
幼稚園児のサッカー大会は本当に必要悪なのか? 批判を乗り越え、進化する大会が描く理想のゴールとは
2021年10月、「幼稚園世代の全国規模の大会開催」というニュースが出たことを受け、SNSを中心に大きなバッシングの声が上がった。2022年3月には小学生の柔道の全国大会が廃止されるなど、日本の育成年代のスポーツにおける行きすぎた勝利至上主義に対する批判の声は年々高まっている。一部の行き過ぎた考えを持つ大人たちが、子どもたちのスポーツ環境を阻害していることは事実だ。では、渦中の大会となったU-6対象の「KINDER SOCCER CUP」は本当に必要悪なのか。主催者の声に耳を傾けると、そこにはサッカー界が改めて原点に立ち返って考えてみるべきヒントが溢れていた。
(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真提供=日本キンダーサッカー協会)
何か目標を持ってプレーしようと思ってもらえる場に
東京・北多摩でサッカー&フットサルのクラブ・スクールを運営する垣本右近氏。指導者としても長く活動し、サッカーの東京都2部リーグ&関東フットサルリーグ1部でプレーする現役選手でもあり、サッカーをする子を持つ親でもある。自身も「生涯スポーツとしてサッカーを愛する人たちを育てる」ことを目標に掲げ、「スポーツの育成年代における行き過ぎた勝利至上主義」を長年否定し続けてきた。そんな彼が立ち上げから関わるのがU-6年代を対象に2021年にスタートした大会「KINDER SOCCER CUP」だ。垣本氏が目指す本大会の理想的なゴールとは?
――垣本さんのKINDER SOCCER CUPにおける現在の役割を教えてください。
垣本:実行委員の理事という役割です。とはいえ大きな組織ではないので、全員が実行部隊として動いています。コロナ禍の一昨年、ちょうど私の息子が幼稚園の年長さんで、サッカーをやっていたのですが、なかなか試合をするような機会を得られない日々が続いていて……。同じような悩みを抱える親子は多いだろうなと思ってサッカー仲間たちと相談を重ねていくうちに、それならわれわれで大会を開こうよということになりました。
――試合機会の確保と、子どもたちの真剣勝負の場があってもいいんじゃないかというのが大会開催のきっかけなのですか?
垣本:そうですね。まだまだ幼稚園世代の子どもたちは攻める方向がわからないとか、ルールもあいまいで、サッカーの試合における基本部分がわかっていないことも多いんです。それ自体は別に悪いことではなく、少しずつ覚えていけばいいことなのですが、例えば、この大会があるからそれに向けてチームみんなでルールを覚えよう、何か目標を持ってプレーしようと思ってもらえる、そういう場をつくりたいというのが最初の考えでした。
大会開催前に巻き起こったSNSでの批判の声
――当時、大会の開催に先駆けて「幼稚園世代の全国規模の大会開催」というニュースが出たことで、SNSを中心に一部で強い批判の声が上がりました。一連の批判の声はどのように受け止められたのですか?
垣本:そもそも私自身、育成年代のサッカーが競技志向に傾きすぎることには反対ですし、子どもたちが楽しめないのであればサッカーなんてやらなくていいよ、という考え方を持っています。私が指導しているクラブでは、海水浴や釣りを楽しんで、サッカーはやらない伊豆大島合宿を企画したりもしています。
そのうえで、大会運営側の反省すべき点として挙げられるのは、立ち上げ当初のホームページなどでキャッチーさやカッコよさを前面に押し出しすぎて、いま思えば「競技志向と捉えられても仕方ないな」という打ち出し方になってしまっていた点です。この問題はスタッフ間でも何度も話し合い、根本の純粋な思いや本質の部分は変わらないのですが、見せ方の部分だけはたくさんいただいた批判の声に耳を傾けて、必要だと感じた方向転換を加えました。
――サイトのデザインがリニューアルされていたことには気づきましたが、そういった意図があったのですね。
垣本:ただ、当初からの変わらぬ思いを貫いたかたちで今年2年目の活動を迎えています。当時は私自身も人生で初めてSNSを通じてたくさんの批判を受ける経験をして戸惑いましたし、なかには度を超えた誹謗中傷もあり、ひどく落ち込んでメンタルをやられていたスタッフもいました。それでも批判の声に真摯に耳を傾けて改善し、現在も活動を続けています。当時批判していただいた方々にはぜひ一度実際に大会を見にきていただき、本当に批判をしていたような大会だったのか、その目で見て判断してもらいたいという思いはあります。ニュースを見て、批判して、それで終わりではちょっとアンフェアではないかなと。
参加チームの半分は「プレ少年団」。子どもの背中を押すきっかけに
――2021年の初年度は全国約180チーム、1800人の子どもたちが参加されたとのことですが、参加チームはクラブチーム、スクール、プライベートな集まりなど、どのようなチーム構成が多かったのですか?
