
山根会長追放でも変われない! 改革推進の立役者が去るボクシング連盟の迷走と内紛
独特のキャラクターでメディアを賑わせた山根明 日本ボクシング連盟前会長。連盟の私物化、助成金不正流用、審判不正など複数の疑惑が取り沙汰された山根氏は、2018年8月に会長および理事を辞任、諸悪の根源が事実上“追放”されたことで、アマチュアボクシング界は正常化、改革が進むと思われていた。しかし、8日に行われた理事会では33人いた理事を22人に削減、改革の旗手と目されていた2人の副会長がその職から離れた。新生ボクシング連盟で何が起きているのか? 当事者に聞いた。
(文=小林信也)
「しずちゃん」報道に隠された連盟人事の重要事項
8月9日、私はアマチュアボクシングに関するニュースに注目していた。
なぜなら、8月8日に日本ボクシング連盟の臨時理事会が開かれ、今後の方向性を決める大事な決定が行われる予定だったからだ。
ところが、9日午前中にはほとんどニュース発信がなく、夕方になってネット上を賑わせた話題は、「しずちゃんが連盟の強化委員に」というものだった。
朝日新聞デジタルはこう伝えた。
『アマチュアボクシングの日本連盟は9日、かつてミドル級でロンドン五輪出場をめざしたお笑いコンビ「南海キャンディーズ」のしずちゃんこと山崎静代さんに、女子強化委員の就任を要請したことを明らかにした。
山崎さんはロンドン五輪の出場権を得られず、15年に引退した。日本連盟の幹部は「彼女の知名度で、女子ボクシングの普及を促進してほしい」と期待する。』
スポーツの観点からすれば、ほかに報じる大切なニュースがある。だが、アクセス数や視聴率を最優先する昨今のメディア状況では、これが悲しい現実なのだ。もし、日本ボクシング連盟自体がそれを計算し、都合の悪い情報を隠す意図でこの話題を発信した、あるいはさほど必要もないのにこうした話題を創り上げたとすれば、天晴れな広報戦略というべきか、あざとい姿勢と非難すべきか?
朝日新聞が報じているように、「強化委員」とは言うものの、期待されているのは「知名度」と「普及促進」、つまりは話題づくりなのだ。
さて本来、気になっていたのは連盟の人事だ。
つい先日、7月18日の総会で「33人の新理事が決まった」と報じられている。ところが、それから1カ月もたたない8月8日の臨時理事会でこれが大幅に変更されるとの情報が事前に寄せられていた。
しかも、「総会では多数派を占める反対派の意向があって断行できないが、理事会では会長派が過半数を占めるため、容易に会長派の意向が反映できる」と聞かされれば、それが果たして民主的な連盟運営と言えるのか? 疑問も覚える。
総会の参加者の過半数は、各都道府県を代表する47人が占める。多くは現場でボクシングの指導や普及に長く携わってきた人たちだ。ところが、理事となると、ボクシングの経験が少ないかほとんどない、会長が選んだブレーンが大半だという。
「再興」の原動力、改革の主導者となるべき2人の副会長が辞任
具体的な関心事を明記しよう。
日本ボクシング連盟は約2年前、山根明前会長の独裁ぶりや不正経理が問題にされ、メディアで大騒ぎになった。その山根前会長を辞任に追い込み、新体制が発足して多くの国民も安心していたに違いない。
長く改善できなかった山根体制を刷新する原動力となったのが、『日本ボクシングを再興する会』であり、中心的な存在としてテレビにもしばしば登場したのが、『再興する会』の代表・鶴木良夫さんと宮崎県ボクシング連盟副会長(当時)の菊池浩吉さんだった。
二人はそれぞれ、新体制で副会長に就任した。ところが2年後、8月8日の臨時理事会で、二人とも副会長を離れることが明らかになった。
「一定の役割を終えて次世代に譲る」というスムーズな世代交代なら歓迎すべきだが、取材してみると、いずれもそうではなかった。
二人とも釈然としない思いを抱いて、副会長の職を離れる。だとすれば、2年前、多くの国民に支持されて発足した日本ボクシング連盟の新体制の信用に関わる問題ではないだろうか。
鶴木良夫さんは、臨時理事会に先立つ8月3日に『辞表』を発送していた。
「もう、つくづく嫌になりました。あまりにも何度も覆されて。疲れました」
それが鶴木さんの素直な声だった。
鶴木さんによれば、後述するアシスタントナショナルコーチ選任の手順の不可解さを指摘したものの、内田貞信会長以下理事会に一蹴され、「法的な問題はなかった」「謝罪したからもういいだろう」といった一方的な姿勢で押し切られた。
さらに、「公益法人化を実現するため、山根会長時代に理事だった『旧山根派』の人は現体制から離れてもらう。それが内閣府の指導だ」という印籠を盾に、実績のある理事の交代を進めようとしたのだ。
旧体制で実績のある人がすべて山根派とは限らない。また、当時からボクシング連盟に貢献していた人を除外すれば、自ずとボクシングの現場に縁の薄い人たちばかりが理事の大半を占めることになる。実際の大会運営に支障が生じることが目に見えているため、鶴木さんらは人事の見直しを求めたのだという。
繰り返された「連盟体制、会長への不信」
