劇的勝利で新フェーズ突入、森保ジャパンに問われる真価と進化:ハリル時代と全く異なる“優先事項”

Opinion
2021.10.15

FIFAワールドカップ・アジア最終予選、3戦が終わって2敗と崖っぷちに立たされていたサッカー男子日本代表は、ここまで全勝だったオーストラリア代表に2-1の劇的勝利を収めた。すんでのところで首の皮一枚つながったが、いまだワールドカップ出場圏外の4位と依然として厳しい状況にある。それでもこの一戦は、森保ジャパンが新たなフェーズに突入する契機となるかもしれない。7大会連続7度目の本大会出場へ向け、指揮官の真価と進化が問われている――。

(文=藤江直人、写真=Getty Images)

ようやく重い腰を上げ、大きな決断を下した森保監督の意図は…

勝利だけが求められたオーストラリア代表戦へ臨む、森保ジャパンのスタートリストを見た瞬間に抱いた率直な思いは「ようやく重い腰を上げたか」だった。

腰を上げたのは、もちろん日本代表の森保一監督となる。ボランチ柴崎岳の名前が、アジア最終予選の4試合目にして初めて先発から外れた陣容がまず目を引いた。

中盤登録の選手は5人。その中で遠藤航に守田英正、田中碧とボランチでプレーできる選手が3人を数えた。指揮官の意図がすぐに伝わってきた。

遠藤がアンカーを務め、前方には守田と田中がインサイドハーフとして左右に並べる。逆三角形型の中盤の前に、左から南野拓実、大迫勇也、伊東純也を陣取らせる。

かたくなに貫いてきた[4-2-3-1]システムを、柴崎を外すと同時に[4-3-3]に変えた。南野と伊東が中盤登録なので[4-1-4-1]と表現してもいいだろう。

累積警告による出場停止明けの伊東はともかく、9月に幕を開けたアジア最終予選で守田は2試合目、田中は初めての出場であり、先発は共に初めてだった。

固定されたシステムの下、ポジションごとに定められている選手の序列を重視する。これまでは石橋をたたいて渡ってきた森保監督が重い腰を上げて下した決断に、ふと思い出した試合がある。

サウジアラビア戦で致命的なミスを犯した柴崎に、キャプテンが掛けた言葉

日本が14-0で大勝した3月30日のモンゴル代表とのアジア2次予選。後半開始から63分まで、日本は遠藤をアンカーに据えた[4-1-4-1]で戦っている。

10-0で勝利した5月28日のミャンマー代表とのアジア2次予選でも、62分以降に同じシステムへ変更。7分後にはアンカーが遠藤から橋本拳人に代わっている。

いずれの試合もインサイドハーフは南野と鎌田大地だった。遠藤と守田、田中のユニットをぶっつけ本番で送り出した意図を、指揮官はオーストラリア戦後にこう語った。

「今回の代表活動におけるトレーニングで、2人は非常に存在感のある取り組みをしていた。まずは2人のコンディションの良さを見て先発で起用しようと考え、そしてオーストラリアとのマッチアップを考えたときに、日本のストロングポイントを出せて、相手の良さを消せる戦い方を考えた結果として、この形が一番いいと判断した」

7日(現地時間)に敵地ジッダで行われたサウジアラビア代表との第3戦で、相手の決勝点につながる痛恨のパスミスを犯した柴崎は、直後の73分に守田との交代で退いていた。

バックパスを送られる側だったキャプテンのDF吉田麻也は、自身のはるか右側を通過するボールを出し、結果として相手選手へ渡した柴崎へこう言及していた。

「(柴崎)岳には『盛り返せるぞ』という話をした。僕もしょっちゅうミスする選手だったので気持ちは分かるし、本人も非常に責任を感じているはずだけど、サッカーはミスが起こるスポーツ。大事なのはこのミスからどう立ち上がるか、だと思っている」

遠藤航、田中碧、守田英正の組み合わせがぶっつけ本番で機能した理由

話を森保監督の決断に戻せば、ショックを引きずっているはずの柴崎を、もう負けが許されないオーストラリア戦でも引き続き先発させるのは大きなリスクを伴う。

もちろん故障以外で、攻守両面でチームの心臓を担う遠藤は外せない。その上で守田および田中と共存させるとなれば、中盤の形そのものを変えるしかない。

柴崎だけでなくトップ下の鎌田も外した新布陣は、オーストラリア戦での勝利に結びついた。攻守両面で前線へより人数をかける日本の戦い方が、相手を混乱させ続けた。

9月シリーズでは選外だった田中も期待に応える。共に無得点で迎えた開始8分。南野のパスを技ありのトラップで収め、ゴール左隅へ鮮やかに蹴り込んだ。

「素晴らしい先輩方がいる中で選ばれた責任があるし、日本代表の進退が懸かった試合でもあった。正直、僕のサッカー人生でこれ以上の緊張はない。この試合が終わって引退してもいいと思えるくらい、後悔のないプレーをしようと思っていました」

