「物事の共通点はすべて夢から始まる」立正大淞南・南健司監督が語る育成年代の今と今後
2011年に高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグが創設され、今年で創設10年目を迎えた育成年代のリーグ戦。高校、Jリーグの育成組織、タウンクラブ各チームが切磋琢磨しながら、選手育成の面で大きな役割を果たしてきた。黎明期の10年と、成熟期を迎えるこれからの10年。これまで多くのプロ選手を輩出し、プリンスリーグ中国で戦う立正大学淞南高校の南健司監督に、プレミアリーグをはじめとする日本の育成年代の今と今後について話を伺った。
(インタビュー・構成=松尾祐希、写真=Getty Images)
南監督が強調した“夢”の重要性
10年前、2種年代の目標は大きく分けて4つあった。高体連(全国高等学校体育連盟)のチームであれば、夏のインターハイ(全国高等学校総合体育大会)と冬の全国高校サッカー選手権大会。Jリーグクラブユースとタウンクラブであれば、夏の日本クラブユースサッカー選手権と秋のJユースカップ。2種年代の王者を決める高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会も権威ある戦いであったが、認知度が高いとはいえず、高校生たちの視線は自然と先に挙げた4大会へ向かった。
しかし、2011年にその流れが変わる。全日本ユースが年間を通じたリーグ戦に発展し、高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグが創設されたからだ。プレミアリーグをJ1とすると、J2に相当する各地域のプリンスリーグ、J3やJFLに相当する47都道府県のリーグも整備され、高校生たちに新たな夢が生まれた。
そんな中、プリンスリーグ中国を戦い、インターハイ出場13回、選手権出場18回を数える立正大学淞南高校。松田力(甲府)、松田陸(C大阪)など多くの選手をプロの世界に送り込み、昨年度も山田真夏斗(松本)がJリーグの舞台に飛び込んだ。
決して立地に恵まれているとは言えない山陰地方において、個性豊かな選手を育ててきた指揮官は育成年代のプレミアリーグをどのように見ているのか。創設2年目以降はプリンスリーグ中国に席を置く中で、育成年代のリーグ戦は今後どうあるべきなのか。新型コロナウイルスの影響で中止になったインターハイにも言及しつつ、強調したのは“夢”の重要性だった。
「たくさんの選手が試合に出る」目標
──プレミアリーグが開幕し、10年が経過しました。ここまでの歩みをどのように見られていますか?
南:2011年にプレミアリーグと各地域のプリンスリーグが年間のリーグ戦になりました。前身の全日本ユースは本大会の出場権を懸ける形で夏までに各地域別にプリンスリーグを戦った上で10月にグループステージとノックアウト方式を行うワールドカップ方式で大会を開催していて、当時は悪くないレギュレーションだと思っていたんです。実際に、大会の見直しが行われる際は「なぜこの方式をやめてしまうのか?」と考えましたから。でも、今思えば、現在の方式は世界の流れに即していますよね。
世界的な基準に照らし合わせた場合に年間のリーグ戦は一般的ですが、ワールドカップを考えた場合に以前のレギュレーションのほうが良かったのかもしれません。ただ、地域のリーグ戦の先に全国リーグがあるのは当たり前であって、存在しなかったほうが不思議だともいえます。最初はリーグ戦を行う意義を理解していませんでしたが、世界のスタンダードに合わせられたのは良かったですね。批判などもある中で新しい事を実行に移した先輩たちは本当にすごい。まだ僕らの世代はレールに乗っかっているだけですから。
ただ、リーグ戦が育成につながっているかというと、わかりません。なぜならば、リーグ戦の開始とともに起用する選手の数が減ったからです。現在、中国地方のプリンスリーグは基本的に土曜日に開催しているので、日曜日に練習試合が行えて選手を試す場がありますが、選手を思い切って起用できなくなったチームは多くなった印象です。
──確かに週末にプリンスリーグで遠征すれば、翌日に練習試合を組めますよね。
南:効率がいいんです。あと、日本サッカー協会が提唱している「たくさんの選手が試合に出る」目標も達成できます。例えば、プリンスリーグに出ていない選手同士が試合の前日に練習試合を行っても、次の日に公式戦があるので「ただの練習試合」というモチベーションになる可能性があります。そういう意味でも、プリンスリーグの翌日に試合を開催すれば、「来週の試合に出てやる!」という思いが生まれやすくなるんです。強いチームと常に試合ができる点はかなりメリットがあります。でも、年間を通じた戦いなので、リーグ戦では思い切った選手起用があまりできません。なので、プリンスリーグ中国のように、土曜日に試合を開催する意味はかなりあるのではないでしょうか。
リーグ戦の弱点は負けても次がある点
──我慢して選手を起用してあげられない問題は確かにあるかもしれません。
