
『ハイキュー!!』生かしたバレー野瀬将平の活動。「日向翔陽みたいになりたい!」が起こす一歩
コミックス累計発行部数5500万部を誇る、高校バレーを題材にした人気漫画『ハイキュー!!』。この漫画の魅力と知名度を、バレーボールの普及拡大に生かせないかと考えた選手がいる。Vリーグ・東京グレートベアーズの野瀬将平だ。自身も同漫画の主人公・日向翔陽に魅了され、海外での選手生活においてもその存在に助けられたと語る野瀬は、なぜ漫画の力を借りようと考えたのか?
(文=米虫紀子、写真提供=野瀬将平)
“プロバレーボール選手”を夢の職業ランキングに
「僕の最終的な夢は、“プロバレーボール選手”が子どもたちの夢の職業ランキングに入ることなんです」
Vリーグの東京グレートベアーズに所属するプロバレーボール選手・野瀬将平はそう語る。そして、掲げるその夢に近づくため、行動し続けている。
2019年には、その2年前におきた九州北部豪雨で被災した故郷・福岡県朝倉市の復興支援のため、Vリーガーを集めてバレーボール教室を開催した。
昨年12月に、古巣であるVリーグのFC東京が昨シーズン限りでの活動休止を発表した際には、東京を拠点とする消費財メーカー「ネイチャーラボ」にチームの受け入れを提案し、多くの人々を動かした。難しいと思われたチーム全体での譲渡を実現させ、今年6月に「東京グレートベアーズ」が誕生した。
その野瀬がまた一つ、動き出した。
人気バレーボール漫画『ハイキュー!!』を小学校に寄贈する活動を始めたのだ。
最強スポーツ漫画ランキング1位『ハイキュー!!』の魅力
2012年に連載がスタートした『ハイキュー!!』は、アニメ化もされ人気を博した。連載開始10年目の今年は、8月にVリーグの選手が参加しコラボマッチが開催されるなど、さまざまなイベントが行われて話題になっており、劇場版2部作の製作も発表された。
また8月に放送された「ジャンクSPORTS」の“最強スポーツ漫画ランキング”では、スポーツ名門大学の運動部に所属する学生へのアンケートの結果、数多くある野球漫画やサッカー漫画、バスケットボールを描いた名作『SLAM DUNK』などを抑えて、『ハイキュー!!』が1位に輝いた。バレー経験者だけでなく、幅広い人々の心に響く作品であることが改めて示された。
野瀬自身が『ハイキュー!!』を読み始めたのは、既にVリーガーになっていた2019年から。すぐにその魅力に引き込まれた。
「ありきたりなんですけど、まずやっぱり主人公の日向翔陽が、身長160cmちょっとという小さな選手で、でもエースで、というところに惹かれます。僕も、今はリベロですけど、高校まではスパイカーだったので、身長の壁を感じた経験がありますから、やっぱり小さい選手にスポットが当たるのは個人的にすごく好きですね。
それに、バレーボールをリアルに描いてくれています。必殺技系の漫画は、嫌いじゃないんですけど、僕はあまり入り込めないところがあるんですが、『ハイキュー!!』はすごくリアル。しかも、『このキャラクターのモデル、絶対あの選手だよね』みたいなのがあるのも面白いんですよね。例えば、『百沢雄大は、小野寺(太志・JTサンダーズ広島)に似てるよね』とか(笑)。作中に出てくる白鳥沢学園は、実際に東北高校がモデルになっているようですし。そういうのもうれしいですよね。
『キャプテン翼』がサッカーの、『SLAM DUNK』がバスケットボールの人気に火をつけて、子どもたちの憧れになったように、バレーボールにも出てきたぞ、チャンスだぞと思いましたね」
海外で日本チームが熱狂的な応援を受ける理由
その後、野瀬は2020−21シーズンにイスラエル、21−22シーズンはフィンランドのリーグでプレーしたが、海外で改めて漫画やアニメの影響力の大きさを知った。