代表初ゴールが値千金の先制弾となった東京五輪代表の田中は、選手交代ができなくなった状況で足がつりかけ、最後はポジションを最前線に上げてフル出場した。

文字通りのシンデレラボーイは代表通算3試合目で、守田は同じく11試合目。代表経験の浅い2人が、遠藤とのトリオでチーム全体を変えた理由が思い当たった。

田中と守田は昨シーズンまで川崎フロンターレで、遠藤と守田は今年前半のA代表戦の3試合で、そして遠藤と田中は今夏の東京五輪で同じ時間を共有している。

たとえ即興だとしても、3人が持つ卓越した個人戦術は必ず至高のハーモニーを奏でる。信じて送り出した森保監督は「私が特別、何かをしたことはない」とこう続けた。

「選手たちがベースの部分を確認した上で、形や役割が少し変わるところをトレーニングから、そしてピッチの外でもすごく密にコミュニケーションを取りながらいい準備をしてくれた。全員が意識を高く持ち、お互いのイメージを合わせながら試合に臨んでくれたことが、いいパフォーマンスに直結した一番の理由だと思う」

田中はさらに「先輩方の素晴らしい経験も大事ですけど、若い選手の勢いも時には必要だと思っています」という言葉も胸を張りながら残している。

思い出されるハリルホジッチ時代の戦いぶり

序列が覆された結果として、世代交代の源泉になる切磋琢磨(せっさたくま)の構図がチーム内に脈打ち始めた。トップ下を置かない新システムは、勝利を介して現時点の最適解になった。

一敗もできない崖っぷちで、なおかつ主軸の一人がメンタル面で問題を抱える。緊急事態における数々の変更は、森保ジャパンの新たなフェーズを生み出した。

変化を生み出した森保監督の決断は評価に値する。それでも日本代表チーム全体の歴史をあらためて振り返ったときに、決して見逃せない試合が存在する。

日本代表で[4-3-3]や[4-1-4-1]が導入されたのは、今回が初めてではない。まず思い出されるのは、2010年のFIFAワールドカップ・南アフリカ大会となる。

開幕直前まで続いた低空飛行を脱するために、当時の岡田武史監督は[4-2-3-1]からの変更を決断。トップ下の中村俊輔を外し、本田圭佑を1トップに据えるなど主力も変更した。ポゼッションから堅守速攻にスタイルを変え、2002年のワールドカップ・日韓共催大会以来のベスト16進出につながった。

もっとも、守備に大きな比重が置かれていた岡田ジャパンの戦い方を考えれば、システムこそ同じながら、オーストラリア戦で見せた日本の変化との接点は見いだしにくい。

むしろヴァイッド・ハリルホジッチ元監督が、ワールドカップ・ロシア大会出場を決めた大一番で繰り出した[4-3-3]の方が、コンセプト面でほぼ一致していた。

2017年8月31日に場所も同じ埼玉スタジアムで、相手も同じオーストラリアだったアジア最終予選。日本は2-0の快勝とともに、1試合を残してロシアへの切符を手にした。

アンカー長谷部誠の前方に配置されたインサイドハーフの山口蛍と井手口陽介が、猟犬をほうふつとさせる運動量でオーストラリアにプレッシャーをかけ続けた。

今現在へと連なるポゼッションスタイルに転じていたオーストラリアは、攻守両面で手詰まりの状態を強いられ、まさになすすべなく完敗を喫している。

井手口の代表初ゴールでダメ押しするなど、今回の田中と共通する点もある。しかし、思い出してほしいのはハリルジャパンが見せていた戦いぶりとなる。

アジア最終予選の初戦でアラブ首長国連邦(UAE)代表に敗れた軌跡も、オマーン代表に屈した今回とくしくも一致する。しかし、その後の巻き返しぶりはまったく異なる。

選手起用に優先されるのは、序列や実績ではなく…

ハリルホジッチ監督は[4-2-3-1]を主戦システムに据えながら、対戦相手の特徴に応じて[4-3-3]や、守備により比重を置いた[4-1-4-1]を使い分けた。

徹底したスカウティングを基にした臨機応変な戦いぶりはカメレオンに例えられ、アジア最終予選の10試合を戦った過程で、途中出場を含めて32人の選手を起用した。その中には、前年に開催されたリオデジャネイロ五輪の世代から、大島僚太、久保裕也、浅野拓磨、そして井手口が含まれていた。