南:初めて出場したリーグ戦で試合に負けてしまえば、スタッフだけではなく、選手自身も通用しなかったと思うかもしれません。練習試合であれば、チャンスと感じて活躍できたかもしれませんが、プリンスリーグだと勝たないといけないプレッシャーが先にきてしまいます。もちろん、サッカー選手なので逆境に勝たないといけないのですが、リーグ戦の関係でレギュラーを狙えそうな選手の出場機会が減ってしまいます。
また、リーグ戦に選手登録の限りがある点も難しい問題です。2種年代のプレミアリーグ、プリンスリーグ、都道府県リーグでは、(違うカテゴリーであれば)1クラブから複数のチームが出場できるので選手の登録にルールを設けています。その関係で半年間試合に出られない子が生まれる可能性もあり、プロテクトする際は出場時間の上から何人までという形で決めるなど、柔軟に対応できるとよりいいかもしれません。とはいえ、運営方式は本当に素晴らしいですよね。それに土曜開催と選手起用の幅を広がれば、起用法などが変わってくるのでさらに良くなるはずです。
加えて、リーグ戦の弱点は負けても次がある点です。リーグ戦は負け続けたとしても、毎週のように戦わないといけません。連敗が続いても、翌週にまた試合があります。「負けても次がある!」と言えるのは、(EASTとWESTそれぞれの)プレミアリーグの10チーム中上位6チームぐらいで、残りの4チームは負け続けても戦わなければいけません。正直、僕も(2011年の)プレミアリーグに参戦した当初はここまでの負の連鎖が起こるとは思ってもみなかったのですが、1勝2分15敗でした。
昔、ラモス瑠偉さんが「なぜボールを失わないのか。そのキープ力はどこから生まれるのか」という問いに対し、「メンタル」と答えていました。僕自身は「メンタル」という言葉が嫌いなのですが、「あなたは小学生にボールを奪われますか? それは奪われないと思っているから奪われない」と話されていたんです。寄せてきた距離だけを見れば、小学生と高校生で出す足の長さはあまり変わりません。でも、「相手が小学生だから問題ない」と感じているので、テクニックも余裕を持って出せるわけですよね。
つまり、私たちはプレミアリーグの初年度にレベルの差を味わい、ボールを失う恐怖が染みつけられてしまいました。だから、レベルを合わせるという意味でも、成長のためにも、高いレベルのチーム同士での育成年代のリーグ環境はすごく大事です。
関西と関東にはプリンスリーグ2部を
──実際にプレミアリーグの昇格は各地域のプリンスリーグを勝ち抜いた16チームのうち4チームだけです。ここに関してはどのように見られていますか?
南:プレミアリーグのレベルを踏まえると、プリンスリーグでその力に相当するのは4チームぐらいだと見ています。ちょっと少ないかもしれませんが、現在の昇格チーム数は妥当ではないでしょうか。もし、プレミアリーグからの降格チームが多くなると、プリンスリーグの試合で余計に育成はできなくなります。
そういう観点を踏まえると、もう少しだけプレミアリーグのチーム数を増やしてもいいのかもしれませんね。東西で10チームずつですが、2チームずつ増やして12チームずつでリーグを行う。スケジュールの問題はありますが、どこかで連戦を挟めば不可能ではありません。ただ、例えば16チームずつだと試合数が多くなり、試合に出られない選手が増えてしまいます。試合数が増えれば、出られる選手が多くなるわけではないんですよね。真剣勝負の場が増えてしまうので、ベンチに入れない選手はなかなか出られません。下手をすると、3番手のGKは1年間まったく出番がないまま終わってしまう可能性がありますよね。
また、チーム数を増せば、経費が増えるという意見もありますが、工夫はできるはずです。私たちがプレミアリーグを戦っていた当時は、片道320キロ以下は宿泊費が出ないルールがあったのですが、バスで移動していた立正大淞南の場合は富山に遠征した以外は宿泊費が出ていません。ある程度、実費負担できれば、チーム数を増やすのに(以前の本連載インタビューで林義規氏が4チーム増やすのに必要と話していた)4000万もお金はかからないのではないでしょうか。前泊と後泊をする必要がある場合も工夫次第で経費削減は可能ではないでしょうか。交通費は実費で負担できる場所はそうしたほうがいいと考えています。
──プレミアリーグの改革についてお話をお伺いしましたが、各地域のプリンスリーグは現状のままで行ったほうがいいのでしょうか。それともテコ入れを行ったほうがいいのでしょうか。
南:地域によって必要なところはあるので、関西と関東だけはプリンスリーグ2部を作ったほうがいいと思います。
──関東と関西は入れ替わりが激しいですよね。また、関東には都や県リーグにJリーグの下部組織や高体連の強豪チームがいるので、かなり競争があります。
南:県リーグで上位にくるチームがプリンスリーグに上がれない時期が続くと、他のチームに夢がないかもしれません。プリンスリーグを目指す上で、県リーグに強豪チームが1つあると、昇格が難しいんです。プリンスリーグ2部を創設すれば、都道府県のレベルを底上げできるかもしれません。
失敗体験は高校だけでいい
──都道府県のレベルを底上げする中で、今年は新型コロナウイルスの影響でインターハイが中止となりました。どのように捉えられていますか?
