「それはサーブの練習であってテニスの練習ではない」現役プロと考える日本テニス育成の“世界基準”

Opinion
2022.08.23

錦織圭選手や大坂なおみ選手に代表されるように、テニス界では有望な日本人選手は育成年代から海外を拠点にプレーするケースが多い。では具体的に海外と日本でどのような環境や練習内容の違いがあるのだろうか? 日本で世界と戦える選手を育てる方法とは? 自身も19歳のときに渡米してプロ選手として世界を渡り歩き、アメリカのフロリダテニスアカデミーでヘッドコーチを務めるなど国内外での指導実績も豊富なプロテニスプレーヤー・笹原龍に話を聞いた。

(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真提供=笹原龍) 

海外ではサーブから積極的に狙っていくトレーニングが多い

――笹原選手ご自身も現役選手でありながら、ジュニアの育成活動にも熱心に取り組まれています。現状、日本のジュニアと世界のトップで活躍するジュニアとの間にはどのような差があると感じていますか?

笹原:自分自身も海外でプレーする中で強く感じたのは、テニスは孤独の戦いであるという側面です。個人競技であるため、コートの中に長いときだと5時間から7時間立ち続け、一人で戦うことになります。

日本のジュニアの選手たちは、幼少期から日本で育つ中で、どうしても意見や主張が「みんなと一緒が正しい」というふうに教育されてきていると思うんです。はみ出たことをやると、それは間違いだとされる風潮があります。個性を出せないといいますか。その点において、海外の選手たちは、やっぱりみんなそれぞれ強い個性があり、自己主張も強く、それが孤独の戦いにおいてプラスに働いていると感じます。

――例えばチームスポーツであれば、日本人選手は自己主張が苦手だから海外に出たときに苦労するという話はよく耳にするのですが、個人競技であるテニスにおいて自己主張は具体的にどういうところで発揮されるのですか?

笹原:試合中で例えると、僕たち日本人はミスをすることを恐れてしまう傾向があります。ただ、本来テニスって何百本ミスしても、試合で勝てることがあるんですよ。大事なところをしっかり取れば勝てる競技なんです。早い段階で海外を経験している選手はそのことを理解し、テニスはミスをしていいスポーツだと考えているところがあります。ある意味、そのミスはポジティブなミスといいますか、次のポイントにつながるミスなんだという考え方なんです。

練習方法においても、日本はミスをしないための練習になって、守備的な練習が多かったりする反面、海外ではサーブから積極的に狙っていくトレーニングが多い。常に一発を狙って、自分の武器を使って回り込んでバーンと打つとか。見ていても面白みを感じますね。

「勝ちか学びか」負けたら終わりというシステムの弊害

―― 一度海外に出てみないと経験できないことも多いと思います。

笹原:僕が海外のツアーに出ているときに、1ウィーク目で第1シードの選手が自分の調子が悪いことに苛立って、ラケットを折って試合の途中で帰ってしまったことがあるんですよ。その選手が2ウィーク目になったら完全に気持ちを切り替えて復調していて、優勝しちゃったんです。

この考えって、実は日本だとできないんですよ。日本では例えば東京だと都大会があって、関東大会があって、そのあとに全国大会というピラミッド式になっているので。もし都大会で負けたら、全国大会なんてないわけです。ただ海外のシステムでは、1ウィーク目を逃しても、2ウィーク目で勝てばポイントは手に入るので、その後、大きな大会に出場できるシステムが出来上がっているんです。

――海外ではジュニアの段階からよりトップ選手に近いサイクルを経験できるわけですね。

笹原:そういう面から考えても、海外ではツアーという仕組みがナチュラルに取り入れられているのかなと感じます。言い方はよくないですが、一試合一試合の重要度が高すぎず、負けてもまた次の週に頑張れば挽回ができるのがテニスの魅力の一つなので。

ただ国内だと例えば大事な試合の直前に体調を崩しちゃったとか、ケガをしてしまった状態で試合に臨んで本来のパフォーマンスを発揮できなくて、そのまま引退となってしまう選手も多かったりするので……。

僕がこれまでスカウトを受けたのは実はすべて負けた試合のあとなんですよ。高校生のときも、その後、アメリカのアカデミーからスカウトを受けた試合も負けた試合なんです。特に海外では試合の勝ち負けではなく、試合のパフォーマンスそのもの、さらには負けたあとの自分との向き合い方や切り替え方が評価対象になったりします。そういう経歴を歩んできたところがあるので、僕は「勝ちか負けか」ではなく「勝ちか学びか」と考えるようになりました。

羽子板のようにラケットを持って200キロのサーブを打つ選手

――指導内容に関しては日本と海外を比較していかがですか?

笹原:育成年代の指導においては、海外より日本のほうが事細かくて丁寧な指導を行っていると思います。きちっと段階を踏んで、一個ずつ階段を上がっていく教え方です。逆に海外のコーチは練習がスタートするギリギリまで自分の車を洗っていたり、優雅にスムージーを飲みながら遅れて来たり、練習中も隙あらば携帯ゲームをやっていたりとか(笑)。けっこうレイジーなコーチも多かった印象です。

僕は10年前に海外に行って、これまで何度となく「アメリカでどういうことを教わりましたか?」と聞かれ続けてきましたが、正直言って「セットアップアーリー!(早く準備して!)」「コンタクトフロント!(打点を前に!)」「スピン!(スピンをかけろ!)」以外何か教わったっけ?ぐらいな感じです(笑)。

その意味では、日本でレッスンを受けたほうが基礎技術は上達すると思います。ただ、その型にはめる指導法がどうしても出てしまうことがあるので、その先の海外の選手との試合で、フォーム自体は日本人のほうがきれいであっても、試合をやってみるとフォームができてない海外の選手が勝ってしまうという逆転現象も何度も目にしてきました。海外の選手のなかには羽子板で羽根つきをするかのような変な持ち方でラケットを持ち、基礎基本オール無視で200キロぐらいのサーブを打ってくる規格外の選手がいたりするんです。

――そのあたりはもともと備わったフィジカル的な素材ももちろんあると思いますが、ジュニア時代から自分の意志を持って武器を生かしたプレーをしている強さでもあるのですか?

