なぜナダルは“土”で圧倒的に強いのか? 全仏V13、16年間でわずか2敗、進化を続ける3つの理由

Opinion
2020.10.12

本来なら5月から6月初旬にかけて開催される予定だったテニスの全仏オープンは、新型コロナウイルス感染拡大の影響で全米オープン後の9月27日に開幕、10月11日に行われた決勝戦では、ラファエル・ナダル(スペイン)が、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)を下して、4連覇、自身13度目の全仏制覇を成し遂げた。4大大会唯一のクレーコートで行われる同大会は、過去16年にわたってナダルの独壇場。クレーキング(土の王者)、土魔神と称されるナダルは、なぜクレーコートで圧倒的に強いのか?

(文=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、写真=Getty Images)

前人未到の全仏V13、16大会で100勝2敗の無双ぶり

結局最後はナダルだった。しかもテニス界をともに牽引するBIG3の一角、最強の刺客と目されたジョコビッチを相手に6-0、6-2、7-5のストレート勝ち。13度目の全仏オープン制覇、同大会での100勝目、ロジャー・フェデラー(スイス)に並ぶ20回目のグランドスラム制覇と、記録尽くしの勝利はやはりローラン・ギャロスの赤土の上で達成された。

試合後、無類の負けず嫌いで知られるジョコビッチが「今日はなぜナダルが“クレーキング”なのかよくわかった」と、素直に完敗を認めたように、3強がひしめくBIG3時代にあって、ナダルのクレーコートでの強さは突出している。先述したように全仏制覇は13度目。グランドスラムの同一大会優勝数としては、“芝の王者”フェデラーがウインブルドンを8度、ジョコビッチが全豪を同じく8回制覇しているが、ナダルの全仏V13は群を抜いている。

今回の決勝戦で、ナダルは全仏100勝を達成したが、それ以上にインパクトがあるのは「2敗」という負けの数だろう。最初の敗北は4連覇中だった2009年。ロビン・セーデリング(スウェーデン)に4回戦で喫した。2度目の黒星の相手は2015年のジョコビッチ。2005年、19歳2日で初出場、初優勝を果たしてから15大会にわたってわずかに2敗しかしていない。さらに全仏を含むクレーコート全体を見ても、ナダルはそのキャリアの中で445勝40敗、9割を超える(91.8%)驚異の勝率を記録している。

ナダルが「クレーキング」「土魔神」と呼ばれる理由の一端は記録からも一目瞭然だが、ではなぜ、ナダルだけがクレーコートで圧倒的な結果を残せるのか?

クレーコートで育くまれたナダルの天稟

理由の一つは、ナダルの育ったプレー環境にある。そもそもクレーコートは、枯れた芝のコートを覆うようにして素焼きの焼き物を敷き詰められたことから生まれたとされていて、ヨーロッパで誕生し、やがて南米などにも定着していった。赤土の代名詞である全仏が行われるフランスと近いナダルの母国スペインでもクレーコートは多く見られ、ナダルは幼少期からクレーコートでのプレー機会が多かった。ちなみに2019年に引退したスペインの小兵選手、ダビド・フェレールもフットワークを生かしたストロークでクレーコートを得意とし7割を超える勝率を誇っていた。

もう一つの理由は、ナダルがツアーに登場した当初から大きな驚きをもって迎えられた、驚異的なトップスピンショットと、圧倒的な走力に支えられた鉄壁のディフェンス力というプレースタイルにある。グラスコートやハードコートに比べて球足が遅くなるクレーコートでは、ラリーが長くなる傾向にある。サービス一発で勝負を決めたいビッグサーバーや、早い仕掛けを得意とするネットプレーヤーよりも、後方で相手のボールを弾き返しつつ攻撃を仕掛けるベースライナー、ストローカーが有利になるというわけだ。

