なぜVリーグは「プロ化」を選択しなかったのか? 大河副会長が見据えるバレーボール界、未来への布石

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2023.04.10

2024-25シーズンから新リーグを立ち上げるVリーグの改革が進んでいる。その屋台骨を支える一人が、日本バレーボールリーグ機構の副会長を務める大河正明だ。プロ化には踏み切らないという一見“中途半端”な選択をしたまま前に進もうとしているVリーグ。サッカー界、バスケットボール界で大きな実績を残してきた大河は、バレーボール界で何を実現させようとしているのか?

(インタビュー・構成=大島和人、撮影=松岡健三郎)

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日本のバレーボール界は立ち止まっている?

日本のバレーボール界が立ち止まっている、行き詰まった印象を持つファンがいるかもしれない。

もっとも、先行きが暗いということは断じてない。一般層からの認知度が高く、レベル的には男女とも世界のトップ10に入っている。Vリーグも事務局、クラブといった選手やファンを支える側が変われば、間違いなく飛躍するだろう。

Vリーグが改革を模索する大きな流れの中で、Jリーグの幹部、Bリーグ開幕時のチェアマンを務めた大河正明が副会長として招かれることになった。そしてVリーグは2023年3月に2024-25シーズンからの中期計画「V.LEAGUE REBORN」を発表し、次なる展開に踏み出そうとしている。

リーグを魅力的、永続的なものへ進化するにはファンやステイクホルダーを増やしつつ、オーナー企業の負担をコントロールする必要がある。もちろん変化にはリスクが伴うし、「誰も損をしない改革」の実現は容易でない。ただ、理想を具現化する難しいプロセスの中で、大河の経験値は生きるだろう。

現状を見ると「V.LEAGUE REBORN」の内容は“中途半端”なものだ。チームの独立法人化(つまりプロ化)は求めておらず、当面は実業団とプロが混在した状態が続いていく。実業団とプロは利害やスピード感が違い、リーグの意思決定は難しくなる。Vリーグはジレンマと向かい、ベターな未来へ向かう中で、実業団との混合リーグを選択した。大河はこのインタビューで、その難しさも率直に認めている。

制約がある中でリーグのスタンダードを保つライセンス制度、意思決定のプロセスをどう改善するのか? プランの策定過程で、大河の考えはどういう部分に反映されたのか? シンプルに今どのようなアイデアが議論されているのか? 大河副会長に「Vリーグの今と未来」を存分に語ってもらった。

高橋藍は、八村塁よりもSNSのフォロワー数が多い

――Vリーグは嶋岡(健治)前会長のときに改革をしようと動いていたし、そもそも1990年代にプロ化に動いて頓挫した経緯があります。「V.LEAGUE REBORN」は、今までのものとどう違うのですか?

大河:そもそもの話をすると、バスケは国際試合出場停止処分で困っていたわけだし、サッカーもJリーグができる前は韓国に勝てなくてオリンピックもワールドカップも行けていませんでした。でもバレーボール界は特に困っていません。オリンピックは大体出られるし、世界ランクも女子は6位で男子は7位(※2023年1月発表のFIVB世界ランキング)で、頑張ればメダルを取れる状態です。選手も石川祐希とか西田有志とか高橋藍は、NBAの八村(塁)よりもSNSのフォロワー数が多いですからね。(※インスタグラムのフォロワーは石川が80万人、西田が99万人、髙橋が115万人)

――バレーは女子の人気が高いイメージです。

大河:今は男子のほうが人気は高いですね。代表戦のチケットにしても、オールスターのチケットにしても、男子のほうが売れ行きはいいです。

――言われてみると女子バレーの人が話題になるときは、木村沙織さんとか大山加奈さんとか栗原恵さんとか、引退した選手のほうが多いかもしれません。

大河:こちらとしては「試合に行こう」と思うような記事を書いてくださると助かりますけど。

とはいえ嶋岡(健治)さんが2018年からVリーグという名前に戻してやり始めたけれど、18年当時に比べてもバスケに水を開けられている危機感は、上を目指したいと思っているチームの関係者には出てきていますね。そこは変化だと思います。あとはパッションと覚悟ですよ。

――パッションと覚悟がまだ乏しいということですよね?

