ラグビーW杯8強躍進の絶対的司令塔、“実質2軍”からの再出発。田村優の真価はいつ問われるか
日本代表史上初のベスト8進出を果たし、列島中が熱狂したラグビーワールドカップ2019。その躍進の中心には、4年間、10番を背負い続けた絶対的な司令塔がいた。だが男は今、試練のただ中にいる。日本代表の実質的な2軍にあたるナショナル・デベロップメント・スコッド(NDS)で、自らに求められる責務を果たす。その積み重ねの先に、何が待っているだろうか――。
(文=向風見也、写真=Getty Images)
日本代表の“実質2軍”NDSで示した、田村優の矜持
――ご自身へのプレーの評価は?
その問いに、田村優は毅然(きぜん)としていた。自己評価を下せる範囲を、本能的に心得ているような。
「完璧ではないですけど、プランは遂行できました。これからどんどんよくなっていくと思いますし……。まあ、楽しかったので、それが一番よかったです」
6月18日、東京・秩父宮ラグビー場。日本代表が今夏初のテストマッチ(代表戦)に挑んだ。ウルグアイ代表を34―15で倒したこの日、田村は司令塔のスタンドオフでフル出場を果たした。
この日のメンバーは、予備軍のナショナル・デベロップメント・スコッド(NDS)により編成されていた。NDSは普段は静岡ブルーレヴズで指揮を執る堀川隆延ヘッドコーチの下、6月3日から大分でキャンプを張ってきた。
元主将のリーチ マイケルらがいる本隊の日本代表は、同時期に宮崎で合宿中だ。25日以降のテストマッチ3連戦を見据える。
NDSの選手が宮崎のチームへ昇格するには、18日の試合を含めた計2戦でのアピールが必須だった。
司令塔のスタンドオフ兼主将で先発した田村も、その試験を受ける一人だったのだ。
満身創痍…万全ではない中で戦い続けた1年間
2012年に代表デビューを果たし、2016年秋に発足した現体制下では長らくレギュラーだった33歳。パンデミックを経ての活動再開後2年目の夏は、指揮官のジェイミー・ジョセフから試練を与えられていた。
「それ(昇格の意欲)はありますね。でも結果がどういうものかは分からない。次の試合、皆で頑張りたいというのがありますし、で、その次……と。徐々に段階を踏んでいければいいかなと思っています」
満身創痍(そうい)だった。
今年開幕のリーグワンは、所属する横浜キヤノンイーグルスの主将として挑んだ。
元日本代表コーチングコーディネーターの沢木敬介監督から大役を担って2度目のシーズン。2018-19シーズンのトップリーグで16チーム中12位と低迷したクラブは、4強入りに迫る飛躍を遂げた。ただし、他の強豪と異なり主力はほぼ固定。一部選手の負荷は避けられなかったか。
痛みを抱えたまま試合をすることもあった。最終的に12チーム中11位と苦しむ、NTTドコモレッドハリケーンズ大阪との第9節。
キックオフ早々に接点でけがを負ったが、何とか立ち上がり、なるたけ自身を経由しない展開でスコアを狙った。結局、16点リードの後半15分までプレーした。
沢木監督はこうだ。
「僕はもう少し早く代える予定でいたけど、自分で『もう少しやる』と言っていたから……。メディカルを通してコミュニケーションは取れていたと思います」
田村の脳裏には、前節の東芝ブレイブルーパス東京戦があった。自身の交代後に逆転負けを喫した80分を踏まえ、プレーを続行した思いをこう明かした。
「痛いです。はい。でも、先週の試合でもけがで、途中で代わって。一所懸命、頑張っている皆が悔しい思いをするのを見ていて、試合が決まるまでは頑張りたくて……。ベストではなかったですけど、チームのために頑張れるところは頑張らないといけないと思いました」
果たしてその試合は49―24で勝利。その後は3試合の欠場を経て、戦列復帰を果たした。万全な状態ではない中、シーズンを6位で戦い終える。
NDSでも田村は“らしさ”を見せた。同僚たちの証言
5月中旬には、プレーオフに出場しない代表候補選手による予備合宿に参加する。
6月以降のNDS行きは、ここで、決まった。
顔を合わせたジョセフと面談し、駄目を出されたのだ。
指揮官の物言いが直截(ちょくせつ)なのは、2019年のワールドカップ日本大会で8強入りする前から周知の事実。ジョセフは公式会見でも、田村にはパフォーマンスの波をなくしてほしいと述べていた。
「彼に一貫性を持っていいラグビーをしてほしい。それができれば素晴らしい選手なのは間違いない」
片や田村は、「あやふやなところがあったら言ってほしいと言っている。僕にとってはありがたい」。求める場所にたどり着くために、まず、与えられた2つのゲームに向き合おうと素直に思えた。
「けがも癒えてきて、ここ10週間くらいではできなかったことができてきている。動けている。(NDSは)ここまで皆ですごい速度で成長してきている。まず、この2試合です」
