「この11年で日本は何も変わってない」34歳のドラフト候補・田澤純一が誘起する変革の火種

Opinion
2020.10.26

メジャーリーグで世界一を経験したほどの経験を持つ34歳が、今秋のプロ野球ドラフト会議にかかる。プロ野球を経ずに海を渡った男が帰国して見た日本球界は、11年前と変わっていなかった。通称“田澤ルール”の撤廃によって、唯一無二のキャリアを持つ男に開かれたNPBへの道は、必ずや日本球界が変革する源となってくれるはずだ――。

(文=花田雪、写真=Getty Images)

実績が桁違いの34歳・田澤純一が、高校生と同じドラフトにかかる

直前に迫ったドラフト会議。
その“熱”は日ごとに増しており、各スポーツメディアは毎日のようにドラフト関連の記事を公開、報道している。

目玉選手は誰か? あの球団の1位指名は誰になるのか? 隠し玉で注目したい選手は?――。スポーツ紙やネットにあふれる多くの記事を見て、あらためてドラフトの注目度の高さを感じている。

そんな中、他のドラフト候補たちとは違った意味で注目を集める「異色のドラフト候補」が一人、いる。

田澤純一。

2008年、新日本石油ENEOS(現ENEOS)からNPBを経ずに海を渡り、渡米1年目の2009年にボストン・レッドソックスでメジャーデビュー。セットアッパーとして2013年にはワールドシリーズ制覇に貢献するなど、メジャー通算388登板、21勝26敗、防御率4.12を記録。

そんな実績抜群の元メジャーリーガーが今年、「ドラフト」で指名を受けるかもしれない。

コロナ禍でマイナーリーグ全試合が中止となった今季、プレーする環境を求めていた田澤は、7月13日にルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズに入団した。

田澤の入団から約2カ月が経過した9月7日には、NPBがドラフト指名を拒否して海外の球団に直接入団した選手が日本に戻っても、一定期間NPBと契約できない、通称「田澤ルール」の撤廃を発表。これにより、34歳の元メジャーリーガーがいきなり、ドラフト戦線に名乗りを上げることになったのだ。

過去のドラフト候補の中でも、田澤の実績は群を抜く。当然の話ではあるが、ドラフト候補といわれる選手のほとんどは、「アマチュア」の舞台でプレーしている。ところが田澤は、NPBを飛び越えて、メジャーの舞台で実働9年間。マイナーも含めると11年間、「プロ」として戦ってきた経験を持っている。

言ってみれば、アマチュア選手の中に一人だけ「助っ人外国人」が紛れ込んでいるようなものだ。

不安視されるコンディショニングと年齢。だがそれ以上のメリットがある

田澤自身は2018年を最後にメジャーの舞台から遠ざかっているとはいえ、その経験、実力に疑う余地はない。

筆者は先日、ドラフトで『即戦力』という言葉が乱用されることについての危機感を原稿にして発信したが(「ドラフトで乱用される「即戦力」報道の愚。選手の未来を潰す“悪魔の言葉”と自覚せよ」)、田澤の場合は正真正銘の「即戦力候補」だ。

しかし、だからといって彼が「ドラフト1位」で指名されるかというと、その可能性は低い。

もちろん、理由はいくつかある。

一つは、コンディショニングの問題だ。
前述のとおり、田澤は2018年を最後にメジャーの舞台から遠ざかっている。昨季はシカゴ・カブス、シンシナティ・レッズのマイナーでプレーし、メジャー昇格はなし。田澤のメジャー登板がゼロに終わったのは、トミー・ジョン手術でシーズンを棒に振った2010年以来、実に9年ぶりのことだった。

埼玉に入団後も、レギュラーシーズン16試合に登板して2勝0敗、防御率3.94を記録してはいるが、実戦の感覚を完全に取り戻しているかは未知数だ。

加えて、その年齢も大きなネックになる。ドラフトで指名され、NPB球団に入団したとしても、田澤は来季で35歳。プロ野球選手としてはベテランの部類に位置する。たとえパフォーマンスが戻っていたとしても、それを持続できるのは長くても3~5年程度と考えるのが普通だ。

本来、ドラフトはチームの将来を担う、5年後、10年後の中心となる選手を獲得する場だ。そこに、プロ野球選手としてはキャリア晩年に差し掛かった選手が一人だけ現れたのだから、正直いって各球団がどんな判断を下すのか、まったく読めない。

報道では、3~4位あたりでの指名が現実的という見方が大半を占めているようだ。

ただ、筆者はこの指名順位予想については、疑問を感じている。

その経験は間違いなく多くの若手選手にとって刺激になる

実は田澤ルール撤廃が決まった直後の9月15日、編集者として田澤の雑誌インタビューに同席する機会があった。そこで本人から聞いた言葉の多くから、「NPBはこの投手を放っておいてはいけない」と確信したのだ。

3~4位では低すぎる。
1位はやりすぎかもしれないが、ウェーバー順が上位で、投手陣に不安があったり、若い投手が多い球団は、2位で指名する価値も十分あるはずだ。

まず、コンディションの問題だが、そもそも11年間、日本よりもはるかに厳しいアメリカを舞台に投げ続け、メジャーで実績を残してきた投手だ。日本のプロ野球に順応できるかが未知数という見方もできるかもしれないが、それは他のドラフト候補も同じこと。むしろ、マネーゲームにならず、指名さえできれば独占交渉権を得られるわけだから、ドラフトの「枠」を使う選択肢は十分ある。

年齢についてはネックに感じるかもしれないが、ここは逆転の発想を持ってほしい。確かに、プレーヤーとしての寿命は他のドラフト候補よりも圧倒的に短い。ただ、田澤にはそれを補って余りある「経験」がある。

