なぜプロ野球はMLBに観客数で勝ってチケット収入で負けるのか? 専門家が解説する仕組みの違い
日本プロ野球(NPB)はメジャーリーグベースボール(MLB)に観客動員数では2年連続上回っている。しかし、チケット収入ではNPBはMLBの半分程度と大差をつけられてしまっている。大差がついてしまった原因はどこにあるのだろうか? 日米のスポーツチケット販売の取り組みの違いについて、アメリカに拠点を置きスポーツマーケティングの分野に特化したコンサルティングを展開する鈴木友也氏に解説いただいた。
(文・資料提供=鈴木友也、写真=Getty Images)
観客動員数のカウント方法は日米で異なる
日米で野球シーズンも終局を迎え、日本では福岡ソフトバンクホークスが3連覇を、米国ではワシントン・ナショナルズが初優勝を飾ったのはご存知の通りだ。日本プロ野球(NPB)では今季の公式戦の平均観客動員数が3万929人(前年比で3.9%増)と、史上初めて3万人の大台に乗った。一方、メジャーリーグベースボール(MLB)は近年観客動員で苦戦を強いられており、今年の平均観客動員数は2万8344名(前年比で2.0%減)と日米で明暗を分ける形になった。意外かもしれないが、観客動員数ではNPBが2年連続でMLBを上回っている。
観客動員数はチーム経営における1つの重要なKPI(重要業績評価指標)であることは間違いないが、それ自体が目的ではないのは言うまでもない。ちなみに、MLBの数値は「有料入場者数(Paid Attendance)」で、チケットを購入していれば着券(来場)しなくてもカウントされる一方、招待券は含まれないのが一般的だ。これに対し、NPBの数値は「来場者数」で、着券しなければ購入していてもカウントされないが、招待券での来場も含まれるのが普通だ。つまり、MLBは「お金を払ってくれた人」の数であるのに対し、NPBは「来てくれた人」の数であり、正確にはApple to Appleの比較にはなっていないことには注意が必要だ。
『Forbes』のデータから計算すると、2018年のMLBの平均球団収入は3億3000万ドル(約363億円。1ドル=110円で概算。以下同)で、うちチケット収入は9400万ドル(約103億円)を占める。NPBの数値は不明だか、私の肌感覚では球団収入やチケット収入はMLBの半分程度だろう。観客動員数では勝っていながら、チケット収入でなぜここまで大差をつけられているだろうか?
今回のコラムでは、チーム経営の一丁目一番地であるチケット販売において、日米の取り組みの違いを解説しようと思う。近年日本でも導入されるようになったダイナミックプライシングやペーパーレスチケットなどのデジタルマーケティング上の取り組みが、どのような位置付けで機能しているのかの理解を深める一助になればと思う。
日本のスポーツ施設は格安航空会社
日米のチケット販売の収益性の違いを生み出す最大の要因の1つは、商品設計の違いだ。施設設計の違いと言ってもいい。
『Team Marketing Report』(TMR)によれば、2019年のMLB全30球団の普通席の平均チケット価格は32.99ドル(約3629円)だ。NPBにこうしたデータがないため正確な比較はできないが、肌感覚では大差はない。しかし、MLBでは普通席とは異なる「クラブシート」と呼ばれる座席(専用のレストランやラウンジにアクセスできる高級席)があり、全座席数の10~20%程度を占める。
TMRによれば、2019年のMLBにおけるクラブシートの平均価格は119ドル(約1万3000円)で、最高はニューヨーク・ヤンキースの346.63ドル(約3万8130円)だ。ちなみに、ヤンキースで最も高額なクラブシートはバックネット裏最前列の最も一塁側の席で(ここからヤンキースのダグアウトが覗ける)、1試合1500ドル(約16万5000円)もする。日本では、そもそも1万円を超える席種も限られる中、こうしたチケット単価の違いが収益性の違いに直結している。誤解を恐れずに例えれば、航空会社がエコノミークラス以外にビジネスクラスやファーストクラスを用意しているのと同様のイメージだ。
