古橋亨梧はいかにして覚醒したか? イニエスタの“魔法の言葉”と知られざる物語

Career
2019.08.31

アンドレス・イニエスタ、ダビド・ビジャなど、世界屈指の名手が集うヴィッセル神戸で、まばゆいばかりの輝きを放っている男がいる。
古橋亨梧――。その異次元のスピードから瞬く間にゴールを陥れる24歳の若武者は、気が付けばスター軍団に欠かせない存在へと成長し、海外移籍をうわさされるまでになった。
ほんの1年前までJ2で戦っていた古橋は、いかにしてこの舞台へと駆け上がることができたのだろうか? そこには、知られざる物語がある――。

(文=藤江直人、写真=Getty Images)

酒井高徳も驚いた古橋の異能ぶり

日本サッカー界に舞い降りたクラッキ、アンドレス・イニエスタの創造性と意外性に富んだプレーを楽しみにスタジアムへ足を運び、あるいはヴィッセル神戸の試合を視聴したファンのほとんどが、「あの選手はいったい誰なんだ?」と驚いているはずだ。

速い。とにかく速い。イニエスタをはじめとする味方のパスに反応して相手の最終ラインの裏を突き、対峙するディフェンダーを瞬く間に置き去りにしてゴールを奪う。身長170cm、体重63kgの体に異次元のスピードを搭載したアタッカー、古橋亨梧の韋駄天ぶりに誰もが目を奪われる。

元スペイン代表のストライカー、フェルナンド・トーレスの引退試合として、世界的に注目された8月23日のサガン鳥栖との明治安田生命J1リーグ第24節。敵地・駅前不動産スタジアムのピッチを縦横無尽に駆け回り、自身の2ゴールを含めた4得点に絡んで主役の座を奪ったのが古橋だった。

圧巻だったのは3-0で迎えた54分。自陣からMF酒井高徳が仕掛け、左タッチライン際を駆け上がったロングカウンターのフィナーレだった。酒井に反応し、ハーフウェイラインあたりからスプリントしていた古橋が、ペナルティーエリア内へ入っていく刹那でギアをさらに上げる。

鳥栖のセンターバックの間に割り込み、抜き去り、トップスピードに乗ったまま最後は宙を舞うようにスライディング。目の前でハーフバウンドした酒井のクロスに、必死に伸ばした右足の裏をヒットさせると、ボールは逆サイドのネットに吸い込まれていった。

ブンデスリーガのシュトゥットガルトとハンブルガーSVで7年半にわたってプレーし、今夏に日本サッカー界へ復帰した元日本代表の酒井の言葉を聞けば、古橋の異能ぶりが伝わってくる。

「20m、30m以降から速い選手はヨーロッパでも多いけど、初速というか、最初の20mであそこまで速いタイプはなかなかいない。また違った速さですよね。報道で海外移籍の話がいろいろと出ているのは、彼のよさもでもあるあの特徴が、海外でも魅力的に捉えられているからだと思う」

73分にもスピードを生かしてゴールを決めるなど、自身にとって初体験の1試合2ゴールと3試合連続ゴールをマーク。昨シーズンの5ゴールを大きく上回る8ゴールをあげ、まばゆいスポットライトを浴びた24歳の古橋は、昨年の7月まではJ2の舞台で戦っていた。

古橋がいまも感謝を忘れない、FC岐阜と指揮官

奈良県生駒市で生まれ育った古橋は、数多くのJリーガーを輩出している大阪・興國高校から中央大学へ進学。1年時からレギュラーをつかむも、チームは3年時に関東大学サッカーリーグの2部へ降格。1部復帰を誓った最終学年でも、目標をかなえることができなかった。

そして、4年生への進学を控えた2016年に入って、いくつかのJクラブの練習へ参加する。J1では湘南ベルマーレの沖縄キャンプに参加したが、オファーを勝ち取ることはできなかった。

「練習試合に参加させてもらった縁で、声をかけてもらったんですけど。全然ダメでしたね。運動量や球際の強さという部分で、プロと大学生とではかなり差があると実感しました」

当時湘南の田村雄三テクニカルディレクター(現・いわきFC監督)が、中央大学のOBという縁で沖縄キャンプへの参加が決まったという。しかし、実際にキャンプインしたときには田村氏が退団。いわきFCの強化・スカウト本部長に就任していたことも、少なからず影響していたかもしれない。

それでも、すべてにおいて実力が足りなかったと受け止めた古橋は2016年の年末になって、J2のFC岐阜への内定を勝ち取る。2016シーズンを20位で終えた岐阜は吉田恵監督に代わり、元日本代表コーチの大木武氏を新監督に招へい。偶然に導かれた出会いが古橋の運命を大きく変えた。

「接近・展開・連続」を掲げる大木監督の独自のポゼッションスタイルに、群を抜くスピードを誇る古橋は得点を奪うための最高の“飛び道具”として合致する。2017シーズンはルーキーながらリーグ戦全42試合に先発し、チーム2位タイの6ゴールをあげる活躍を演じた。

岐阜へ加入したときから目線を高く掲げ、必ず上のカテゴリーへはい上がってみせると誓った。夢を具現化させるきっかけを得たうえでも、古橋は岐阜と大木監督の存在にいまでも感謝している。

「岐阜でパスの大切さをあらためて学びました。岐阜で経験を積ませてもらったからこそ、成長することができた。その意味で、僕は指導者に恵まれていると思っています」

2年目となる2018シーズンも開幕から26試合連続で先発。11ゴールをあげるなど、無双状態となっていた古橋のもとへ、望外ともいえる神戸からのオファーが届いた。しかも神戸にはスペインの至宝イニエスタも加入し、直前の7月にデビューを果たしたばかりだった。

