世界基準まだ遠い日本のテニスコート事情。“平面な人工芝”と“空間を使う赤土”決定的な違いとは
日本テニス界のレジェンド・伊達公子さんは、日本のテニスコートは砂入り人工芝コートが主流であることに警鐘を鳴らし続けてきた。その効果もあり、各地で少しずつ変化は起きてきている。それでもまだ世界の標準とは大きな隔たりがある。ではそのような環境に身を置いたうえで、選手や指導者が世界を目指し、いまから取り組むべきことはなんだろう? 自身もプロ選手として19歳から長く世界を渡り歩き、現在は世界で戦えるジュニアの育成にも積極的に取り組んでいる笹原龍に話を聞いた。
(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真=Getty Images)
中学生がプロフェッショナルな考えをするべき時代
――日本を代表するテニス選手である錦織圭選手や大坂なおみ選手は若くしてアメリカを拠点にプレーし始めました。テニス界において、世界トップレベルを目指すためには育成年代から海外を拠点にするというベースはこの先も続くのでしょうか?
笹原:早いうちから海外に行くことがすべてにおいていいかというと、そうではないと思う反面、国内ではどうしても大会数が少ないんですよね。国際ポイントを手に入れられる大会がだいぶなくなってきているという点ももちろんですが、単純に海外のほうが試合数をたくさんこなすことができます。テニスにおいてより多くの試合を経験することは何より大切なことです。実戦経験を積むという意味では、海外にいるほうがアドバンテージがあるのは確かです。
――具体的に何歳ぐらいで海外を拠点にすることが理想ですか?
笹原:以前は、小学生が中学生の考え、中学生が高校生の考え、高校生がプロの考えを持つべきというのが僕の持論だったんですけど、今はもう全部早まって、小学生は高校生の考え、中学生がプロフェッショナルな考えをするべき時代になってきているように感じます。十代の選手が国際大会でどんどん結果を出すようなスピード感なので。
一方で、小学生年代の子どもが、あらゆることをしっかりと理解し、自らの意志で海外に拠点を移して世界を目指すという判断を下すのはなかなか難しい部分もあるため、早くても13、14歳で海外を拠点にという考え方が基本的な指針の一つにはなると思います。
――実際に19歳でアメリカに行かれた笹原選手としても、もう少し早くてもよかったかなという実感があるということですか?
笹原:僕がアメリカに拠点を移した10年前は、まだ日本から海外に行くこと自体が珍しく、スカウトを受けてアメリカのアカデミーに行った選手として多くのメディアに取り上げられるような時代でした。ちょうど錦織圭選手が世界の舞台で活躍し始めたくらいのタイミングだったので。そこから数年で日本人選手が海外に拠点を置くことが当たり前になり、いまでは12歳以下でもそういった選択をすることも珍しくはなくなりました。
ただ、結局は行って何をするかが一番大切な部分です。その辺の明確な考えが固まっていないと、ただ環境が変わっただけになってしまいます。海外に行けば特別なアドバイス、魔法のアドバイスがもらえて、そのあと一瞬でプレーが良くなるかといえばそんなことは絶対にないんです。結局すべては自分次第なので。
“平面”な砂入り人工芝と、“空間を使う”赤土のクレーコート
――日本では多くのコートがグローバル環境とは大きくかけ離れた砂入り人工芝(オムニコート)です。このテニスコート事情の違いも育成環境として大きなマイナスになっているのでしょうか?
笹原:現状、僕も国内での練習やレッスンは砂入り人工芝のオムニコートが中心です。確かにコートの違いによってボールの弾み方や弾んだあとの軌道は大きく異なります。特にオムニコートの場合は、ショット時の球種に違いがつきにくいんです。そのため、結果的には単調な攻めだったり、単調なテニスになりやすいというのはあると思います。
例えば、ボールがよく弾む赤土のクレーコートでは、トップスピンをかけながら高い軌道のショットを打つことで、バウンドしたあとのボールがすごく跳ねるようになります。そういうボールの高低差が出てくることによって、立体的にコートが見えたりとか、ボールをテクニカルに動かして相手を追い込むという選択肢も自然と身につくんです。一方でオムニコートではボールの動きに変化がつきにくいので、ただ単調にside to side(端と端)に打つだけで終わってしまうというか。どうしても攻め方の幅は減ってしまいますし、ミスをしないための守備的な指導方針にもつながってしまいます。
――笹原選手もアメリカに渡った当初はコートの違いに苦労されましたか?
