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PMSやメンタルは“食事”で解決できる? アスリートのコンディショニング支える「分子栄養学」とは
はじめ整骨院makanaの菊地奈美子院長の元には、産前・産後の女性や10代の女子アスリート、心身に不安を抱える人や原因不明の痛みに悩む人まで、あらゆる患者が訪れる。神奈川県の国体のU-16女子のメディカルトレーナーを務め、栄養カウンセラーも勤める菊地先生は、月経時の不調、不安障害、産後うつなど、様々な症状に食事の観点からアプローチしてきた。その鍵となる「分子栄養学」と、アスリートが積極的に摂りたい栄養素について話を聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=菊地奈美子)
細胞レベルの活性化が起きる!分子栄養学とは?
ーー菊地先生は産前産後の女性や女子アスリートの治療だけでなく、ケガの予防やコンディショニング、メンタル面の不調にも食事の観点からアプローチされているそうですね。
菊地:はい。不安障害とかパニック障害とか、産後の女性の産後うつなど、メンタル的な症状は、身体的な症状がともなっている方がほとんどです。栄養のバランスを整えていくこと身体的な症状が軽減されることで心の辛さも落ち着いてくるような流れを目的として、栄養カウンセリングをしています。たとえば動悸が起きてしまう場合に、循環器などを病院でいろいろ調べても原因が見つからない場合や、朝、頭痛でなかなか起きられないとか、体調不良が原因で学校に行けない子どもたちなどに対して、治療院で栄養指導をしています。
ーーどのようなアプローチなんですか?
菊地:私が力を入れているのは、分子栄養学です。一般的な栄養学との大きな違いは、たとえば鉄とか、亜鉛とかミネラルやビタミンなどの、体の中で足りない栄養素を分子レベルでその方に必要な栄養を必要な量まで補うのが分子栄養学の考え方です。これを栄養療法と言います。一般的な栄養学は食事療法です。私は、野口勇人ドクターに生化学血液検査から栄養解析を依頼し、ドクターの解析をもとに、食事全体として栄養状態を把握してたんぱく質やビタミン・ミネラルについて詳しく説明しています。
女性ホルモンに関係する栄養素のバランスが乏しい時には、その視点からの栄養指導をします。そうすることで、科学的な見地からホルモンバランスを整えてPMS(premenstrual syndrome=月経前症候群)の不調を軽減したり、ケガ予防やコンディションを良くしていけるようにアプローチしています。
ーー分子栄養学は、スポーツ界では積極的に取り入れられているのでしょうか?
菊地:私が勉強を始めたのは5年前ぐらいですが、いろいろな分野のドクターが分子栄養学を学んでいて、精神科や内科、皮膚科や整形外科などを専門にしているドクターもいます。ただ、それを第一線でスポーツの分野に取り入れているケースは今のところないと思います。
ーー大きな可能性を秘めた栄養学なんですね。ケガ予防の観点からは、どのような栄養素が必要なのでしょうか?
菊地:一番大事な栄養素としては、男女関係なくたんぱく質、ビタミンB群、ミネラルですね。人間の体は水分の次に多いのがたんぱく質で、感情のコントロールを司どる機能も、脳を働かせる材料が全部たんぱく質なので重要です。それから、血液検査のデータでは鉄を最初に確認しています。
月経時の女性ホルモンバランスを調整する食材
ーー月経前に不調が出ると言われるPMSの時期に積極的に取り入れた方がいいものはありますか?
菊地:やはりたんぱく質は大事ですが、女性ホルモンのバランスを考えると、鉄とか、食べたものをエネルギーに代謝するビタミンB群は重要です。また、女性ホルモンに影響しやすいのは亜鉛ですね。一番豊富に含まれる食材は牡蠣と言われていますが、毎日の食事で摂るのは難易度が高いですよね。ホタテやうなぎ、牛肩ロース・カシューナッツにも含まれます。
ーーミネラルを摂ることで、PMSの時期のイライラなども軽減させることができますか?
菊地:十分期待できると思いますよ。統計的に男性よりも女性の方がイライラしやすく、うつ傾向になりやすいと言われますが、それは女性ホルモンと紐づいている部分があります。分子レベル的には銅と亜鉛のバランスが重要で、おおよそ1対1が理想とされています。月経周期の中でホルモンやプロゲステロンなど、女性ホルモンが分泌されているときは銅が過剰になりやすく、銅が上がるとアドレナリンを分泌して興奮しやすくなり、心にも作用すると言われています。
そこでバランスを良くするための栄養素が亜鉛と言われているので、ホルモンのバランスを調整するためにも、分子栄養学的には「亜鉛を多めに摂りましょう」とお伝えしています。
ーーアスリートに限らず知っておいた方がいいことですね。菊地先生がサポートされている10代の女子サッカー選手たちにも栄養指導はされているんですか?