垣本:「プレ少年団」ではないですが、小学生から始まるクラブチームが、入団に興味を持っている地元の幼稚園児に声かけをして集まったチームが全体の半分ほどを占めていました。
――なるほど。確かにどういう指導をしてくれるチームなのか、親子で体感する場としても、体験練習とはまた違った視点で見られるすごくいい場となりますね。
垣本:そうなんですよ。そういった点でクラブチームの指導者からも、参加した子どもの親御さんからもとても感謝されました。われわれとしても、サッカーを始めようかどうか悩んでいた子どもの背中を押すきっかけになれたのであればうれしいですね。
実際、指導者や親御さんと話していても、これまでは4月になって「さぁ来てください!」と言っても何人入るのかチーム側も入る側も不安なケースが多かったようです。この大会に参加することで子どもたちは入団前に友達もできるので、双方にとって安心材料の一つになっているようです。
「大人の声かけのあり方」を啓蒙していく場に?
――大会全体の印象として、真剣に優勝を狙いにきているチームと、大会を楽しもうと参加しているチームとは、割合的にはどんな印象ですか?
垣本:大会の開催にあたり、大人には基本的に「ノーコーチング」をお願いしていて、子どもたちをみんなで温かく見守るというコンセプトがあります。そのなかで、少しだけ行き過ぎた指示が出ているかなと感じ、「温かく見守ってあげましょう」と声かけをさせていただいたチームが180チーム中で1、2チームくらいでしょうか。
――U-6に限らず、小学生以降でも子どもたちの思いとは裏腹に、指導者や保護者が熱くなってしまうというのは育成年代の“あるある”ですが、例えばこの大会を通して「大人の声かけのあり方」を啓蒙していくことも考えられそうですね。
垣本:それも一つあるかもしれないですね。今後もこの大会を通して「子どもたちのプレーを温かく見守り、大人がいい声を出して、盛り上げてあげましょう」と伝え続けたいと思います。指導者や保護者にとっても少しでも気づきや学びを得られる大会となれるとうれしいですね。
――他にもこの大会独自のルールはあるのですか?
垣本:なるべく大差がつかないようにとの観点から独自のルールがあります。やっぱり10対0のような試合になってしまうと両チームとも楽しめないじゃないですか。なので例えば、ゴールキックの際は、相手チームは必ず決められたラインまで下がりましょう、というルール設定をしています。小学生の試合でも強いチームがどんどん前からプレッシャーをかけて、ゴールキックやGKからの配給を狙って得点を重ねるケースは私も何度も見てきているので。
あとは、試合のあいだに飲水タイムを取るようにしているのですが、これは単純に水分補給という目的だけではなく、選手交代のタイミングをつくり出す意図もあります。プレー中も交代自由なのですが、幼稚園の子どもたちにとってプレー中のスムーズな交代はなかなか難しい場合もあるので。あわせて「このタイミングで選手交代をしてあげてください」という案内も行います。GKを入れて6人制の試合で、どのチームも多くても10人ぐらいの人数構成なので、この飲水タイムで入れ替えて全員出場させるチームがほとんどでした。
――全員出場などのルールを決めて縛るのではなく、自然と交代が生まれるような流れをつくるわけですね。試合以外の部分でもこだわった点はありますか?
垣本:大会中に、写真や動画を積極的にどんどん撮ってあげてほしいという声かけは行いました。私自身の経験もそうですが、子どもとの思い出ってその瞬間、瞬間にしかないものなので。保護者がピッチに入ってみんなで集合写真を撮ったり、親子で写真を撮れるような時間を設けるようにしていました。本当は対戦チーム同士の交流ももっと行いたいところなのですが、コロナ禍ということもあり……。このあたりは今後の課題であり、新しいアイデアが出せる楽しみな部分だと考えています。
参加全チームを表彰。大会中に涙を見せていた親御さんも
――大会開催を通して、特に印象的だったことはありますか?
垣本:試合の勝ち負けに対する参加者の思いが強すぎると、例えば審判の判定に対して厳しい声が飛んだりもするのではないかと少し身構えていたところもあったのですが、実際は全然そんなことはなくて。サッカーの知識がまったくない幼稚園の女の先生が「引率とか交代の声かけに必死で試合に勝ったのか負けたのか全然わかりませんでしたがすごく楽しかった」というような声もあって、勝っても負けても楽しんでくれている姿を見ることができました。このあたりは大会前の批判などもあって、私たち自身も必要以上にいろいろ難しく考えすぎてしまっていたのかもしれません。
――優勝トロフィーや優勝特典のようなものはあるのですか?
