
ブンデスリーガクラブにおける「セカンドチーム」の存在意義とは? U-23→トップ昇格の上月壮一郎が示した選択肢
長谷部誠を筆頭に、原口元気、浅野拓磨、鎌田大地、堂安律、板倉滉……。ドイツ・ブンデスリーガでプレーする日本人選手は数多い。とりわけ近年は、セカンドチーム経由でトップチームデビューを飾るケースが増えてきている。ドイツ5部から海外挑戦をはじめ、シャルケU-23を経て、トップへ昇格した上月壮一郎のキャリアも注目を集めた。では、ブンデスリーガクラブにおけるセカンドチームの存在意義と立ち位置とはいったいどういったものなのだろう?
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
福田師王は渡独直後にU-19のカップ戦に出場し、8得点。特筆すべきは…
ドイツのブンデスリーガではさまざまなクラブで日本人選手が活躍している。だが、日本人選手が奮闘しているのはトップチームだけではない。
例えば、京都サンガF.C.U-18出身のMF上月壮一郎は高校卒業後ドイツに渡り、4部リーグのデューレン(加入時は5部)から同リーグ所属のシャルケU-23へ移籍を果たした。ワールドカップ中断期にトップチーム練習へ定期的に招集された上月は、そこでアピールに成功。テストマッチでも結果を出したことで、念願のトップチーム入り&プロ契約をものにし、中断後のブンデスリーガ5試合連続でスタメン出場を果たした。
日本代表MF田中碧が所属するドイツ2部デュッセルドルフでは、アペルカンプ真大が世代別カテゴリーをU-16からU-19まで一つずつ昇格し、セカンドチーム経由でトップチームデビュー。U-21ドイツ代表で10番をつけたこともあるなど、クラブの将来を担う逸材として期待がかけられている。デュッセルドルフでは内野貴史もプロ契約を結んでいる。ジェフユナイテッド市原・千葉U-18でプレーしていた内野は高校卒業後に渡独を決意。4部アーヘンからデュッセルドルフU-23へ移籍すると、昨年にはトップチームデビューを飾り、U-21日本代表にも召集されている。
マインツのセカンドチームでは水多海斗が今季は背番号10を背負い、前半戦4部リーグの最優秀トップ下選手に選出。トップチームのメンバー入りすることも何度かあり、トップチームデビュー間近というところまでこぎつけている。
シュツットガルトではチェイス・アンリ、岡田怜の二人がU-23に所属。2人ともポテンシャルは高く評価されているものの、今季の前半戦は十分とはいえない出場時間に終わってしまった。冬の中断期に行われているテストマッチには常時出場しており、後半戦の巻き返しに燃えていることだろう。
そして今冬にはボルシアMGのセカンドチームに当たるU-23に神村学園高校の福田師王、バイエルンのU-23にサガン鳥栖U-18の福井太智がそれぞれ移籍。夏まで年齢的にまだU-19でもプレーすることができる福田は渡独直後にU-19のカップ戦に出場し、いきなり8得点をマーク。9部リーグチームが相手だったとはいえ、対戦相手のレベルに関係なく、練習も一緒にしていないチームに入ってパスをもらい、得点を挙げるというのは簡単なことではない。福井もテストマッチに継続的に出場し、徐々に馴染んできている。
それぞれこれからの成長が楽しみな選手ばかりだが、選手のキャリアアップにおいてセカンドチームでプレーする意味をブンデスリーガではどのように捉えられているのだろう。
“育成クラブ”としての立ち位置を確立するSCフライブルク
現在セカンドチームの運用で最もうまくできているのがフライブルク。堂安律がプレーするこのクラブは1990年代から“育成クラブ”としての立ち位置を確立し、所属する選手にどのようなサポートをすることが、選手として、そして人間としての成長にポジティブに影響するのかを大切にしている。
フライブルクのセカンドチームにあたるU-23は現在ドイツ3部リーグで2位につけている。これは特筆すべきことだ。そもそもU-23チームが3部でプレーするのは簡単なことではない。4部に所属するマインツU-23でコーチを務めるシモン・ペッシュは「U-19ブンデスリーガでプレーしているだけで、自分があたかもトップレベルだと勘違いをする選手が出てきてしまうが、実際のリーグのレベルで考えるなら、U-19ブンデスリーガよりも大人の4部リーグのほうが間違いなく上」と話してくれたことがある。
育成年代というのは同年代の選手とプレーをするが、U-19以降はそうした年代のくくりがない。各年代のトップレベルの選手が残り、しのぎを削る戦いがそこにはある。フィジカルコンタクトだけではなく、試合の流れ、ボールをめぐる駆け引きなどで大きな差が出る。U-19から上がってきた選手はそこで適応し、順応するだけではなく、その中で違いを生み出せるようになれなければ、トップチームへの扉は開かれない。
選手にとって大事なのはどこに所属しているかではなく、今いるチームでどんな取り組みをしているのかだ。そのためには、明確な育成コンセプトと、優れた指導者と、適切な試合環境が必要不可欠。トップデビューにしても早ければ早いほうがいいわけではない。選手はそれぞれ自分の成長スピードと成長曲線を持っている。選手によってはセカンドチームでじっくり自分と向き合う時間を多く持ったほうが、のちの成長に結びつくことも多い。
トレーニング総時間のうち50%は「個々の成長」に重点
プロクラブとしてU-17、U-19年代トップレベルの選手、そしてセカンドチームとなるU-23においては「将来的にブンデスリーガでプレーできる選手を育成するのがメインテーマ」と目標を定めている。シュツットガルトで育成アカデミーダイレクターを務めていたトーマス・クリュッケンが次のように話していたことがある。
