女子プロ野球三冠女王率いる女子硬式野球チーム「はつかいちサンブレイズ」立ち上げの舞台裏
日本女子プロ野球リーグが昨年末に終止符を打つこととなったが、競技人口も増加傾向にある女子野球。そんな中、2020年12月に女子野球タウンに認定された広島県廿日市市で、地元企業による広島初の女子硬式野球チーム「はつかいちサンブレイズ」が立ち上がった。わずか1年半の準備期間で初のシーズンを迎えた2022年。女子プロ野球界のレジェンドであり、選手兼監督として活動している岩谷美里にチームの現在地や目指す未来について話を聞いた。
(インタビュー・構成=阿保幸菜[REAL SPORTS編集部]、写真=はつかいちサンブレイズ)
「サンブレイズのためにできることがあるなら、やることは変わらない」
――まず、はつかいちサンブレイズが立ち上がった経緯について教えてください。
岩谷:私が入団する前になりますが、2020年の12月に全日本女子野球連盟が公募している女子野球タウンに廿日市市が認定されたのを機に立ち上がったとお聞きしています。そこから1年半ほどで選手を集めたり体制を整えていって、2022年4月に女子硬式野球チームとして正式に始動しました。
――岩谷選手がサンブレイズに入団したきっかけというのは何だったんですか?
岩谷:電気・建築・土木事業などを手がける株式会社ダイサンの企業チームとして始動したので、会社の方たちは野球のことがそれほど詳しくないため、経験や実績のある人材を探していたみたいで。それで女子プロ野球チームで同期だった選手が今広島にいて、その人に紹介されたのがきっかけでした。当時、私は京都にいたんですけど、「実際にお話を聞いてみたいです」とお返事したら、すぐに社長たちが京都まで足を運んでくださって、お話を聞くうちに気持ちが固まってきたという流れです。
――サンブレイズはチームとしてどんなことを目指しているのですか?
岩谷:プロ球団になれるようにという思いはあるんですけど、日本女子プロ野球機構が2021年末に無期限の活動休止となってしまったため、サンブレイズがプロになりたいと言ってなれるわけではないのが現状です。とはいえ今後動きがあるかもしれないですし、今NPB(日本野球機構)の女子チームが増えているので、そこでの動きが出てくるのかどうかも正直分からないんですけど。もし将来的にチャンスができたら、そのときにはサンブレイズとしてプロ化を目指していきたいという思いが第一にあります。
あとは、例えば今後もし広島東洋カープの女子チームができたりしたときに、サンブレイズとしてプロ球団になれなくても、サンブレイズからそういうプロのチームに行くような選手を輩出していきたいというふうに思っているので、プロになれるような選手たちを育成したいなという気持ちもあります。
――今回、岩谷選手は選手兼監督として入団されていますが、これまで指導経験はあったんですか?
岩谷:いや、監督という立場で指導するのは初めてです。女子プロ野球リーグでやっていたときに選手兼コーチという肩書きになったことはありましたけれども、実際は監督がいてサポート役という立場だったので、しっかりと指導するというのは今回が初めてですね。
――もともと選手兼監督という形でやってほしいというオファーだったんですか?
岩谷:いえ、サンブレイズに入ってから決まったんです。最初は「野球について詳しくないからちょっと手伝ってほしい」ということだったので、「裏方としてサポートしていくんだ」という気持ちでいたんです。でも、社長たちに会ったときに「選手も続けてほしい」と言われて、まずは「選手やります」ということで行きました。その流れで「監督もやってほしい」と言われて、そのときはもう、サンブレイズのために何かできることがあるのであればやることは変わらないかなという思いだったので、引き受けました。
――実際にやってみていかがでしたか?
岩谷:考えることが増えましたね。今までは選手としてプレー面だけを考えていたりとシンプルでしたが、やっぱり監督という立場では選手一人一人のことも考えなきゃいけないし、その反面、自分もプレーヤーとして出るとなったらコンディションも整えないといけない。あとはチームの運営の部分なども考えないといけないので、体力消耗よりも頭の活動のほうが大変です(笑)。
――プレーをするだけではなくて、競技以外にもやることがたくさんあったと思います。今年4月に開幕を迎えるまでにどういった取り組みをされてきましたか?