そして、ハリルジャパンのハイライト的な一戦となったオーストラリア戦では、長く代表をけん引してきた本田圭佑と香川真司がリザーブのまま見届けている。

本田は右ふくらはぎの肉離れから復帰直後で、香川も左肩脱臼の回復ぶりが思わしくなかった。それでもベンチに入れたのは、プレー可能だったからに他ならない。

しかし、指揮官が用意した打倒オーストラリアの青写真に、本田も香川も入り込む余地がなかった。起用において序列や実績よりもタスクを最優先させた。

例えば本田のポジション、右ウイングで先発した浅野は先制ゴールを決めた。前述したように、香川がプレーするインサイドハーフでは井手口がまばゆい輝きを放った。

森保ジャパンに逆転勝ちが極端に少ない理由

適材適所の選手起用を駆使しながら変幻自在に戦う。さまざまな特徴を持つ代表チームと対峙(たいじ)していく上で、代表監督に求められる最大の資質といっていい。

いわゆる「相手を見ながら戦う」を、決勝トーナメント以降で失速した東京五輪を含め、森保ジャパンはなかなか実践できなかった。

まずは自分たちありき。固定化されたシステムと序列に基づいた選手起用に加えて、試合中の修正能力にも欠ける采配が、逆転勝ちがほとんどない戦績の源泉になった。

ワールドカップのベスト8以上を目指すのならば、当然ながら相手に先制される展開もある。積み重ねられたファン・サポーターの失望感が、解任を求める世論を生んだ。

今回のアジア最終予選でもオマーン、サウジアラビアに先制された末に0-1で敗れた。後半終了間際に失点した前者はともかく、後者では反撃の糸口さえ見いだせなかった。

解任を求める声がさらに過熱し、国内外の一部メディアで具体的な後任候補の名前が取り沙汰された崖っぷちで、冒頭でも記したように森保監督は重い腰を上げた。

「今日の試合だけで、特に進退が懸かってくるとは思っていない。代表監督に就任してからは常に、試合を終えた後に監督としての道が続くのか、あるいは終わるのかという岐路に立たされていると思っている」

森保監督が心境を明かしたオーストラリア戦は、今後の戦い方に柔軟性をもたらすターニングポイントになる可能性を秘める。しかし、一方では厳しい見方もできる。オーストラリア戦を物差しにすれば、コミュニケーション不足という理由でロシア大会直前に解任された、ハリルジャパンのベストゲームにようやく近づいた、と。

逆に東京五輪代表監督を兼任してきた約3年間を考えれば、ラージグループという概念がある中で世代交代が加速されない現状は、マイナスに映らざるを得ない。

久保建英や堂安律が負傷離脱した事情はある。ただ、不動の存在だったDF冨安健洋に加えて、田中がオーストラリア戦でようやく抜てきされ輝きを放った文句なしのパフォーマンスを見れば、これまでが慎重すぎたとどうしても考えてしまう。

最終予選は息つく間もなくやってくる。日本代表は進化できるか

日本代表を取り巻く状況は依然として厳しい。2勝2敗で勝ち点を6としたが、4連勝で12のサウジアラビア、3勝1敗で9のオーストラリアだけでなく、勝ち点と得失点差で並んだオマーンにも総得点数で後塵(こうじん)を拝してグループBの4位に甘んじている。

負ければ解任される可能性もあったオーストラリア戦はなんとか乗り越えられたが、来年3月末までに残り6試合を戦い、ワールドカップ出場権を無条件で手にできる2位以内を6カ国で争うアジア最終予選は息つく間もなくやってくる。

来る11月シリーズでは、11日にオーストラリアとサウジアラビアが激突する。敵地で最下位のベトナムと対戦する日本は勝利だけでなく、総得点がグループ最少の3の日本には、得失点差を考えればできるだけ多くのゴールが求められる。

そして16日にはオマーンのホームに乗り込む大一番が待つ。初戦の借りを勝利で返せなければ、すでにともっている黄信号が限りなく赤に近づく非常事態に直面する。

4年前を振り返れば、ホームで敗れたUAEとのリターンマッチで、ハリルホジッチ監督はシステムを[4-2-3-1]から[4-3-3]に変更。ゴールキーパーに川島永嗣、インサイドハーフには今野泰幸と両ベテランを復帰させる仰天布陣で、敵地で2-0と快勝して鮮やかに借りを返した。

元監督に全面的に倣えというつもりはない。それでも、さまざまな要因が重なったオーストラリア戦で勝利とともに得た新たなフェーズを、日本を変える契機にできるかどうか。7大会連続7度目の本大会出場へ向けて、森保監督の真価はこれからも問われてくる。

<了>

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