「イニエスタには“結界”が見えた」東京五輪候補・齊藤未月が感じた世界最高峰の凄み
昨季、ヴィッセル神戸に鳴り物入りで加入したアンドレス・イニエスタ。世界屈指のクラッキは、Jリーグのピッチの上でもワールドクラスの輝きを放っている。イニエスタのすごさとは――?
どんな言葉を使おうとも表現しきれないようにも思えるその命題は、もしかすると、実際にピッチ上で対峙した選手にしか分からないものかもしれない。
U-20日本代表でキャプテンを務め、東京五輪の代表入りも期待されるJリーグ屈指のボールハンター、湘南ベルマーレの齊藤未月は、イニエスタの周りに「結界」が見えたと話す。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
U-20日本代表キャプテンが感じた摩訶不思議な空間
対峙した瞬間に、ネガティブな感情が脳裏を駆け巡る。うかつには飛び込めない。いや、うかつに彼の間合いに飛び込んではいけない、と。
ヴィッセル神戸の心臓部に君臨する稀代のプレーメーカー、アンドレス・イニエスタがボールを持ったとき、身長170cm、体重68kgの決して大きくはない体の周りに摩訶不思議な空間が現れる。
5月下旬からポーランドで開催された、FIFA U-20ワールドカップでベスト16に進出した若き日本代表をキャプテンとして束ねた齊藤未月は、ボール奪取に絶対的な自信を持つ。所属する湘南ベルマーレを率いるチョウキジェ監督も、愛弟子的な存在である20歳のボランチの武器を賞賛する。
「J1でもトップクラス。いますぐヨーロッパに行っても、あの部分だけは通用する」
身長165cm、体重61kgの小さな体を、まだあどけなさが残る表情を、相手のボールホルダーと向き合った刹那に獰猛な獣へと豹変させる。来夏に迫った東京五輪の代表入りを視野に入れるホープが、イニエスタと対峙したときにだけ自分の内側から響く声を感じると打ち明ける。
「相手がボールを奪いにくるタイミングというか、あと何歩で、あと何秒で近づいてくるとか、そういう状況をすべて分かっているように見えるんです。だから、(こちらのアプローチを)外されるのが分かるというか、やられる感じがするので、いつ(アプローチに)行っても遅いと感じてしまう。イニエスタ選手にとっては、タイミングを外すだけ、みたいな感じに見えてしまう。簡単にやっているように映るんですけど、めちゃうまいですよね。本当にボールを奪えない」
ホームのShonan BMW スタジアム平塚でヴィッセルと対峙し、3対1の痛快な逆転勝利をもぎ取った7月14日の明治安田生命J1リーグ第19節後の取材エリア。先発フル出場した齊藤は「結界」という単語を、首を縦に振りながらイニエスタが放つ存在感と結びつけた。
仏教用語である「結界」とは「修法によって、一定の地域に外道・悪魔が入り込んでくるのを防ぐこと」などとある。ボールを持ったときのイニエスタの周囲に発現する、一定の地域の半径が齊藤の目には「3mくらいあるんじゃないか」と映るという。
「本当にエグいくらいに広い。雰囲気で分かります。だからイニエスタ選手のもとにボールが集まってくるし、ボールを奪われそうになってもギリギリのタイミングで味方に正確なパスを出せる。その先で奪われたとしてもパン、パンとはね返って、結局はイニエスタ選手のところにボールが戻るというか。ボールを吸い寄せる? そうそう、そんな能力みたいなものを持っているように見えますよね」
過去の対戦では激しいアプローチに非難を浴びるも臆せず
同じピッチの上で、イニエスタと対峙するのは3度目となる。最初は昨年7月22日。ヴィッセルのホーム、ノエビアスタジアム神戸で待ち焦がれたJ1初ゴールを叩き込んだ11分後の59分に、万雷の拍手と声援を浴びながらイニエスタが初めてJリーグのピッチに立った。
世界が注目した一戦はベルマーレが3対0で制したものの、舞台を自分たちのホームに変えた同8月19日は0対2で返り討ちにあった。前線へピンポイントのロビングパスを通し、MF三田啓貴(現・FC東京)の先制点の起点になったのはイニエスタだった。
