のように文句を言ったりしないと思うんですけど、たまには言ったほうがいいですよ(笑)。

岩本:言ったら良くなることもあるんですね。

ダバディ:でもそれはTwitterなどのSNSに書き込むのではなくて、堂々と言ったらたまには良くなると思いますね。

フランスはノートルダム寺院でボルダリングがやれちゃう国

岩本:日本では今大会は無観客にはなったけれど、日本人選手の活躍もあって大成功に終わったという感じになりました。フランスは次の開催がパリということもあって注目度は高かったと思いますが、どのように今大会は伝えられていたんですか?

ダバディ:まずフランスのテレビの視聴率はとても高く、カメラの技術も含めて、競技の映し方、放送の技術が著しく上がっていたので視聴者は大満足でした。迫力ある競技を見て、2024年の母国開催ではもっと良い大会が見られるんじゃないかという期待が膨らむものでしたね。

一方で不安もあります。日本はボランティアも含めてスタッフの数が多くて、勤勉でした。オリンピックはそういうボランティアがいて成り立つ大会ですが、フランスは個人主義でボランティアの皆さんが一緒に動くということが難しいんです。会場周りの日本の素晴らしいボランティアの姿を見て、フランスの関係者はビビっているんじゃないかと思います(笑)。

岩本:日本人のホスピタリティの部分は世界でもトップですよね。

ダバディ:その部分で日本は世界一なので、それをフランス人にやれと言ってもできないと思います。でも閉会式での最後15分にパリの映像がありましたよね。クリエイティブの部分や「誰もやったことのないことをやっちゃえ」という勢いにおいては、フランスはすごいと思います。

その映像で世界的な文化遺産のオペラ座の屋根で若者がBMXでジャンプをするというシーンがありました。あれを日本でやったら文科省の皆さんは心臓発作ものですよね(笑)。例えば日本では金閣寺でボルダリングをやるというのは考えられないと思うんですけど、フランスはノートルダム寺院でボルダリングをやっちゃうんです。そういうところは良くも悪くも「やっちゃえ」という勢いがすごいところですよね。

岩本:あの映像のクリエイティブはすごかったですよね。あれでパリに行きたいなと強く思いました。

五十嵐:日本人ではなかなかできないというものあるし、発想自体が違った観点なのかなと思いました。

今の日本には調和を壊せる選手がいない

岩本:ダバディさんといえば、日本人のほとんどが元サッカー日本代表監督のフィリップ・トルシエさんの通訳として知ったと思います。今、サッカー日本代表がアジア最終予選でかなり厳しい状況にあって、ワールドカップに行けない可能性も十分にあります。そんな今の日本代表をどう見ていますか?

ダバディ:僕は森保一監督がいなければ、チームは完全に崩壊すると思っています。それくらい今チームにリーダーがいない状況です。リーダーがいないというのは、トルシエ監督が20年前に言っていたリーダーシップがないということではないです。

みんなのレベルが近くて、お互いをリスペクトし合って、良い意味で調和されています。その調和を良い意味で壊すことができる強烈な人間、中田英寿や本田圭佑のような存在がいないという意味です。それはもちろん諸刃の剣で、そういう人たちは2006年の(FIFA)ワールドカップ・ドイツ大会のようにチームの雰囲気を壊してしまうこともあります。ただ、今回はあまりにもそういう荒いところを感じないんですよね。

五十嵐:言われてみれば確かにそうかもしれないですね。代表メンバーでなにかずば抜けてインパクトを残すというより、平均してレベルの高い人たちがおとなしくプレーをしているような印象がありますね。

ダバディ:例えば昔のテニスのジョン・マッケンローさんとか、今でいえばノバク・ジョコビッチ選手は、正直フェアプレーだとは思えないですけど、競争だからそこは関係ないんですよ。僕が心配なのは、日本はずる賢いプレーをする相手と対戦する時に飲み込まれてしまうような雰囲気があります。

日本サッカー協会が公開している日本代表のロッカールームの映像を見て、今はこんな平和的な雰囲気はよくない。もっと危機感を持たなければいけないと思っているのが、森保監督だと思うんです。五十嵐さんはどうすればリーダーが生まれると思いますか?