大河:2月の会見で「フェアウェイを広く」という表現をしましたけど、運営法人を作らないチームを置いていくなんて言ったら、リーグが割れたり混乱したりするリスクがあったと思います。基本は「ホームタウン」「ホーム&アウェー」「ホームアリーナ」です。この制度をしっかり理解して、ちゃんとチケットを売っている以上、排除する必要はない。その上でお客さんをもてなして、事業化するチームはどんどん事業化していきましょう……という発想です。

明らかな違いは定量目標を置いたことです。「リーグのビジネスを30億円にします」「クラブの事業を200億円にします」「集客を150万人にします」と明確に数字を打ち出しています。1部と2部のチーム数が決まったら少し修正はあるかもしれないけど、重要なポイントです。

今7億8000万のリーグ予算を20億〜30億にする目標設定は、自分にプレッシャーをかけている話にもなりますね。

「こんなに使っている」と可視化されるのが嫌なのでしょうし…

――大河さんはJリーグのクラブライセンス導入に尽力していて、Bリーグの運用も当然ご存知です。ただ以前ラグビーのことでお話を聞いたとき「法人化していないクラブのライセンス審査は難しい」と話されていました。Vリーグも法人化していないバレー部が多くありますけど、審査をどう進めますか?

大河:まず財務以外の施設とかホーム要件のところは、法人化していなくても審査できます。財務は基本的に内部管理、管理会計ベースのPL・損益計算書を提出してくださいという仕組みで考えています。会社内のバレーボール事業の損益計算書を作ってくださいという発想です。だから福利厚生費が売り上げになりますね。

――企業がバレー部に対して拠出した額が、PLのP(Profit=利益)に入るわけですね。

大河:そうです。L(Loss=損失)には人件費や遠征費が入ってきます。

――あとは他チームが試合削減、中止の損害を負わぬよう、「当該シーズンのリーグ戦を戦い切る」という確約も必要ですね。

大河:それは取ります。企業が気にしているのは「いつ公表されるか」だと聞きました。JリーグとかBリーグはクラブの決算を公表していますけど、それに対する抵抗が間違いなくありそうです。「こんなに使っている」と可視化されるのが嫌なのでしょうし、「他のチームほど稼げていない」という比較もされてしまう。

――逆にそのプレッシャーがしっかり経営する、自立する方向で作用すればいいですね。

大河:そうです。結果的にBリーグでは、ライセンスがクラブを引き上げるきっかけ作りになりました。Bリーグを作るときには「1部から3部で階層分けをします」「こういう基準で決めます」と出した瞬間から、チームは「5000人以上のアリーナでどう8割開催するのか」「2億5000万の売り上げをどうやって立てるか」と真剣に考え始めました。相談に来るようにもなって、リーグのグリップは強くなっていきました。

地域に根ざしたJ、夢のアリーナ実現のB。Vリーグは…

――2月に2024-25シーズンからの中期計画「V.LEAGUE REBORN」が発表されました。ミッション(果たすべき使命)として「強く、広く、社会とつなぐ」というワードが打ち出されています。ビジョン(目指すべき姿)は「世界最高峰のリーグ」「地域共生・社会連携」です。

大河:私が来た時点で何が問題だったかというと、軸がなかったことです。ビジョンとかミッションのような行動指針がなくて、枝葉の試合数をどうするとかそんな話ばかりが出てきていました。ビジョンは時々で変わってもいいと思いますけど、2030年をターゲットとした世界最高峰のリーグをビジョンにしました。われわれのミッション、使命ってなんですか?という部分も明確にしました。

