全くゼロから新規参入の“女王”サンフレッチェ広島レジーナが、WEリーグに絶対必要な深い理由
3月8日、4月より開催される「2021 WEリーグ プレシーズンマッチ」に向けて、新チーム「サンフレッチェ広島レジーナ」の名称が発表された。昨年10月のWEリーグ参入決定時には何も決まっていなかったチームに、FIFA女子ワールドカップ優勝メンバーの近賀ゆかりや福元美穂をはじめとした実力者がそれぞれの志を持って集結。「参入の予定はない」から一転、ゼロからのスタートを歩みはじめたその足跡を追った。
(文=中野和也、写真=中野香代)
日本サッカーの歴史にとって欠かせない場所「広島」
日本サッカーにとって、広島という存在は絶対に欠かせない。
1993年のJリーグ開幕時、マツダサッカー部(現サンフレッチェ広島)は1度、リーグ参戦を断念している事実がある。日本サッカー史上空前絶後のリーグ4連覇を果たした東洋工業を前身とした名門中の名門だが、マツダは財政的な理由を挙げて参戦見送りを決めた。
だが、日本サッカー協会もJリーグもマツダの参加を強く要請し、広島県民の間でも署名活動が起きるなど機運が高まった。そして当時の竹下虎之助広島県知事がマツダの古田徳昌社長と会談を行った翌日の1991年1月23日、Jリーグ参戦が正式に決まった。
では、どうして「広島」が必要だったのか。もちろん、地域バランスはある。Jリーグのオリジナル10は東日本にホームタウンが偏り、関西以西はガンバ大阪だけ。ここで広島が参加しなかったら、西日本は置いてきぼりになる。
だが、本質はそれだけではない。日本サッカーの歴史を考えた時、広島は欠かせない場所なのである。
ドイツ人捕虜に受けたサッカーの手ほどき
1914年、第一次世界大戦が勃発。そんな状況下で日本サッカー史にエポックメイキングな出来事が起きる。
日本はドイツに対して宣戦布告し、ドイツ東洋艦隊の根拠地だった中国・青島を攻撃し、約4700人のドイツ人兵士が捕虜となった。1917年、広島近郊の島である似島に捕虜収容所が建設され、そこに545人の兵士たちが移される。
その収容所でサッカーチームがつくられ、広島の学生たちと試合をやろうということになった。1919年1月26日、広島高等師範学校を中心とした合同チームがドイツ人捕虜のチーム(似島イレブン)と対戦した。ちなみに、日本サッカーにおいての本格的な国際試合はこの試合が最初であると主張する人もいる。
結果は0-5、そして0-6。2試合で11点をとられての完敗だった。日本チームはトウキックが中心だったのに対し、似島イレブンはインサイドキックを巧みに使い、ヒールキックやヘディングなどの技術も正確。全ての面でドイツ人たちは日本人を上回った。
敗れた広島高師の田中敬孝主将は時間を見つけてはボートで似島まで渡り、ドイツ人たちにサッカーの手ほどきを受けたという。そして彼らも惜しみなく、広島の若者たちにサッカーを教えた。この歴史が後の「サッカー王国・広島」の源泉。原爆の災禍を広島が受けた2年後、1947年の全国中等学校蹴球選手権大会に出場した広島高等師範学校附属中は全国の強豪を圧倒して優勝。後の日本サッカー協会会長である長沼健を中心としたチームは、「出場チーム中、両足で自由にキックしたのは広島だけ」と絶賛された。
今、日本サッカーの特徴を挙げるとすれば、俊敏性と共に技術が挙げられる。その源泉はどこにあるのか。非常に乱暴な言説なのを承知でいえば、1919年の似島イレブンにあると考える。彼らに全力で教えを請うた広島の若者たちにあると思う。
だからこそ、日本サッカーにおいて広島は重要なのだ。その広島がJの開幕に参加しないことは、あり得ない。サッカーの歴史を知れば知るほど、そう考える。
アンジュヴィオレとサンフレッチェ
WEリーグという女子プロサッカーリーグ創設に際し、サンフレッチェ広島は当初、参加しない方針を固めていた。
広島にはアンジュヴィオレ広島という女子チームがある。2012年に創設され、一時はなでしこリーグ2部まで上り詰めた(2021年はリーグ再編もあり1部昇格)が、昨年は存続危機が報道されるなど、財政的な問題を抱えていた。
「もし、サンフレッチェが手を挙げなかったら、日本の女子サッカーリーグに広島の名前がなくなる可能性がある。そこを危惧しておりました」(仙田信吾サンフレッチェ広島社長)