後方待機、守備から入る姿は卓球のカットマンに近いが、カットマンが相手の攻撃をバックスピンでいなすのに対し、ナダルをはじめとするストローカーたちは、相手コート奥深くに突き刺すトップスピンの返球を得意とする。強烈な順回転を与えられたボールは、相手コートでワンバウンドすると土のグリップを得てさらに加速し、速く高く跳ね上がる。さらにこの回転は相手のラケットに“重さ”となって伝わる。

近年のテニスはボールや足の速さ、コートの左右の幅といった平面的な概念から、「深さ」と「重さ」、「相手の時間を奪う」という3次元、4次元的な概念が加わり複雑化している。コートの奥の方でボールを跳ねさせることができれば、相手がボールの軌道にアジャストする時間を奪うことができる。今回の決勝でも、ナダルとジョコビッチが互角のラリーを繰り広げていたはずなのに、突如ジョコビッチのショットが乱れるという場面が見られた。

平面的には速いボールが行き交っているだけのように見えるが、ナダルの強烈なトップスピンが深く返ってくることによって、ジョコビッチはワンショットごとにプレー選択の時間を奪われ、十分な体勢で返球できなくなっていくというわけだ。

テニスプレーヤーとしての生育環境とプレースタイル。もちろんナダルの天賦の才は多分にあるが、育った環境と適応していく過程で身に付いた能力、クレーコート育ちのナダルがクレーコートに適したプレースタイルを身に付けたことは当然のことだろう。

進化し続けるゆえに勝ち続けるクレーキング

ここまでは、ナダルが土の王者たる“オーソドックスな理由”。ここからは、一時の不調があったに関わらず、テニスの歴史上類を見ないほど長期にわたってナダルが土の王者のタイトルを保持し続ける理由についても触れたい。

「深さ」や「重さ」が勝敗を分けるようになってから、グランドスラム、ATPツアーを戦うトップ選手たちのプレースタイルは、大きく変化した。日本人として初の世界ランキングトップ10入り、最高4位を誇る錦織圭もボールの軌道が卵を半分に割ったような形になるトップスピン系の“エッグボール”を武器に、体格に勝るトップ選手とストロークで互角以上の戦いを繰り広げるようになった。

ナダルが先鞭(せんべん)をつけたスタイルが主流になった格好だが、歴史を見てもわかるように10年もすればそれに対抗する流れも出てくる。錦織の大躍進期には、ベースラインに張り付く「ベースライナー」ではなく、ラインを越えて前に出る超攻撃的なストローカーが活躍するようになっていった。

ボールの変化だけでなく、物理的にヒットポイントを前方に持っていくことで、相手の時間をさらに奪う超攻撃的スタイル。テニスは完全に「時間を奪い合うスポーツ」にシフトしたのだ。実際ナダルもこうした変化をキャッチアップできず、2014年頃から徐々に勝率が下降、2015年には自ら「グランドスラムで勝てるかわからない」と不安を吐露する不振に陥った。

通常なら「世代交代」「一時代の終焉」で物語が終わるのだが、BIG3はそう単純にはいかない。今回は詳しく触れないが、現在39歳のフェデラーが幾度となく「モデルチェンジ」を果たして復活を遂げたように、34歳になったナダルもまた新しいテニスに順応し、さらにその中で自分の武器を先鋭化させている。

「中に入る」ことでさらなる武器を手に入れたナダル

ジョコビッチとの決勝戦に話を戻そう。

スコアこそ一方的になったが、ジョコビッチが「決勝に向けての準備はできていた。彼の方がすべて上だった」と素直に認めたように、ジョコビッチの気持ちが切れたとか、大会中に違和感を訴えていた首や左腕の影響で思うようなプレーができなかったわけではなかった。

例年と開催時期が違うため「寒さ」が問題視され、昨年から変更された跳ねない使用球、開閉式の屋根が付き、決勝戦はこの屋根が閉められていたことから「よりハードコートに近い条件」とされたことなど、ナダルの不安要素を挙げる戦前予想が多かったが、こと赤土の上ではどれも全く不安要素になり得なかったというわけだ。