「去年の2試合と比べると、桁違いにすごいですよ。今年の方がコンディションも上がっているんでしょうね。去年はまだゆっくりしていた部分もあったし、だからこそ今回はいままで体験したことのない感覚でした。でも、やっぱり(結界に)入らざるを得ないので。パスがあまりにもうますぎるので、とりあえず行っておかないと。(アプローチを)外された方がまだましというか、一発でいいパスを出される方が嫌なので。とにかくボールを奪いに行って、かわされても後ろからまた行って、近いところにボールをつけさせる。そこでウチの味方がボールを奪う。そうせざるを得ななかったですね」
虎穴に入らずんば虎子を得ず、の精神で勇気を持って結界へ飛び込んでいく。自身は「捨て駒」になってもいい覚悟に裏打ちされたアプローチを、昨年8月にも試みた。しかし、デビューから1カ月もたっていなかったイニエスタの懐深くに入りすぎてしまい、レジェンドをもんどり打って転倒させた。
イニエスタが苦悶の表情を浮かべ、すかさず齊藤のファウルを告げる主審のホイッスルが鳴り響く。直後からインターネット上には齊藤を非難する声があふれた。レジェンドに対して失礼だ、と。もっとも、それで臆するような性格の持ち主ではない。今年の初顔合わせでも、齊藤の標的は「8番」に定められていた。
ほんのわずかな隙を見逃さず、ゴールに結びつける
キックオフから1分もたたないうちに、激しいスライディングタックルを仕掛ける。去年と同じシチュエーションだったが、軽やかにかわされる。すぐに体勢を整えて「二の矢」を放つも、主審からファウルを宣告された。お返しとばかりに、数分後にはイニエスタが齊藤をファウルで倒した。
「それでも、嫌がられている感じはまったくなかったですね。最初はファウルになってもいいかな、というくらいの気持ちでいきましたし、作戦通りといえば作戦通りでしたけど、実際はファウルするのが精いっぱいでした。その後はいいようにやられてしまいました」
20分には強烈な洗礼を浴びる。ほんのわずかながら集中力を途切れさせ、イニエスタから目を離した直後だった。ポジションをスルスルと下げたイニエスタが、ゴールキーパーの前川黛也からショートパスを受ける。危険を察知して慌てて間合いを詰めた齊藤だったが、時すでに遅かった。
鮮やかなターンで齊藤の突進をかわしたイニエスタは次の瞬間、右前方のFW古橋亨梧へ約50mの正確無比な縦パスを一閃。古橋の左足から放たれた強烈な一撃がベルマーレのゴールを射抜くまでの一連の流れに対する責任を、齊藤は自らに帰結させた。
結界を張り巡らせながら、FCバルセロナとスペイン代表で一時代を築きあげたレジェンドは、齊藤の息づかいや視線を含めた、その一挙手一投足を微に入り細をうがって注視していたのだろう。ゴールキックになった直後に生じた間を見逃さず、ほんの数秒でゴールを演出した。
「ほんのちょっとの隙を見せたことで、後手に回ってしまった。でも、イニエスタ選手のような世界レベルの選手からボールを奪い切ってやる、という気持ちがさらに強くなったというか。ボールを奪うためのスキルはまだまだ上げられる、と思いました。あれだけチンチンにされたのに、何か楽しかった。もうやるしかないと、思わせてくれたので」
ベルマーレ戦を終えたイニエスタは、逆転負けに厳しい表情を浮かべながらも、相手が終始仕掛けてきた激しいプレスは苦にならなかったと振り返っている。
「湘南がプレスをかけてくるチームだというのは知っていたし、それに対する準備もしてきた。もちろん湘南がいいプレスかけたこともあれば、自分たちがプレスから抜け出したこともあったので」
結界に風穴を開けることすらかなわなかった通算3度目の対決。試合に勝って勝負に負けたと振り返るホープの目を輝かせ、いつかは牙城に入り込んで自由を奪う、イニエスタにとっての外道や悪魔になってみせる――。齊藤をはじめとして、対峙した日本人選手のモチベーションを自然と駆り立てる図式もまた、結界のなかでプレーするイニエスタがかける「魔法」なのかもしれない。
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