バレーボールの人は「つなぐ」というキーワードが好きですね。だから「社会とつなぐ」にしてみました。あと「強い」と言ったとき、皆さんは競技の質だけを考えるけど、事業やガバナンスも合わせて強いということですよと強調しました。大枠を示した上で、細かいところをアクションプランに落とし込んで再整理したのが今回の「V. LEAGUE REBORN」です。

――ミッション、ビジョンはどうしても抽象的なものになりますけど、それがないと細かいところも定まっていかないということですね。

大河:細かい粒々は、1年半にわたっていっぱい議論されていました。だけど対外的なIR活動をやる場合には「そんな細かいことはいい」となってしまう。Bリーグを作ったときも(全カテゴリーの観客数が)300万人とか、(バスケ界の総事業収入が)300億とか、1億円プレーヤーの輩出とか、そうやってメッセージは絞っていったつもりです。

 「地域に根ざしたスポーツクラブ」と川淵(三郎)さんを筆頭に言い続けたから、今のJリーグがあるわけですよね。Bリーグも「夢のアリーナの実現」とずっと言い続けたから、2028年に向かってこれだけ今アリーナの計画が出てきている。そういう発信は大切です。

日本一のアリーナスポーツを目指すなら試合数増が必須

――再編成して2024-25シーズンに開幕する新リーグは「SVリーグ」という仮称がついています。

大河:ベースをVリーグにしつつ、その上にスーパーなリーグがあるイメージです。SVの「S」は実は「強く」「広く」「社会」というのがstrongとspreadとsocialなので、それで付けたのです。あとは「super」「sustainable」ですね。

――アクションプランは、どれくらい細かい内容までタッチされているのですか?

大河:運営会議や分科会にも入っています。テーマは外国籍選手枠、試合数と開催期間。それからプレーオフのレギュレーションでしょうか。プレーオフなら8チームでやるかとか、クォーターファイナルとセミファイナルはもうチーム主管にしたらどうかとか、そのようなことを今話しています。

話が変な方向に進みそうになったら、「いやいや」というのが仕事ですね。

各論だとシーズンを何試合にするのかとか、オン・ザ・コート(外国籍選手の同時起用)のルールをどうするのか、そういうテーマです。「ベンチを固定するか?」みたいな議論もしています。バレーボールやハンドボールはコートチェンジごとにベンチを移るし、第5セットなら8点取ったとこで、さらにまた移ります。

事務局に電話がきて「ここを応援したい人はどこで見ればいいのか?」ってよく聞かれます。でもホーム側とアウェー側がないし、答えようがないですよね。そんなことを考えて「ベンチを固定すると、その後ろにホーム感が出る」という案を僕が出したのですけど、バレーボールの人からするとピンとこない話みたいです。1回SNSでそれらしきことを書いたら、ファンからも反発がありました。

――今は外国人枠とアジア枠が1つずつですよね。それを増やす議論もあるのですか?

大河:外国籍選手を3人くらい入れてもいいのでは?という話もやっていました。分科会の話を聞いていると、何年か前のBリーグと同じだなと思ったのです。オン・ザ・コートを増やして、さらにアジア枠をプラスしたけど、男子バスケの日本代表は強くなっていますよ……という話もしました。

あとバレーにも「チャレンジ」というシステムがあるでしょう? でもラインやネットに触れたか触れないかを、ITの技術で自動判定できないのかな?と僕は考えています。フェンシングだったら、ペンが当たるとランプが点くけど、そういう仕組みがあってもいいと思います。

――試合数を増やす構想も入っていました。

大河:増やそうとはしているのですけど、選手のコンディションを考えて後ろ向きのチームもあります。ただ日本一のアリーナスポーツになろうと思ったら、Bリーグの60試合に対して、バレーは男子が36試合で女子は33試合だと、あまりにも差が開きすぎています。試合数は増やす方向で考えたいという意見が多いです。

――協会との調整が必要ですよね。

大河:それはあります。例えば黒鷲旗(全日本男女選抜大会)の日程が影響するので。

――代表より黒鷲旗ですか?