垣本:優勝トロフィーはなくそうとも話していたのですが、やっぱり何か結果を残した形は残してあげようということで一応優勝トロフィーは用意しました。あわせて、優勝チームだけではなく、参加した全チームに必ず何かしらの賞を出すようにして、参加した子どもたち一人一人にも参加賞を出しました。
――例えばどういった賞があるのですか?
垣本:例えば「ディフェンスを頑張った賞」だったり、「ユニフォームがカッコいい賞」だったり。運営側の視点で各チームに感じた光る部分を表彰する形にしました。
――U-6年代の大会を開催して、可能性を感じた部分、今後改善すべきと感じた部分をそれぞれ教えてください。
垣本:大会中に涙を見せていた親御さんもいたんですよ。幼稚園時代をコロナ禍でいろいろな制限のあるなかで過ごして、子どもが大好きなサッカーをする機会も限られて、そんな子どもが一生懸命に走ってボールを追う姿を見て感動したのだと。そういった声も受けて、この大会がサッカーをがんばった子どもたちの1年に1度の発表会のような場になっていけたらいいなと。もちろん、大事なのは勝ち負けではなく、子どもたちの成長を親子ともに感じられる大会にしていきたいです。
あと、私たちの世代だと、セルジオ越後さんの「さわやかサッカー教室」というサッカー教室があったんです。1978年にスタートして、2002年まで1000回以上開催して、60万人以上の子どもたちが参加した教室で。私も出ていましたし、サッカー業界で出会う人もみんな出ていました。セルジオさんのサイン入りの参加賞は今でも家に飾っています。われわれもそういった大会にしていけたらいいなと考えています。
――今後、改善していきたい部分はありますか?
垣本:全国にこの大会を広めていきたいと考えているなかで、「うちのチームは弱いからちょっとハードルが高いかな」と考えているチームがもしあったとしたら、例えば「ひよっこリーグ」「らいおんリーグ」のように、レベルや大会に求める目的によってリーグをすみ分けることも検討したいと考えています。とはいえ、これもあくまで大人の目線での話なので、参加してくれた子どもたちの声にも耳を傾けながら試行錯誤を繰り返して結論を出せたらと思います。
「サッカーは楽しい!」と子どもたちに宿して次のステージへ
――今後の展開としては、「KINDER SOCCER FESTIVAL 2022」の開催があります。この大会の出場資格は全国各地で行われているKINDER SOCCER CUP各大会の優勝チームだけという枠組みではないのですか?
垣本:全国からKINDER SOCCER CUPに出場してくれたチームはどのチームでも参加できる枠組みで、100チームほどが集まるお祭りのようなイベントにしたいなと考えています。親子で楽しめるフェスティバルでありながら、小学校以降のサッカーはこういう感じだよと伝えられるようなイベントや出し物を用意して、ジュニアサッカーの最初の一歩としていろいろ学べる場にできればと。
――最終的にこの大会の理想的なゴールはどのような形であると考えていますか?
垣本:日本のサッカー文化のさらなる成熟のために必要なものは、生涯スポーツとしてサッカーを愛する人たちを育てることだと思うんです。幼稚園からサッカーを始めて、50〜60歳になってもサッカーボールを蹴っているというのが理想的なゴールだと思っています。そのためには「サッカーは楽しい!」と思ってもらうことが一番大切ですし、そのベースを子どもたちにしっかりと宿して次のステージに上げられるような大会にしたいと思います。
私自身、40代になってもサッカーとフットサルを真剣にプレーし続けているのですが、チームメートがみんなおじさんになって走れなくなっても、サッカーの本質を大事にしてうまく戦術を使いこなせば、20代にも勝てちゃうんです。そういったサッカーの本質を育成年代から伝えていきたいですし、そういった文化が日本に浸透したときに初めて、「日本にサッカー文化が定着した」といえるのかなと感じています。
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<了>
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[PROFILE]
垣本右近(かきもと・うこん)
1977年5月25日生まれ、東京都出身。株式会社KELNCHU CEO。国士舘高校、国士舘大学のサッカー部でプレー。現在はサッカーの東京都2部リーグのFCフエンテ東久留米、関東フットサルリーグ1部のカフリンガ東久留米にて代表兼選手として活動。関東フットサルリーグで得点王を獲得した実績も持つ。関東女子フットサルリーグのカフリンガBOYS東久留米の代表兼監督、カフリンガ東久留米U-15、カフリンガジーニャス東久留米の代表も務めている。
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