笹原:そうですね。なかなかびっくりしました。コートの違いから生まれるプレーの多彩さについても「こういうことやっていいんだ!?」という驚きが多かったです。例えばそれまで前に出てボレーというのは学生時代に監督に怒られたこともあってなかなか馴染みがなかったのですが、アメリカでやってみると「前でもポイント取れるじゃん!」と現地の監督に褒められたりして、自分のなかでも十分に武器になるなと感じたり。
――慣れ親しんだコートの違いが、ボールを左右に打ち分けるだけでなく、高さやスピン量を効果的に使う「3Dテニス」ともいわれる現代テニスの実践において差を生んでしまっていると。
笹原:「空間を使う」っていう言い方になるんですけど、国内でそういったテニスを教わる機会は決して多くありません。そうすると海外勢と試合をするときに、空間を使う選手、攻め方にバリエーションがある選手に対してはどうしても苦戦してしまう傾向があります。
テニスの世界では、国際大会を見ても14歳までの日本のジュニアは世界トップ選手を相手にしても強いんですよ。その後、少しずつ勝てなくなる傾向があって……。その理由を突き詰めて考えていくと、ミスなくボールを一球でも多く左右に打ち分けて返すという平面的なテニスの限界や、テニスの型がジュニア年代ですでに完成してしまっているため、その後の伸び代が少ないということも挙げられるのかもしれません。 一方、僕自身も23歳からアメリカのフロリダテニスアカデミーでヘッドコーチを務めていましたが、海外アカデミーではジュニア年代ではそこまで突き詰めてテニス指導をしません。16歳頃までは筋肉バランスが年々大きく変わることもあり、細かいテニス指導よりもフィットネスに重点が置かれ、その後、選手としてツアーなどを回り始める段階で本格的なテニスの指導が行われます。
短期間でも経験を積めば、日本の人工芝のコートでも……
――日本のコート環境の問題については今後どのような対策が考えられるでしょうか?
笹原:拠点を海外に移すまではいかなくても、例えば数日間の海外遠征などでコーチや選手が国外でのテニスを経験することはすごく大事だと思います。その空気感を感じてもらえれば、練習方法だったり、考え方だったり、国内で何をするべきかを自然とイメージできるようになると思うので。
目の前の練習に100%打ち込める、素晴らしい才能を持った選手って日本にいっぱいいると思うんです。そういった選手たちが世界を知る指導者のもと、ジュニアの段階で空間を使う感覚を身につけ、時には海外でそれを試して、また国内で自分を高めていくという図式が出来上がれば、自然と国内テニスも盛り上がってくると思うんです。
――日本の指導のいいところは残しながら、海外の大会を経験して学ぶべきところは取り入れる、指導者はそれを選手育成に還元するということですね。
笹原:アスファルトの表面に合成樹脂を塗ることで、天候などの影響を受けにくいといわれるハードコートでも、表面の加工の違いによってボールが跳ねるハードコート、球足が速いハードコート、球足が遅いハードコートと、それぞれに特徴があります。そういうさまざまなコートで数試合でも経験を積むと、自然と自分が何をするべきかが学べると思います。
あと、アメリカにはハードコートが多いですが、ヨーロッパに行けばクレーコートが一般的です。土のコートはイレギュラーが多いんですよ。そういった環境ではフォームがコンパクトになって、ボールを最後まで見るという形が自然と身につきます。ラケットに当たる瞬間までボールを見ないと空振っちゃうので。誰かに教わらなくても、実際に体感すれば勝手に体が順応してくるんです。
少しずつではありますが、日本にもハードコートやクレーコートが増えてきています。それらのコートを経験するという意味では、海外に行かずとも、日本でも経験を積むこともできます。
――短期間でもそういったコートでのプレーを経験をすれば、従来の人工芝のコートに戻っても、その意識は頭の中に残したままトレーニングすることができるものですか?
笹原:できます。最後までボール見るとか、あとは空間を通すという感覚は、一度体感したあとに引き続き意識して取り組むことで、場所が変わっても、コートが変わっても同じようにトレーニングの中で強化していくことができるはずです。
<了>
【前編】「それはサーブの練習であってテニスの練習ではない」現役プロと考える日本テニス育成の“世界基準”
【後編】「テニピン」はラケット競技普及の起爆剤となるか? プロテニス選手が目指す異例の全国展開とは
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[PROFILE]
笹原龍(ささはら・りゅう)
1992年7月2日生まれ、宮城県出身。プロテニス選手、テニス指導者。19歳からアメリカに拠点を移し世界各国を転戦。その傍ら、「世界で戦えるジュニア」の育成活動や国内テニス普及活動にも精力的に参加。テニスのみならず、ラケット競技全体の普及にも熱心に取り組んでいる。2023年度の国際大会に向けて日々奮闘中。
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