笹原:そうですね。やっぱりそこの自立といいますか、自主的というところは、すごく海外のテニスには求められるところがあります。例えば身長が160センチくらいだった海外のジュニアの選手で、世界大会であっても怯まずどんどん前に出て何度も上を抜かれて負け続けていた選手がいたんです。だけどそれから2、3年後には190センチくらいになっていて、もう簡単に上を抜かれることのないトップ選手に成長していたり。ジュニア時代に狙われても気にせずチャレンジし続けたプレーが、のちのち武器になっているという選手を何人も見てきました。

もちろん海外は海外で、いろいろ選手自身に決断を委ねられるがゆえの不安もあるとは思います。自分自身も、最初に海外に行ったときはなんだか放置されている感じがしてソワソワしていたことをよく覚えています。何をやってもいいよ、どこへ行ってもいいよと言われて不安に感じたところはありましたね。

――海外では食事の管理や体のケアも、そんなにうるさく言われず、自分でやりなさいという感じだったのですか?

笹原:アメリカでは専門のトレーナーがいて、特に僕は「おまえの体格はツアーを回れる体格じゃない! まずはツアーを戦うための体を作らないとダメだ!」と言われて気にかけてもらっていました。四六時中いろんなことを教えてくれて、練習後のフィットネスや、朝昼晩プロテインを飲みなさいと指示されたり、しっかりと指導されていました。

アカデミーにそういう知識を持った専門のトレーナーさんがいるという点は、アメリカなどのテニス環境の整った海外のほうが恵まれているかもしれません。日本のアカデミーではテニスコーチだけが在籍していることが一般的で、トレーナーや栄養士やメンタルトレーナーなどの専門家がいる環境はあまりないと思います。

それはサーブの練習であって、テニスの練習ではない

――世界で戦えるジュニアを日本で育てるため、笹原さんは具体的にどういったアプローチを行っているのですか?

笹原:何より個性を大事にして、その子が持っている良さを引き出すことに一番力を注いでいます。日本の多くのスクールでは、例えば1週目はストローク、2週目はボレー、3週目はサーブという順番で、なるべくミスをせず、とにかく一球でも多く返して相手にミスをさせなさいという指導方針になっていると思います。今日の練習は2時間ずっとサーブだけをやって終わりましたとか。そういった練習の仕方をしていると、どうしても視野が狭くなっていってしまうところがあります。それはサーブという一つのショットの練習なわけであって、テニスの練習ではないと思うんです。ジュニアたちの試合でよく耳にする言葉に「一つのショットが入らなかったから負けた」というものがありますが、テニスはサーブもストロークもボレーも一つ一つが入らなくても、何か一つ武器があれば補えるスポーツです。あくまでテニスの中の一つのショットいう認識を持つことが大切です。もちろん、その2時間のサーブ練習の中で選手自身が自分の意思で考え、課題を見つけて、自身のテニスの成長のためにベストを尽くせていれば問題ないのですが。

ジュニア年代において、その子自身がその後どう成長していくかはまだ誰にもわかりません。仮にサーブを打ったあとにネット前につめてミスをしたとしても、それがその子のやりたいテニスなのであれば尊重するべきなんです。その子がもしかすると成長の過程で身長が180センチ、190センチになっていく可能性もあるわけじゃないですか。そういった将来的な面を大事にしながら、子どもたちに接して、指導しています。

日本の選手は総じて忍耐力はすごくあると思うんですよ。一つのことをやり続ける力はすごく持っていると思います。その部分をうまく生かしながら、そのうえで選手個々の武器を磨きながら、ミスを恐れず世界に挑むことのできる選手を一人でも多く輩出していきたいですね。

<了>

【中編】世界基準まだ遠い日本のテニスコート事情。“平面な人工芝”と“空間を使う赤土”決定的な違いとは

【後編】「テニピン」はラケット競技普及の起爆剤となるか? プロテニス選手が目指す異例の全国展開とは

伊達公子さんが警鐘 日本のテニスコート事情が次の錦織、なおみの登場を阻害している!?

なぜナダルは“土”で圧倒的に強いのか? 全仏V13、16年間でわずか2敗、進化を続ける3つの理由

イニエスタが自宅にコートを造るほど沼にハマる。次なる五輪種目候補「パデル」って何?

「やらされて、その先に何がある?」荒木絵里香が伝えたい、育成年代における理想の“体験”

[アスリート収入ランキング2021]首位はコロナ禍でたった1戦でも200億円超え! 社会的インパクトを残した日本人1位は?

[PROFILE]
笹原龍(ささはら・りゅう)
1992年7月2日生まれ、宮城県出身。プロテニス選手、テニス指導者。19歳からアメリカに拠点を移し世界各国を転戦。その傍ら、「世界で戦えるジュニア」の育成活動や国内テニス普及活動にも精力的に参加。テニスのみならず、ラケット競技全体の普及にも熱心に取り組んでいる。2023年度の国際大会に向けて日々奮闘中。

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事