当初、アンジュヴィオレ広島から「サンフレッチェにWEリーグ参戦してほしい」と打診された時は「参入の予定はない」と返答していたサンフレッチェだったが、広島という日本サッカーの歴史的な都市がWEリーグ創設に関わらない。そんなことがあっていいのだろうか。
「男子もJリーグのオリジナル10として最初から参加しており、その歴史を大変重く捉えました」と仙田社長は言う。選手も監督もスタッフもいない、全くゼロの状況からプロチームを立ち上げるというプロジェクトがスタートした最大の理由は、広島が日本サッカーの歴史に与えた影響にあると考える。
昨年10月15日、WEリーグ参入が正式決定。この時は、本当に何も決まっていなかった。もちろん、強化や運営、広報など最低限のスタッフ配置は決まっていたが、監督もコーチも、チーム名もホームスタジアムもトレーニング場も決まっていなかった。メドはたってはいたが、決定まで何が起きるかわからない世界。本当の意味で、ゼロからのスタートだったのだ。
圧倒的な実績を持つ近賀ゆかりがやり残したこと
だが、その状況が多くの女子選手たちに「広島でやってみたい」と思わせるモチベーションになったのだから、運命は面白い。
例えば、FIFA女子ワールドカップ優勝メンバーであるMF近賀ゆかりは、広島がチームづくりを始めた最初の段階から「絶対に欲しい」と考えていた選手。チームの骨格となりえる実績を持っているだけでなく「多くの方々から聞いても、彼女の人間性は素晴らしいと聞いていました。獲得の優先順位は高かったですね」とサンフレッチェ広島女子チーム初代監督に就任した中村伸氏(元サンフレッチェ広島トップチームヘッドコーチ)は言う。
なでしこジャパンで世界一になっただけでなく、日テレ・ベレーザ(現日テレ・東京ヴェルディベレーザ)やINAC神戸レオネッサで合計22個のタイトルを獲得し、アーセナルをはじめとする海外での活躍経験も抱負。圧倒的な実績を残し続けてきた近賀にとって、女子サッカー界では他にやり残したことのないかのような状況ではあった。だが、サンフレッチェ広島からオファーを受けた時、「ワクワクが止まらなかった」と言う。その理由が「ゼロからのスタート」だった。
「もちろん不安要素もあるとは思いますが、私の中では違っていました。チャレンジしたい、チャレンジしないではいられないって感じたんです。ゼロからチームを立ち上げる現場に関われることって、そうあるわけではないですからね」
近賀と同じく世界一メンバーであるGK福元美穂も、モチベーションは同じ。
「サンフレッチェ広島がゼロからチームを立ち上げるという情報を知った時、まだオファーもいただいていない状況だったのに、『このチームでやってみたい』と思ったんです。自分にとっては現役生活のラストになるかもしれないと思う時期ですが、このタイミングでゼロからのスタートに関わりたい、と。だから、サンフレッチェからオファーをいただいた時は、すぐに広島でやろうと決意しましたね」
新潟から移籍してきた松原志歩は、セレッソ大阪堺レディース時代になでしこチャレンジプロジェクト(日本代表候補のラージグループ)選出経験を持つDF。彼女もまた、「ゼロからのスタート」に魅力を感じて広島入りを決めた一人だ。
「全く新しいチームだからこそ、チームをつくり上げていく一員になれることがうれしいんです。不安よりも楽しみしかないですね」
「新しいチームだからといって、下に見られたくない」。陣容は整った。
一方で、サンフレッチェの女子チームをつくろうとするスタッフたちの情熱に、彼女たちは心を打たれたという。
「クラブの考え方をお聞きした時、女子サッカーに対する熱くて真摯な情熱を感じました。本気で女子サッカーに取り組んでいるな、と」
近賀が語った言葉とは違った表現でクラブの情熱を口にしたのは、昨年なでしこチャレンジに選出されたMF山口千尋だ。
「中村監督から広島のコンセプトをお聞きした時、自己犠牲とかチームのため何ができるかとか、そういう言葉が出てきたんです。それは自分自身が大切にしてきた思いと同じだったんです」
なでしこジャパンに選出されたFW上野真実は「中村監督のお話を伺って、こういう監督のもとでプレーしたいと強く思いました」と言う。
ゼロからのスタートという動機づけと、それに関わる人々の情熱によって、サンフレッチェ広島の女子チームは立ち上がった。ホームスタジアムも広島広域公園第一球技場にほぼ決まり、練習場も決まった。中村監督を支えるコーチ陣も決定し、チームの陣容は整った。