岩谷:私は昨年の9月に入団したんですけど、そこから選手を集めるためのセレクションの準備や、練習や試合に必要な道具をそろえていったりと、まずは野球ができるような体制を整えていくことを中心に動いていきました。
選手の人数がそろってからは、今から技術をどうこうするよりまずは選手一人一人に今持っている力を発揮してもらいたいという思いがあったので、指導というよりは「気持ちを上げていこう」とか、「今の状態でいいんだよ」ということを伝えながら思い切りプレーをしてもらうことを頭に置いていました。例えばフォームを変えるとか、大きな変化をもたらすのはやっぱりリスクもあるので、シーズン通して戦うと考えたときに、今持っている力を最大限に発揮してもらうという方向性を選んで選手たちと接するようにしていました。
企業チームの選手としての難しさ
――サンブレイズは廿日市市が女子野球タウンとして認定されてからわずか1年半で広島初の女子硬式野球チームとして始動しましたが、中四国の女子硬式野球リーグ「ルビー・リーグ」も今年4月に開幕したばかりなんですよね。
岩谷:そうですね。実はそのリーグの立ち上げにも関わっています。女子野球ってやっぱりまだまだ世界が狭いので、中四国の学校やチームの関係者が役員として入っているんですけど、関東や関西のチームに比べると中四国や九州はチーム数が少ないこともあり、試合数が少なくて。レベルを上げていくためには、試合をやってどんどんゲーム感覚や経験を積み重ねていかないといけない。
そこで、参加できるチームからでもいいから、とにかくリーグを始めようということで2022年4月にルビー・リーグが始まった形です。結果としてほとんどのチームが参加してくれたんですけど、リーグ開幕に向けた作業と並行しながら、チームとしてももちろんリーグ戦に間に合うように調整しながらやっていました。
――本当に考えなければいけないことがたくさんある中で駆け抜けてきて、開幕を迎えたという感じだったんですね。
岩谷:そうですね。
――ここまで駆け抜けてきた中で一番難しさを感じたことは?
岩谷:野球については、このまま維持していくか上達するしかないと思っているので意外と難しくは考えていないんですけど、やっぱりチームとして、来年、再来年とずっと続けていくために何をしなければならないのかというところがすごく難しいなと思っていて。
具体的にいうと、やっぱり企業チームなので会社に就職して野球をやっているんですけど、プロではないので野球だけをやっていればいいというわけにはいきません。会社に貢献していけるように、どう売り上げにつなげたらいいのかとか、たくさんの人を球場に呼ぶためにはどうしたらいいかを考えながら実行していくのがすごく難しいなと感じています。
広島の女子野球選手たちが将来サンブレイズに入りたいと思えるようなチームに
――広島はカープの存在もあり、日本の中でも特に野球文化が根付いている街ですが、実際に地域に関わってみてどのように感じますか?
岩谷:もう、広島に来た瞬間から「カープ熱すごいな!」って本当に感じましたね。歩いている人がカープのグッズを何か身に着けていたり、車にもカープのステッカーが貼ってあったり。マツダスタジアム(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)のほうに行ってもファミリー感のある応援風景を見て、他にはない野球熱を感じました。
サンブレイズもチームカラーがカープと同じ赤なので、地域の方にも声をかけていただいたり、すごく興味を持っていただけているのを感じるので、良い意味で便乗していきやすいのかなというふうに思っています。
――女子野球に対しても応援してくださる環境があるのはいいですね。
岩谷:そうですね。広島は本当に良い人たちが多くて。男子に比べると数は本当に少ないんですけど、広島の高校でも女子野球部が増えていて、男子野球部の強豪校に女子のチームができたりするのもすごく話題になります。そういったところでも男女問わず野球への関心度の高さを感じますし、その一方でまだまだ女子野球の存在を知らない人も多いので、将来的に大きなチャンスのある街というふうにも思っています。
――サンブレイズのホームページを拝見すると、まだ始動して間もないチームでありながら協賛企業や後援企業がとても多い印象です。どのように募っていったんですか?