ワールドカップ日本大会でプレーしたベテラン、初の代表入りを目指す若手の入り交じったNDSで、田村は主将を任された。
その様子を「頼もしい」と口にするのは堀越康介。昨秋に代表ツアーに出向きながら、再昇格を求められたフッカーだ。
「やはり経験がある選手なので、学ぶ部分が多い。いろんな思いを持ってこのチームにいる中、『この2試合で勝とう』とまとめ上げてくれた」
NDSでワールドカップ組のスクラムハーフ、茂野海人はこうだ。
「細かいミスがあってもそればかりを言う(指摘する)のではなく、チーム全体をビルドアップするようコントロールしてくれた」
大声で味方を鼓舞し、プレーでも結果を残す
言葉は実証された。
11日の日本在住トンガ出身選手とのチャリティーマッチから、田村は味方を大声で鼓舞し、指示を出していた。
18日のウルグアイ代表戦では、8点リードで迎えた前半34分ごろ、自陣ゴール前で円陣を組む。折しも、チームの反則がかさんでいた。
本人は「レフリーから注意するようにと言われたのでやりました」と話す傍ら、その試合にロックで出ていたワールドカップ経験者のヴィンピー・ファンデルヴァルトはこう証言する。
「その時はちょうどプレッシャーを受けていた。(そこで田村は)『しっかり自分たちの形を遂行しよう、ミスをなくそう』と話していました」
動きと判断でも際立つ。
11日の試合では、自陣22mエリアでタックルを重ね、タフな肉弾戦で倒れかかった際も「大丈夫だったんで」と起き上がってプレーを続ける。
何より、防御の近い位置に迫りながらの深い角度のパス、ハイパントを繰り出す。攻めの勢いを生んだり、エリアを制圧したりした。
ウルグアイ代表戦でも、キック主体の「プラン」を首尾よく遂行。前半24分ごろの左足での一撃は、自陣22mエリアから敵陣ゴール前まで届く。ウイングに入った根塚洸雅の好チェイスと相まって、得点機の演出につなげた。
後半2分ごろには右足で魅する。自陣10m線付近中央でファンデルヴァルトからパスを得るや、敵陣22m線付近右へピンポイントで蹴り込む。
自身を含む3人でその場に網を張り、相手をグラウンドの外へ追い出す。
ここで生まれた得点機が、堀越によるチーム3本目のトライを生んだ。
日本代表昇格はならなかったが…田村は自らの責務を果たし続ける
スタンドオフの仕事は、自軍のゲームプランに即して全体を統率すること、自身の仕事を介して味方を前に出すことだ。
1対1で相手をかわすステップ、タックラーを背負いながらのオフロードパスといった見た目に鮮やかな動きの多さ、場合によってはどのポジションの選手が蹴ってもいいゴールキックの成功率は、スタンドオフへの評価軸とは別のところにある。
その趣旨でいえば、田村の働きには太鼓判が押されてよかった。
もっとも、本来ならタッチラインの外へ届けるはずのキックが目指す線を出なかったことは各試合で1つずつあり、本人の言う通り「完璧ではない」のも確かだ。
万事に「一貫性」を求めるジョセフが追加招集を決めるかは、未知数ともとれた。
「彼には経験があり、チームに価値をもたらしてくれる。試合でもリーダーシップを取ってくれ、コントロールすべきときにコントロールしてくれていた。ただ、タッチラインの外へキックを出さないミスもあったので、精度を上げてもらいたい。そうすれば、また日本代表に戻れると思います」
指揮官がこう語ったのは19日朝9時のこと。その約10時間後、日本代表への追加招集選手の4人が発表された。田村の名はなかった。
日本代表は25日、対ウルグアイ代表2連戦の2試合目をミクニワールドスタジアム北九州で実施する。
さらに7月2日、9日には、世界ランクで日本より8つ上回る2位のフランス代表とぶつかる。
愛知・豊田スタジアム、東京・国立競技場でのビッグマッチを含む向こう3試合に向けては、宮崎にいた山沢拓也、中尾隼太、李承信の3人がスタンドオフの座を争う。それぞれキャップ(代表戦出場数)は3、0、0と、田村の68と比べたら経験値に違いがある。
ジョセフは以前、報道陣にこう応じてもいた。
「あなた(記者)は次の試合を考えているかもしれないが、私は次の数カ月間を見ています」
この時の話題は司令塔選びに限らなかった。ただし来秋のワールドカップフランス大会を見据え、ジョセフがキャリア組への依存を最小化しようとしているのは確かだろう。
常に田村は「遠い質問にはなかなか答えられない」と話す。4年に1度の大舞台に立たんと鼻息を荒げるのではなく、自分が戦いたいチームで戦い続けるための責務を果たし続ける。そうしようとする。今回もその流れで昇格に挑んだ。
「一貫性」を請われる田村の真価が問われるのは、先行投資の潮流が落ち着いてからとなるのだろうか。
<了>
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