指名漏れは想像力のなさか「排除の論理」か。田澤純一は再び変革できないNPBの犠牲に
10月26日、2020年プロ野球ドラフト会議が行われ、支配下選手74人、育成選手49人の計123人が指名された。今年もさまざまな悲哀を生んだドラフト会議だったが、「隠れた目玉候補」とされていた元メジャーリーガー・田澤純一(埼玉武蔵ビートベアーズ)は、支配下、育成ともに指名漏れとなった。「実績重視」と目されたコロナ禍のドラフトにあって、上位指名を予想する声もあった田澤はなぜ指名されなかったのか? 作家・スポーツライター、小林信也氏に寄稿いただいた。
(文=小林信也、写真=Getty Images)
34歳、メジャーで実績のある田澤を“新人選手選択会議”で指名する違和感
10月26日に開催された2020ドラフト会議で、注目の田澤純一投手は指名されなかった。
今年3月、シンシナティ・レッズとのマイナー契約が解除された後に帰国。今季は独立リーグのルートインBCリーグ、埼玉武蔵ヒートベアーズでプレーしていた。
NPBは9月7日、臨時代表者会議で12球団の申し合わせ事項(通称、田澤ルール)の廃止を決定。「海外のプロ野球チームと契約した選手は退団後も一定期間(社会人からプロ入りした選手は2年間)NPBの球団と契約できない」という申し合わせだったが、廃止によって、田澤は来季にも日本のプロ野球でプレーすることが可能になった。「田澤ルール」は2008年、田澤がNPBの誘いを袖にしてメジャーリーグ挑戦を表明したことから決まった、いわばペナルティー、「見せしめ」のようなルールだが、12年の時を経て、田澤の後に続く選手の足かせが外れ、当事者である田澤自身もペナルティーを免れることになった。
しかし、日本では新人扱いになる田澤が、日本のプロ野球に復帰するための条件はあくまで「ドラフト会議で指名されること」が条件。そのため、ドラフト会議での指名の有無、どの球団が田澤を指名するのかが一つの注目だった。
だが、結果は「指名なし」。あるスカウトが教えてくれた。
「34歳の田澤投手を“新人選手選択会議”で指名する違和感がどのチームにもあったと思います。ドラフトはあくまで新人を獲得する機会ですから」
「育成ドラフトでの指名」も現実的ではなかった
各球団、指名できる選手の枠は決まっている。ルール上は原則10人、12球団計120人に達しない場合は120人に達するまで指名が許されるが、予算やチーム編成上の理由でおのずと指名数は制限される。今回も6人指名が7球団で一番多く、5人指名が2球団、7人指名が2球団、8人指名が1球団だった。
ドラフトで獲得する選手に、各チームは将来の命運を託している。最低でもFAを獲得する7年間はチームを担ってくれる人材を取ることが目的だ。言うまでもなく、全員が期待どおり活躍するわけではない。実質的に、戦力になってくれる選手は毎年1名か2名、確率は低い。それだけに、即戦力ではあっても年齢的に限られた年数しか期待できず、契約金や年俸の問題もある田澤に「使う枠はなかった」というのが現実的な選択だった。
現行ルールでウルトラCがあるとすれば、「育成枠で指名する方法はあった」という。だが、メジャーで実績のある投手を育成枠で取ることに抵抗があった球団も多かったはずだ。
見せしめの“田澤ルール”撤廃でも続く逆風
「エージェントを通じて直接契約できるならもちろん可能性はありました。田澤のような選手なら、そうやって契約するのが当たり前ですよ。ルールがおかしい」
件(くだん)のスカウトは言った。MLBで通算388試合に登板、実働9年で21勝26敗4セーブ、89のホールドをマークしている田澤純一は、押しも押されもせぬ「元メジャーリーガー」だ。MLBで374奪三振を記録した投手が日本のプロ野球に入る時には「新人扱い」。そんな非現実的なルールはないだろう。
結果的に12球団が指名を回避することは、ドラフト前から想定できたはずだった。それなのに、NPBは、もう一つ先の手を打たなかった。うがった見方をすれば、NPBは田澤ルールを撤廃し、人権尊重のポーズは取ったが、実際、田澤に救いの手を差し伸べたわけではなかったとも取れる。
この12年で日本社会の人権意識、コンプライアンスの認識はかなり変化した。NPBが決めた田澤ルールも、現在の社会規範に照らせばかなり妥当性が低い。選手個人よりチームやNPB側の利益確保に偏っている。そうした批判をかわすために田澤ルールを廃止したが、本当に田澤にチャンスを与える気があるならば、ドラフトを通さず自由に契約できる立場を保障する規定を併せて作るべきだった。
それをしなかったのは、NPBに想像力がなかったからか、それともどこかに「田澤を排除したい思い」があったのか。少なくとも、本気で田澤を受け入れようとする誠意や配慮は感じられない。
ファンの興奮を優先するMLBと保身に走るNPB
もし、田澤純一という貴重な人材をNPBが迎え入れる準備があるのなら、いまからでも「MLBで一定以上の実績を記録した選手は新人でなく、フリーエージェントとして契約できる」といった新ルールを作るべきだろう。そうすれば、田澤は来季からでも日本のプロ野球で活躍する扉は開かれる。
一方で、田澤自身がどれだけNPB入りを望んでいるか、やはりメジャー復帰を望んでいるとの情報もあって、日本の球団が躊躇したとの見方もある。だがそれならばなお、ドラフト会議ではなく、自由に交渉できる道を用意すべきではないだろうか。
今季、田澤は埼玉武蔵ヒートベアーズで16試合に登板。2勝0敗の成績だったが、MLBと違う日本のボールやマウンドに戸惑いながらも、速球は150キロ前後を記録していたという。日本のプロ野球で田澤が投げる姿を見たいと期待するファンはいるだろう。ドラフトの枠を使うのでなければ、獲得を検討するチームはあるはずだ。
田澤問題一つ取っても、NPBの決断は鈍い。誰が新しい提案をし、どうやってプロ野球が変わるのかの道筋も見えない。すべてMLBが正しいとは言わないが、コロナ禍への対応を見ても、MLBとNPBの発想の違いは明らかだ。
MLBはシーズンを60試合に短縮し、ポストシーズンの充実に重きを置いた。26日現在、海の向こうではワールドシリーズが佳境を迎えている。一方、NPBは野球協約の規定に縛られてか、120試合にこだわり、まだ10試合以上を残している。優勝チームはほぼ確定的で、それ以外のチームの熱は下がっているだろう。クライマックスシリーズをセは中止、パは進出チームを2に縮小した。それはファンが最も望むやり方だったのだろうか。誰の意思、誰を尊重した選択だったのか。プロ野球は切実に新たなリーダーシップと新たな指向性を必要としている。自分たちを守る意識が強すぎて、敏速な対応のできない組織を改革できなければ、野球の衰退は進むばかりではないだろうか。
<了>
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