圧倒的なハッピーオーラ!京都精華「チャラい」監督、女子部員との卓越したコミュ力とは

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2019.12.26

2020年1月3日に開幕する第28回全日本高等学校女子サッカー選手権大会。出場校の一つ京都精華学園高校のチーム紹介文はユニークだ。

「選手たちは音楽と笑いに包まれた環境で、明るく楽しく練習に取り組みながら、全国制覇を目指しています」

昭和のスポ根漫画的女子アスリートの世界観とは真逆に位置するこのスタイルはどのように生まれたのか? 部員が絶大な信頼を寄せる越智健一郎監督の指導法に迫った。

(文=鈴木智之、写真提供=京都精華学園高校女子サッカー部)

部員からの愛あるツッコミ「越智さん、ほんまキショイねんけど」

イマドキの女の子たちが楽しそうにサッカーをする。試合中のベンチでは笑いが絶えない。全国大会出場をかけた大一番でも、試合前の集合写真はニッコニコ。圧倒的なポジティブオーラを放ち、魅力的なサッカーを披露するのが、京都精華学園高校女子サッカー部だ。

明るく楽しく、そして強いサッカー部を作り上げたのが、越智健一郎監督。父親も教員で、自身は日本体育大学出身。経歴だけを見ると、厳しい指導が想起される。かつてはそうだったというが、現在は真逆のスタイルである。

選手と越智監督の間に、男子監督と女子選手特有の緊張感、上下関係は一切ない。選手は監督のことを「越智さん」と呼び、監督がギャグを言うと「越智さん、ほんまキショイねんけど(気持ち悪いんだけど)」と平気な顔をして言い放つ。

2020年1月3日に開幕する、第28回全日本高等学校女子サッカー選手権大会。京都精華のチーム紹介の欄には、次のような言葉が書いてある。

「日々の練習は個々の技術と判断力の向上に重点をおいています。選手たちは音楽と笑いに包まれた環境で、明るく楽しく練習に取り組みながら、全国制覇を目指しています。練習で身につけた技術を最大限に活かしたサッカーを試合会場にて楽しんでご覧ください」(JFAの大会公式HPより)

音楽と笑いに包まれた環境で、明るく楽しく練習に取り組んでいる――。

女子のスポーツ環境というと、明るく楽しくよりも、辛く厳しいのほうがイメージしやすい。例えば、厳格な指導者のもとで規律を重んじ、ハードなトレーニングをして結果を出すといったように。

京都精華は、そのイメージからかけ離れている。グラウンドに足を運ぶと、ダンスミュージックに合わせて体を動かしてウォーミングアップをし、個人のスキルを高める練習に取り組みながら、楽しそうにプレーしている。監督の厳しい視線や圧力を受けるといった、ピリピリした雰囲気は微塵も感じられない。

上下関係で押さえつけるのではなく、人として対等に扱う

選手たちはみんな巧い。上手いのではなく、巧いのである。「南米のおじさんがサッカーをしている感じ」と言えば伝わるだろうか。例えば試合中、ボールを持った選手に相手が寄せてくる。その瞬間、クルッとアウトサイドでターンをしてかわす。ルーズボールの競り合いを、トレーニングで培った技術と判断で次々に制し、気がつけばボールを支配している。そして繊細なスルーパスを通し、GKと1対1の場面で鮮やかにゴールネットを揺らすのである。

越智氏は、いわゆるサッカー監督のイメージからはかけ離れている。選手たちに、越智さんってどんな人?と聞くと「チャラい」「ギャグがうざい」などの言葉がストレートに返ってくる。でも最後に、必ずこう付け加えるのである。

「越智さんはああ見えて、うちらのことをめっちゃよく見てくれて、考えてくれていると思います。他の大人というか、学校の先生とは全然違います。話しやすいし、接しやすい。サッカー部に入ってよかったなと思います」

これは、選手と監督の間に立つ、学生マネージャーの言葉だ。

越智監督は選手たちをよく見ている。いや、観ているといったほうが正しいかもしれない。例えば、サッカーも勉強もできる中心選手に対して、ジョーク交じりに「ただ真面目に頑張っているだけでいいと思ってるでしょ?」など、価値観を揺さぶるような言葉をかける。

「勉強はオール5に近く、サッカーも真面目にやる。中学生までそうやって頑張ってきた子なんですけど、社会に出ると、真面目一辺倒では生きていけないこともあるじゃないですか。彼女にはそれを3年間かけて教えてきたので、だいぶ頭が柔らかくなって、それがプレーにも出てきたんです。最初は僕のことを、何を言ってるんだという目で見てましたけど(笑)」

あるJクラブの現役監督が臨時コーチをした際には、その選手のプレーを絶賛したという。

京都精華には、さまざまな臨時コーチがいる。Jクラブの監督経験者がフリーの時期に指導に来たり、フィジカルやGK、ドリブルの専門家、男子の高校サッカーの監督がクリニックをすることもある。それもすべて、越智監督の人柄によるものだ。

「手土産には命をかける。センスが出るから」と言う越智監督は、人との関係性を作ることに多くの神経を注ぎ、それは選手たちとの間でも変わらない。上下関係で押さえつけるのではなく、人として対等に扱っている。

とはいえ、まだ成長過程にいる高校生なので、大人が道筋を作ることも忘れない。選手たちは越智監督にガイドされているとは知らずに、サッカーに必要な要素をトレーニングで身につけながら、心身ともに成長していく。

令和時代の女子アスリート的世界観

魅力的な、越智監督の京都精華スタイル。しかし、表面だけを見て真似をすると、痛い目に遭う。いわゆる「イタイ大人」になってしまうだろう。越智監督の柔らかい仮面の下には、綿密な計算がある。計算というと聞こえが悪いかもしれない。「どうすれば選手のためになるのか」という愛情がある。

越智監督は常に選手のことを考えている。いつ、どんな声をかけるのか。直接言ったほうがいいのか、チームメイトを通して伝えるか。はたまたコーチを介して言うのか、LINEでそれとなく伝えるのか――。正解のない行動だからこそ、越智監督は常に答えのない問いに向き合っている。

「明日は大事な試合だから、動画でメッセージを伝えようと思っています」と、深夜に一人で部屋にこもり、スマホの録画ボタンを押す姿を見たことがある。外から悟らせないようにしているが、コミュニケーションの質と量には、何よりこだわっていることがうかがえる。

女子の高校サッカー選手権はTBSテレビで放送される。越智監督のSNSには、こんな言葉が並んでいる。T=楽しい、B=部活動=、S=それが京都精華女子サッカー部。

辛く苦しい練習に耐え、チーム一丸となって目標に向かうのが昭和のスポ根漫画的女子アスリートの世界観だとしたら、京都精華のスタイルは真逆だ。言うなれば、令和時代の女子アスリート的世界観である。

オンとオフはしっかり分ける。休みの日はおしゃれをして映画やカラオケに行き、練習前には監督とテレビドラマの話で盛り上がる。でも、一度グラウンドに入ったら、やることをやる。このオンとオフのメリハリこそが、京都精華の最大の魅力なのかもしれない。

2020年1月3日、令和の新女王を目指す戦いが、兵庫県で幕を開ける。彼女たちはそこでもきっと、笑顔で魅力的なサッカーを展開するだろう。

<了>

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