歴史的に、日本の多くのスポーツ施設は一般国民の精神訓練や健康増強を目的に(特に戦前は陸軍の提唱で国民の体力向上施設として)設置されてきた経緯がある。戦後もその流れが踏襲されており、基本的に競技者しか念頭に置かず、顧客(観客)を想定して稼ぐ設計にはなっていない。これが日本のスポーツ施設に事業性が乏しい理由だ。観客席はあっても、エコノミークラスしかない格安航空会社なのである。
シーズンチケット比率に日米で大差
このように、日米ではチケットの商品設計に大きな違いが見られるが、チケットの販売方針にも大きな違いがある。
米国は「シーズンチケット重視型」の販売方針が基本だ。球団によって多少のばらつきは見られるが、MLBでは概ね5割前後の球団が多いだろう(平均観客数の50%がシーズンシートという意味)。ボストン・レッドソックスやシカゴ・カブス、ニューヨーク・ジャイアンツといった人気球団にもなれば、6~7割はシーズンチケットで埋まってしまう。一方、日本のプロ野球球団では、シーズンチケット比率が2割もいけば相当高い方である。
米国でシーズンチケットを重視するのは、販売効率を上げてチケット販売収入を最大化するためだ。単券の販売は最も非効率だと考えられており、優先度は低い。なぜなら、単券で売っていくとシーズン中にチームの戦績が悪くなったり、天候が悪くなった際にチケットが売れなくなるためだ。シーズン席で売っておけば、こうした不確定なリスクは回避できる。
そのため、米国では公式シーズンが開始するまではシーズン席を最優先で販売を行う。シーズンが開始すると、フルシーズンでは売れなくなるので、ハーフシーズンに単位を変えて継続販売しつつ、グループ席(15名以上など一定の母数以上の団体販売)やパッケージチケット(複数の試合をパッケージにしたチケット)へと販売の中心をシフトしていく。
これに対して、日本のプロ野球に代表されるスポーツ界では、基本的に単券販売を重視した方針を取っており、既述の通りシーズン席比率は相対的にかなり低い。筆者の推測だが、これは日本のプロスポーツチームがチケット販売をプレイガイドに委託してきたことに起因するのではないかと見ている。
プレイガイドの収益の中心は音楽事業であるケースが多いと聞くが(スポーツ事業はシーズン性が高く繁閑差がある)、コンサートのチケット販売にはシーズン席という概念がなく、単券を定期的なプロモーションをかけて売っていく形が一般的だ。これがそのままスポーツ界にも応用されたため、シーズン席を販売するという意識が希薄だったというのが私の仮説だ。こう考えると、シーズン開始時点で全ての試合のチケットを販売せず、1カ月毎に小出しにして販売を行うという特徴的な慣習を持つスポーツチームがいまだに少なからず存在することにも説明がつく。
米スポーツ界最大のイノベーションは再販サイト
米国のスポーツ界で最新テクノロジーが起こしたイノベーションという意味では、その最も大きな影響を受けたのはチケット販売の領域だろう。その最たる例がチケット再販だ。今や、米国では販売額ベースでチケット再販市場が一次市場の50%以上の大きさに達している。
米国でチケット再販サイトの代名詞にもなっているスタブハブ(StubHub)社がスタンフォード大学ビジネススクール出身の投資銀行家によって起業されたのが2000年。旧態依然としていたチケット販売ビジネスの需給バランスのギャップに目を付けた多くの起業家がこの時期にチケット再販関連のベンチャーを起こしていった。
一般的に、スポーツ観戦チケットの値付けはシーズン開始前に行われる。例えば、野球なら4月から10月頃まで開催されるシーズンに備えて、開幕前にホームゲーム全試合(MLBなら81試合)の値段を決める。フィールドに近い席ほど値段が高くなり、この値付けが全試合一律に適用されることになるのが普通だった。