五十嵐:そういった意味だと非常にきれいなサッカーをやっている気がしますね。チームに刺激を与えられるようなインパクトのある選手が、一人でも二人でもいたらチームの雰囲気というのはガラッと変わると思います。

ダバディ:そう言われて思い出したんですけど、先日(10月12日に行われ2対1で勝利したアジア最終予選)のオーストラリア戦での浅野拓磨選手の活躍は印象的でした。浅野選手は2017年のロシアワールドカップ・アジア最終予選の本大会出場を決めたオーストラリア戦で先制点を挙げる活躍をして、ヴァヒド・ハリルホジッチ監督時代もジョーカー的存在でした。

それでも本大会のメンバーに選ばれなかったという悔しい気持ちをバネにして、浅野選手はすごいオーラを持っているなと思っていました。そういうインパクトプレーヤーを流れの中で投入して、彼らが一気に予選のスターになるというパターンも過去にはありましたね。

岩本:インパクトプレーヤーというところでは、今回は堂安律選手がケガで離脱していました。あと三笘薫選手がベルギーのユニオンSGでセンセーショナルな活躍をしているので、彼らも今後そういった存在になってくれるかもしれないですね。

田中碧のデュッセルドルフはあり得ないという欧州人の感覚

岩本:先日のオーストラリア戦で先制点を挙げた田中碧選手も先発で重要な役割をこなした上で先制点を決めて、そういう雰囲気が出ましたよね。

ダバディ:日本サッカー界の誰に聞いても田中選手は逸材だというんですけど、でも所属しているのがドイツ2部のデュッセルドルフですよ。そんなのあり得ないです。それだけの才能がなんでそこでプレーしているのか。エージェントがもっと上のチームに売り込むプレゼン能力がなかったのか、あるいは選手自身が満足して「とりあえず」と言ってしまったのか、わからないですけど。

チーム名が並んだ時に、どこのチームの選手なのかというのは大事だと思っていて、今のメンバーを見ても一人、二人以外は中堅チームや2部リーグのチームですよね。田中選手は来季はもっと大きなクラブにいかなければいけないと思います。

岩本:日本人からするとドイツ2部でも強くて、お客さんも入っているし良いよね、となってしまいがちです。でもヨーロッパの人の感覚だと「日本代表クラスの選手がなんでそこに?」と感じると。冨安健洋選手がアーセナルでレギュラーとして活躍していて「それと同じレベルでできる可能性があるのにどうして?」ということですよね?

ダバディ:そういうことです。冨安選手は、まだ能力としては去年のボローニャの頃と比べてそれほど変わらないと思います。でも「アーセナルのDF」という肩書だけで、相手のFWはビビってしまうんですよ。

以前、元アーセナルの監督だったアーセン・ヴェンゲルは日本歴代最高のセンターバックコンビは2010年ワールドカップ・南アフリカ大会の中澤佑二さんと田中マルクス闘莉王さんだと言っていました。でも今の吉田麻也選手と冨安選手は、実力も経験も彼らより上ですよね。日本の選手たちにはもっと自信を持ってほしいと思います。

<了>

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InterFM897ラジオ番組「REAL SPORTS」(毎週土曜 AM9:00~10:00)
パーソナリティー:五十嵐亮太、秋山真凜

2019年にスタートしたWebメディア「REAL SPORTS」がInterFMとタッグを組み、ラジオ番組をスタート。
Webメディアと同様にスポーツ界やアスリートのリアルを発信することをコンセプトとし、ラジオならではのより生身の温度を感じられる“声”によってさらなるリアルをリスナーへ届ける。
放送から1週間は、radikoにアーカイブされるため、タイムフリー機能を使ってスマホやPCからも聴取可能だ。
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