7月の総会の当日、開会前に鶴木さんらは会長とその支持者たちに呼び出された。47都道府県の代表者たち、つまり現場のリーダーたちは上記の要求が通らないのであれば、会長交代も視野に入れて総会に臨もうとしていた。
この動きを察知した会長側が反対派に妥協案を示し、総会のスムーズな運営協力を打診したという。反対派の人たちはそもそも「できるだけもめ事を起こしたくない」「これ以上、ボクシングのイメージを悪くしたくない」と願う人たちだから、会長らが健全な人事を約束してくれるなら、穏便に協力したいと考えていた。
「現場が望む二人の理事を更迭せず、留任させる」との合意がなされ、総会では内田会長の再任がスムーズに決まった。ところが、「総会のすぐ3日後に、あの話はなかったことにしてくれと連絡が来たのです」と鶴木さんが憤慨する。
「そういうことが、その前にも2度3度あったのです」
私は、総会前の相談の席に同席した『会長側』の人物にも尋ねたが、彼の言い分は違った。
「そもそもそんな約束はしていないんです。検討すると言っただけでね」
真偽はわからない。
アシスタントナショナルコーチをめぐる理事会内の軋轢
菊池浩吉副会長が職を離れた事情はまた違う。
菊池さんは今年から、JOCのアシスタントナショナルコーチの役割を担っている。これは、年間924万円を限度とする報酬を伴う、東京オリンピックに向けた大切な強化プロジェクトの一環である。
3月ごろ、この申請手続きに問題がある、との指摘と批判が連盟内に広がった。2月の段階で理事たちに示されたアシスタントナショナルコーチ名簿に菊池浩吉さんの名前はなかった。ところが、正式発表を見ると菊池浩吉さんが入っていた。理事会の正式決定もなく、なぜ菊池さんが選ばれたのか?
菊池さん本人に尋ねると、次のように答えてくれた。
「アシスタントナショナルコーチは、従来も理事会で決定する事案ではなかったので、私と内田会長で相談して、問題ないと考えました」
ボクシング連盟の定款や規定にもその決定手順が決められていないので、法律上の問題はないという。
だが、ナショナルチームの現場指導に携わるわけではない菊池さんが個人的に924万円の報酬を得て、この役割に就くのは妥当なのか? もっとふさわしい人を理事会で検討すべきでないか? 指摘した理事たちとの間で軋轢が生まれた。鶴木さんもこれを疑問視した一人だ。
菊池さんによれば、
「コーチと名前がついていますが、あくまでナショナルコーチをアシストするのがアシスタントナショナルコーチです。必ずしも現場に行くだけが仕事ではありません」
いわば秘書的な役割でデスクワークを行うのも大切な任務という見解だった。
この制度を統括し、実際に各NF(国内競技団体)から提案された人材を認可する立場のJOC(日本オリンピック委員会)広報部に問い合わせると、「アシスタントナショナルコーチは、ナショナルコーチを全面的にサポートするため、競技種目の特性等に応じて最も適した方を推薦いただいております。各競技で状況が異なり、必要とされる活動が異なるため、デスクワーク担当という表現ですと齟齬があります」との回答がメールで届いた。
JOCのホームページには、7月1日付けの『令和2年度ナショナルコーチ等及び専任コーチ等一覧』が載っている。
全40の団体で計31名しかいない。他の競技を見ると、日本代表監督、強化本部長など、本来ならナショナルコーチにすべきではないかと思われるバリバリの現場指導者もこの役にとどまっている団体もある。やはり、デスクワークだけのアシスタントではこの制度の主旨と違うということだろう。
いずれにせよ、菊池さんは副会長を離れ、アシスタントナショナルコーチに専念する形となった。
変われないボクシング連盟 まずは人事の透明性を
日本ボクシング連盟はいま、「公益法人化を目指す」ことを最大の命題に挙げ、「公益法人にふさわしい組織に刷新する姿勢」を標榜している。
それならば、ここに記した動きを広く公表し、誰もが納得する情報発信をするのが務めではないだろうか。しかし、日本ボクシング連盟はそれをしていない。この13日の時点で、ホームページに臨時理事会の決定事項さえまだ公表されておらず、役員詳細のページは空白になっている。世間が知ったのは「しずちゃんへの打診」だけ。
私が得た情報によれば、8日の臨時理事会で33人いた理事を22人に削減した。従来は理事を兼務していた全国9ブロックの代表者が委員に降格し、理事を外れた。ほかに2人が理事を解かれた。これは『内閣府の指導に沿って、大幅な体質改善を断行した』ともいえるが、つい先月の総会で承認された理事たちが3週間後の理事会で解職されるのは、「理事会偏重」と疑問視されても反論できない事態ではないだろうか。結果的にこの理事を外された人材の大半が、現場で熱心に指導や普及に携わっている人たちだという。彼らは旧山根派ではなく、新体制実現に向けて尽力した人たち。そしていまも変わらず現場を支えている中心人物だ。
一枚岩になったはずの連盟が、まったく一体に融合していないこと、透明性が維持されているとも言い難い状況は確かなようだ。
<了>
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