DF左山桃子やMF齋原みず稀といった広島出身選手が加入し、今年の全日本高等学校女子サッカー選手権大会で優勝した藤枝順心高の牽引者であるMF柳瀬楓菜や東洋大のエースストライカー・大内梨央、慶應義塾大で副将を務めていたMF小川愛ら、有望な新人もやってきてくれた。実績者としても、日本代表選出経験を持つMF増矢理花やDF中村楓、FW谷口木乃実。昨年のなでしこリーグ2部で18試合11得点と結果を残したFW中嶋淑乃、ベガルタ仙台レディース(現マイナビ仙台レディース)やノジマステラ神奈川相模原で長く活躍したMF川島はるな、他にも能力と可能性に満ちた選手たちが集ってくれた。
「新しいチームだからといって、下に見られたくない。メンバーを見たら私たちは強くなれると思っているし、上を目指していきたい」と松原は声を弾ませる。左山も「優勝するつもりで頑張りたい」と前向き。そして近賀は「もちろん、土台はつくっていく必要はあります」という前提を語った上で「周りになんと言われようと、私たちは優勝を目指します」と言い切った。
選手個々の魅力というコンテンツは間違いなく存在する
ただ考えないといけないのは、WEリーグというコンテンツにどうやって人々の耳目を集めていくか、だ。WEリーグはプロである。サポーターを集め、スポンサーから支援をいただき、営業収入を上げて利益を出し続けることが何よりも大切だ。哲学や理念はクラブとしての根幹だが、その哲学を理解してもらいつつもチームやクラブの魅力を感じてもらい、収益を上げ続けないといけない。
クラブとしてはまず、広島の地に女子サッカーの文化を根づかせるために、さまざまな形での地域貢献活動を行う予定だ。だが、それだけでは、やはり弱い。
女子サッカーそのものの魅力とは何か。
ひたむきで、真摯で、そしてフェアプレー。
それは確かに素晴らしい。だが、それだけでは、やがて尻すぼみする。
女子サッカーはこれだから素晴らしいという、キャッチフレーズにもなりそうな魅力の発信があってこそ、サポーターの絶対数は増え、スタジアムに人が集う。
それが果たして何なのか。筆者にも明確な答えはない。ただ、取材して感じるのは、選手個々の魅力は間違いなく存在するという事実である。
笑顔と心配り。魅力をどう発信するかがWEリーグ最大の課題
練習中や取材中に見せる笑顔。たおやかな心配り。どんなことに対しても真摯に向き合い、懸命に努力する姿。例えば山口と松原は、広島の街なかでお弁当を売るイベントで自ら大きな声を出してお客さんを呼び込み、完売を達成した。最初は遠巻きに見ていたお客さんたちが次第に彼女たちの明るさと元気に引き込まれ、次々にお弁当を求めていったのだ。
「広島はパンがおいしいんだよね」と笑顔で言葉を交わし合う近賀と左山。「自分は田舎で育ったので、広島のような道が広い街だと迷ってしまうんです」とはにかんだ上野。「この人たちのために頑張りたいという人々が周りにいる。私は幸せものです」と瞳を輝かせた小川。
彼女たちの魅力をどういう形で発信していけば、人々に届くのか。これがWEリーグ最大の課題だろう。
「かつてワールドカップで優勝した時、たくさんの皆さんに女子サッカーの存在を知っていただきました。でもその時、私はこれが一過性のものにならなければいいと危惧していたんです。10年たった今、(女子サッカーは)低迷していると感じます」
広島でのプレーを「集大成」と位置づける近賀ゆかりの実感である。
「でも今年、WEリーグが発足することになったことは本当にうれしい。先を行っている欧州やアメリカに追いつけるように盛り上げたい。そのためにも、私たち選手が発信しないといけないと思うんです。これまでは周りが準備してくださったものに対して全力で取り組んできました。でも、これからは、自分たちで何かをつくり上げていく。そういう姿勢が大事だと思います」
3月8日、サンフレッチェ広島の女子チームは「レジーナ」という冠を頂いた。イタリア語で「女王」を意味するこの美しい呼称と共に、サンフレッチェ広島の女性たちは新しい旅に向かう。その姿勢そのものが、その意気込みそのものが、美しい。
<了>
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