南:正式に決定する前から、生徒たちには夏の東京五輪が中止になれば、「インターハイ開催は不可能である」と伝えていました。ただ、「インターハイがなくなっても世界中の誰も悪くない。でも、選手権がなくなったら、俺は3日泣きます」と言って、冬に気持ちを切り替えるように促しました。なので、インターハイが中止になったのは残念ですが、選手権があるので気持ちは引きずっていません。
──自粛中に子どもたちはどんなふうに過ごしていたのでしょうか?
南:自宅から通っている生徒たちには行えなかったのですが、寮生は学年別で運動生理学やトレーニング論などについて学ばせました。例えば、自分が高校時代に使っていた教科書を参考にインターバルトレーニング、レペティショントレーニング(※)等を選手にたちに調べてもらいましたね。
(※)レペティショントレーニングとは、1000m程度の中距離を速いペースで走った後、ウォーキングや休息を取り、再び中距離を走ることを繰り返す練習のこと。
例えば、3、4人組でトレーニング論にこだわらず、身体の強化について仮説を立てさせました。また、4月上旬にはトレーニング理論を選手たちに説明し、自分たちの考えで走るトレーニングに取り組ませましたね。ローパワー、ミドルパワー、ハイパワー。ユース年代で一番大事なのはミドルパワーなのですが、無酸素運動から有酸素運動に切り替わって乳酸値が上がった時に、耐乳酸能力は元ブラジル代表のカフーがすごかったという話などを説明した上で、彼らはさまざまな理論を思案してくれました。
総合的なフィジカルトレーニングだけで4時間半ぐらい取り組んだ生徒もいるみたいですが、そのおかげで持久力が増しましたね。ただ、受け身のサッカーだけではなく、いろんな勉強をして試してみる作業は大切です。どんな職業に就いても、効果がなければ意味がありません。営業の仕事も、マニュアルに習っても成功するとは限りませんよね。なので、チームでは将来を考えながら、取り組んでいました。失敗体験は高校だけでいい。大人になったらもっとシビアになりますからね。
物事の共通点はすべて夢から始まっている
──立正大淞南は現在プリンスリーグ中国に所属しています。2011年に参加されたプレミアリーグの位置づけや、創設をきっかけに選手たちの意識に変化はありましたか?
南:僕自身はレベルの高さを目の当たりにしたので何とも言い難いですが、生徒たちはプレミアリーグで戦いたいと願っています。地域のプリンスリーグで終わるように中途半端な形ではなくなった点はすごくありがたいですよね。
なぜかというと、プリンスリーグの上にプレミアリーグがあるので、子どもたちは夢を見られるからです。小学生がプロサッカー選手になりたいと願うのは、自身の立ち位置が明確に理解できていない側面もありますが、良い意味で現状が見えていないからです。でも、この夢を見なければ、サッカー選手にはなれません。それと同じです。物事の共通点はすべて夢から始まっています。オリンピック選手もそうです。吉田沙保里選手も金メダルの夢を幼い頃から抱いたからつかめました。
そういう意味で、プレミアリーグは子どもたちに新しい夢を作ってくれました。選手権やインターハイ以外にもう一つ夢を与えられる。これはすごいことです。野球も明治神宮野球大会がありますが、そこまで根づいてはいません。でも、サッカーは年間を通じた戦いで全国大会を構築できました。プレミアリーグによって子どもたちは身近に夢を描けるようになったので、本当に良かった。
──子どもたちからすれば、プロサッカー選手になるより、プレミアリーグで戦う目標のほうが手に届きそうですよね。
南:夢は10段飛ばしで叶えられません。ただ、プレミアリーグは4段飛ばしぐらいで、つかめそうな場所にあります。次の10年でも子どもたちに夢の舞台を用意するのは大人の仕事だと考えています。
<了>
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PROFILE
南健司(みなみ・けんじ)
1970年生まれ、大阪府出身。桜宮高校、日本体育大学を卒業後、1993年に立正大学淞南高校へ赴任。同年から監督としてチームを率い、2010年に全国高校サッカー選手権大会で初のベスト4入りを果たした。全国高等学校総合体育大会では2011年、2012年、2015年に4強へ進出。チームを全国有数の強豪校に育て上げ、2013年には日本高校選抜のコーチも務めた。多くの選手をJの舞台に送り出し、昨年度も山田真夏斗が松本山雅FCへ入団した。
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