しかし、半年以上も前に試合の「本当の価値」を正確に予測するのは困難だ。「自チームの成績」や「対戦相手の成績」は、試合の価値を決める代表的な要素の1つだ。消化試合なのか、優勝を決める試合なのかで、その試合の持つ重みは大きく異なる。だが、これはシーズンが深まるまで誰にも予想できない。また、野球なら「誰が先発するのか」(エースが投げるのかどうか)、「天気はどうなのか」(暖かいのか、寒いのか)、「何か大きな記録がかかっているのか」(通算200勝や2000本安打など)などによって、チケット購入者が実際に感じる価値は変動する。
こうした理由から、スポーツ観戦のチケットは、額面価格が本当の価値を反映しないまま売られていた。こうした価格設定の硬直性により生まれた需給ギャップに目を付けた営利目的のダフ屋やブローカーに加え、行けなくなったチケットの処分を目的にしたシーズンチケット保有者などが便利な再販サイトを利用するようになった。その結果、スポーツ組織は価格政策上いくつかの問題点を抱えるようになった。
代表的な問題点の1つは、供給過多の試合のチケットが額面割れの価格で販売されてしまう点だ。こうなると、スポーツ組織が提供する一次市場(チーム公式サイトなど)でチケットが売れなくなるばかりか、最も割引率の高いシーズンチケットを買うインセンティブも低くなってしまう。シーズン席保有者はスポーツ組織にとって最重要顧客であり、この顧客層を失うことは大問題だ。
もう1つの問題点は、需要過多の試合の収益が流出してしまうことだ。例えば、5000円で売っていたチケットが1万円で転売されるような場合(この差額は適正な値付けをしていればライツホルダーに入るはずの収益)、差額の5000円はチケット転売者や再販サイト運営者に移転されてしまう。
こうした理由により、スポーツ組織も彼らの存在を無視できなくなり、再販サイトと公式パートナー契約を結ぶ形での協働を余儀なくされた。公式パートナー契約を結ぶと、その再販業者は「リーグの公式再販サイト」としてスポーツ組織から顧客誘導を受け、その見返りに売上の一定比率をスポーツ側に分配し、顧客情報を共有するのだ。
再販市場の普及に不可欠となるデジタルチケット
再販サイトとの公式パートナー契約の次のステージは、スポーツ組織による再販市場の内製化だろう。例えば、NBA(ナショナルバスケットボールアソシエーション)やNFL(ナショナルフットボールリーグ/アメフト)などでは、一次市場も再販市場もチケットマスター社が手掛けている関係で区別がなく、全く同一の画面からチケットを選択・購入できる。ファンの立場で考えれば、それが一次市場でも再販市場でもチケットを希望価格で購入できればいいわけで、非常に合理的だ。
米国では、近い将来チケット販売では一次市場・再販市場の分類や、事業者の種類(チケット販売事業者、再販事業者、アグリゲーター等)を問わず、全ての事業者が同じ票券管理システムにリアルタイムアクセスするオープンプラットフォーム化していくと言われている。球団の持つ票券管理システムはあらゆる事業者にとって「共通在庫管理システム」としての位置付けになり、APIを通じて事業者に開放されるイメージだ。
また、チケットの再販や譲渡が当たり前になると、チケットのペーパーレス化・デジタル化が不可欠になる。なぜなら、紙のチケットでは転売・譲渡など最初の購入者と入場者が異なる場合に真の来場者情報が取得できないためだ。また、グループチケットで代表購入者以外の顧客情報が分からないという弊害もある。
NFLでは、既に2018年から紙のチケットが全廃され、スマホを利用したデジタルチケットのみに全チーム統一されている。MLB各球団も急ピッチでデジタルチケットの導入を進めている。
あと数年もすれば、米国のメジャースポーツでは紙チケットは過去の遺物になるだろう。
【後編へ続く】今のままでは機能しない? ダイナミックプライシングの日本で誤解されがちな運用とは
<了>
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