岩谷:最初の頃は、選手たちも知り合いや縁があるところに足を運んで話をしに行ったりしましたが、メインは元カープの選手で現在サンブレイズの総監督を務めている石橋文雄さんが、いろいろな企業に足を運んで営業に行って賛同を得てくださっている形です。石橋さんは広島で野球部が有名な広陵高校出身でもあるんです。
――それぞれの強みを生かしながらチームを築いていっているのですね。選手の方々は広島出身ではない選手が多いですよね。
岩谷:そうですね。正直なところ、やっぱり広島だけを見るとまだまだチームが少ないですし、レベルもまだそこまで高くないという状況だったので。とにかくまずは人数をそろえなければ野球ができないので県外からのメンバーが多くはなったんですけど、徐々に広島にも高校の女子野球部が増えてきているので、そこでプレーする選手たちが将来サンブレイズに入りたいと思えるような、憧れのチームにもなっていきたいなと思っています。
――今まで所縁のなかった地だけれども、皆さん地域の女子野球発展のために力になりたいというモチベーションも持って活動されているのですね。
岩谷:はい。地域の方々との接し方を見ていても、サンブレイズの選手はすごくいい子たちだなと感じています。野球教室なども積極的に取り組んでくれますし、チームのグッズを販売するときもしっかりとお客さんと会話をしていたり。やっぱり、自分のファンになってもらうということも大事なんですけど、サンブレイズを知ってもらう、応援してもらうためにすごく貢献してくれているなと感じます。
――サンブレイズはSNSやYouTubeなどにも積極的に取り組んでいますよね。
岩谷:チームとして一番力を入れていこうと掲げていたのがYouTubeだったんです。チームの認知度を広げるためはもちろん、広告収入も期待できますからね。TikTokやInstagramもそうですけど、今の時代はソーシャルメディアで露出を増やして認知度を広げていかないと、やっぱり何にもつながらないので。まずはSNSの力も借りて知ってもらう機会を増やし、その先にYouTubeを見てもらったり、さらにチームのことを知ってもらえたらいいのかなというふうに思っています。収益としてもそうですけど、応援してくれるファンの方が増えてくれたらうれしいですね。
地域貢献、そして選手自身の成長にも伸びしろのあるチーム
――選手たちはどんな生活を送っているんですか?
岩谷:おそらく企業チームの選手として皆さんがイメージするのは、日中は就職先の企業で仕事をして、勤務時間後に野球の練習をするというのが一般的かなと思います。サンブレイズでは一日のうち半日を練習に充てていて、もう半日は会社の仕事というよりチームとしてグッズやSNS、あとは野球教室だったり農業とかいろいろことを手掛けているので、チームの運営部分を担当を振り分けて行っています。株式会社ダイサンは建築などを行っている企業なので、会社の仕事よりはチームとしてできることをやっていきながら、利益につながるようなことに重点を置いて活動しています。
――農業というのは、地域貢献を目的として行っているんですか?
岩谷:それももちろんあります。同時に、選手たちがいつか野球をやめるときが来ても、ここに残ってしっかり仕事を続けられるような環境や機会を創出していこうという意図があります。今は選手たちで実際に食べたり、地域の方々に販売しています。
――チームとして初のシーズン中盤を迎えて感じていることを教えてください。
岩谷:私たちが練習している球場の周りが団地になっているんですけど、お年寄りが多かったりするので、そういった人たちが「(廿日市に)来てくれてありがとう」と声をかけてくれるんです。私たちが知らぬ間に地域を活気づけられているのかなというのを感じているので、近隣だけじゃなくて、広島全体に良い影響を広げていけたらいいなと思っています。
また、他の企業チームと比べると若い選手が多いので先が長いというか、将来楽しみなのかなというふうにも感じているので、地域貢献と並行してチームとしてもどんどん成長していきたいですね。
――若いうちから、野球をするだけでなく、チーム運営を始めさまざまな社会体験ができるというのはすごく良いですよね。
岩谷:そうですね。
――最後に、今後のチームの目標を教えてください。
岩谷:まず今年は「知ってもらう」というところに重点を置いて活動しているのでたくさんの人に知ってもらいつつ、やっぱりはつかいちサンブレイズとして強くなって、より応援してもらえるようなチームになっていきたいです。
<了>
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PROFILE
岩谷美里(いわや・みり)
1991年生まれ、北海道出身。小学5年生のときに野球を始め、中学では硬式野球、滝川西高等学校ではソフトボール部に入部。2009年に女子プロ野球リーグの第一回トライアウトに合格し、2010年シーズンから2021年12月末に日本女子プロ野球機構が無期限の活動休止となるまでの約11年に渡り女子プロ野球選手界をけん引。埼玉アストライア在籍時の2017年に打率・441、5本塁打、38打点で3冠女王となりギネス世界記録認定された実績を持つ。2021年9月にはつかいちサンブレイズに入団し、選手兼監督として活動している。
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