日本のプロ野球を経ずに、アマチュアから直接メジャーリーグ入りし、ワールドチャンピオンに上り詰めた日本人など、田澤をおいて他にいない。プレーはもちろん、その経験は間違いなく多くの若手選手にとって教科書になり、刺激になるはずだ。

「根性で野球がうまくなるなら苦労はしない」

田澤自身も、11年間離れていた日本でプレーすることで、多くのことを感じているという。

「まだ、こんなことやってんのかっていうのは、正直ちょっと思いましたね(笑)」。9月のインタビューで、田澤は日本野球の現状について、こう語ってくれた。冗談めかしてはいたが、その口調は真剣そのものだ。

NPBではなく、あくまでも独立リーグの話、という前置きがあった上で、久しぶりの日本野球を田澤はこう評してくれた。

「例えば、『根性』っていう言葉がありますよね。ミスをしたり、練習でへばったりしたら、『根性出せ!』という言葉が飛び交う。アメリカでの11年間ちょっと、グラウンドで『根性』なんて言葉は、一度も聞いたことがなかったです。根性で野球がうまくなるなら苦労はしないし、僕が日本にいたころから、そういう根本は全然変わっていないのかなと。年齢による上下関係もそう。もちろん、ある程度の礼儀は必要かもしれないですけど、たとえば全体練習でベテランの選手がグラウンドに残っていると、若手は自分のメニューがとっくに終わっているのに、フラフラしながらずーっとその場にいるんです。僕はそういう選手を見たら『いや、自分のやることが終わったら早く上がっていいよ』と言っています」

旧態依然とした慣習は、今も日本の野球界に根強く残っている。11年間、日本の野球から離れていたが、自分がいたころと何も変わっていない……。そこに、少なからずショックを受けた様子だった。

進化し続けるアメリカ野球界。日本は率先して新しいことを!

インタビューの最後に筆者から質問をできるタイミングがあったので、アメリカでの12年間についても聞いてみた。

「日本が『変わっていない』と感じたということは、アメリカでの11年間では逆に、大きな変化や進化を感じていたということでしょうか」。そう問うと、田澤は間髪入れずにこう答えてくれた。

「めちゃめちゃ進化していますよ。僕が向こうに行ったころとは比べ物にならない。毎年のように新しいトレーニング法やデータがアップデートされて、チームも選手も貪欲にそれを取り入れようとする。だって、マイナーの投手たちが今、何を話しているかといったら、『回転数』ですよ。日本では今もまだ、『球速』の話をするじゃないですか。選手だけでなくチームもそう。いくら球速が出ても回転数が一定の基準に達していなかったらメジャーに昇格できないこともあります」

日本でも近年、アメリカの影響で少しずつ回転数や回転軸、ボールの変化量など、細かな数値が話題になるようになってはいるが、アメリカではすでにマイナーレベルからそれが徹底されている。

田澤は、さらに続ける。

「データだけでなく、例えばオープナー(本来リリーフの投手が先発して1~2イニングだけ投げる起用法)や2番に強打者を置く打順もそうですよね。世界トップのメジャーリーグが一番、新しい挑戦を続けている。僕は、日本野球にもメジャーに負けない素晴らしい部分がいっぱいあると思うんです。だからこそ、例えばメジャーのまねじゃなくて、日本が率先して新しいことに取り組んでもいいはずなんです」

現在はNPBにもロッテの井口資仁監督やヤクルトの高津臣吾監督らを筆頭に、「メジャー経験」のある指導者が増えつつある。

ただ、そのほとんどがNPBで実績を積んだ後にメジャーに移籍した人間だ。彼らのプロ野球選手としての土台は、やはり日本にある。

田澤のように、プロの土台が日本ではなくアメリカにある選手の存在は、まだまだ貴重だし、そんな選手がNPBにやってきたら、これまでにない新しい発見や化学反応が起こるかもしれない。

「正真正銘の即戦力」というだけでなく、日本球界にとっての財産として、田澤にはぜひ、力になってほしい。

「田澤ルール」撤廃はゴールではない。変革のスタートはこれから

また、「田澤ルール撤廃」についても、これがゴールではないことだけは伝えておきたい。

前述のとおり、ドラフト対象選手の中に「元メジャーリーガー」がいるという状況は、やはり歪(いびつ)だ。本人も「もし指名されたら、それはその時考えます。ただ、18歳とか20歳の若い子ばかりがいる中で、34歳のおっさんが入るというのは、ちょっと申し訳ない気もしますね……(笑)」と、少し困惑したように語ってくれた。

ルールの撤廃により、田澤のようにアマチュアから直接海外に挑戦する選手への道は、これまでよりも大きく開かれた。大きな一歩なのは間違いないが、同時に「最初の一歩」なのも忘れてはいけない。

今季の田澤は、埼玉入りが決まってなんとか実戦の場を確保できることができたが、もしそれがなければ1年間、空白の時間を過ごさなければならなかった。例えば、3月にレッズをリリースされた時点で、「自由契約選手」と同じ立場で日米どの球団とも入団交渉が可能になっていれば、状況も違っていたはずだ。

メジャーリーグで一定の期間を過ごす、もしくは一定の試合数に出場した選手は、現在のように「ドラフト指名」に縛られることなくNPB入りが可能になれば、選手のリスクもさらに減るだろう。

もちろん、これはまだまだ先、を仮定した話だ。

ただ、「田澤純一のNPB入り」は、多くの意味で、今後の日本球界に影響を及ぼす出来事になるはずだ。

34歳、異色のドラフト候補は、日本球界に何をもたらすのか――。

まずは10月26日のドラフト会議が、最初の試金石になる。

<了>

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