菊地:国体の選手になると健康診断があるので血液検査をするのですが、そうでない選手はそこまで詳しい血液検査をしないので、取り入れるのは難しかったです。でも、たとえば亜鉛や鉄など、特定の栄養素が足りないことで起きる不調が重なった時に、カウンセリングシートから原因を突き止めて、選手一人一人の栄養状態を確認するようにはしていました。
最終的に選考に残った選手たちは血液検査をしました。ドクターストップがかかるほどの貧血状態の選手はいなかったのですが、心配だよ、というレベルの選手は3分の1ぐらいいたんです。女性は一回の生理で30mgぐらい出血すると言われています。でも、鉄って吸収が難しい栄養素で、大体1日に吸収できる鉄って1mgぐらいなんです。ですから、約8割の女性が鉄不足とも言われています。
ーー思っている以上に積極的に食べないと、補給が追いつかないですね。
菊地:そうですね。お肉から摂取できる鉄と、ほうれん草などのお野菜から摂れる鉄という2つの種類がありますが、なんでも意識的に補給していくことが大事です。鉄の吸収を良くするためにはビタミンCと一緒に摂ることが効果的です。貧血とドクターから診断されたときは鉄剤もありますが、私はできるだけ、食事やサプリメントなどで補給をしていくことのほうが、体への負担は少ないのではないかと思っています。なぜなら鉄の吸収が難しい上に、たくさんの量の鉄が補給されると胃腸に負担がかかり、逆に調子を崩す人がいます。その場合は、胃や腸の消化吸収力をあげるほうが優先となりますね。胃腸の粘膜の材料はたんぱく質なので、やはりたんぱく質は大事です。
ーー月経不順や無月経に悩む女子アスリートもいますが、食事で変えていけるものですか?
菊地:栄養でバランスを整えることで軽減することは多いと思います。ストレスや食生活の乱れ、血行不良や自律神経のバランスの乱れなども月経不順の原因になりますが、血は食べたものからできているので、食べるものを変えたり、足りないものを足して足し算引き算のバランスがうまく取れれば血の状態が良くなって血行が良くなりますから。
自律神経は、「もっと頑張らなきゃ!」という場面で一時的にパワーを発揮するために発動される神経なのですが、脳ではその時、大量の酸素を要求しているんです。そこで、酸素を全身に巡らせてあげるために必要なのはやはり鉄です。
「食事で治せる」という選択肢を持てるように
ーー分子栄養学の観点から、避けた方がいい食べ物はありますか?
菊地:人工甘味料や保存料などの添加物や小麦・乳製品はビタミン・ミネラル不足を引き起こす可能性もあるので、なるべく避けた方がいいですね。
ーー不調やケガ予防などもすべて食事で解決できたら理想的です。症状に合った対策を知るためにも、ホルモンバランスと栄養素の関係性を知っておくことは重要ですね。
菊地:そうですね。うちの治療院に来てくださる患者さんは最初に栄養チェックをして、問診で不調の項目を聞いてそれに沿った栄養素をお伝えします。不調と栄養の紐付けを最初にするようにしているんです。PMS特有の症状に悩んでいる方には、まずたんぱく質や鉄、ビタミンの働きについてお伝えしています。
食事の好き嫌いが多かったり、夜勤のお仕事があったりして、生活リズムの中で必要な栄養が摂れない方もいるので、そういう場合はサプリメントで栄養を一時的に入れてあげることをお勧めします。
ーー時間がなくて辛いときは薬に頼りがちですが、食事とのバランスはどのように取ったらいいでしょうか。
菊地:お薬のメリットもあるし、食事でも症状を十分、健康へ導ける可能性があるということを知った上で、どちらを選択するのかだと思いますし、もちろん、両方からアプローチしてもいいと思います。今は食事でも改善できるということを知らない人が多くて、「PMSとか生理痛にはピルの服用が効果的」という情報しか知らないとなると、選択は一つになってしまうことが多いように思います。
医療の分野から見ると、栄養療法という形の分子栄養学はまだまだ認知されていないので、選択肢としては、ドクターが処方するお薬の方が優先度は高くなると思います。ただ、私自身は食事と栄養によるアプローチをメインにしているので、お薬に頼るだけではない方法もあると知っていただき、アスリートの方や一般の女性の方が選択できるようにすることが大事だと思っています。
ーー菊地先生はご自身もサッカーがお好きで独自のチームビルディングを構築されているそうですね。今後、さらに追求されたい分野はありますか?
菊地:良いパフォーマンスを発揮するためには技術や体だけでなく心の状態がすごく大事だと考え、何年か前から心理学的な方面も勉強しています。また、私はメディカルトレーナーをしていて、選手と近い距離感で一人一人の選手といろいろな話をしながら体やケガのことや心のケアをしていますが、個に対する心のケアをするだけでは、チームが強くなることに紐づかないケースもあると感じたんです。たとえばウォーミングアップ中に、監督やコーチや選手みんながチームビルディングを意識できるような練習を取り入れて、サッカーをしながらコミュニケーションの質を上げることができれば、メンタルケアの時間も減らして効率よくチーム強化できるのではないかと思って。昨年は仲山伸也さん(楽天大学学長)と長尾彰さん(組織開発ファシリテーター)のチームビルディングプログラムを学び、とても勉強になりました。
特に学生の女の子たちを見ていると、サッカーをしていない時はすごく盛り上がっているのですが、いざ練習や試合をやりましょう、というと、すごく大人しくなるんです。言いたいことが言えないとか、言ったらどう思われるんだろう?と思うんでしょうね。そこで一人一人がコミュニケーションの質を上げることで、自分の強みと仲間の強みを掛け合わせるだけでなく、苦手なことと強みを掛け合わせて相乗効果を生み出すようにパズルのピースがうまく合わさっていくと組織はすごく強くなるし、いざという時に100%以上の力を発揮できるのではないかと思って、アプローチしていく方法を学んでいるところです。
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[PROFILE]
菊地奈美子(きくち・なみこ)
はじめ整骨院makana院長。8歳から大学卒業までサッカーをしていたが、膝のケガをきっかけに、大学卒業後に国家資格を取得。スポーツトレーナーとしても活動し、尚美学園大学女子サッカー部や神奈川県の国体U-16女子のメディカルトレーナーを務める。治療院では骨格調整や内臓調整の他、ケガ予防やコンディショニング、メンタル的な症状に対して栄養指導によるアプローチも行う。サッカーを愛し、心理学やチームビルディングも学んでいる。
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