「選手それぞれがどのように目標を達成しようとしているのか、どんな目的意識で取り組んでいるのかが重要だ。われわれはさまざまな要素を最適に組み合わせてトレーニングプランを構築している。例えば『可能な限り効果的にゲーゲンプレスを機能させるためには、この年代においてはトレーニングルームでは何を、どのようにしなければならないのか』と結びつけて考えるというわけだ。
さらに、クラブとして選手それぞれの成長に特化したコンセプトを持って取り組んでいる。うちではトレーニング総時間のうち50%くらいは『個々の成長』に向けたプログラムが組まれている。この『個々の成長』の中には人間性の成長も含まれる」
優れた選手が集まれば、自然に選手が成長するわけではない。世代別代表選手を数多く輩出するクラブとしてシュツットガルトの名声は輝かしい。だが、その名声だけで選手が集まる時代でもないのだ。クリュッケンも同意する。
「まさにその通りだ。だからこそ重要なのは内容で選手に証明することだ」
サッカー的、学校的、そして人間的な育成
そうした取り組み内容で、選手やその両親から近年高い評価を受けているのがマインツだ。マインツ育成アカデミーで教育担当スタッフを務めるヨナス・シュースターは次のようにクラブの哲学を説明してくれた。
「子どもたちがサッカーと学校だけの生活にならないようにするのはとても大事なポイントです。人間性の成熟、発展を重視するのが大切なのです。特に寮生活をしている選手にとっては必要不可欠な視点です。本来であれば家庭で両親のもとで学び、社会の中で生きていくために大切な価値観、考え方を身につけるわけですよね。その役割を担い、助けをするのが私たち、ということになります。
サッカー的な育成、学校的な育成、そして人間的な育成。正しい価値観を持てるようになるというのはとても大切です。そのために私だけではなくスタッフ全員が子どもたちと密なコミュニケーションを取ることが必要になります。
リスペクト、寛容さ、暴力・暴言反対。マインツというクラブの一員として身につけなければならない大切な基盤。うぬぼれることなく常に地に足をつけて、自分を見つめて歩いていく。クラブ哲学の根幹をなすものです」
こうしたコンセプトは多くの保護者から歓迎されているという。自分たちの子どもが自主性を持った大人になることを望んでいて、マインツよりも大きい規模のクラブからオファーをもらっている選手でも、マインツを選ぶ選手もたくさんいるそうだ。
サッカー以外の同年代の若者と同じ建物で、世間の風をじかに感じる
またマインツの取り組みとして興味深いものに「寮」がある。クラブの敷地内にある選手専用の寮ではなく、マインツ市にある学生寮の一部をマインツが利用しているのだという。他の利用者は15歳から23歳くらいまでの学生。シュースターはこう話す。
「施設そのものをうちのクラブで抑えておく、みたいなことはしていないんです。わざと数人ずつ異なる学生寮で暮らしてもらっています。サッカー以外の世界にじかに触れることができるのが大きなメリット。24時間サッカーのことだけが自分の周囲にある中で生活をしているというのは、人間性の成長において最適なものでしょうか?
マインツでは隣の部屋で暮らしている学生は自分と同じようなサイクルで生活をしていない。例えば航空技師として研修を受けている学生は朝4時には起きて15時まで空港で活動をしています。一度寮に帰って2〜3時間昼寝をした後、18時からレストランでバイトをするという生活を繰り返しています。
マインツで寮生活をしている選手は、そんなサッカー以外の同年代の若者と同じ建物で、世間の風をいっぱい感じることができます。一緒にレストランに食事に行ったり、映画館に行ったり、仲間同士で遊んだり。選手はみんなプロ選手を夢見ていますし、そのために努力をしていますが、もしその夢がかなったとしても、あるいは残念ながらプロへの道が閉ざされたとしても、こうした生活で築かれた友情はずっと続いていくはずです。そうした関わり合いの中で彼らの人間性は間違いなく育まれていくと思いますよ」
トップチームとセカンドチームが互いに補完し合う関係
一握りの選手はU-19から一気にトップチームでデビューを飾ることもあるだろう。でもなかなかその壁を打ち破ることができずに苦労する選手のほうが間違いなく多い。そして選手の成長はピッチ上の取り組みだけが大切なわけではない。そうしたコンセプトをクラブ全体が理解して、取り組んでいるクラブからは多くの選手がセカンドチーム経由でトップデビューを飾っている。トップチームとセカンドチーム、そして世代別育成チームが互いに補完し合う関係ができているかどうかは非常に重要なポイントだ。
フライブルクは昨シーズン、主軸選手の何人かが負傷で離脱している時期があったが、クリスティアン・シュトライヒ監督がまるで慌てることなく、U-23の選手がいるから大丈夫だと話していたのが印象的だった。
「何も心配はない。数人ケガで離脱しているが、これまで出場機会が少ない選手も含めて、いい選手がいる。そしてわれわれには非常にいい育成アカデミーがあるんだ。下からどんどん素晴らしい選手が上がってくる。だから心配はまったくない」
プロサッカー界での成功を目指す道は、どんな道であっても険しい。資質さえあれば成功するなんて補償はどこにもない。どれだけ毎日努力をしても、夢がかなわないことのほうが多い世界だ。だからこそセカンドチーム時代に選手としてだけはなく、人間として成熟する経験を確かに積み重ねておくことが、次への扉を開くうえで大きな意味を持つ。そんな戦いに身を置く若き選手たちの毎日の戦いを暖かく応援したい。
<了>
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