「漫画やアニメが日本のストロングポイントだということを、強く感じました。海外でも“コミック”じゃなくて、“マンガ”で通じますからね。海外の選手とは、『ハイキュー!!』や『キャプテン翼』、『ドラゴンボール』などの話をすればだいたい仲良くなれます。海外に初めて行く選手はめちゃくちゃ助けられると思いますよ。その時点で日本人はかなりポジティブな材料をもらっている。『いい国に生まれたな』と思いましたし、『ハイキュー!!』は日本のバレーを世界に発信している一つの媒体なんだなと。そういう経験もあって、『ハイキュー!!』すごいな、というのはずっと感じていました」
今年の国際大会でも、日本代表が出場したFIVBバレーボールネーションズリーグのフィリピン大会やブラジル大会、タイで開催されたAVCカップでは、日本チームへの応援が熱狂的だったが、その理由の一つが、現地での『ハイキュー!!』人気だった。
そんな『ハイキュー!!』を、野瀬が小学校に寄贈しようと考えたのは、バレー教室がきっかけだった。
「普及のために、バレー教室をできるだけ多くやろうとしてきたんですけど、現役選手が年に50回も100回も行くのは難しいですし、そもそもバレー教室って、すでにバレーを始めている子どもが参加するものが多いので、競技人口の拡大にはあまりつながらないなと考えたんです。もちろんバレー教室は必要で、もっとやるべきだし、Vリーグの認知度を高めることにもつながります。でもそこはVリーグのチームやJVA(日本バレーボール協会)なども頑張ってやっている。その一方で“0を1にする活動”、つまりバレーに興味を持ってもらったり、バレーを始めるきっかけをつくる活動が圧倒的に少ないなと感じたんです。『どうやったらバレーボールって面白いと思ってもらえるのかな?』と考えたときに、ふと浮かんだのが『ハイキュー!!』でした。
僕はTikTokをやっているんですけど、バレーをやっている動画を載せただけで、『日向だー!』『影山だー!』って、『ハイキュー!!』に関するコメントがたくさんくるんです。当たり前なんですが、バレーをしていないけど『ハイキュー!!』は読んでいる、という人がたくさんいる。Vリーグやバレーボール選手の名前は知らないのに、日向翔陽は知っている。圧倒的に認知度が高いわけです。そう気づいたときに、『これを小学校に配ったら面白いんじゃないか。ハイキュー!! の力を借りよう』と思いました」
「日向みたいになりたい! バレー始めようかな」との一歩に
実際にどんな手順を踏めばいいのか、そもそも小学校の図書室に漫画を置いてもらえるのかといった疑問があったが、そこは人脈が豊富な野瀬。小学校の校長先生にも知り合いがいたため、聞いてみたところ、「いいですね。漫画から学ぶこともありますよね」と同意を得られたため、今年2月、東京都の小学校に寄贈を実現。8月には、朝倉市と隣の筑前町を含む朝倉地域出身のVリーガー(OBを含む)10人で、朝倉地域に計8セット寄贈した。今後も活動を続けていく。
すでに寄贈を行った学校からは、「子どもたちはすごく喜んでいます。ずっと図書室に通い詰めている子もいますし、『ハイキュー!!』をきっかけに、子どもたちが図書室に行く機会が増えました」という声をもらった。
そもそも、バレーボールの普及につなげるだけでなく、純粋に多くの学びを得られる一つの作品として『ハイキュー!!』をたくさんの子どもたちに読んでもらいたいという思いが野瀬にはあった。
「チームワークを学べたり、悩んでいる子も何かを頑張るきっかけになったりすると思うので。それに、僕は読書が好きで、本は読んだほうがいいよねと思っているタイプなので、『ハイキュー!!』をきっかけに、図書室に通う子どもが増えたらな、ということも、ちょっと狙っていたんですよね」
この活動がバレー人口の増加に……と目に見える成果につながるのはまだまだ先のことかもしれないが、今もどこかで、野瀬たちが寄贈した『ハイキュー!!』を読んで、「日向みたいになりたい! バレー始めようかな」と一歩を踏み出そうとしている子どもがいるかもしれない。行動なくして変化はない。野瀬はそのことを知っている。
<了>
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