ナダルの鉄壁ぶりをよく知るジョコビッチは、序盤から前後に揺さぶりをかけるためのドロップショットを多用する。不調に陥った時期のナダルは左右に振り回されても平然と追いつくが、前後の揺さぶりには弱かった。快足を飛ばしてボールには追いつくものの、ネット近くのボールの処理に大きな課題を抱えミスを連発していた。

しかし、2017年に全仏V10を達成した頃を契機に、ナダルのネットプレーに進化が見られるようになった。時を同じくして、ベースライン遥か後方に陣取って、移動距離が多くなっても意に介さず長距離速射砲を打ち続けてきたナダルが、ときにはベースラインを越えて「中に入る」ようになった。元来持ち合わせていた予測能力とツアー随一のフットワークで絶好の返球ポジションにいち早くたどり着く。ポジションが多様化したことで、トップスピンだけでなく、コートの外に逃げていくスライス、頭を越すロビングボール、相手を無力化するドロップショットと、シチュエーションに合わせる形で球種も増え、ナダルはますます相手にとって「間に合わない」ショットを連発するようになった。

その証拠がジョコビッチの52のミス=アンフォーストエラーの多さに表れている。特に試合を方向付けた最初のゲームで、ジョコビッチが放った5つのドロップショットは効果的とは言えず、むしろ「王者に対する奇襲」としてナダルの横綱相撲を引き出した感さえあった。

一方のナダルのアンフォーストエラーは14、勝負所ではほとんど自分からミスをしない鉄壁のディフェンス力そのままに、打ち合いながら相手の時間を奪い、戦略的な攻撃を仕掛け続けるナダルのテニスが、一方的な展開を呼んだ。

環境が才能を育てる。日本のコート事情の改善を!

ナダルの進化は、同じくストロークを武器とする錦織圭や、171cmの身長でコートを縦横無尽に駆け回る西岡良仁ら日本人選手にとっても大いに参考になる戦い方だろう。

ナダルがクレーキングたるゆえんを語るときに必ず触れるようにしているのが、日本におけるコート事情の問題だ。近年では、伊達公子さんをはじめ世界を知るレジェンドたちが声を上げ始めたことから、日本でも世界基準のコートサーフェスの必要性が認識されるようになった。しかし、公共施設、シニア利用、軟式テニスでの利用も多い日本のテニスコートは雨に強く、管理のしやすい短い人工芝に砂を混ぜたコートが主流だ。このコートはオーストラリアやニュージ―ランドの一部と、日本にしか見られないガラパゴスなサーフェス。もちろんグランドスラム、ATPツアーなどの主要大会でこのサーフェスを採用する大会はない。

錦織や西岡、ジュニア期からスペインに拠点を移したアメリカ生まれのダニエル太郎は、図らずも早くからコートサーフェスのガラパゴスから脱出することで、多様なサーフェスを経験し、その特質を肌で感じ取ることができた。日本のジュニア選手も以前に比べればハードコートを経験する機会は増えたが、クレーコートとなるとやはりめったにプレーする機会がないのが実情だ。

日本にも学校のグラウンドに併設されていた「土のコート」があるにはあったが、クレーコートのクレー、特に全仏が行われるローラン・ギャロスの赤土は、フランス北部のランス近郊の穴あき赤レンガを粉砕し、特殊な加工を施したもので、校庭の「土」とは似て非なるもの。これまた国際基準ではないカーペットコートの表層に赤土を敷いたクレーカーペットも目にするようになったが、これもクレーコートの感触をつかむ足しにはならない。

ナダルの圧倒的な土適性、そしてその時代のテニスに応じたクレーコートで戦うための最適解を次々と生み出す姿を見ていると、ナダルの人並み外れた才能とは別に、育成期の環境の重要性を実感する。

<了>

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