大河:5月15日から10月15日までが、国際バレーボール連盟が定めている代表活動期間です。それは固定されています。

地上波中継が減っているので、それを復活できるかも大切

――REBORNに入っている「世界最高峰のリーグ」は具体的にどういう意味ですか?

大河:去年サントリーが決勝でイランのチームに負けたのですけど、アジアクラブ選手権で常に優勝しているとか、そういうことで計れるでしょう。あとは集客数などです。ベンチマークはやはり、イタリアのセリエAでしょうね。

――気になったのが「U15(ジュニアチーム)保有の義務化」「U18保有の検討」です。パナソニックパンサーズの大塚達宣は小中とパンサーズジュニアでプレーして、高校は東山で……。

大河:(大塚選手は)洛南ですね。高橋藍くんが東山。

U15チームの保有はマストにします。U15年代のインテグリティ教育も、やっていかなければダメでしょうね。指導者や審判のライセンス制度は基本的に協会がやる仕事ですけど、サッカーやバスケみたい自前でやっていなくて、そこは弱いですね。

――少なくともパナソニックはすでに取り組んでいますけど、企業チームなら体育館もあるし、育成組織の保有は可能ですね。

大河:あと、部活の地域移行の問題がU15年代はありますよね。バレーボールは12人以上いないと6対6の練習ゲームもできないわけですけど、1校ではそれが成り立たなかったりします。その受け皿としてのスクールも、Vリーグのチームが持ったらいいでしょう。それも立派な社会課題の解決ですし、社会とのつながりです。

――2月の会見で「おのずと答えは決まってくる」と話していました。そう義務付けなくても、自然とプロ化や法人化の方向に進むという意味でしょうか?

大河:事業化するチームはどんどん事業化してもらえばいいですし、福利厚生でやりたいチームも受け入れます。でもVリーグの各クラブがホームアリーナを持ち、ホームタウンに根ざしてしっかり活動すれば、集客ができてスポンサーも増やすチームが出てくるでしょう。そうすると福利厚生のチームは、出すお金を増やさないと、そこと戦えなくなりますよね。「おのずと答えは決まっている」とはそういう意味です。

――今このタイミングで「法人化」「プロ化」というハードルを設定すると、中長期的にはマイナスが大きいという受け止めですか?

大河:その通りですし、「強く広く社会とつなぐ」ことを具現化すれば、未来は開けてきます。定量的な収入、集客の目標を置いて、社会貢献活動もやれば、このリーグは伸びていくはずです。これだったら運営法人を作って、そっちに向かってもいいよね……と思うようにしていくのが、僕らの責任だと考えています。第一義的な責任はリーグにしっかりしたビッグスポンサーがつくかどうかでしょう。あとVリーグの地上波中継が昔に比べて減っているので、それを復活できるかも大切です。2024-25シーズンの開幕戦を男女でどう仕立てていくかですね。地上波が付くと大きいから、その動きを今からしています。

<了>

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[PROFILE]
大河正明(おおかわ・まさあき)
1958年5月31日生まれ、京都市出身。びわこ成蹊スポーツ大学学長、日本バレーボールリーグ機構副会長。京都大学法学部卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。1995年、日本プロサッカーリーグに出向。その後、複数支店で支店長を勤めたのち、2010年に日本プロサッカーリーグに入社。管理統括本部長、クラブライセンスマネージャー、常務理事などを歴任する。2015年からは日本バスケットボール協会の専務理事兼事務総長、ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグチェアマンを務める。現在は、びわこ成蹊スポーツ大学学長を務めながら、スポーツ振興に尽力。2022年9月、日本バレーボールリーグ機構の副会長に就任。

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