岐阜のチームメイトたちから「うらやましい」と声をかけられたなかで、古橋も覚悟を決めた。岐阜への感謝の思いを胸中に秘めつつ、シンデレラストーリーの第2ステージへ挑んだ。

イニエスタがかけた言葉

「プロとしてピッチに立つことが夢なら、大観衆のなかでプレーすることも夢でした。岐阜でプロとしてプレーできたからこそ、僕はここ(神戸)にいると思っている。もっともっと感謝の気持ちを込めながら、神戸へ来させてもらったからにはさらに成長しなければいけない、という覚悟も持っています」

神戸での日々をこう振り返ったことがある古橋は、ホームのノエビアスタジアム神戸にジュビロ磐田を迎えた、昨年8月11日の明治安田生命J1リーグ第21節で初先発を果たす。そしてイニエスタとともにJ1初ゴールを決めて、スピードと決定力がJ1でも通用することを証明してみせた。

「紅白戦などで『もっと君のよさを出していいよ』と言ってもらっていたので。僕のよさはスピードとドリブル、そして相手ゴール前へ飛び出していくことだし、実際に前へ走るとものすごいパスが出てくる。自分のよさはこれなんだと再認識して、ポジティブな姿勢で臨めました」

記録と記憶に残る初ゴールを決めた試合後の取材エリア。古橋は「もっと君のよさを出していいよ」と魔法の言葉をかけてくれたイニエスタの存在に、思わず言葉を弾ませている。

「いままでテレビで見てきた選手と一緒にプレーすることは誰もが望んでいると思いますし、そのチャンスを得られたいまはどんどん吸収して、いいところを学んで今後につなげていきたい。一緒にプレーすることで、サッカーというスポーツの楽しさをあらためて実感できました」

J1の舞台に立って1年あまり。その間にはスペイン代表で歴代最多の59ゴールをあげているダビド・ビジャも加入。(第24節終了時点で)すでに10ゴールをあげるなど、ワールドクラスのストライカーの実力を見せている。シーズン中に2度も監督が交代するなど、神戸そのものは混乱した状態が長く続いてきた。そのなかで古橋はウイング、サイドハーフ、夏場に入ってからは2トップの一角を担う。イニエスタから「自信を持て」とシンプルかつ心強い言葉をかけられながら、プレーの幅をどんどん広げている。

昨シーズンの途中からポゼッションスタイルを明確に掲げ、イニエスタが中心にいることから「バルセロナ化」と呼ばれてきた神戸のなかで、古橋はどのような位置づけになっているのか。自身の加入とともに課題だった守備を安定させ、瞬く間にフィットした酒井が的確に描写してくれた。

「僕たちがあれだけボールを回すなかで、相手の裏を狙うチョイスは絶対に必要になってくる。ポゼッションだけになってしまうと、同じようなスタイルのチームと戦うときにどうしても苦しくなってくるので、一発で裏を狙う姿勢はチームのなかで一つのバリエーションになる」

岐阜時代に放っていた存在感を、パス回しに長けたチームメイトたちとともに、一気にスケールアップしていると表現すればいいだろうか。ボールポゼッションと究極の飛び道具が融合し、ゴールに結びついたシーンが鳥栖戦の22分に決まったFW田中順也の3点目となる。

ゴール前から浮き球のパスが、自陣の左サイドにいたイニエスタに入る。これを右足のワンタッチで田中にはたき、田中がヘディングで返した直後だった。イニエスタは宙を舞うボールをボレーのかたちで右サイドを駆け上がっていた古橋へ、50m以上もあるピンポイントのパスを通した。

スタンドがどよめくなかで古橋がボールをキープし、その間に駆け上がってきた田中へラストパスを送る。わずか15秒間で決まったゴール。その起点となった裏への飛び出しに、古橋は「どんな状況でもパスが出てくるので」と、当然のプレーとばかりに胸を張っている。

目指す先は日本代表、そして海外移籍……

「常に勝たなければいけない、というプレッシャーを神戸ではよりいっそう感じていますし、そのうえには日本代表、そして海外があるので、もっともっと積極的に目指していかなければいけない。同年代が代表で活躍して、ゴールも決めているので、僕にもチャンスはあると思っています」

自信を深めつつあった昨シーズンの終盤に、古橋はこんな言葉を残している。同年代とは森保ジャパンでゴールを連発していた、誕生日が4日違いの南野拓実(ザルツブルク)を指す。

2年目を迎えてスピードに磨きがかけられ、ミドルレンジからの強烈なシュートも含めて、決定力もさらに高まった。2桁ゴールどころか得点王も視野に入ってきそうな勢いにも、ピッチを離れればどこまでも謙虚で、ちょっぴりシャイな24歳は「チームが勝たないと意味がないので」と満足していない。

今夏にオランダのAZアルクマールから古橋のもとへ届いたオファーが、正式なクラブ間交渉には至らなかったとスポーツ紙では報じられている。もちろん、海外挑戦への夢を捨て去ったわけではない。現時点では神戸でプレーすることが、成長への近道だと判断したのだろう。

直近の2試合で神戸は9ゴールを奪って連勝している。ようやく見つけかけた最適解の戦い方の中心で、イニエスタを筆頭とする最高のパサーたちと世界レベルのイメージを共有しながら、下のカテゴリーでプレーする選手たちを勇気づけるシンデレラストーリーの続編を古橋は貪欲に紡いでいく。

<了>

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